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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
38/105

38☆姫様は紫がお好き?

 あれから茉莉花は寮に帰って来ていない。理由は誰も知らない。学校にも四日間来ていない。理由は誰もしらない。知っているのは外泊届けと欠席連絡はあるらしいという事だけ。


 ただでさえ目立つ事をしていたから注意を受けたというのに、この前の一件でマークがきつくなった事は間違いない。でも、それで自宅謹慎になっただとか停学になっただとかいう噂はない。


 それからもう一つ、あの日から変わった事といえば……。


「相葉さん。あなたがマリッカを監禁でもしてるんじゃないの? どういうつもりか知らないけど、あなたがマリッカに対して酷い事をしたのはみんな知ってるのよ」


「そうよ。よくもうちらのマリッカを……」


「知ってる事があるなら言いなさいよ。マリッカは何で休んでるの?」


 あたしだって知らない。あの日からあたしの知らない茉莉花になってしまったんだもの。


 毎日毎日あいつの取り巻きたちがぎゃーぎゃーと攻め立ててくるようになった。知らないと言っても無視をしても、あの日あたしが大勢の前で引っ叩いたものだからピタリと来なくなった理由と関係あると疑われてもしょうがないけど……こちらこそ理由を教えて欲しい。


 あいつが、茉莉花が変わってしまった理由を、あたしの前から消えてしまった理由を……。


「はいはーい、マリッカファンのみなさーん。ここは獅子倉茉莉花ちゃんのルームメイトである、この上から読んでも下から読んでも瀬戸千歳ちゃんが答えてあげるよーん」


「千歳……あんた、茉莉花の事、何か知って……」


 千歳はあたしに背を向けて、ファンの子たちに見えないように『しっしっ』とこの場から離れるよう合図した。きっと千歳も何も知らない。そうでなければもっと早くあたしに伝えてくれてるはずだもの。


 でも、この場をどうにか回避させてくれるというならここは千歳に任せよう。あとでちゃんと御礼言わせてもらうから……その意味を込めて千歳の手をギュッと一度握って走り抜けた。


「はぁっ、はぁっ……はー……」


 一気に寮まで走って部屋の扉を思い切り閉めた。息が苦しい。肺活量には自信があったのに、やっぱり運動不足のあたしに持久走は辛い。


「汐音さん……驚きましたよ、急に大きな音を立てられては……」


 扉にもたれたまま顔を上げると、デスクに向かっていた鈴芽ちゃんがシャーペン片手に振り返った。言葉通り目を丸くして驚いている。


 確かにそうだ。あたしの自室とはいえ、ここはルームメイトの鈴芽ちゃんの部屋でもあるのだから。その上勉強中だったとはタイミングも悪すぎる。


「ご、ごめん……。ちょっと、その……」


「いいえ、大丈夫です。少し驚いただけですから。こちらこそ申し訳ありません、この宿題だけ終わらせたら実家に帰りますのであとはゆっくりなさってくださいね」


「実家……」


 あぁ、そうか。今日は金曜日だった。鈴芽ちゃんは週末だから実家に帰るんだった……。


 寂しい……。みんないなくなっちゃう……。


「汐音さん」


 再びデスクでカリカリと音を立てながら鈴芽ちゃんが問いかけてくる。あたしはまだ整わない呼吸のままじっと見つめていた。


「獅子倉さんと何があったのか存じませんが、お話合いされてはいかがですか? 首を突っ込むつもりはありませんが、ええと……その……龍一さんから連絡が入ってまして……」


「……お兄さんが……?」


「ええ。なんでも、お家に帰られてからずっと『学校には行かない』の一点張りらしく、ろくに口も利かないそうで……。何があったのかどこが具合い悪いのかもお話されないそうです。こんな事は久しぶりだとおっしゃってました。私は汐音さんと獅子倉さんの間に何があったのか存じ上げませんので、龍一さんには分からないとしか伝えてませんよ」


 そっか、ずっともやもや考えてた割りに茉莉花が実家にいるんだという事は頭になかった……。あたしってば余計な事ばかり考えてるくせに現実的な事に気付けなかった。高校生が寮を出てどこへ行くか、答えはごくごく簡単な事だったのに……。


「それでですね、汐音さん」


 鈴芽ちゃんは器用にプリントとノートをバッグに詰め、それから立ち上がって振り返った。逆光で表情は分からない。その小さなシルエットは何を言い出すのだろうと身構えていた。


「私と一緒に、行きますか? 獅子倉家へ」


「……え?」


「獅子倉さんが元気に戻ってきてくだされば、汐音さんも龍一さんも笑顔になってくれると思いまして。汐音さんさえよろしければ龍一さんにアポイントを取ってみます。……いかがですか?」


「鈴芽ちゃん……」


 ぽろぽろと涙が溢れてくる。どうしたらいいのか分からないあたしの目から次々と溢れてくる。何も答えられずに俯いていると、小さな黒髪おかっぱ人形が「はい」とティッシュを握らせてきた。


 袖口でごしごしと雑に涙を拭い、握らされたティッシュで鼻をチーンとかむと、黒髪おかっぱ人形もちょこんとしゃがんであたしを見上げた。目が合うとにっこり微笑まれて胸が熱くなった。


「決まりですね。では、龍一さんには私から連絡をしておきますので、汐音さんは私服に着替えて出掛ける準備を整えておいてください」


「でも、鈴芽ちゃん……あたし……」


「大丈夫です。及ばずながら私も龍一さんもいますから。心を閉ざしたお姫様を救えるのは王子様だけですよ?」


 鈴芽ちゃんを今程頼りがいがあると思った事はない。あたしはなんて友達思いのルームメイトを持ったのだろう、とまた涙が溢れてきた。それを見て鈴芽ちゃんが笑いながら「あらあら。よしよしですよ」とあたしの頭を撫でてくれた。


 久しぶりに感じる人の暖かみ。でも、やっぱり撫でてくれるのは茉莉花がいい……。


「鈴芽ちゃんて、意外とクサイ事平気で言えるんだね。知らなかった」


「そうですか? クサイですか? お城にこもってしまったようなのでイメージ的にぴったりだと思ったのですが……。ちょうど獅子倉家もお城のような洋館ですし」


「うん、意外。だけどおかげで和んだよ。ほんとにありがとね、鈴芽ちゃん」


 あたしが笑ってみせると鈴芽ちゃんももう一度微笑んでくれた。そしてあたしの手を取って立ち上がらせ、なにやらいそいそとクローゼットをあさり出した。


 なんだろう、そう思いながらも支度をしようと制服を脱ぐ。そんなお城みたいな洋館に着ていける服なんて持ってないけど、鈴芽ちゃんちにお邪魔した時の赤いワンピースでいいか、とあたしもクローゼットを開いた。


「汐音さん、これ着てみてもらえませんか?」


 振り返った先で鈴芽ちゃんが手にしていたのは、ヒラヒラと袖口にフリルの付いた紫地のワンピース。ところどころに白い小花が散りばめられている。首周りから胸元にかけてレースの刺繍がしてあり、雛菊モチーフのボタンもかわいらしい。


「いや、これ……かわいくてオシャレだけど、さすがに鈴芽ちゃんの服は入らないよ……。それに、あたしこんなふりふり着れるキャラじゃないし」


「これは千歳さんが私にプレゼントしてくださったお洋服なのですが、私には逆に大きいので……。汐音さんにはぴったりだと思いますよ。きっと似合います」


「千歳に? なら尚更気が引けるよ……鈴芽ちゃんの為にくれた物じゃない。あたしなんかが着たら千歳はがっかりするよ」


「そんな事ありませんよ。千歳さんは心の広い人ですから、汐音さんが喜んで着てくださったら千歳さんもきっと喜んでくれるはずです。それと……私が思うに、獅子倉さんは紫色がお好きかと」


 にっこりと差し出されて顔が熱くなる。確かに、確かに茉莉花の私物は黒と紫が多いけど……それじゃあまるで茉莉花の為に着ろって言ってるようなもんじゃない……。


 おずおず受け取って宛がうと、鈴芽ちゃんは満足そうに頷いた。膝上の丈が少し短かすぎる気もするけど、袖丈も肩幅もちょうどよさそうだった。


「ありがと。着てみるね」


 あたしが御礼を言うと、「いえいえ」と言って龍一さんにメールし出した。せっかく至れり尽くせりしてくれてるんだ、あたしもぐずぐずしてられない。背中を押してくれてる鈴芽ちゃんと千歳へ恩を返す為にも行かなくちゃ。迎えに行かなくちゃ。


 あんのおバカ姫を引きずり出しに行かなくちゃ! 



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