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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
20/105

20☆レモン色だって悩んじゃう?

「こっち見るなってばぁ……汐音の変態ーぃ」


「は? 女子寮で男装ごっこしてるそっちの方が明らかに変態でしょ」


「だーから、着替える間だけあっち向いててって言ってるだけじゃんかー。なんでジロジロ見るんだよ、変態ー」


 何よ、女の子同士なんだし、こっちの全裸はしっかり見ておきながら下着姿ごときで……。


 二一九号室で散々ハグして離れるタイミングを逃したあたしは、かなり気まずくなって「あんたのベッドで寝てあげるから、そっち行くわよ!」と、まるでツンデレ娘のような発言をして二一八号室に寝場所を移した。


 照れ隠し? そう言いたげなニヤついた茉莉花のフードを掴んで半ば引きずるように部屋を出たはいいけど、えりちゃんに借りたCDをスマホに取り込んでもらうんだった、とあたしは一人自室に戻った。


 茉莉花の奴は、あたしが来る前に着替えを済ませておこうとしたらしい。ジャストミートでボトムスを脱いだところに遭遇してしまい、見るな見るなのてんやわんやを繰り広げている訳で……。


「ふーん、今日はレモン色かー。サイドの小花柄レースがきゃっわゆーいっ」


「み、見るなっつーのー」


「いいじゃない、一回も二回も同じでしょ。……そういえばさ、あんたってなんで下着だけはかわいいの穿いてんの? 学校でもほとんどジャージみたいだし、私服なんて女の子らしいの一つもないじゃない。矛盾してるわよね、おっさんが女もんの下着つけてハァハァしてる原理と同じ?」


 クラスこそ違うものの、派手に女の子をキャーキャーさせてるのは大体廊下なのでやたらと目につく。その姿はほとんどジャージ。体育でもないのに変なの、と白い目で見ていたけど、ようやくその理由が分かった気がする。


 ただ単にスカートを穿きたくないって訳だけではなく、いざ体育の時に誰にも着替えを見られずに済むからだ。


 でなければ、今あたしの目の前であたふたしているような情けない姿をファンの子に見られてしまうから。ショートボブな髪型も口調も男の子ごっこしているけど、そこら辺の女の子よりよっぽど乙女だったりする。そうでもしてまで「かっこいい」と言われたいのかと疑問は尽きない。


「一緒にするなよー。変態変態言いやがって……ぼくのパンツ観察してる汐音の方がよっぽど変態じゃんか。……だからさ、前にも言ったけど、うちは兄ちゃん三人で、ぼくは一番下に生まれた女の子なんだよ。唯一の娘を溺愛するのは有り難いんだけど、母さんがぶりぶりのかわいい服ばっか買って着せようとするんだ。家にいる時は兄ちゃんの服を勝手に着て逃げ回ってたけど、さすがに下着まではさぁ……」


「ふーん、あたしはお姉ちゃんのお下がり嫌だったから分かんないけど、新しい服買ってもらうのが嬉しくないって贅沢な悩みね。うちの貧乏暮らしを味わって、自分がどんだけ恵まれてんのか知った方がいいわよ」


「汐音はいいよなぁ、三姉妹なら親の期待も兄弟の視線も感じなくて済んだだろ? 貧民アピールしてくるけど、それ以外はなに不自由なく育ってきたんだろうさ」


「……」


 何も知らないくせに……。女である事を恨んでいた頃のあたしを知らないくせに……。


 女なんかに生まれなかったら、あんな事されずに済んだのに……。


「汐音?」


「……なんでもない。あんたこそ、家族の期待と視線以外はなに不自由なく育ててもらってるみたいね。あんな高価そうなコンポなんて見た事ないわ」


 茉莉花のベッドサイドには真っ黒な大型コンポが、デスクには使ってんだか使ってないんだか分かんないピカピカの最新型ノートブックと呼ばれるパソコンが、椅子の背もたれには価値の分かんないあたしでも高いんだろうという事だけは分かるビンテージジーンズが、そして壁掛けフックには銀色のトゲトゲのステッチで飾られた髑髏モチーフのライダースジャケットが。


 これだけ揃っといて裕福じゃないとは言わせない。誰がどう見ても中流以上の御邸宅なんでしょうよ。そうよねそうよね、ヘラヘラしながら仔猫ちゃんとやらを誘ってカラオケに繰り出せるお小遣いがあるんだもの。高級パン屋さんのおいしいおいしいクロワッサンを『夜食』に買ってくるんだもの。


 さぞかしいいところのお嬢様なんでしょうねー……。


「ムカつくから寝る」


 あたしが捨て台詞を吐いて手前のベッドに身を投げると、部屋着用のジャージに着替えた茉莉花が口を尖らせて振り返った。


 そのすみれ色のジャージはあたしのベッドに潜り込んできた時と同じ物。「ピンクはやだ、ブルーがいい」「じゃあ間を取って紫にしましょう」、そんなやり取りがお母さんとの間であったのだろうかと勝手な妄想をした。


「なんだよ、急に。まだ十一時過ぎだぞ? 明日は土曜なんだし、せっかくだからCDでも聴きながら楽しい話でもしようよ」


「じゃあ楽しい話してよ。ほら早く、ほらほら」


「かわいくないなぁ。さっきぼくの腕の中にいたか細い仔猫ちゃんとは思えないや」


「うっさいわね、レモンパンツ」


「おいー、それ人前で言ったらぼく実家帰って戻ってこないからなー」


「別にいいわよ。あはは」


 今日初めて笑えたかも。風呂場で遭遇した時もそうだったけど、あたしはこいつをからかっている時がすごく楽しいらしい。


 そういえば、この隣のベッドの主も茉莉花をからかって笑ってたって言ってたっけ。たったの三日間だったらしいけど、その子もこんな風に楽しい夜をこいつと過ごしていたんだろうか……。


 ごろんとうつ伏せて茉莉花を見上げる。あんま意識してまじまじと見た事なかったけど、まぁこりゃ人気あるわなという整った顔をしている。学校ではヘラヘラにたにたの表情ばかり目に入っていたから、さっきの真剣な顔も切なそうな顔も新鮮できゅんと……。


 は? きゅんと?


「何見てんの? 顔赤いよ? ははーん、さてはぼくのイケメンっぷりにようやく気付い……」


「は、はぁー? バカな事言ってるとぶっ飛ばすわよ。……そ、そうだ、早くこれやってよ」


 手にしていたCDとスマホを投げつけると、「あっぶなっ、投げんなってぇ」とぶつくさ言いながらナイスキャッチした。


 やれやれとデスクチェアーに座りパソコンを起動させる横顔をちらりと見ながらまたもや考えた。気に食わないところもあるけどこんなに優しい茉莉花を撒き沿いにしていいのか、と。玲ちゃんや一部の子が関わってはいけないと言っている鈴芽ちゃんの案件。茉莉花も言っていた「プライベートには首を突っ込むな」と。


 でもあたしは真実が知りたい。あたしは茉莉花のように知らないふりをしながら鈴芽ちゃんと同室で三年間暮らせるとは思えない。きっといつか突っ込んでしまう。知ってしまう。それなら早い方が……。


 もちろん茉莉花のルームメイトの力になれるのなら彼女にも手を差し伸べたい。彼女が元気に戻ってきたら、きっと茉莉花のあんな顔は見なくて済む。それがこの『優しさ』へのお返しになるのなら、あたしは誰も巻き込まず一人でも……。


「汐音」


「え、な、何?」


「ものすごく真剣な顔してたけど、今考えてた事当ててみせようか?」


「獅子倉茉莉花さんってイケメンよねー……なんて思ってないから安心していいわよ」


「違うだろ」


 茉莉花がデスクチェアーをギィッときしませて背もたれに寄りかかる。横目でじろりと見られてドキッとした。以前にもこんな風に冷やかな視線を感じた事があった。


 あの時と同じだ……。


「ナメないでよね、ぼくが感づいてないとでも思ってんの? 深追いしちゃダメだからな、絶対」


「だって……」


 そんなつもりはないんだろうけど、なんだか叱りつけられている犬のような気分になって枕に顔を埋めた。もどかしい、あたしさえ動ければ鈴芽ちゃんたちをどうにか出来るかもしれないのに……。茉莉花が心配してくれるのは嬉しいんだけど、今あたしが動かなきゃ誰一人救えない気がして……。


 足をバタつかせていると、いつの間にか茉莉花があたしの髪を梳いていた。顔を上げると赤毛が頬を滑っていく。それを茉莉花がかき上げて覗き込んだ。


「ふてくされんなって。ぼくは心配して言ってんだ。彼女がいなくなった原因が鈴芽ちゃんなんだとしたら、きっとあの夜の涙に大きな理由があると思う。目撃してるのがぼくしかいないから勝手な憶測でしかないけど、彼女が握りしめてたあの新品の下着、もしかしたら鈴芽ちゃんに脅されて彼女も……」


「売れって脅されてたとでも言うの? それなら尚更止めないと二人共退学に……」


「考えてごらん。ぼくの憶測が現実だったとしたら、きっと彼女は鈴芽ちゃんの全てを知ったから口封じに弱みを握られてるんだ。もしかしたらそれはすでに彼女も同じ事をして証拠でも握られてるのかもしれない。もしもだよ、これが現実だとしたら汐音には何が出来る? 汐音が鈴芽ちゃんの行いを知ってしまったら、汐音まで何かしらの弱みを握られて口封じされるかもしれないんだぞ」


 考えすぎだよ、そう口にしたかったけど飲み込んでしまった。憶測とはいえ切羽詰まった表情に何も言い返せなかったから。その仮説は軽い気持ちで口走っている訳じゃない、そう伝わってきたから。


 あたしが少し上体を起こすと、茉莉花はかき上げたあたしの髪を耳に掛けながら目を細めて言った。


「綺麗な髪だな……。ポニーテールもかわいいけど、こうして垂らしてても色っぽい。ずっと触ってたいな」


「……」


「ダメ?」


「ダメ」


「一緒に寝たい」


「ダメ」


 なんなのよ、急に。せっかく人が真剣に考えてるというのにこのチャラ娘は……。真面目モードなのかと思いきや、所詮は単なる女好きなのね、と呆れのため息が出た。


 うん? 女好き?


「やっぱいいわよ、一緒に寝ても」


「へ? マジで? やったー」


「その代わり、あたしは裸で寝る。もちろんあんたもよ、茉莉花」


「はいー?」


 むくりと起き上がって茉莉花の手を振り払う。条件に驚き過ぎたのか、引き攣り笑いすら浮かべている。そんな茉莉花の姿を眺めて、あたしはまたぞくぞくしている。


 だけどちゃんと教えてあげる。この条件のほんとの目的を……。


「あたしを行かせたくないならこの条件を飲みなさい。裸はダメでも女好きなんでしょ?あたしの事もあの二人の事も大切に思っているのなら、こんな条件朝飯前じゃない。真剣にあたしを止めたいと思ってるなら朝飯前じゃない。寝てくれるなら信じるし、鈴芽ちゃんの事からは手を引く。あんたのルームメイトの事もそっとしておく。寝れないのなら止める権利はあんたにはないわ」


「……ち、ちょっと考えさせて……。いや、その、違うよ? 汐音を止めたい気持ちは変わらない。ちゃんと考えてる、だからこうやって……あー、もうっ。なんでそんな条件出すかなぁ……」


 分かってる、あんたがそんな事出来ない事くらい……。だけど、こうでもしなきゃ引き止めようとしてるあんたを裏切れないでしょ……。


「嫌ならいいわ。鈴芽ちゃんと彼女の事はあたしに任せてもらうから」


「ちがっ、嫌とかじゃなくてさぁ……うぅー……」


 茉莉花はしばらくそのまま唸っていた。「あー」だの「うー」だの言ってはこちらをちらちら向いたり向かなかったり。あげくふらふらとデスクに戻って頭を抱えながら突っ伏した。


 ごめんね、その優しさを逆手に取ったりして。でも、こうでもしないと……。



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