15☆琥珀色は独りぼっちの予感?
こんな幻覚を見てしまう程寂しかったの?
しかも美形だからか幻覚だからか、生理的拒否反応が薄い。にっこり笑っている口元のほくろなんか忠実に人間臭さを表していて……。
あたしの中の理想の男とやらがあるならば、こんな中世西洋人なんだろうか?
「ごめん、汐音ちゃん。そんなにびっくりさせるつもりはなかったの。忘れ物取りに来たらものすごい音がしたから見に来てみれば……私の方もびっくりだったけどね。自販機と戦ってるんだもん」
「い、いのりちゃんか……。びっくりしたぁ。幻覚かと思ったじゃん」
「幻覚? ……あぁ、これ? 懐かしいアニメのコスをしようと思ってね。新調してみたの。似合う?」
いのりちゃんは白い仮面を外し、背中に羽織っていたマントで胸元を覆いながら「お嬢さん、初めまして」と頭を下げた。なんだコスプレか、と安堵のため息が出た。ついでに空笑いも。
「そのカフェオレ、私が買い取ってあげるよ。汐音ちゃんは何を買いたかったの? ずいぶん残念そうな顔してたね」
「あー、うん。ジンジャーエール。だけどこの自販機、あたしに反抗期でよこしてくれないんだよね」
「反抗期? だからって武力行使は穏やかじゃないね。どれどれ」
いのりちゃんはタキシードの下に手を入れ小銭を取り出すと、慣れた手つきでちゃりんちゃりんと自販機に投入した。そしてなんなくガラゴロと出てきたのは……。
「はい、ジンジャー。これ好きなの?」
「う、うん。ありがと。でもなんでいのりちゃんの時だけ……あたしバカにされてんのかなぁ」
「バカに? 機械に? あははっ、それはないと思うけど、機械も人間も相性ってのはあるだろうね。ほら、動物もそうだけど苦手意識してると相手にも通じちゃうってよく言うじゃない」
「苦手な奴に相性もへったくれもないわよ。相性悪かったらそれまでの事じゃない?」
「そう? でもそういう先入観はもったいないと思うよ? だってほら、この自販機が汐音ちゃんと相性が悪いんだとしたら、汐音ちゃんはこの自販機が苦手だからジンジャーを買いに来ない? いざ飲みたくなっても回避し続けるのはもったいないと思うな」
なんかそれって……。
「とにかくありがと。コスプレがんばってね、いのりちゃん」
「え? あ、うん。コスプレがんばるよ」
「あははっ、変なの。じゃーね」
なんかそれ、ものすごく胸に刺さる……。
交換したペットボトルをふりふりし合って背中を見送る。いのりちゃんの手に握られた琥珀色のそれがちゃぽちゃぽと波打っていた。あたしの手の中のジンジャーエールは、やけに冷たく感じた。
違う、あたしが熱いんだ。心臓の鼓動が激しくて、喉の奥には何かが詰まっている気分。でも込み上げてくるのは喉からじゃなくて……。
目頭からだった。
「バカは、あたしか……」
苦手意識、先入観、だからあたしには何もないの?
だから誰も隣にいてくれないの?
誰も追いかけてくるはずのない廊下を、ぱたぱたと小走りで部屋へ急ぐ。誰も来ない、誰もいない。追いかけてもこない。だけど逃げたかった。
こんな自分から逃げたかった。
そして鈴芽ちゃんのいない部屋で、ベッドで、あたしは崩れるように突っ伏したまま夜を迎えた。
月庭一花様作「やわらかで優しい獣たち」より 如月いのりさん
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