4☆探し人はエンジ色?
放課後、あたしはこっそり部活見学をする事にした。まだ部活紹介もされていないから、どんな部活があるのか分からないけど。
昼休み会ったあの素敵な歌声の人はきっと合唱部か軽音部。まずはそこから捜してみよう、と音楽室を目指す。入学初日のオリエンテーションの時に校内の見取り図は覚えたから、きっと一人でも辿りつけるはず……。
あんな素敵な先輩がいたら、毎日部活が楽しくて楽しくて幸せだろうなぁ。綺麗な容姿、綺麗な歌声、あの人の隣にいられたら……うーん、贅沢過ぎる薔薇色かも!
胸元の臙脂色の刺繍は確か三年生。一緒の部活を楽しめるのは半年しかないけど、上手くいけばその後も……その後も幸せライフを送れるかもしれない……。
あたしだってもうあの過去とおさらばしたんだ、そろそろ幸せ訪れてもいいはずなんだもん……。
音楽室へ向かう途中、ふと思い出してみる。あの人は人気のない裏庭の、しかも木陰で隠れるように歌っていた。ならば、もしかしたら人前で歌うのは好きじゃないかもしれない。
もっと言えば、どことなく陰りのある雰囲気すら感じた。人の事言えないけど、昼休みに一人であんなところにいるなんて、もしかして人間嫌い? 一人好き? どちらにしてもそれが当てはまっていてもおかしくはない。あくまで想像だけど、人見知りな事は確かだ。
なら、だとしたら、どっちの部を捜してもいない?
「って事は……」
あたしの乙女レーダーが作動し出す。『あっちあっち』と裏庭を示す。さっきの木陰? でも今はもう放課後、もし部活に入ってるなら部活へ行ってるだろうし、入ってなければもう帰ってるかもしれない。
「でもなぁ……」
あたしは足を止めるどころか、少し速足で歩き続けた。早く行かないと帰っちゃうかもしれない、待ち伏せてたら来るかもしれない、どちらにしても会える確率は定かでないけど、捜さなければ会えないのだから。
昼間声が聴こえてきた体育館前の渡り廊下までくると、夕方の少し冷たい風があたしのポニーテールを揺らした。耳を澄ませばまた聴こえてくるかもしれない、心の中で『聴こえますように』と念じながら目を瞑った。
だけど、聴こえてきたのは体育館の音。ダンダンというボールの跳ねる音と、キュッキュというバッシュの音、それから、ピーという笛の音。……うっさいなぁ、と心の中で舌打ちをする。
「きゃっ!」
「キャッ」
背後から突き飛ばされたような衝撃が走り、あたしはおっとっと、と数歩前につんのめった。あまり人気がないとはいえ、体育館へと続く道で目を瞑っていたら、そりゃ……。
「ごめんなさい! ちょっと目にゴミが入って瞑ってたんです」
「……いったぁ……」
「だ、大丈夫ですか? 立てます?」
ぶつかってきたと思われるその人は、四つん這いになって膝を摩っていた。状況からするに、何かにつまずいた先にあたしがいて、すっころんだついでにあたしを突き飛ばしてしまった、という感じだった。何につまずいたんだろうと思って後ろを振り返ったが、特に目立った障害物はない。
「あの、膝ケガしたんじゃないですか? 保健室行きますか? あたし、ついて行きますから」
「……平気……慣れてるから。行ってきたばっかだし、保健室」
「行ってきた、ばっか?」
うなりながらもむくりと立ち上がったその人の全身を見ると、タンクトップと短パンのユニフォームを着ていた。バスケ部の人? それにしてはちょっと鈍そうな感じ……。すらりと伸びた腕も足も、ついでに言えばかわいい顔にも傷やアザが無数に残っているし……。
いや、今みたいにすっ転んでついたような傷じゃない。自分の不注意でケガしたにしてはちょっと数が尋常じゃない。もしかして、これは……虐待では!
「あ、あの! やっぱり保健室付き合います。それで、あの……先生にもちゃんとお話した方がいいです!」
「……だから、平気だってば。話す? 何を? 先生ならよく知ってくれてるから何も話す事ないよ。……じゃ」
「え、あの……」
保健の先生には虐待の話、打ち明けてるって事? なら、あたしの出しゃばる事じゃないけど……。
痛々しく片足を引きずりながら体育館へと向かうその後ろ姿は、か細くて頼りなくて、守ってあげたい妹みたいなフェロモンを感じた。うちの妹はしっかりしているから、守ってあげたいタイプの妹をよしよししてみたいと思った事がある。それはきっとあの人みたいなドジッ子なんだ……。
「しっかし、何につまずいたんだろ?」
もう一度路面をまじまじと見てみたけど、やっぱりそれらしき凹凸は見当たらない。結構な勢いでつんのめってあたしを突き飛ばしたんだから、それなりの障害物があってもおかしくないと思ったんだけど……。つーか、ない方がおかしくない?
まぁ、ない物を探してもしょうがないし、あたしはあたしの探し物を再開しましょうかね、と改めて上を向く。夕陽が傾き出した春の風は強くて冷たくて、ぶるっと一旦肩を竦めてから歩き出した。
「それにしても……」
ダンダンキュッキュピーピーと、体育館からは忙しい音が鳴り止まない。それに加え「そーれー!」という掛け声まで……。バスケ部とバレー部か……春季大会かなんかで大変なんだろうか。他人事ながらうんざりする。
ならばあの綺麗な歌声を今捜すのは難しいかなとも思いつつ、最後の悪あがきに木陰を覗いてみた。昼間は近付いただけで気付かれてしまったから、相当気配に敏感な事を学習した。だから直接覗くのはどうかと思ったんだけど……。
「やっぱ、いないか」
もう一度聴きたい、そう願ってきた。無駄足なのは承知できた。でもあたしの乙女レーダーは役立たずだった訳で……。
がっかりと肩を落とすあたしは思った、明日の昼休みはここで待ち伏せしてみよう! と。前向きに前向きに、同じ学校内にいる生徒なんだもん、二度と会えない訳ではないし、フラれた訳でもないし。あたしの幸せはまだ捜し始めたばかりなんだから、あの人の事もゆっくり捜していこう! そしてゆっくりお近付きに……。
「帰ろう、楓ちゃん。そんな傷じゃ部活は休んだ方がいいって、保健の白井先生も言ってたよ。せっかく迎えにきたんだから」
体育館の脇から話声が聴こえた。どこかで聞いた名前、どこかで聞いた声……。思い出そうとしたけど見当がつかず、耳を澄ませながら声のする方へとそろりそろり足を進めた。
「嘘! 白井先生になんて言われてないくせに。ほんとはお姉ちゃんに言われて来たんでしょ!」
「違うよ、わたしは楓ちゃんが心配で……ね、帰ろう?」
「うぅー、三年になったらもっと試合に出れると思ったのに……。これも全部全部全部お姉ちゃんのせいだー」
もめてる? 片方は説得してるみたいだし、片方は泣き出してる。盗み聞きはよくない、そう思いながらも体育館の外壁にへばりついてこっそりと覗き込んだ。
「泣かないで? 楓ちゃん。帰ったらおいしい物作って食べよう?」
「……おいしい……物? じゃあ……墨子のケーキがいい……」
「うん、いいよ。じゃあ着替えておいで? 下駄箱で待ってるね」
一緒に帰る? おいしい物作る? 仲がいいのね……いいなぁ、そんな相手がいる人は。きっと素敵な人なんだろうけど……えーい、ちょっとだけ……顔見るだけ……。
壁からひょっこり顔を出したあたしの目に飛び込んできたのは……。
綺麗な歌声の先輩と、何もないところですっ転んでいたドジッ子バスケ部先輩の、愛おしそうに抱き合っている姿だった。
壊れ始めたラジオ様作「百合ing A to Z」より 木隠墨子さん・倉田楓さん
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