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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
50/105

 50☆ひみつのデートの秘密

「まずは、ここ」


 最初に立ち止まったのは色々な騒がしい音が交わる、いわゆるアミューズメント複合施設。目測では七・八階建てくらいだろうか、見上げた先には大きな黄色い看板に赤い文字で『遊戯館 レオンレオン』と書かれていた。


 ビルの入り口に記された案内板では、ボウリングやバッティングマシーンなどのスポーツ系、ビリヤードやダーツなどのおしゃれな大人の遊び、カラオケやアーケードゲームコーナーなどの子供から楽しめるスペース、幅広い年齢層と客層が思い思いの時間を過ごせる複合施設だと謳われていた。


「何からやってみたい?」


「えっ、わ、分かんないわよ。こんなとこ来るの初めてだもん。茉莉花のオススメでいい」


「おーけー。じゃ、下から順番に行こっか」


 手を引かれるがまま訳も分からず店内に入る。まず目にしたのはたくさんのレーンが並ぶボウリング場。ゴロゴロガコーンと大きな音と拍手が耳に響く。よくもこんな騒がしい中耳も塞がずにいられるなぁ、それがあたしの第一印象だった。


 茉莉花の姿を追う。カウンターのお姉さんに慣れた口調で受付を済ますと「おいで」と手招きをしながらピカピカのシューズを受け取っていた。とにかく言われるがままついて行くとあたしにもほいっとシューズを手渡し、そのままご機嫌な様子で奥へと進んでいった。


 テレビでしか見た事のないボウリング場の音にとにかく圧倒される。レーンに着いたところでようやく細かな説明を受けてもチンプンカンプンなあたしを見て茉莉花が笑う。むくれている内にも茉莉花はあたしのシューズを調整してくれたり、代わる代わるボールを持ってきては首をひねってあたしに合うサイズを見繕ってくれた。


 何投目かでやっと一本倒せてガッツポーズを決めるあたしを指差して爆笑し、だけどむくれるとよしよしと撫でてくれる。その手は食わないんだから、そう思っても投球する後姿がさまになっていて、思わず見とれている内にイラ立ちも失せてしまう。


「へったくそだなぁ。もうワンゲームやる?」


「やんないっ。ボウリングつまんないっ」


「はいはい、分かったよ、仔猫ちゃん」


 二足分のシューズを返しに行ってくれた背中を見て思い出した。待ち合わせの時に感じた違和感は、あたしと二人っきりの時の茉莉花ではなく、外出モードの獅子倉茉莉花なのだ、と。返却口のお姉さんと楽しそうに話す横顔はどこかキザったらしい。きっといつものように口説いているに違いない。


 前に千歳が言っていた。茉莉花は第三者の前では無自覚にスイッチが切り替わる、と。恋人であるあたしをエスコートしているつもりなのだろうけど、あいつの目には一人の仔猫ちゃんとしか映っていないのだろうか。だからよそよそしく感じてしまうのだろうか……。


「茉莉花?」


「わっ、び、びっくりさせるなよ。次はビリヤードやろっか、ビリヤード。ぼく得意だよ?」


「ヤダ。茉莉花の得意じゃないやつがいい」


「はいー? 負けん気強いなぁ、汐音は。どれも初めてなんだから負けてもしょうがないのに。……いいよ、じゃあ対戦するのはナシで、バッティングマシンでもやってみない?」


 にっこりと覗き込まれてつい笑顔に負けてしまう。こくんと頷いてエレベーターに乗り込む茉莉花について行く。


「そういえば、お金……」


 エレベーターは最上階の七階を目指している。二人きりの空間であたしがごそごそとボウリング代を支払おうとすると、取り出したお財布を茉莉花がバッグの中へと押し戻した。


「いいのいいの。ここじゃぼくらは遊び放題だから。お金の事なんか気にすんなって。それよかバッティングの後はカラオケでもする? ぼく何気に汐音の歌は部活でしか聴いた事ないんだよな。ぼくの歌も聴かせたいし。あ、それともクレーンゲームでもやってみる?」


「ちょ、ちょっと待って。いくらなんでも茉莉花に全部出してもらう訳にはいかないもの。あたしだって貧民ながらお小遣い持ってきてるんだから、お小遣いの範囲で遊ぼ?」


「あー、うーんとねぇ……」


 茉莉花はなにやら歯切れの悪い口調で一枚のカードを取り出しながら説明を始めた。


 ……まぁ、要はこのアミューズメント複合施設は茉莉花のお父さんが経営をしている会社の一部で、この支店は長男である龍一さんが任されているからタダなのだ、という事らしいのだけど……。


 それで獅子倉だけに、施設名が『レオンレオン』な訳か。茉莉花の家にお邪魔した時に感じたデスティニーランドのようなお城っぽさも、きっとお父さんの遊び心が具現化された一つなのだろう。金持ちの遊び心とやらはこんな大きな施設をも造形してしまうから恐ろしい。


 ひらひらさせたカードは茉莉花専用のキャッシュレスタイプで、龍一さんに請求がいく訳でも自分で支払う訳でもないという。よく分からないけど、とりあえずこのカードをスキャンすれば誰のおごりでもなく遊べるとの事で少し気持ちが軽くなった。


「もっとも、龍一兄ちゃんは平日しかいないらしいけどね。『僕は事務仕事ばかりだからね』なんつって土日はいないなんて、今思えば彼女と会う為に土日は休んでんじゃないかって疑っちゃうよ」


「え、でも、龍一さんが任されてるビルだって言っても、大本がお父さんの会社ならバッタリ会ったりしてバレちゃうかもしれないじゃない」


「だいじょぶだいじょぶ。父さんはずっと東京の本社にいるんだ。こんな支店の端くれなんかに顔出さないよ。ぼくは中学の頃からここに友達を連れてきて遊んでたけど一度も会った事ないし。それに、前から色んな子連れてきてるから、今更汐音と二人きりのところに万が一バッタリ出くわしたとしても友達にしか見えないんじゃないかな」


「友達、にしか……」


 ちょっと、心にトゲが刺さった気分……。


 だけど、今はその方が堂々と過ごせるというのなら、『友達』の相葉汐音としてでも一緒にいたい……。


「ごめん。こんな親の力に頼り切ったとこじゃなくて、もっと違うデートがお望みだったかな……」


「……ううん」


 小さく首を振ると茉莉花の両腕があたしを包んだ。ごめん、もう一度そう言いたげにぎゅっと抱きしめられる。なんだか切なくなって茉莉花の肩に鼻を埋めた。ぼやけたエゴイストの香りがする。ぼんやりと見上げた表示は六階を指していた。


「すごっ。ここ全部ゲームばっか……?」


 エレベーターを降りると色とりどりの光が目に眩しかった。所狭しと並んでいるゲーム機の間をすり抜けていくうちに、ふと魅かれる物が目に入ってあたしは足を止めた。


「どした?」


「茉莉花、あれ取って?」


 あたしが指差したのはクレーンゲームの中からこちらを覗くぬいぐるみの山。数種類の犬が人差し指程のサイズでかわいらしく二頭新で丸いフォルムに仕上げられている。首輪の下にぶら下がる小さな小さなプレートには何かを書き込めるようなデザインになっていた。


「……ぬいぐるみ? 汐音もかわいい物ねだるんだな。おーけー、ぼくに任せとけっ。どれがいい?」


「これこれ。この申し訳なさそうな顔のチワワっ。あたしに怒られた時のあんたにそっくりなんだもん。この子を取ってくれたら、首輪のとこにマリカって書いてあげるんだ」


「なんだそれぇ。ぼくはこんなつぶらな目ぇしてないぞ? もっとキリッとだな……」


「いーからいーから。早く取って取ってっ」


 ガラスに貼り付いたあたしにぶつぶつ言いながらも、茉莉花は先程のカードをクレーンゲームの台にスキャンした。どうやらこのカードにはチャージ機能か、もしくはなんらかを認識するICチップが搭載されてるらしい。本体には赤く『一』と数字が表示された。


 レバーとボタンを操作する茉莉花とあたしの視線は一匹のチワワに向いている。ゆらゆらと揺れるアームがチワワをかすめる度に「あー」というため息が重なった。もう一回、もう一回だけ、とリベンジしていく事八回目、やっとチワワはころりんと筒の中から滑り落ちてきた。


「やったっ! どうだ、惚れ直した?」


「かわいーっ。ほらほら、今にもごめんなさいしそうな目がそっくりじゃない?」


「おいこら、お礼の言葉もなしにぼくを(けな)すなってーの」


「あぁ、ごめんごめん。ありがと、マリカっ」


「そっちはぬいぐるみーっ。お礼を言うのはぼくの方だろー?」


 ケラケラ笑うあたしを見て、茉莉花も満更でもない顔をした。


「ここにマリカって書くの。それでこの首輪のとこに紐付けてバッグにでもぶら下げるんだー」


「それじゃまるでぼくが飼い犬みたいじゃんかよぉ。大事にしてくれるのは嬉しいけど、それならぼくだって汐音っぽいぬいぐるみぶら下げてシオンって書くぞ?」


「あたしっぽい? あたしは犬って感じじゃないと思うけど?」


「いいや、よく見たらこのチワワ、デコっぱちなとこが汐音っぽい。ぼくもお揃いのチワワにしよーっと」


「はぁ? 誰がデコっぱちよ、誰がっ」


 にやにやと笑いながらまたもカードをスキャンしている。さすが何をやらせても器用な奴は器用で、今度はすでにコツを掴んだのか、一発でころりんと落ちてきた。


 だけど、ふくれっ面のあたしの眼前に突き出してきたのはチワワではなく……。


「それ、ポメラニアンじゃないの?」


「うん。やっぱ汐音はポメラニアンって感じ。赤毛でキャンキャン吠えるし」


「うっさいわね、誰が吠えさせてんのよ。怒るわよ?」


「はははっ、ほらすぐそうやって威嚇するじゃんか。なー、シ・オ・ン」


取り立てのポメラニアンに話しかけながらなでなでしている茉莉花。同じ名前を呼ばれていても、撫でてもらえてるぬいぐるみにちょっぴり嫉妬してしまう……。


「今度はあたしが取ってあげる。どれか欲しいのある?」


「えー、汐音がぁ? 初心者だし恐ろしく不器用な汐音にクレーンゲームは……」


「何か言った?」


「い、いいや、何でもない……。分かった、ぼくがコツを教えるから、言った通りにやってみな?」


 それからあたしは茉莉花のアドバイスを横に、駄菓子の詰め合わせの入った箱を落とす事に没頭した。茉莉花いわく、箱の側面にアームの爪が引っかかりやすいように穴が空いているし、駄菓子なら軽いから初心者向けだろうとの事。


 だけど、ぼそっと呟かれた通り、不器用なあたしには箱を持ち上げる事すら出来ない。言われた通りにレバーとボタンを操作しているつもりなのに、「違う違う、何やってんだよー」と笑われてばかり。だんだんイラついてくるあたしの隣では、なぜ教えた通りに出来ないのかとこれまたイラつきを隠し切れない茉莉花。


「だからぁ、『ここっ』って思った瞬間に放したんじゃ遅いんだってぇ」


「やってるわよっ。ちゃんと直前で止めてるもんっ。きっとこの台が壊れてんのよ。隣で口出してるだけのくせに簡単に言わないでよねっ」


「ぼくが見てる限り、アームは甘くないし箱の穴だって絶妙な角度で取りやすく置いてあるんだぞ? ぼくじゃなくたって、子供でも一発でゲット出来るはずだけど」


「はーんっ。偉そうに言うんなら一発で取ってみなさいよ。もし取れなかったらあたしの言う事何でも聞いてもらうわよ?」


「おーけー。じゃあもし取れたら、逆にぼくの言う事聞いてもらうからな?」


 自信満々な笑みにムッと口を尖らすと、茉莉花は涼しげな顔でレバーを握った。大口叩いといて、いざという時にヘタレな茉莉花をあたしは知っている。さぁて、何をしてもらおうかしら、とニヤつきながら横顔を見つめた。


「ほいっ。ぼくの勝ち、だね」


 あっという間にガラゴロと滑り落ちてきた箱を拾い上げ、得意げに顔の横で振ってみせてくる。あたしが苦労しても達成出来なかった事をひょいひょいとやってのける茉莉花が羨ましくて、だけどムカつく……。


 どーせあたしは何をやってもダメな女ですよーだっ。


「つまんない」


「もー、汐音がやりたいって言い出したんだろ? 上手くいかないからってワガママ言うなよ。でも、賭けは賭けだからな? ちゃんと約束守ってもらうぞ」


「ふんっ。いちいちそんな約束してたら、ここにいる限りいくらでもあんたの言う事聞かなきゃいけなくなるわね。……いいわよ、一つだけ聞いてあげるから言ってみなさいよっ」


 ふくれっ面のあたしとは対照的に、茉莉花は目に掛かりそうな長い前髪をケロリとした表情でかき上げながらうーんと首をひねった。


 辺り一面、流行りの曲が爆音で流れる中色とりどりのライトがチカチカと眩しく光っている。クレーンゲームの前では親子連れやカップルがキャッキャとはしゃぎ、奥の方ではうざったい男子高校生がギャハハとからかい合いながら太鼓のゲームを叩いている。


 ここでつまらなそうな顔をしているのはあたしだけ、そう思うと胸に靄が掛かっていった。


 ふと思い出したように茉莉花がぽんっと手を打つ。にやりと口の端を上げてすっとんきょうな提案を出してきた。


「じゃあさ、今日一日……」


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