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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
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31☆恋人はストロベリーピンク? 後編

「しーちゃん、幸せ者だねぇ。ちぃがいるのにあんな事言ってもらえるなんてさ。ぶっちゃけお邪魔虫は出ていった方がいいかなーとも思ったんだけど、ちぃが思うに茉莉花は誰かがいた方が素直になれるんじゃないかなって気がする。二人きりの時の方がシャイなんじゃないかってね」


「……」


「違ったかなぁ」


 待って待って。顔は真っ赤だろうけど頭が真っ白で思考回路が追いついてないから待って。


 『ちゃんと言う』ってそういう事なの? こんな恥ずかしい事だったの? あたしを辱める為にわざと千歳の前で言ったの? それとも、千歳の憶測通り他人がいたから言えた事なの?


 分かんないけど……そう言われてみればそんな気もしてきた。あたしが要求してなかったからってのもあったかもしれないけど、二人きりの時には自分の事は何一つ言ってくれなかったし……。


 でも、それが果たして『素直』と呼べるものなのかは別問題。『ノリ』って可能性もあるし。普段ちゃらちゃらしてる時は常に人前だし、見られていると自分を着飾れるのかもしれないじゃない。


「ちぃは茉莉花と三日しか過ごしてなかったけどさ、すんごく優しい子だなって思ってた。ちぃのくだらない冗談にもいっつも笑って返してくれたし、ちぃが泣いてたらずっと側にいてくれたし、話したい事は全部聞いてくれるけど聞いて欲しくない事は触れてこなかったの。だけどね、それが茉莉花の本性じゃないって今分かった。なんてゆーか……根っこから優しい人なんだろうけど、ちぃと一緒の時も学校で見かけた時も、今みたいな自然体じゃなかった気がするもん」


「自然体?」


「うん、そう。ちぃが帰ってきてからころころ色んな顔してたよ。ちぃとの部屋でも学校でも見せない顔、しーちゃんには見せるんだーって思ったんだよね。リラックス出来る相手なんだろうなーって」


 正体はヘタレ女体コンプレックス娘だからね、とは言いますまい……。


 そうよ、茉莉花はあたしに弱みを握られてるから開き直って取り繕わないだけよ。あたしなんかが特別だったら、好きなんて言葉なくても受け入れてくれるはずだもん……。


「そんでね、しーちゃん。そんな熱々ラブラブ両想いのお二人に朗報な提案があるんだけどぉ……」


「朗報?」


「そっ! ちぃがね、しょーがないから鈴ちゃんのお部屋で寝てあげるの。だからしーちゃんはしょーがなくちぃのお部屋で寝てくれない?」


 しょうがないからって……千歳が鈴芽ちゃんと寝たいだけなんじゃ……。


「ちょ、ちょっと待って。あたしはともかく鈴芽ちゃんとあいつの意見を無視する訳にはいかないでしょ。それ以前に、部屋を交換するだなんて寮則で禁止されてるだろうし」


「んー、寝る時だけだからバレなきゃいいでしょー。教科書とか洋服とかを運び出すのはめんどいしそれこそ怒られちゃいそうだから。ほらね、お互いウィンウィンでハッピーハッピーっ! んじゃまぁそーゆー事で。あっ、でもちぃのベッドでヤるならペットシーツ敷いてね。いざちぃが寝ようとした時にてかてかだったらさすがに……。ま、さっきみたいに茉莉花のベッドで二人で寝てくれればなんの問題もないから。うんうん」


「ペット……? ベッドシーツじゃなくて? って、それ以前にヤるとかないからっ! それ以前にあの二人にも相談なしで決めちゃうのはどうかと思うけど? それ以前にあたしだってうんとは言ってないわよ。こんなの千歳ちゃんのエゴじゃない」


「エゴ?」


 にこにこと天真爛漫に笑うそのレモン目の奥に、野望という名の炎が見える。あたしだって願ってもいない提案されて嬉しくない訳がないんだけど、ここで簡単に頷いてしまったら片道切符を握ってしまうようで……。


 あたしだけが一緒に寝たいと思ってるようで、なんかヤダもん。ちゃんと合意の上がいいもん……。


「ただいまー。あれ、イチゴ全然減ってないじゃん。汐音ってば肉食系女子だから果物は進まないのかなー?」


 後ろ手に扉を閉めながら茉莉花が帰って来た。「上手い事言った?」とにやにやご満悦。


 人の気も知らないで……。


「失礼ね、誰が肉食系よ。あんたと一緒にしないで。こんな高級そうなもの初めてだからもったいなくて食べれないだけよ」


「ぼくが肉食系だったら、今頃千歳も汐音も食後でごろにゃんになってるとこだけど? ふふっ、草食系だから純潔を保ててるんだと感謝して欲しいくらいだなー」


 ……千歳の言う通りかもしれない。この娘、第三者がいる時だけ気が大きくなるんだ。ナルシズムオーラがさっきとは桁違いだし、表情も学校で見かけるそれとさほど変わらない。自然体とやらがあるならこっちが本性なんじゃないかと疑ってしまう。


「ねーねー、茉莉花も賛成してくれるでしょー? あのねあのね……」


 千歳は帰ってくるや否やの茉莉花の両手を取ってぶんぶんと大きく揺らした。何の事やらの茉莉花に先程の提案を掻い摘んで……というよりかなり雑に説明し始めた。もはや説明と呼んでいいのかすら分からない程で、聞き手側は頭上に疑問符が二つ三つ浮かんでいる。


「でねでねー、しーちゃんは賛成してくれたんだけど、茉莉花も賛成してくれるよねー?」


「汐音が? へー、ぼくと寝たいってのを人前で言えるんだね。ちょっと意外だったな」


「あたしは言ってないっつーの。千歳ちゃんの説明が雑過ぎるのよっ。あたしは二人の意見も聞いてって……」


「照れるな照れるな。恥ずかしがらなくてもいいじゃん。ぼくはどっちでもいいよ。みんなの意見に賛同するから」


 ど、どっちでも……ですって?


 ふーん、そうなの……。


 あたしの中で何かが切れる音がした。へらへらと余裕ぶっこいてる茉莉花の、その仮面の下がどんな顔なのか、千歳の前で曝けさせてあげようじゃない……。


「あー、そうよねぇ。茉莉花ってば千歳ちゃんみたいな巨乳を触ってみたいって大騒ぎしてたもんねぇ。うんうん、そりゃ毎日巨乳ちゃんの着替え見れたら幸せだもんねぇ。そりゃ部屋交換したくないよねぇ。一緒に寝れたら触らせてもらえるかもしれないもんねぇ。じゃあ、そんな茉莉花のご要望を汲んであげ……」


「ちょちょちょちょっ、ちょっとタンマ! ぼくはそんな事、一言も言ってないぞっ? ち、千歳、これは違う。ぼくは見たいだの触りたいだのとは一言も言ってないからな!」


 ふんっ、バカな奴。


「そうだっけぇ? あたしの胸じゃ物足りないとかなんとか言ってたじゃない。だからあたしとはもう寝な……」


「し、汐音がっ、汐音がいい! ぼくは汐音と一緒に寝たい! そ、そーゆー訳だから……ち、千歳、ぼくは君とは寝れない。交換には大賛成だっ」


 よかったわね。優しい汐音様のおかげで、あなたの尊厳がまた一つ守られたんですもの。もっと感謝してくれなくっちゃ。


 剥がしてあげようと思ったけど、それはもうちょっと先延ばしにしてあげる。剥がれたその仮面の下を知ってるのは、今はあたしだけで充分だから。誰も知らないあなたのかわいいとこ、あたしとあなただけの秘密にしてあげる……。


 中等部時代のルームメイトである鈴芽ちゃんは反対しないだろうという千歳の独断で、あたしたちの内緒のパートナー交換が決まった。


 ただし、約束事が三つ。一つはこの四人以外の誰にも口外しない事。交換したままの部屋にずっといては周りに気付かれるかもしれないので、自室にちょこちょこ帰った方がいいという提案もあった。


 次に、四人のうち二人が元に戻したいと言い出せばこのパートナー交換は終了する事。これがないと最終地点が地獄行きしかないのであたしが提案した。


 最後に、それぞれのプライベートやプライバシーに関する物には触れない事。これは当たり前の事だけど、千歳の生徒手帳を拝借したあたしにとってはちょっと耳が痛い内容だった。あと、ペットシーツがどうのこうのって千歳が言ってたけど、あたしと茉莉花が口を揃えて「必要ないっ」と被せたものだから続きは聞いてない。


 こうして始まったパートナー交換。眠れないから側にいてもらえるあたしと、ルームメイトに女体コンプレックスがバレずに済んだ茉莉花。どちらにも好都合でもあり……。


「ぼくが毎晩寝かしつけてあげるからね、仔猫ちゃん」


「それはありがとう。あたし裸族だから寝る時も全裸なの。よろしくねー」


「はいー?」


 前途多難の幕開けでもあった。



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