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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
12/105

 12☆水色から覗くチャーミング?

 

 お邪魔した二一八号室は、あたしたちの部屋と全く同じ造りだった。ベッドもデスクも、カーテンもフローリングも、クローゼットも収納スペースも。他の部屋に入った事はないけど、まぁ考えてみれば寮なんだから当たり前か、と納得。


「座んなよ、手前のベッドがぼくんだから」


「……ベッドの位置まで全く同じなのね。こりゃ真っ暗だったら間違えるわ」


「だろー? しかも初日だったんだぞ? 夜中に目ぇ覚めて、寝ぼけ眼でトイレ行って、一つ部屋間違えただけで変態扱いだったんだぞ? ベッドから蹴り落とされるわがんがん物投げられるわ、その内目覚まし時計は頭にヒットするし……。鈴芽の帰りが一分遅かったら段ボールまで」


「うっさいな。先に勘違いしたのはそっちなんだから今更ごちゃごちゃ言わないでよね。それと、鈴芽ちゃんを呼び捨てにしないで」


 言われた通りに手前のベッドにばふっと腰掛ける。ふくれっ面のあたしを見た獅子倉茉莉花が「へーへー」と両手を上げた。……何よ、その態度。じろりと睨みつけてるのにも気付かず、奴はルームメイトのであろう隣のベッドにふてぶてしく腰掛けた。


「んで? 話とは? まさか、口外しないってのは条件つきだ、とか言う?」


「言う」


「はいー? 酷くないか? 言っとくけどぼくは悪い事してる訳じゃないんだぞ? そりゃ裸見るのも見られるのも苦手だから動揺してかっこ悪いとこ見せちゃったけど……だからってその弱みにつけこむなんて鬼だろ」


「何? つけこまれたくないなら堂々としてればいいじゃない。第一おかしいでしょ、女子寮で生活してんのに見るのも見られるのも苦手だって。これから三年間、毎日赤面しながらこそこそお風呂入るつもり?」


 あたしが目を細めると、奴はベッドの上であぐらをかいて口を尖らせた。しばらく睨めっこしたけど、先に逸らしたのは向こうの方で。今度は雑に足を投げ出して、「あー、もうっ」と言いながら仰向けにベッドへ沈んでいった。


「ぼくにだって色々あるんだよ。それをさぁ……」


「じゃあその『色々』をさらけ出してけば? かっこつけなくたってどうせモテんでしょ?」


「なんだよ、どうせって……。んで? 条件とやらってなに? 飲めるか分かんないけど聞くだけ聞くよ」


 奴はふてぶてしく、というよりため息混じりに投げやりな口調でごろりと寝返りをうった。いのりちゃんに被せてもらった薄い水色のふわふわワンピースの裾がはだけて、すっきりとした白い腿がお目見えする。


 着慣れていないんだろうふわふわワンピースで無造作に寝返りをうってしまうと色々見えてしまう事に気付いていないんだろうか。


 そういえばあたしより十センチくらいは背高いし胸はあるしお目々くりっくりだし、足だって長くてこんなに綺麗なのに……。


 言動に似合わず、容姿はあたしより女の子レベル高くて若干嫉妬する。


「その前に、あんたに聞きたいんだけど」


「……何」


「あんた……初めてだった? 訳ないよね?」


「……何が?」


「き……キス、キスよ、キス! あー、聞くだけバカだった。どうせ何十人も、ううん、何百人という数え切れない程の女の子としてきたんでしょーね!」


 あたしが頭をふりふりしながら抱えると、それまで屍のようだった獅子倉茉莉花がガバッと上体を起こした。


「そうだけど。んー、でも何百人ってのは大げさだな。数えた事ないけどさ。……汐音、もしかして……妬いてんだ?」


「はー? バッカじゃないの? 誰が誰になんでヤキモチ妬くのよ。どう転がったらそんなおめでたい発想に行きつく訳? くたばれ、バーカ!」


 あたしが手に持っていたジンジャーエールを振りかぶると、奴は身体の前で両手をばたばたさせて「タンマ、タンマっ」と慌てふためいた。


「じょ、冗談だろー! 落ち着けって。あんまバカバカ言うなよ。これでも一応ここの生徒なんだぜ? 一応推薦だったし」


「推薦でお嬢様学校に入学してる子は『ぜ?』なんて言わないんじゃない? どーせ女の子侍らせてちやほやされたかっただけでしょ」


「あ、あのなー……。だからぼくにも色々あるんだってぇ。……ったく、汐音のぼくのイメージってどんだけ悪いんだよ」


「なによ、さっきから濁しまくって。結局何人とキ……キスしたのかって事くらいしかまともに答えてくれてないじゃない」


 キャッチボールにもならない会話に疲れて、ひとまず落ち着くか、と振りかぶっていたジンジャーエールのキャップを回す。そして思い出した、こいつの分も買ってあげていたんだ、と。


 むくれ顔でジト目を向けている奴に目掛けてポカリスケットを投げつけると、一瞬ビビったのかびくっと肩を竦め、それから上手いことキャッチした。くれんの? と言いたげな顔で手にしたポカリとあたしを見比べ「サンキュ」と嬉しそうに笑う。


 くそっ、顔がかわいくて腹立つ。


「でもそっちがいい。ぼく炭酸好きなんだよね。汐音だけジンジャーずるい」


「お揃いが嫌だったからポカリにしてあげたんだけど? いらないなら飲まなくていいわよ」


「えぇっ? いらなくなんかないよぉ、汐音が買ってくれたんだぞ? じゃあ一口だけちょうだい?」


「……あんたが飲んだ後のを飲むなんて嫌だからあげるわよ。ほらっ」


 嬉しそうにしている姿に親切心が湧いてしまい、今度はジンジャーエールをぽいっと投げ渡した。さっきよりずいぶん軽く投げてあげたのに、今回は上手くキャッチ出来ず、いや、上手い事おでこにヒットした。


「いってぇ……いちいち投げんなって。ほんとがさつだなぁ、汐音は。優しいんだか冷たいんだか分かんないや」


「がさつで悪かったわね。さっきバスタオル持ってってあげたし、動けないあんたの為に人を呼んであげたでしょ。そんなあたしを不親切だと言っていい訳?」


「わわわ分かったよ、怖い顔すんなってっ。つーか、ジロジロ見たあげく自分の裸体を見せつけてぼくを辱めたのは汐音だけどね」


「ばっ、バカ言わないでよ。別に見せつけたんじゃないでしょー? 脱衣所で裸になるのは当たり前じゃない。むしろあんたがこそこそしてるから目が行っちゃったんだし、全部あたしが変態だから起こった出来事みたいに言わないでよ」


「……」


「……」


「やめよう」


「うん、やめよう」


 ちょっと、いや、結構疲れていたあたしたちは、ペットボトルを交換し合ってお互いに給水タイムを取った。あたしが飲むはずだったジンジャーエールが、透明な容器の底から少しずつ減っていくのが見える。イラついてる時の炭酸はとてもおいしいのに、心に沁みる炭酸を手放したあたしは、身体に優しいポカリスケットをごくごくと一気に半分程飲み干した。


「……でさ、条件とやらをぼくが飲んだら、ほんとにバラさないでおいてくれるんだよね?」


「その為の交換条件じゃない。あんたが見るのも見られるのもダメな事も言わない。全裸のあたしにおでこにチューされただけで腰抜かした事も言わない。それでいいわよね?」


「まぁ……うん。ついでに晒の事も」


「オーケー。そもそもなんで晒なんか巻いてんのよ。巨乳がかっこ悪いーなんて思ってんじゃないでしょうね」


「きょ、巨乳言うなーぁ!」


 つっても、そこまで『巨乳』って程じゃなかったけど。せいぜいDカップってとこかしらね。絶対言われたくないんだろうと思ったからわざと大げさに言ってやった事は内緒にしてやるとするか。


 ついでにフリフリラベンダーちゃんの事も聞き出したかったけど、今度にしてやろう。なんでそんなかわいい下着つけてんの? ってね。


「本題に入るけど、あたしからの条件は……」


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