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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
39/105

39☆シャンデレラ城の玉虫色王女?

 鈴芽ちゃんに案内されるがまま、あたしは借りた紫色のワンピースを着て電車に乗った。鈴芽ちゃん曰く、茉莉花の家は学校から二時間ちょっと東へ行った海谷市(うみがやし)の一角にあるらしい。駅名を教えてもらったけど、聞いた事あるようなないような、だけどお上品そうな名前という点では覚えやすかったかもしれない。


「……遠いね。こないだ鈴芽ちゃんち行った時より遠い気がする……」


「実際私と千歳さんの住んでる街より距離はありますからねぇ。と言っても三つ程先なだけですから、もう少しの辛抱ですよ。それとも、やはり獅子倉さんの事が気がかりで遠く感じてしまうという意味でしたか?」


 それもあるのかもしれない。だって、会えたとしても何を話せばいいのか分かんないし。勢いでついて来ちゃったけど、そもそも会ってくれるのかどうかすら分かんないし。


 あたしが押しかけたら茉莉花はどんな顔するんだろうか。どんな事言うんだろうか。やっぱりあの時みたいに「彼女面すんなよ」と怒るんだろうか。迷惑だから帰れと追い返されるのだろうか。


「龍一さんから先程またお返事が来ました。獅子倉さんのお部屋をノックしても反応がないとの事です。靴があるので出かけてる訳ではなさそうだとおっしゃってますが、やはり妹さんのお部屋を勝手に開ける訳にはいかないのでしょうね。私は妹しかおりませんので分かりませんが、異性の兄妹とはそんなものなのでしょうか」


「どうだろうね。あたしも三姉妹だし、何より自分の部屋がなかったから分かんないや。男の子みたいな事してても、龍一さんたちにとってはかわいい妹なんでしょうしね」


「ふふふ、そうみたいですねぇ。ご両親もお兄様方もずいぶんかわいがってらっしゃるそうですから」


 かわいい妹、か……。学校のみんなには『かっこいいマリッカ』としか映ってないようだけど、家族からはかわいい末娘として愛されて甘やかされてるんだろうな。


 愛されて甘やかされて……まるで茉莉花があたしにしてくれてた事と同じだ。家族の愛情をたっぷり受けて育ってきた茉莉花だからこそ、愛情の注ぎ方を分かっているのだろうか。知らず知らずにそうしてしまえるのだろうか。


 なのに、あたしはどうよ。そんな茉莉花に何か返せた? 優しさに甘えっぱなしで何も出来てやしないじゃない。邪険にしても無視しても側にいてくれた茉莉花に何もしてあげてなかったじゃない。


 これじゃ、捨てられても何も言えない……。


「汐音さん、ご気分でも悪くなりましたか? そろそろ着きますよ」


「……え、あ、うん……」


 ここまで来たんだ。茉莉花を連れ戻しに来たんだ。あたしは彼女でも恋人でもないけど、茉莉花の一番近くにいたい。あの時みたいに振り払われて逃げられても怒鳴られてもいい。あんな風になってしまった理由も学校に来なくなった理由も分からないけど、優しかったあたしだけのかわいい茉莉花に戻ってくれるなら、どんな罵声を浴びせられてもあたしは連れて帰るまで一歩も引き下がらない。


「実は私も獅子倉家にはお邪魔した事はないんです。ご自宅の近くにおいしいイタリアンのお店がありまして、そこへご一緒する時に何度か前を通った事があったくらいでして。とてもご立派な邸宅ですよ。駅からはすぐですから」


 言いながらあたしの数歩前を行く鈴芽ちゃんの後を追う。ご立派な邸宅にお住いの鈴芽ちゃんの言えた事じゃないけど、茉莉花の私物を見る限りお金持ちのお嬢様には間違いない。


 改札を出ると商店なんかが一つもない事にまず驚いた。スーパーは? コンビニは? 本屋は? カフェすらない。鈴芽ちゃんの住んでいる高級住宅地とはまた違う空気が漂っている。


 すっきりと澄み渡った夕焼け空がどこまでも続いている。駅前だというのに高い建物が一つもなくて広々している。小さなジェット機なら滑走出来るんじゃないかという、真っ黒な高級車が並ぶロータリー。


 茉莉花はこんな開放的な街でのびのび育ってきたんだ……。


「相葉さん、久しぶりですね。今日は妹の為にわざわざありがとう」


 思わず景色に魅了されてしまっていて、呼びかけられて我に返った。声のする方へ振り返ると目が合ったその人はにっこり微笑んだ。違う、そう分かっていてもやっぱり茉莉花に似ている。龍一さんはお兄さんだけあってとても似ている。


「こ、こんにちは……。お世話になります」


「お世話にだなんてとんでもない。僕の方こそ妹が心配と迷惑をかけているんだから。さっ、どうぞ。案内しましょう」


 龍一さんはあたしと鈴芽ちゃんのバッグをスッと持ってくれた。お金持ちのお坊ちゃまは心にゆとりがあるのか、実に紳士的。妹からは想像つかないけど育ちがいいんだなと関心してしまう。


 二人の後をてくてく歩いていく。途中、遠くの方に御屋敷が見えて、どんな仕事をすればあんな豪邸に住めるのだろうと考えたけど、あたしにはアラブの石油王かという漠然で極端な発想しか浮かばない。


「あの白いお城のような建物が獅子倉さんのお宅ですよ」


「……はぁ……お宅ってゆーか、本物のお城じゃない……」


 まるでデスティニーランドのシャンデレラ城を少し小降りにしたような古城。あんぐりと口を開けたあたしの想像を遥かに超えた『ザ・城』だった。推定五階建てくらいであろうその邸宅は近付くにつれて存在感が増していく。


「相葉さん、僕は茉莉花の部屋までご案内したら鈴ちゃんと席を外します。何か御用があったら鈴ちゃんの携帯に連絡くださいね」


「え……は、はぁ……」


 大事な妹が心配なくせに、彼女が来たら自分はデートですか……。それとも、あたしと茉莉花に気を使ってる? ひとまずこんなお城の中は絶対に迷宮なはずだから、御手洗いの場所だけ聞いておこう、と色々想定しながら頷いた。


「どうぞ。スリッパはここへ置いておきますね」


「は、はぁ……。どうも……」


 圧倒されて空返事しか出て来ない。玄関は当たり前のように大理石とやら。一つ段を上がればじゅうたんは延々と続くビロードとやら。そこら中にはアンティークのよく分からないオブジェ。壁には金縁にイタリアだかおフランスだかの街並みが描かれた絵画。


 これ、家なの? 人が住むとこなの? 入場料とか払うそれじゃないの?


「エレベーター……ですか?」


「ええ、茉莉花の部屋は四階ですので」


 いや、そうじゃなくて。あたしの知ってるエレベーターはこう……鉄の扉がウイーンって閉まって、箱に閉じ込められているうちにスイーッて上がってて、「ピンポーン、四階です」とか女性の声がする空間なんですけど……。


「子供じゃないからしないと思いますが、手を出したらもげちゃいますからね? 昔はよく茉莉花にハラハラさせられたものです」


 龍一さんはケロッと言いながらエレベーターらしきものの扉らしきものを閉めた。もっとも、扉というより檻か柵。おっしゃる通り扉の外に手を出せば、上下した際にボキッと持って行かれてしまう。おしゃれと言えばおしゃれだけど、ここまで現実離れされた創りは正直ほんとに茉莉花が住んでいるのかという疑いが強くなってくる。


「この廊下の突き当たりが茉莉花の部屋です。……相葉さん?」


 ギギッというエレベーターの扉の開閉音と、ふかふかのじゅうたんに沈んでいくスリッパの感触に気を取られていた。龍一さんに覗き込まれて我に返った。


 四階は四階で、テレビで見た事のある三ツ星ホテルよりもだだっ広く、木製の茨や蔦の彫り物が刻まれた扉が並んでいる。


「えっ、あ、はい。一番奥ですね。分かりました。ありがとうございます」


「では、僕らはこれで。あとで母がおもてなしを持ってくるかと思いますので、ゆっくりしてってくださいね。じゃ、行こうか、鈴ちゃん」


 あたしがぺこっと頭を下げると、龍一さんも軽く会釈をしてから鈴芽ちゃんの手を取った。鈴芽ちゃんはというと、あたしの前だからか繋いだ手を恥ずかしそうに隠しながらいつもの仰々しいお辞儀をした。


 仲が良いな……そう羨みながら、あたしも思い人の待つ部屋へと急ぐ。踏み込む度に沈んでいく足元にも気を取られる事なく真っ直ぐ進んでいく。


 突き当りの部屋までは同じ扉が五つ並んでいる。茉莉花は確かお兄さんが三人の四人兄弟。一人一部屋としても全部で六部屋あるこのフロアはどういう振り分けになっているのかと気になってしまう。この屋敷の広さからして、一部屋あたりうちのボロアパート一棟くらいはあるかもしれない。


「……ふー……」


 緊張半分、疲れ半分。やっとたどり着いた茉莉花姫の部屋。斜めに傾いた『M』のルームプレート。ここで間違いない、そう思うと更に手汗が滲み出てくる。


 コンコン


 ……確かに返事も反応もない。だけどその前に、この分厚い頑丈な扉をノックして果たして中まで聞こえてるのだろうかという疑問が湧く。推測通り広いんだとしたら尚更聞こえないんじゃ……?


 ドンドン


 今度は拳で叩いてみる。扉は振動しているようだから、これなら音楽でもかけてない限り気付くはず。でも一分以上経過しても物音一つ聞こえてこない。


 もしかして、この部屋にはいないんじゃ? 次の一発で反応がなかったら強引に開けてでも中を確かめてやる。そう心に決めて片足を振り上げた瞬間……。


「いらっしゃい」


「わわっと……!」


 間一髪蹴り飛ばそうとしたところで背後から声がして足を止めた。その反動でつんのめりながら振り返ると、金糸のステッチが入った白いブラウスに玉虫色のカーディガンとお揃いのロングフレアスカートを身にまとった女の子がぺこりと頭を下げていた。緩く巻かれた長髪が耳元で一つに束ねられ、お辞儀と同時に肩から滑り落ちていく。


 え、え? 話には聞いてたけど、家でぶりぶりの服を着せられるって、ロングヘアのウィッグまで被らされてるの? 服装どころかちゃっかりメイクまでしてるし。藍色に飾られたアイライナーとマスカラがやたら様になってるし。ローズゴールドの口紅もブラウスの金糸とマッチしてて綺麗だし。


 ただでさえ普段ショートボブしか見た事ないあたしにとっては、茉莉花がロングヘアというだけで『女装』にしか見えないんですけど。え、あ、いや、女の子だから女装とは言わないんだろうけど、どちらかというと普段が男装なんだけど、これは女装か姫様ごっことしか言いようがない……。


「ご、ごめん! その……ノックしたけど反応がなかったから聞こえないのかと思って……。やっぱり部屋にはいなかったのね……」


「いえいえ、部屋の中にいますわよ?」


 ……わよ?


 にこにこと返答したその女装茉莉花は……全くと言っていい程ハスキーボイスなんかじゃなかった。むしろ気品溢れるマダムのような声……。


「お、お母さんでしたか! すすすすいませんっ、あまりにも茉莉花に……お嬢さんにそっくりだったもので……」


「あらあら、嬉しい事言ってくださるわね。よく似てるとは言われますが、まさかこの歳になって女子高生と間違えられるとは。うふふふふ」


 ……いや、しかしこの瓜二つっぷり、母方の遺伝子が相当強いとみた。龍一さんも面影とか笑顔とかそっくりだし、お母さんのすっぴんこそ謎なもののメイクしてここまで似てるとは恐ろしき血族。茉莉花を男にしたら龍一さん、三十歳くらい歳を取らせたらお母さんと同じ顔になる事間違いなし。


 ちょ、ちょっと笑える。ここまで似てるとさすがにドッペルゲンガーもびっくりな域。これで「実はぼくだよーん。騙されてやんのー。あはははは」とかなんとか言って本人ご登場でも驚けない。そんな妄想をしてしまったおかげで、さっきまでの緊張がどこかへ吹っ飛んでいった。


「ご、ご挨拶が遅れました。あたし、茉莉花さんの友人の……」


「お話は竜一から聞いているわ。汐音ちゃんね。茉莉花の為にわざわざ来てくれてありがとう。……それで、さっそくなのだけど忠告させてもらうわね?」


「忠告……ですか?」


「ええ、忠告よ。もしもあなたがうちの茉莉花を特別な対象として好きなのであれば、今すぐこの家を出ていって。そしてもうあの子に近寄らないで。それが守れないなら、あなたはもうあの学園に通えなくなると思ってちょうだい。あの時と同じなのよ、あの女がうろちょろしてた時と同じ……。あんなに痩せ細ったかわいそうな茉莉花の姿をもう二度と見たくないの。だから、お願い、お願いだから茉莉花にはもうつきまとわないで……」


 言葉が出なかった……。ぽろぽろと流れ落ちるお母さんの涙はただ事じゃないと思った。『あの時』っていつ? 『あの女』って誰? 聞きたい事が次々に湧いてくるのに、お母さんの涙を見てると一緒に流されていってしまう。


 あたしは茉莉花の泣き顔を知らない。あたしの前で一度も泣いた事がないから。でも、あいつが泣いたらこんな風に胸が締め付けられるのだろうか。泣き虫なあたしをいつもこんな気持ちで抱きしめてくれていたのだろうか。


 どうしたらいい……? あいつに、茉莉花に会いたい。でもあたしの思いは特別のそれ。違いますと嘘をつこうか、それともこの涙に免じて今日はおとなしく帰ろうか……。でも、今日引き下がったとしても、このままじゃあたしか茉莉花どちらかがあの学校からいなくなるかもしれない。


 会いたい……。でも、どうすれば……。


 「分かりました。あたしは……」


 これでいい。お互いの幸せを願うなら、これが一番いいんだ……。

 


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