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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
3/105

3☆焦げ茶色ミステリー?

「ふぅーん、男の子みたいな女の子ねぇ……。玲の知ってる内部生にはいないかな」


 昼休み、お弁当を持参していないあたしは席を立とうとしていた玲ちゃんを捕まえて学食へ来た。その名の通り学生に優しい料金で食べれる食堂は実にありがたい。中には持参したお弁当を持ち込んで定食組とご一緒している子もいるけど、特にお咎めがある訳でもないらしく、みんな思い思いにランチタイムを楽しんでいる。


 あたしはというと、人見知りではないものの、なかなか内部生たちのグループに入り込む勇気がなく、玲ちゃんのコバンザメをしている訳で。


「そっか、玲ちゃんが知らないとなるとあたしと同じ編入組だって事だよね。あぁー……」


「どうしたのよ、口押さえて。気持ち悪いんなら玲が保健室付き合ってあげてもいいけど……」


 違うの、気持ち悪いんじゃなくて、気分悪いの。あいつが誰だったのか知ってるかと玲ちゃんに話してたら、にっと笑ったあいつの顔を思い出しちゃって……。


 くっそー、腹立つ!


「大丈夫。ありがと、玲ちゃん。あー、やっぱ玲ちゃんはかわいいなぁ。優しいし気が利くし、かわいいしかわいいし」


「ほ、褒めても何も出ないんだからね。それより、その男の子みたいな子がどうしたの?」


「な……なななななんでも……なんでもないよ……」


「ふぅん。じゃあなんで聞いてきたのよ」


 向かいの席からずずいっと玲ちゃんのゆでたまごのようなオデコが迫ってくる。お昼を一緒に食べよって強引に誘ったのはあたしの方なんだけど……今すぐ逃げたい、この話から逃げたいっ!


 昼休みの学食は見渡す限りきゃっきゃうふふのかわいこちゃんたちで賑わっている。午前授業終了のチャイムはあたしの目覚まし時計でもあり、この昼食はあたしの朝食。つまり昨晩はほとんど眠れず、物越しの柔らかい先生の話を聞きながらうとうとしていたという訳で。


 それもこれも、全部あいつのせいだっ!


「ふぁーあ……眠いぃー……玲ちゃんの部屋に行って寝かせてもらおうかなー」


「眠いなら自分の部屋で寝なさいよ。……そういえば、汐音のルームメイトって……」


「あぁ、鈴芽ちゃんだよ、藍原鈴芽ちゃん。あの子も内部生って言ってたっけ。知ってる?」


「知ってるけど、玲はあんまり関わりたくないな。あの子、中学の時からちょっと変な噂あったし」


「噂? なになに?」


 今度はあたしがずずいっと身を乗り出す。すると玲ちゃんは「しー」と人差し指を口の前に出した。それからゆっくりと辺りを見渡してため息をついた。


「声が大きいわよ……。学食ってのは誰がどこで聞いてるか分かんないんだから」


「あー……だね。ごめんごめん。……で?」


「うーん、玲も噂だけしか知らないから事実かどうか分かんないけど。あの子ね、噂だと……あっ」


 言いかけた玲ちゃんは、口を押えながら慌ててそっぽを向いた。はて? と顔を覗き込むと「あっち、あっち」と云わんばかりのアイコンタクトで視線を促してきた。


 さて何だろうかと促された先を目で追うと、数十人のきゃっきゃうふふの中に見覚えのある後姿があった。推定身長百四十センチ前半、日本人形のようなおかっぱの黒髪、それは入学してから一番身近な存在の……。


「鈴芽ちゃんじゃん。噂をすればなんとやらだね。玲ちゃんの言う通り、誰がどこで聞いてるか分かんないなぁ、食堂って。……食べたら場所変えよっか……って、あれ?」


 あたしが振り返ると、目の前の席に玲ちゃんの姿はなかった。厳密に言えば、遠くの方に玲ちゃんの揺れるこげ茶色の頭が見えた。文字にするならスタコラサッサという表現が当てはまるだろうか、「関わりたくない」と言っていた言葉が蘇る。


 なぜそんなにも慌てているのか分からず、あたしはただ箸を咥えながら首を傾げていた。関わりたくない? 口調からするに悪い噂……だよね? でも、あんなに純心そうな鈴芽ちゃんだし、あたしが思いつくような悪い事は全くない。


「汐音さん、ここ空いてますか?」


 そう、こんな風におしとやかで真面目で賢そうでかわいい鈴芽ちゃんが……え?


「あ、あぁ、鈴芽ちゃん! うん、どうぞどうぞ。って、あたしももう食べ終わっちゃうけど」


「いいえ、私はもう食べてきましたのでお構いなく。それより汐音さん」


「ん?」


 さっきまで座っていた玲ちゃんの温もりが残っているだろうその椅子をススッと引くと、鈴芽ちゃんは「失礼しますね」と、よそよそしくてご丁寧な挨拶をしながら席についた。


 あたしはさっきの『噂』の事はなるべく考えないようにと、箸を置いてから鈴芽ちゃんに「どうぞどうぞ」とにっこり微笑んでみせた。鈴芽ちゃんもにこにこと微笑んでいる。かわいい。とりあえずかわいいから忘れられそうだ。


「週末なんですが、私は家の事情で帰省する事になっていますので、昨晩おっしゃっていた『静かだと眠れない』事の対処法を提案しようと思いまして」


「えー! 鈴芽ちゃん帰っちゃうのー? 寂しすぎる……けど、お家の事情なんだもんね……ダメとは言えないよね……。でも事情って? 親御さん具合悪いとか?」


「すみません。中等部の頃から週末にはちょくちょく帰省していたんですよ。事情は……近々お話しますね。ここではちょっと……」


 鈴芽ちゃんがそろりと見渡す。それを見てあたしはハッとした。さっきも同じ事を仕出かしたじゃないか、と。


 申し訳なさそうなお辞儀をしてくる鈴芽ちゃんに、あたしは両手をバタつかせて訂正を始めた。


「ごめん! そうだよね、お家の事情なんてそれぞれだし、ルームメイトだからって何でも話さなきゃいけないって訳でもないし。昨日知り合ったばっかなのにずうずうしくてごめん」


「いいえ、ルームメイトだからこそお話しようと思っていますよ。ですがもう少し……」


「うんうん、ここじゃうるさいしね。もうちょっと時間が経ってからでもいいし。鈴芽ちゃんが話したい時でいいよ!」


「えぇ、ありがとうございます。それでですね、対策なのですが……」


 週末寮にいない罪悪感だろうか、責任感だろうか。鈴芽ちゃんはあれこれと対策を提案してくれた。


 スマホで音楽を流したらどうか、帰省したらどうか、テレビを持ち込んだらどうか、英語のリスニングテープを流したらどうか、などなど……ぶっちゃけあたしでも思いつきそうな安易な提案だったけど、わざわざ考えてきてくれた事が嬉しい。指を一本一本立てながら真剣な表情で説明してくる姿も、またなんとも意地らしかった。


「そうだねぇー、あたしも考えてみるよ。昨日眠れなかっただけで船漕ぐくらいだから、土日まで眠れなかったら一週間持たないもん。でも、ほんとありがとね。優しいなぁ、鈴芽ちゃんは」


「当然の事ですよ。ルームメイトですから。……では、私は職員室へ寄ってから戻りますので、お先に失礼しますね」


「あ、うん。あたしもそろそろ戻るから。じゃ、また教室でね」


 ご丁寧にぺこりと頭を下げて、鈴芽ちゃんは食堂を後にした。なんだかほっこりする口調と振る舞いに、鈴芽ちゃんという存在の有難味を感じる。あんなに出来たルームメイトじゃなかったら、あたしの三年間は何色スクールライフだった事だろう、と。


 ……あれ? でもなんで? 同じ部屋に住んでるんだから、対処法も家の事情ってやつも部屋に帰ってから切り出してくれればよかったのに……。わざわざあたしを探しに学食まで来なくても、部屋でも教室でも一緒なのに……。


 早く伝えたかった、のかな……?


「ごちそうさまでした、っと」


 耳にかけていた横髪の後れ毛を整え、ランチプレートを下膳棚に戻す。時計を見上げると始業まで後十五分程度。散歩がてら校舎探検でもしますかね、と伸びをしながら学食を出た。


 学食程ではないけど、昼休みの廊下もそれなりに賑わっていた。特に人見知りって訳ではないのに、『外部生』という響きが、なんだか内外隔たれてるよう。そう余計な勘ぐりをし出すと話しかけるタイミングを失ってしまう。


 楽しそうにおしゃべりする生徒たちを横目で見ながら、足は静かな方へ静かな方へと進んでいた。寂しがり屋のくせに、自ら飛び込んでいけない短所にもやもやする。きっとあたしは今、一人になってる事を自覚したくなくて静かな方へと吸い込まれてるに違いない。


「……ん?」


 体育館へと続く渡り廊下を過ぎたところでふと足を止めた。どこからか歌が聴こえる。それも……すごく澄んだ歌声……。


 あたしはまるで人魚に手繰り寄せられたかのように、歌声を頼りに声の主を探した。時々吹く春風にざわめく木々の音にかき消されぬように、しっかりとしっかりと耳に集中して。


「誰か……いるの? (ふう)ちゃん?」


 もう少し、というところで歌声がピタリと止み、木陰から尋ねる声が聞こえた。気付かれてしまった事が、なんだか悪い事をしていたようで慌てて口から出たのは……。


「ご、ごめんなさい!」


「……なんだ、楓ちゃんかと思ったのに。……一年生?」


「あ、はい。その……綺麗な歌声だったのでつい……すみません」


 やっぱり盗み聞きしていたようで罪悪感が湧いてくる。ぼそっと謝罪したあたしを見て、木陰に座っていた主がゆっくり立ち上がった。


 その人はとてもスレンダーで、一言で言えばモデルみたいだった。でも腰まである長い黒髪も整った顔立ちも、なぜか憂いを帯びていて、どこか陰りさえ感じた。


 じっと見てしまったあたしの視線から逸れるように、春風に吹かれて纏わりつく長い髪を片手で押さえながら「お先に……」と呟いて校舎の中へと消えていった。


「歌かぁ……。あんな綺麗に歌えたら気持ちいいだろうな……」


 合唱部だろうか、軽音部だろうか。いや、ほとんどハミングだったけどロックな感じではなかったし、軽音部の方は確率低い。でも、だけど、あんなに素敵な人がいるなら両方の部室を探してみよう!


 それにしても……。


「楓ちゃんって、誰?」



斎藤なめたけ様作「はこにわプリンセス」より 筑波玲さん

壊れ始めたラジオ様作「百合ing A to Z」より 木隠墨子さん


こちらの作品もよろしくお願い致します!

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