43☆千歳におまかせ?
「千歳はどう思う?」
「うーん、ちぃはねぇ……やっぱり女の子らしい恰好がいいと思うよっ? しーちゃんはポニーしてると活発そうに見えるからジーパンとかカジュアルでもいいと思うけどぉ、デートって言ったらやっぱりロリータでしょ! 髪下ろして、パッチンもしないで、こう横に流してさぁ」
向かいの席から身を乗り出した千歳があたしの前髪をするすると撫でる。明日に控えた奈也とのデートに何を着ていけばいいのか分からず、食堂でお昼を食べながらご教授頂いてる訳だけど……。
「ろ、ロリータっ? ヤダよ、そんなぶりぶりしたの。千歳なら似合うかもしんないけど、あたしなんか柄じゃないもん。だってさ、向こうはあたしの事かっこいいとか言ってくるんだよ? かわいい恰好なんてしてったらドン引きされるんじゃ……」
「違う違う。女の子の言う『かっこいい』は見た目の問題じゃないんだってばぁ。そりゃ見た目もゼロじゃないけど、性格とか行動とか生き様とかね、まぁ色々要素はある訳ですよぉ」
「い、生き様?」
あいつの顔が脳内を過ぎる。あいつは容姿と口調すら男の子っぽいものの、あたしからしたらあんなヘタレ、かっこよくもなんともない。私服のコーディネートはさすがだとは思うけど、それ以外にかっこいいと思えた瞬間はないのだから。
かっこいいと思えないのはあたしが男嫌いだから? うーん、でも用務の倉田先生もかっこいい女性って感じはしたけど、別に嫌悪感が走る訳じゃなかったし。そうよ、倉田先生なんて蒼い繋ぎ着ててもかっこいいんだから、かっこいいと呼ばれる生き物は何を着ててもかっこいいのよ。誰かさんみたいに飾らなくても。
「分かった。じゃあさ、ロリータは無理だけど、千歳の持ってるおしゃれなやつ貸して? 派手過ぎず地味過ぎないやつ。あいつのは着れたもんじゃないし、鈴芽ちゃんのは小さすぎるし。こういう時に頼れるのはあなたしかいないのよ、千歳」
「うんうん、任せときって。ちぃが最高にかわいくしてあげるからっ。茉莉花が鼻血出しちゃう程にねー」
「ば、バカっ! しーっ」
慌てて人差し指を口元に当てる。いくら騒がしいとはいえ、きゃっきゃうふふと賑わう食堂では誰が聞いてるか分からない、そう教えてくれた玲ちゃんの言葉を思い出す。ごめんごめん、とこめかみをぽりぽりする千歳に悪気がないのは分かっている。だけどこういう一言がどんな引き金になるか計り知れないのでヒヤヒヤする。
とりあえずじろりと辺りを見渡しても、あたしたちの会話に反応している姿はない。ホッと胸を撫で下ろしてコップの水を一気飲みした。
「ところで、しーちゃん」
「うん?」
きょろきょろと周りを確認しながら千歳が顔を近付けてくる。ただでさえデカいレモン目をキラキラ見開いてとんでもない事を尋ねてきた。
「もうヤった? あれから進展は?」
「ぶっ! な、何て事聞くのよ、こんなとこでっ」
「照れちゃってぇ。しーちゃんとちぃの仲じゃんかぁ。うりうりぃ」
身を乗り出して囃し立てる千歳の巨大なお胸がどっかりとテーブルに乗っている。あたしのオデコをつんつんと突きながらにんまりと笑う千歳。目もお胸も大きい奴は質問の内容も莫大過ぎてくらくらする……。
「あ、ある訳ないでしょっ。それにご飯中だっつーの」
千歳も、本来のルームメイトである千歳でさえも、茉莉花の秘密を知らない。あいつが女体コンプレックスで、見るのも見られるのも異常なまでの拒否反応をする事を。あの口の堅い龍一さんは知っていたとしても妹の友人である鈴芽ちゃんにはきっと言わないだろうし、第一知っているのかどうかすらも微妙なところ。
だからって、真昼間から聞くか普通ー!
「じゃ、ご飯食べ終わったら詳しく聞かせてねー。大丈夫、ちぃはいつでもしーちゃんたちの味方だから」
「そ、そういう問題じゃないわよっ。残念ながら千歳が期待してるような話は全くないからね?」
「ふぅーん、残念ながら?」
「う、うっさいわねっ。そういう意味じゃないっつーの」
これだからガチレズは……。女の子同士の身体の関係を当たり前のように聞いてくるんだから……。それってきっと、あの薄汚い男共とするよりも、ずっとずっとデリケートでピュアな経緯があるはずなのに。
それ以前に、あいつがコンプレックスを克服してくれない事にはあたしたちに進展なんかありゃしない。……まぁ、それだけが『好き』を計るものではないとは分かっているけど。
それでも、愛しい相手を目の前にして肌を重ねたいと思うのはあたしだけなのかと不安になる自分もいる……。
「どうしたの? しーちゃん。お箸咥えてボーッとしちゃってぇ。進展がなくて欲求不満だからってデート相手押し倒しちゃダメだかんね? ちぃが許さないかんね?」
「だ、誰が欲求不満よっ。いいかげんにしないと怒るわよ、千歳」
「あははっ、しーちゃんが怒るのはいつもの事じゃーん。笑ってるより怒ってる顔ばっか見てる気がするもん」
「人を仁王様みたいに言わないでよね。はー……もうっ」
どいつもこいつも怒らせるような事言うからでしょうがっ。
「ごちそうさまでした、っと。……じゃ、あたし先に教室戻るね。寮帰ったらコーデお願い」
「うんうん、任せてちょんまげー」
右手でピースを作り左手でバイバイと手を振る千歳が、「一人じゃんけーん。右手の勝ちーぃ」とリアクションに困るギャグをかましてくる。とりあえず引き攣り笑いしたあたしは一人、お弁当箱を畳んで食堂を後にした。
「汐音ぇ」
四組の教室に入ろうとしたところであたしを呼ぶ声がした。振り返ると六組の方から赤縁メガネっ子が急ぎ足で近付いてくるのが目に入る。あたしの視線に気付いた奈也は嬉しそうに満面の笑みで手を振ってくれた。
「そんなに急がなくても昼休みはまだあと十分くらいあるよ?」
「知ってる知ってる。だけど汐音と少しでも多く話したくて……迷惑、だった?」
発言が大胆な割りにもじもじと髪をいじりながら上目使いで見つめてくる。か、かわいい……。あたしはこんな健気で純粋な生き物に好かれてていいんだろうかという罪悪感さえ覚える。ガサツなあたしのどこに魅かれてるんだかと不思議だったけど、この恋する乙女そのものみたいな白さの欠片もない真逆なところがそれだったのだろうか。
「ううん、迷惑な訳ないでしょ? あたしも明日たくさん話せる事楽しみにしてるからね」
「嬉しいっ。そんな事言われたらアタシ、楽しみ過ぎて眠れないかも。……あ、そうそう、今日はこれ渡しに来たの。よかったら使って?」
奈也が差し出してきたのは落ち着いた青のハンカチだった。四方には青紫色の糸で菊のような花が刺繍され、縁取りには水色のレースが施されている。一見高校生が持つには渋過ぎる品に思えたけど、まさかまさかと思いつつ尋ねてみた。
「ありがと。……これって、もしかして奈也が刺繍した訳じゃないよね?」
「うふふっ、当たり。ちょっと地味だったかなぁ? 汐音にぴったりのデザインにしてみたんだけど……」
地味、とまでは言わないけど……あたしって寒色のイメージじゃないと思ってた。お姉ちゃんも茉莉花も、赤毛のあたしには暖色がよく似合うねって言ってくれてたから。奈也のイメージとやらがこの落ち着いたデザインとあたしの性格を連想しているのだとしたら、それは買い被り過ぎというやつだ。
それとも、他に意味があるのだろうか……。
「ううん、そんな事ないよ。こんな素敵な刺繍まで出来るなんて、奈也はほんとに器用なんだね。それに、いつも貰ってばっかで申し訳ないな……。ほんとありがと、大事に使わせてもらうね」
「良かったー。いらないって言われたらどうしようかと思っちゃった。アタシが好きでやってる事だし、作る口実が出来てこちらこそ有り難いくらいなの。作るのが趣味なんだけど、貰ってくれる人がいた方が作り甲斐もあるし……」
奈也は照れくさそうに俯きながら赤縁メガネを上げ下げした。片手でくるくると毛先をいじるのも癖なのだろう。二つに束ねられた黒髪がつやつやと輝いている。清楚で器用で、それでいて控えめで、これぞまさしく大和撫子ってやつだ。
「奈也のクオリティ高い作品を拒む訳ないじゃない。ほんとに嬉しいよ。いつもありがと」
あたしがにっこり微笑むと、奈也はちらっとこちらを向いてから慌てて視線を外した。顔を逸らしても顔が真っ赤なのがバレバレ。そこがまたかわいくて口元が緩んでしまう。
「じゃ、じゃあ、アタシ教室戻るね。こちらこそ貰ってくれてありがとう。明日、十時に迎えに行くから」
「うんっ、楽しみにしてるから。じゃ、明日ね」
名残惜しそうに手を振る奈也の背中を見送る。ふとその先に視線を感じた。そいつはあたしと目が合うと、ちらりと横目で見ながら六組へと消えていった。
茉莉花の奴、自分はいっつもちやほやされてるくせに、あたしがちょっとプレゼント貰ったくらいで気にしちゃって……。妬いてくれるのは嬉しいけど、いつもあたしがどんな気持ちで廊下を通っていたか、少しは思い知るといいわ。
そうよ。いつもあんたが味わってるモテる側の気分と、あたしが味わってる外側にいる事しか出来ないもどかしい気分が逆転しただけ。あたしみたいに、おとなしく飼い主を待つしかないお留守番の仔犬の気分を味わえばいいんだわ。




