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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
23/105

23☆パイン色のヤキモキ?

「いい加減、機嫌直せよなー……。ぼくだって知らなかったんだし、さっきから謝ってるじゃんか……」


「あんな恥ずかしい思いさせといて謝れば済むと思ってるの? 今ならお風呂混んでるだろうし、丸裸にして浴槽にぶん投げてあげてもいいのよ?」


「そ、それだけは……それだけはほんとに勘弁してー」


 鈴芽ちゃんの家にお邪魔した後、あたしは煮えくり返った(はらわた)が治まらないまま茉莉花を最寄り駅まで呼び出した。今日知り得た事実を伝える目的はもちろん、静まらない怒りに謝罪の言葉を要求したかったのだ。


 駅まで迎えにきてくれた茉莉花は決して着飾った服装とは言い難かった。白地にストライプが入っただけのワイシャツに、どこでも売ってそうなインディゴのボトムス。胸に小さく刺繍してあるところをみると、それもブランド物かなにかなんだろうけど、きっとあたしみたいなちんちくりんが着たら「間違えてパパの着てるの?」と言われそうなシンプルなデザイン。


 そしてそこに仄かに香るコロンの香り。スラッとしていて顔立ちもいい奴は、それだけで何を着てもオシャレに見えて羨ましすぎる。


 その爽やかさ、イライラしてる時に見せられても逆に腹ただしく感じてしまう。


「ったく、あんたの妄想力には負けたわよ。あーんな真剣な顔で言われたからすっかり騙されちゃった。あー、恥ずかしかったーぁ。あんたはいいわよね、寮でぐっすり寝て、あたしの報告を待ってただけだものね」


「……んもう、自分だって千歳の机あさって生徒手帳持ち出したくらい強硬手段取ってたじゃんかよ。同室のぼくだって人の引き出し開けたりしないぞ? ぼくの考えすぎは行動に起こしちゃった汐音より罪軽いと思うんだけどなー」


「もとはと言えばあんたが余計な妄想を吹き込んだからでしょ? しかもお相手のロリコン彼氏があんたの実兄だったとか笑えるわよねー」


「ロリコン言うなーっ。しょうがないだろ、ぼくだって知らなかったんだから。どちらかと言うとぼくと同じ学校に通ってる彼女がいるくせにぼくに黙ってた兄ちゃんの方が悪い」


「……あー、もういいわよ。この会話いつまで続けるのよ」


「……さてね、汐音のご機嫌が直るまで、じゃないの?」


 なまじふてぶてしい回答にムカッときたけど、すでに堂々巡りに疲れてきてどうでもよくなった。


 駅前で待ち合わせしたのが五時三十分、改札に備え付けの時計を見上げればもうすぐ六時。四月も下旬と言えど、夕方を過ぎればカーディガン一枚じゃ肌寒い。


 もういい、そうは言ったものの、切り返す話題もなく背を向けて寮へと戻ろうとした時、茉莉花が何かを思いついたようにくるっと振り返った。そしてにんまりと笑って……。


「デートしよっか」


「は? 言ったでしょ、なけなしのお小遣いはもう百円を切ってるって。出掛けたきゃあんただけ遊んできなさいよ」


「えー、せっかく迎えにきたんだからさ、仲直りにデートしよーよ。夕飯でもカラオケでもおごるからさ」


 おごる……ついその言葉に反応してしまった。いやいやダメダメ、健全な女子高生は金銭のやり取りしちゃいけないのよ。


 そうよ、いくらお腹空いてようが、おいしい物が待ち構えてようが、金銭的な借りを作る訳には……。


「行かない。あたしには寮のご飯が待ってるもん。あんただってそうでしょーが」


「ぼく? ぼくは欠食届け出してきたから寮では食べないよ。せっかくの土曜なんだし、汐音と外食するのもいいじゃない?」


「外食……」


 憧れの響き『外食』。外食と呼べるか分かんないけど、家族で外食したのなんて、借金作って死んじゃったおじいちゃんの精進落としくらいかも……。外食、外食……。


 言葉に踊らされて心揺らいでいると、茉莉花があたしの顔を覗き込んで「ふーん?」と意味深な笑みを浮かべた。


「じゃ、決まりね。お店のチョイスはお任せでいいだろ? 仔猫ちゃん」


「こ、こね……キャットフード以外がいい」


「オーケー」


 茉莉花はにっこり笑ってあたしの手を取った。二人で歩く夜の街。手を繋いでいるのなんてカップルとあたしたちだけ。恥ずかしくて振りほどこうにも「なんで? いいじゃん」と言って放してくれなかった。


 寮生活のあたしは夜にぷらぷらと出歩く事がないので、街の灯りがやけに鮮やかに見える。手を繋ぎながら看板や街灯を見上げていると、茉莉花も何かをじっと見つめているようだった。


 なんだろう? そう思って視線を辿ると、そこには移動式販売のクレープ屋さんが停まっていた。


 夕飯だというのにクレープが食べたいんだろうか……。


「汐音、ちょっと待ってて」


「え? う、うん」


 嬉しそうに販売車へ向かう後ろ姿を目で追って思った。繋いでいた手がやけに冷たくなっちゃったな、と。


 注文してから作り出すクレープはデコレーションにも時間がかかるし、少しぶらついてみようか、それともあたしも行くべきかと悩んだあげくあたしは後者を選択した。


 近付くにつれてバターやチョコレートの甘くていい香りが漂ってきた。鈴芽ちゃんちでガトーショコラをごちそうになっておきながら、ついつい誘惑の香りに口が恋しくなる。


 販売車の前には数人の女の子たちが屯していた。注文に並んでいるのか焼き上がりを待っているのか、楽しそうにおしゃべりをしながら順番を待っている。茉莉花はどこに並んでいるんだろう、と探していると、見覚えのある白いストライプのワイシャツが目に入った。


 そして、あたしは耳を疑った。


「君たち、かわいいねー。どこの学校? ぼくこれから夕飯行くんだけどさ、よかったら一緒しない?」


「えー、どうしようかなー。クレープも食べたいしぃ」


「じゃあカラオケは? ぼく結構上手いんだけど聴きたくない?」


 ……完全なるナンパだった。しかも古典的な。今時ギャル男でも使わないであろう台詞に鳥肌すら立った。


 声をかけられた女の子二人組は次に注文の順番が回ってくるというのに、茉莉花のにっこり笑顔に惑わされて「どうする? どうする?」と選びかねてるご様子。


 ……確かにかわいい。すっぴんかと思いきやナチュラルにメイクしてるし、服装だって地味すぎず派手すぎずオシャレ。それにさりげないネイルアートもポイント高い……。


 ふーん、そうなの。そういう女の子がいいの……。


「茉莉花っ」


 ドスを利かせたあたしの声に、口説いていた茉莉花も口説かれていた女の子たちも目を丸くして振り返った。ちょうどいい、この際だからハッキリさせてやろうじゃない。


「汐音、ちょっと待っててって言ったじゃん。すぐもど……」


「うっさい、バーカ! あんたなんか戻ってこなくていいわよ。帰る!」


「え、ちょっと、しお……」


 言い終わる前に一発お見舞いしてやろうとバッグで思いっ切り背中をぶっ叩いた。悶絶する声が背中に届く。「ざまーみろ」、小さく呟いてあたしは寮へと急いだ。


 忘れてたあたしがバカだった。あいつは、茉莉花はどんなに優しくても所詮それはそれは軽いチャラ娘なんだ。二人きりの時にちょっと優しくされたからって、そんなのあたしだけが特別だった訳じゃないんだった。


 学校だとほとんど話さないし、ましてや一緒に外出した事もない。あたしは外での茉莉花を知らな過ぎた。結局は誰にでも優しくて、誰の事でも褒めちぎって、誰それ構わず誘うナンパ氏だったんだ。


 何がデートよ……。ちょっとでも浮かれてたあたしがバカみたいじゃない……。


「ううん、バカか……」


 自室に入るとカーテンが少し開いていた。遠くに街灯が見える。嫌いだ、夜の街なんか。財布も心も貧しいあたしには、おとなしく部屋で引きこもってるのが一番相応しいに違いない。


 しょうがない。今夜は眠れそうにないけど、明日になったら鈴芽ちゃんが帰ってくるんだ。今日はしょうがない。眠れなくてもしょうがない。あのバカに同室で寝てってお願いするくらいなら、一日くらい……しょうがない……。


 いつもの癖で髪を解こうとして思い出す。今日は結んでなかったんだと。「綺麗な髪だね」なんて言われて舞い上がってそのままにしてたんだった。なにやってんだかね、と嫌悪感が湧いてきた。


「あー、もうっ」


 着慣れないカーディガンを乱暴に脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。あいつになのか自分になのか、もやもやが次から次へと込み上げてきて吐きそう。


「ジンジャー、飲みたい……」


 唯一の発散アイテムも、お金が足りないんじゃ手に入らない。しょうがない、我慢するしかない。しょうがない、しょうがない。しょうが……生姜?


 あー、ジンジャーエールが飲みたいー。


「よしっ」


 一人でうじうじしてたらダメだ。余計な事ばかり考えてしまう。どこか、誰か、独りぼっちにならない場所へ行こう。


 思い立ったら即行動。あたしはもう一度カーディガンを羽織り直して部屋を出た。向かうは談話室。あそこに行けば誰かしら屯してるはず。


 談話室に近付くにつれ、中の声が徐々に耳に入ってきた。二・三人ってとこだろうか。それでもいないよりはまし。欲を言うならば同学年の子でありますように、と念じながら扉を開いた。


「文句言うならあげねーですよ。わたしだってたまにはとちる事もありますし、これくらいは焦げたうちにはいりませんからねー」


「焦げてるとは言ってないぞ? いつもより色濃いなって言っただけだろーが。あれだ、メグも猿から落ちるってやつだ」


「わたしは猿じゃねーですよ。それを言うなら『猿も木から落ちる』です」


 開けたと同時に甘い香りとじゃれ合う声が飛んできた。この匂いは……お菓子?


 そっと顔を出したはいいけど、ここから見る限り奥にいる人はあいにく知らない顔。同じ寮に住んでいるから会った事ないはずないんだろうけど、関係性や貫禄からして少なくとも一年生ではない。


 その甘い香りに思わずさっきのクレープの一連を思い出してしまった。くそー、気分転換に来たのに、逆に思い出すわ知らない人しかいないわ……。


「お? 相葉じゃないか。お前も待ち合わせか? こっち来いよ」


「へ?」


 聞き慣れた声の方を見やると、こちらに手招きしているのは黒宮部長だった。お菓子を食べる云々でじゃれ合っていた奥の人も「よいですよー、いらっしゃい」と手招きしてくれている。


「じゃ、じゃあ……お邪魔します。でも、その、待ち合わせとかじゃないんです。談話室に来れば誰かいるかなって思って」


「おー、そうだったか。時間あるんなら相葉もメグのパイナップルパイ食わしてもらうといい。なっ、いいだろ、メグ。うちの合唱部の後輩なんだ」


「そうでしたかそうでしたか。ええ、もちろんよいですよ。クロちゃんの後輩さんなら歓迎ですよ」


 く、クロちゃん……。あの地獄の姫みたいな黒宮部長をクロちゃん呼ばわりするとは……。そ、相当仲いいんだろうけど、「クロちゃんはやめろ」とツッコむ部長を「はいはい。やめねーですけど」と軽く受け流してる存在に圧倒されてしまった。


「メグは茶道部でな、菓子作りも天才的なんだ。なっ、メグ」


「今更褒めてもパイナップル増やしてあげねーですから。むしろ後輩さんにあげてしまいますから」


「おい、そういう意地悪するならメグのさっきの『アレ』、バラしてもいいんだな? うちが黙っといてやるからパイ焼いてくれって条件だっただろーが」


「爆発しろ」


「……何か言ったか?」


「何も言ってねーですよ。ささっ、後輩さん、召し上がれ」


 ……この二人、楽しそうに会話してるけど仲いいんだか悪いんだか。でもまぁ笑いながら話してるんだし、口調はあまり穏やかとは思えないけど心の底から信頼し合っての憎まれ口みたいなもんなんだろうな。


「ありがとうございます、先輩。いただきます」


「どうだ、うまいだろ? うちのリクエストの、名付けて『パイパイ』だ」


「ぱ、パイパ……。は、はいっ! めちゃくちゃおいしいです! ちょうど甘い物が食べたかったし、こんなおいしい手作りお菓子、食べた事ないです!」


「だろー? いい奥さんになるよな。うちもメグに胃袋掴まれてるんだが、あいにくメグには……」


「クロちゃん? それ以上言うとアッサムは抜きですよ」


 部長が言いかけたところでするどいツッコミが入った。いや、今のは褒めてたんだと思うけど、その後に触れられたくない部分があったんだろうか。恋人の話、とか?


 いーなー、腹を割って話せる相手がいる人は……。


「どうした、相葉。元気ないじゃないか。獅子倉とまたケンカでもしたかー?」


「ぶっ! げほげほっ」


 な、何言い出すの、部長ってばっ。思わず吹き出しちゃったじゃないっ。パイの破片がこぼれちゃったじゃないっ。


「図星か。まったく、初めから思ってたが本当に仲がいいな、お前らは。夫婦喧嘩見てるようだよ」


「やめてくださいよ。あんなナンパチャラ娘とコンビにしないでください。犬猿の仲です、水と油です」


「そうか? 確かにあいつはチャラチャラしてるし廊下で見かける度に違う女の子とベタついてるが、少なくとも部活の時に見てる限りは相葉に対してだけ態度違うように見えるが? 口調こそいつも通り軽ーいが、んー……なんというか、目つきが違うっていうか……」


 目?


「あたしにはいっつもデレデレしてるやらしー目つきにしか見えませんけど? それに、もし部活中にあたしにだけ違う目をしてるんだとしたら、入部前に歌った時の一言を根に持ってるんじゃないんですか? あたしはそれすらも感じてませんけど。つーか出来るだけ視界に入れないようにしてるし」


「ほー? お前もずいぶん鈍いとみた。上手く言えんが獅子倉はお前の事をいつも気にかけてる。お前が楽譜読んでる時も、歌ってる時も、帰り支度してる時も、あいついっつもちらちら横目で見てるんだぞ」


「キモっ、ストーカーじゃないですか。そんなやらしい目で見られてるとは知りませんでしたよ。ほんとキモい……」


「……ふー」


 部長は最後の一口を押し込むと、もぐもぐとあたしを見つめながら咀嚼し、そして飲み込むと同時にちらりとメグ先輩の姿を追った。メグ先輩はテーブルの隅に置いてある電気ケトルからお湯を注いでいる。丁寧にセットされた透明なティーポットの中で紅茶の葉が広がっていく。


 しばらく二人でメグ先輩の横顔を眺めていた。蒸らし終えた紅茶を慣れた手つきでカップに分けている。何が言いたいんだろう、そう思って部長の方を見やると、部長は愛おしそうに目を細めて言った。


「不器用な奴程かわいいもんさ。メグはああ見えて恋愛には不器用でな、てきぱきと何でもこなせるように見えても内心は色々葛藤があるらしい。完璧な奴より、ずっと見守ってやりたい気分にさせられるんだよ。……かといって、大切だから何も出来ないってのもあるんだがな」


「……はぁ」


「何が言いたいのかって顔だな。……ま、今は分からんでもいいさ。うちもメグの事に気付くまで二年かかったからなぁ。相葉、そのうちお前にも分かる時がくる。不器用な奴程かわいいって事がな……」


「不器用……ですか……」


 部長はにっこり笑って頷いた。その意味が分かるような、分からないような……。


 部長は、部長はきっとメグ先輩の事が……。


「仕方ないからクロちゃんにも入れてあげましたよ。砂糖一杯とミルク少しでしたね」


「すまんな。ちゃんと覚えててくれて嬉しいよ。なんならうちの嫁さんにしてやってもいいが?」


「ふふっ、遠慮しときます。クロちゃんのファンに妬まれちゃいますからねぇ」


「遠慮してると貰い手なくなるぞ? 年下の恋人ってのはこっちがおばさんになると移り気になるかもしれんからなぁ。その点、うちらは同い年だから一緒におばさんになれるし」


「黙りやがれです。ふふっ、クロちゃんは素直で羨ましいですねぇ。言われなくてもわたしは幸せですよーだ」


 くすくすと笑い合う二人の間には、あたしには見えない糸があった。それを絆と呼ぶのか腐れ縁と呼ぶのか、あるいは信頼と呼ぶのか。ちんちくりんなあたしは、ただその切ない友情を入れたての紅茶を啜りながら微笑ましく見つめていた。


 メグ先輩はきっと、部長の気持ちには気付いていない。友情以上の感情がある事を。部長もまた、冗談交じりに伝える事しか出来ない不器用な人なんだ……。


 不器用……部長が言っていたあれは、あたしの事なんだろうか。それともあいつの、茉莉花の事だったんだろうか。


 大切だから何も出来ない、か……。


 あたしには分からない。何が大切で、何が大切じゃないのか。


坂津眞矢子様作「この世界で生きていく」より 四方田恵さん



こちらの作品もよろしくお願いします!

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