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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編

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34/105

34☆赤毛の至り?

「へっくしょんっ! ……うー……。汐音、ティッシューぅ」


「自分で取りなさいよ、もう……。だから一緒にお風呂行こうって言ったのに。ほらっ」


 あたしがお風呂から帰ってくると、茉莉花は飛び乗るようにベッドへ転がっていった。雨でずぶ濡れだったので寮に戻ってきてすぐ着替えを出したり髪を乾かしたりしてあげたのに、「汐音の前で取りたくない」と、頑として(さらし)は取ろうとしなかった。てっきりもう取り換えているものだと思って帰ってきたのに何一つ状況は変わっていなかった事に若干イラつく。


「なんであたしがいない間に取り換えなかったのよ。バカなの?」


 ティッシュを受け取った茉莉花は恨めしそうな目であたしを見上げる。ドライヤーをかけたりジャージをランドリーの乾燥機に突っ込んできてあげたりと、散々お世話になっておきながらその目はなぁに? と、こちらも睨み返す。


「取り換えようと思ったら汐音が勝手に入ってきたんだろー? ノックくらいしろよなー」


「は? だって夜はあたしの部屋でもあるんだからノックなんてする必要ないじゃない。……って事は……あんた、今『無防備』な訳? ノーガードな訳?」


 にやりとしたあたしの企みを察したのか、鼻をかんでいた茉莉花はティッシュを放り投げて大慌てで布団を抱きしめた。なにその乙女ポーズ。なにその怯えた顔。なにその潤んだ目。


 あたしの中のドエスを覚醒させたい訳?


「な、何見てんだよっ。しっしっ。汐音こそちゃんと髪乾かしてこいよ」


「ふふーん。まーぁりっかちゃーん、あたしにそんな口聞いていいのかなーぁ?」


「く、来るなっ。やめろっ、なんだそのキラキラした目はっ」


「あらあらあらあら、なんて言ったのかなーぁ? 『襲って欲しい』って聞こえたなー」


 じりじりとにじり寄って行くと、まるでミノムシのように布団を纏ってますます怯えた表情をした。あたしにはそれが誘ってるとしか思えなくて背中がぞくぞくする。ダメだやめろだ言われる度にそそられてしまう……。


「へへへへ変態ーっ! やめときゃよかった、汐音と一緒の部屋なんてやめときゃよかったーぁ!」


「もう遅いわよ、観念しなさい? かわいすぎるあんたが悪いんだから……」


 布団に包まったままじたばたする茉莉花の肩をベッドに押さえつけ、馬乗りになって見下ろす。やばい、ぞくぞくが止まらない。前にもこんな風に見下ろした事があったけど、嫌がると分かっている今の方が何倍も鳥肌が立つ。


「お、降りろってばっ! や、やめて? ね、ね、汐音ちゃん。いやいや、汐音様? 何でもするから許して?」


「へぇ……? 何でも?」


「ちちちち違うっ! 何でもってゆーのは肉体的な事以外だってばー!」


「ふぅーん。おとなしくしたら考えてあげてもいいけど?」


 生乾きの赤毛があたしの肩を滑って茉莉花の頬にかかる。髪から伝わる滴が薄らと桃色の頬を濡らして綺麗。その光る滴を舌で舐め取ると茉莉花の肩がびくっと震えたので、押さえる腕につい力が入る。


「やめ……痛いよ、汐音……」


「ごめん。でも我慢出来ないの。……いい子にして、ね?」


 唇を重ねると、観念したのか茉莉花は少しだけ力を抜いた。キスなんてあたし以外の何人ともしてきたくせに……そう思うと胸がざわつく。それなら、あたしとだけのキスをしてあげる……。


 舌で輪郭をなぞってから口の中へと差し入れる。少し震えながらも受け入れてくれたので片手でそっと髪を撫でる。『いい子ね……』、そう言葉にする代わりにゆっくりと優しく梳いた。


 いつも合意にこだわるあたしなのに、こんなのちっともフェアじゃない。そう心の中で葛藤するも止められず、心臓の鼓動に比例して激しくなっていく吐息も余計に煽る。


「茉莉花……?」


 ゆっくりと放した唇から愛しい人の名がこぼれていく。薄らと開いた彼女の目尻から流れ落ちそうな涙を舐め取ってもう一度問いかけた。


「茉莉花、あたしの事……好き……?」


「……ん、は……?」


「何?」


「汐音……汐音は……?」


 ずるい。言わせようとしている時に反撃してくるなんてずるい……。まだ言えてないその一言を……。


 あたしは抵抗しなくなった茉莉花をじっと見下ろしていた。潤んだ茉莉花の目に映ったあたしをじっと見つめていた。そこには欲望に満ちた獣のような女が映っていた。言いたくない事を言わせようとしているずるい女が映っていた。


「目、閉じて……」


 茉莉花もまたあたしをじっと見上げていた。問いかけの答えを待っているようにじっと見つめていた。ずるい女の返答を。


 見たくない……。


「目、閉じてってば」


「……ヤダ」


「……バカな子。せっかくいい気分だったのに……」


 しゃぶりついた茉莉花の首筋は雨の匂いがした。耳の裏から少しずつ下がっていく度に吐息が洩れていく。興奮を隠しきれないあたしの息遣いが、敏感になっている茉莉花の身体を更に反応させてしまっているようだった。


 声を押し殺そうとしてぎゅっと唇を噛みしめている姿にまたそそられてしまう。デコルテまで舌を下ろしたあたしが片手で布団を剥ごうとした瞬間、腕を解放された茉莉花が急にあたしを突き飛ばした。


「いったぁ……。何すんのよ、急に」


 ベッドから転げ落ちそうになったあたしが睨みつけると、茉莉花は起き上がって布団を抱き直した。むき出しのデコルテにはあたしの唾液が光っている。それを茉莉花が拭い取ると、脇から晒がはらりと(ほど)けていくのが見えた。


「だ、ダメだっ。やっぱりダメだ。ダメダメダメっ」


 ぷるぷると首を横に振りながら呪文のように繰り返している。布団で隠されたその奥がはだけきっているのが分かって色っぽい光景ではあったものの、あたしにというより自分に言い聞かせているかのようなその呪文になんだか興醒めしてしまい、ため息をつきながら立ち上がった。


「悪かったわよ。もうしない」


「……」


「なにその疑いの眼差し」


 いじけてるとしか思えないその表情に呆れ笑いさえ込み上げてきた。いつまでもそのままじゃ身動きも取れないし風邪でもひかれたらいけないので、あたしはパジャマの上に羽織っていたガウンを脱いで茉莉花の方へバサッと投げた。


「あっち向いててあげるから、それ羽織って晒巻き直しなさいよ」


 ぷいっと背を向けてデスクチェアに腰掛ける。クルクルと回転する椅子を左右に軽く振って背もたれに寄りかかった。何も言わない茉莉花に対して罪悪感が湧いてくる。怒っただろうか。傷つけただろうか。嫌われただろうか。


 あたしはただじっと気配を殺していた。するすると布の擦れる音を聴きながら。彼女が声をかけてくるまで黙って待とう、そう思って静かに深呼吸をした。


 やがてひたひたとこちらへ近付いてくる足音が聞こえた。茉莉花は何て声をかけてくるだろう、少し身構える。それでも足音に気付かぬふりをしてひたすら背を向けていた。


「汐音……」


「……うん」


「こっち向いて?」


 言われるがままデスクチェアごとくるりと回る。目が合った茉莉花はその場にしゃがみ込み、じっとこちらを見上げている。どんな顔していいのか分からず視線を外すと、茉莉花はあたしの手に自分の手をそっと重ねて言った。


「ごめん」


「……なんであんたが謝るのよ。悪いのは強引にしたあたしでしょ?」


「……いや、なんてゆーか……克服出来なくて、受け入れられなくてごめん……」


 意外な発言に思わず表情を窺う。茉莉花は相変わらずじっとこちらを見上げていた。バツが悪そうな、照れ臭そうなはにかみ笑いを浮かべている。どんな解釈をしたらいいのだろう。あたしも片手を重ねた。茉莉花の手は冷たかった。


「このままじゃダメだって分かってる。こないだからかわれた時とは違うって分かってる。急に強引にされたし心の準備ってのも出来なかったから、その……まだキス以上の事は……」


「いいの。あたしこそごめん。もう茉莉花の嫌がる事しない」


 そっと髪を梳いてあげると、茉莉花はあたしの膝に頬を寄せて目を閉じた。小動物みたいでかわいい、そう思って頭を撫でていると、茉莉花はそのまま話し続けた。


「嫌な訳ないだろ。言ったじゃんか、ぼくは汐音が好きだって。汐音の気持ちだって分かってるつもりだよ。だから、求められて嫌な訳がない、それは分かってくれる?」


「……うん。でも気持ちと行動はイコールじゃないって思ってる。好きだからしたいって気持ちも、好きだから何も出来ないって気持ちもあるって教わったの」


 黒宮部長が言ってた、『大切だから何も出来ない』って意味、今なら分かる気がするの。欲望のままに茉莉花を押し倒しても傷付けるだけなのなら、何もしないまま側にいたいと思ったの。


「汐音は優しいな。ずっとこうしてたい」


「あんたに優しいなんて言われたの初めてかも」


「そんな事ないだろ? こうやっていつも優しくしてくれたらいくらでも言うよ。……その手も気持ちいい。このまま寝かしつけて欲しいな」


「それじゃあたしが眠れないからダメ。でも、茉莉花がお望みならいつだってしてあげるわ」


 小さく頷く茉莉花の頭を撫でながら、あたしもこのまま眠ってしまえたらいいのに、と思った。静かな部屋に穏やかな時間が流れていく。


 しばらくしても動こうとしないので、眠ってしまったんだろうか、と手を止めて耳を澄ませる。規則的な呼吸は感じられるけど、どうやら寝息ではないみたい。再び撫でようとすると茉莉花はゆっくりと頭を起こした。


「ダメだ」


「……何が?」


 問い掛けにも答えず茉莉花はすくっと立ち上がり、見つめるあたしの顎ををくいっと持ち上げた。そして唇を重ねるな否や熱い舌を絡ませてきた。あたしも茉莉花を求める。ギィッときしむデスクチェアーに預けていた背中に腕を回され、あたしももっと近くに感じたくて茉莉花の首に腕を巻きつけた。


 二人きりの空間に、唇から洩れる水音と荒い呼吸が響いている。冷えた指先とは違い、茉莉花の舌はとても温かかった。


 気持ちいい……。離れそうになる度にどちらともなく、もっと、もっと、とおねだりを繰り返す。顎に添えられていた茉莉花の氷のような指先がそっと首筋を這ってゾクッと鳥肌が立った。一瞬声が洩れそうになる。だけど塞がれた唇からは荒い吐息と二人の唾液だけが溢れていく。


「……んっ……」


 胸元に感触を覚えて今度こそ声が洩れた。茉莉花があたしのパジャマのボタンを外そうとしている。思いもよらない行動であたしの肩に力が入る。あたしはこんな緊張感を茉莉花に与えていたのかと思うと胸がぎゅっとなった。


 どうしよう……心臓が爆発しそう……。


「おっつー! 鈴ちゃんにあげるイチゴ取りに来……たんだけど、お取り込み中だったみたいねっ? ごめんごめん! どうぞお構いなく続けて?」


「……ち、千歳っ、ノックくらいしろよ……」


 最っ悪……。




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