26☆週末はブラッディレッド? 前編
今週のあたしは機嫌がいい。わくわくとぞくぞくで授業中に眠くならなかったせいか、この週明けから今日までずっと快眠だし。プラス、今日はお小遣い日なのだ。
あぁ、これで超貧困から脱出出来たーぁ。
「汐音さん、今週はぐっすり眠れたようですが、今日と明日は……」
「だいじょぶだいじょぶ、鈴芽ちゃんは心置きなく帰省してー? あたし、眠れそうな方法を一つ思いついたの。だから安心してデー……」
デート、と言いかけたところで自分の口を塞ぐ。鈴芽ちゃんがそれを見て苦笑いを浮かべている。辺りはそんなあたしたちなんかに振り向きもしていなくてホッと胸をなで下ろした。
花の金曜日、毎週の事ながらクラスメイトはテンションが高い。いつもならそれを羨ましく思うあたしだけど、今日はきっとみんなと同じくらいテンション上がっている。
ただ一人、テンションダダ下がりな奴といえば……。
「マリッカーぁ。もう帰るのー? 期間限定のスイーツ食べに行こうって先週から約束してたじゃなーい。まさか、また違う子とカラオケ行くんじゃないでしょうねー?」
「マリッカー、ブラウス買いに行くの付き合ってくれるって言ってたの今日がいいなー」
「マリッカー、土日暇になっちゃったんだけど、前に誘ってくれたプラネタリウム連れてってー」
「マリッカー、部活でミスって先輩に怒られちゃったのー……。なでなでしてー?」
次々に群がる女の子たちに両手を合わせて平謝りしている獅子倉茉莉花、あいつだけはいつものへらへら顔ではない。平然を装って爽やかな笑顔を作っているけど、誘いを断る後ろめたさと遊びたい欲求を押さえる姿が必死過ぎて笑える。
こんな事で笑ってるのはあたしだけだけど。
スキンシップも遊びも自主規制、週明けに生徒会長に誓ったあの約束を守ろうとしてる姿勢は褒めてあげる。でもね、あたし……。
あんたが断るのに困ってる顔も気に入らないの。
「ごめん、ほんとごめん。誘ったのは確かにぼくの方だけどさ、その……会長と約束しちゃったから……。ね、ね? この埋め合わせはいつかきっとするからしばらく見逃して?」
たじろぎながら謝罪と説得を繰り返す茉莉花の姿を横目で見ながら通り過ぎる。廊下に響く「えー」というファンたちのため息。一番がっかりしてるのは、たらし癖の茉莉花の方だろうけど。
ふんっ、ざまーないわね。でも安心して?
その分もあたしがかわいがってあげるから……。
足取りが軽い。入学してからこんなにルンルンで下校した事があっただろうか。いつもいつもいっつもあいつに振り回されてイライラしたり凹んだりしてたから、寮までの道もすがすがしく見える。花びらの散った桜の木も陸上部の走り込みも生暖かい夕方の春風も、全てがあたしを爽快な気分にさせてくれる。
「ふいー……」
部屋に戻った。もちろん誰もいない。鈴芽ちゃんのいないベッドの隣で、あたしはぽいぽいと制服を脱ぎながら考えた。
どうやったら一番恥ずかしい仕返しが出来るかを。
決行はあいつが帰ってき次第。わくわくする。ぞくぞくする。鈴芽ちゃんの件であたしを辱めた事、しかも仲直りのデートだとか言ってあたしを放置したままナンパしに行った事、あたしを怒らせた罪がどれだけ重かったか思い知らせてやるんだからねっ!
「ふんっふふーんっ」
珍しく鼻歌交じりに部屋を片付け、着替えた時に乱れた髪も鏡の前で整える。羽織のパーカーのチャックをキュッと首元まで上げて……。
「よぉっし」
もう帰ってきているだろうか。バッグからえりちゃんに借りたCDと携帯を取り出す。するとロック画面に未読メッセージの文字が一つあった。
『まだ怒ってる? 話がしたいから、支度が出来たら部屋に来て欲しい』
時刻は今朝の七時五分。気付かなかった。だけど奴はこの返信がなかったから、あの時ああして待っていたのだろうか。それなら尚更、あんたの話とやらを聞いてやろうじゃないの。
『ごめん。メッセ来てたの気付かなかった。もう帰ってきてる? あたしは部屋にいるんだけど、茉莉花の部屋行ってもいい?』
送信完了……。はやる気持ちを押さえて携帯を握りしめていると、三分と待たずにブルブルと新着メッセージの知らせが来た。
『帰ってきてる。部屋にいるよ。待ってる』
しょぼくれてんだかそっけないだけなんだか、なんとも淡白な返事だった。当然食いついてくると思ってたから少し拍子抜けする。再び携帯とCDを握りしめて自室を後にした。
廊下には今のところ人影はない。茉莉花の部屋に入るのを見られてしまってはバツが悪いので、慎重に辺りを警戒しながらノックをした。コンコン、という音の後に「開いてるよ」という茉莉花の低い声。覇気がないな、そう思いながら扉を開いた。
「お邪魔しまーす」
「……どうぞ」
メッセージと声の通り、茉莉花はふてぶてしくベッドに横たわっていた。両手を頭の後ろに敷き、目線だけこちらに寄越している。帰ってきてから着替えてなかったらしく、学校指定のジャージのままバッグも投げ捨てられていた。
「ずいぶんふてくされてるわね。いい気味じゃない」
「……なんだ。やっぱり慰めにきてくれたんじゃないのか。茶化しに来たんなら怒るよ? ぼくは今機嫌が悪い」
「ふーん、あんたでも怒る時があるのね。せっかく慰めてあげようと思ったのになーぁ……」
意味深に笑いかけると、茉莉花はしばらくあたしの顔を見つめていた。それからこちらに寝返って片手を伸ばした。
「じゃあ、来て」
「は?」
「こっち来てよ」
それが何を意味するかはすぐに分かった。あたしの計画は少しずれてしまうけど、まぁ多少の誤差なら……と思い、ベッドの上で待つ茉莉花の手を取った。
「あんたのベタベタ癖は充電式な訳?」
「充電式な訳。スキンシップしてないとエネルギー切れ起こしちゃうんだよ。よく分かったね、偉い偉い」
「あはは、嘘ばっか」
「嘘じゃないよ。試してみる?」
意味の分からない会話をしながらベッドに腰掛けると、茉莉花は握ったままの左手をぐいっと引き寄せた。強く引かれてバランスを崩したあたしの頭をそのまま抱き寄せる。
不本意ながら抱かれてしまった茉莉花の胸の上。これも計画と思えば……そう言い聞かせてしばらくじっとしていた。
「ねぇ、あたしじゃダメなの?」
「うん? 何が?」
「こうやって充電するの、あたしだけじゃダメなの? あたしだけじゃ役不足?」
「……へ? え、え?」
かかった!
「あたしね、茉莉花が他の女の子にちょっかい出してるの嫌なの。だから……ね、あたしだけにして?」
「え、えっ? ちょ……汐音っ? ちょ、ちょっとタンマっ」
引っ込めようとする茉莉花の手をがっちりと握りしめ、上体を起こしたあたしの胸に触れさせた。慌てて放そうとするも寝転がったままの茉莉花には逃げ場などない。勢いで馬乗りになり、そして耳元で囁いた。
「ねぇ、触ってよ……。あたし、あんたに……茉莉花にずっとこうして欲しかったのよ?」
「おおおおお、落ち着けって、落ち着けってば! わ、分かったから、分かったからとりあえず降りて? ね、汐音っ」
「どうして? あんただって充電足りないって言ってたじゃない。ほんとはあたしだって恥ずかしいけど……茉莉花になら……」
あがく片手をベッドに押さえつけながら、あたしはもう片方の手で自分のパーカーのチャックをジジッと下ろした。少しずつはだけさせるそのパーカーの下にはインナーも、そしてブラジャーさえも付けてきていない。
それに気付いた茉莉花は一瞬ぴたりと動きが止まった。
「ししししし、汐音っ? 分かってるよね、分かってくれてるよね? ぼくがその……み、見られない事をっ」
「もちろんよ。だけど触るだけならいいでしょ?それとも、あたしじゃ……ダメ?」
わざと猫なで声を出して首を傾げる。こんなぶりっ子の仕草なんて見慣れてるんでしょうけど、馬乗りで見下ろされるのは初めてでしょうね。
どう? いつも受け身の、弄ばれてる女の子たちの気持ち、少しは味わえてる? それとももう少しサービスが必要かしら……?
チャックを全て下ろすと、パーカーの裾がはらりとはだけていった。素肌を余すところなく曝したせいか、見下ろした絶景のせいか、背中がぞくぞくする。観音開きになったそれは茉莉花の視界をほぼ囲っている。いくらあたしの方がチビだとはいえ、馬乗りになられては抵抗も空しいと観念したのか、引き攣った表情のまま暴れるのを止めた。
ベッドに押し付けている茉莉花の片手が食い込んで、シーツに白い波を作っている。それを支えるあたしの腕が震えている。だけどあたしの胸に埋もれている茉莉花の腕の方がもっとずっと震えている。
思わずにやりとしそうな口元をギュッと引き締め、あたかも思い詰めているかのような表情で見つめる。まるで吸血鬼に襲われてる少女のように恐怖に引き攣る茉莉花の顔が、曝け出した胸にその手を押し当てる度、血塗られたように赤く染まっていく。
「ねぇ、茉莉花……。あたし、あなたが好きなの……」
互いの鼓動が伝わってくる。静かな部屋にこだましそうなくらい。そしてあたしは湿った音を一つ響かせた。
三度目のキスは、あたしからだった……。




