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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
105/105

105☆鬼畜王子とナルシスト姫

 

 すっかり陽は落ち、とっぷりと暮れた闇に赤々とキャンプファイヤーの炎が揺れている。

 ぼくはといえば、「あたしも後夜祭の準備があるから、先に行ってて」と指定された場所で彼女に待たされている。もちろん姫コスのまま。私服は抗議の声も届かず、さっさと持ち帰られてしまったのだ。

 せっかく黒宮部長から取り返したというのに、真のラスボスは何を企んでいるんだか……。

 指定されたのは、キャンプファイヤーのよく見える花壇の隅っこ。テンションマックスの女子高生たちが様々な装いで踊っている。その光景を眺めながら汐音の到着を待っていると、「一枚いいですかぁ?」と、スマホやカメラを構えた子猫ちゃんたちが代わる代わるやってきた。

 初めは抵抗しかなかったぼくだったが、こうも人目にさらされているので、いい加減慣れてもくる。獅子倉茉莉花だと把握している子猫ちゃんが半分、知らずに撮影しにきた子猫ちゃんが半分。どちらにもハグでサービスショットしてさしあげた。

 いつもの調子を取り戻してきた頃、王子様コスの子猫ちゃんがやってきた。「一倍いいですか?」との同じ台詞にもちろんと頷く。ハグしようと背中に腕を回しかけたところで、手の甲をむにっと抓られた。

「いててててっ! ちょ、ちょっと君ぃ……」

「ずいぶん調子取り戻したみたいね。しょぼくれて屋上にでもいたらどうしようって心配したけど、そのおバカっぷりなら心配いらなかったわ」

「し、汐音……?」

 飛び退いて顔を覗き込めば、王子様コス少女が猫目を細めて「ふふっ」と楽しそうに笑った。

 デスティニーランドのシャンデレラ城から飛び出してきたような『ザ・王子様』なコスチュームに身を包んだ汐音は、ショートヘアの黒髪ウィッグを被っていた。赤毛のデコ出しポニーテールを見慣れているので、黒髪で前髪ありのショートは実に新鮮。猫目も手伝って生意気な少年のようだ。

「似合わない?」

「似合うよ。かわいいじゃん」

「かわいい? 王子様なんだから『かっこいい』って言いなさいよ」

 口調こそそのままなくせに、腕組をしたり顎に片手を添えてキザなポーズを取ったりな汐音。設定ががばがばでちょっとおもしろい。

「やーだね! ぼく以外にかっこいい女子なんて認めない主義なんだ。それに、王子様のほうがちっちゃいじゃんか」

「むー! 身長はしょうがないでしょ! バカにするならそのハイヒール脱ぎなさいよー。このへたれナルシスト!」

「ふふんっ、なんとでも言え。開き直ったぼくに怖いものなんて何もないぞ」

 むくれて唇を尖らせるのでキスしてやろうかと思った。彼女越しに見える炎が美しい。非日常的に燃え上がる炎と非日常的な装いに、どの子もこの子も魔法にかかったようだ。

 シオン王子が、花壇のレンガに乗った土を払ってくれた。「座れば?」と自分も腰かけるのでぼくも裾を整え並んで座る。

「ところで、その王子コスどうしたの?」

「ん? クラスメイトの芹澤蝶子ちゃんに借りたのよ? 彼女ほら、演劇部だから。ウィッグもね。あんたのその格好に釣り合うのはこれしかないでしょ」

「あぁ、あの目つきの怖い子か。ちょっと話しかけがたい感じなのに、よく頼めたなぁ。そこまでしてぼくと踊りたかった?」

「あんただけコスプレだとあたしが浮くでしょーが。んじゃどうせなら王子様がいいかなって。芹澤さんはね、目つきはあれだけど、話してみると全然とっつきにくい感じじゃないのよ? 前に行ったおいしくて安い餃子屋さんの話で盛り上がったりとか、結構庶民的で意見が合うの」

 ツンケンしたお嬢様タイプという容姿なので目が合っただけで怯んでしまうぼくとは違い、クラスメイトなのでちゃんと仲良くやれているらしい。貧困家庭育ちの汐音にとって、庶民的な友達はとても落ち着くのだろう。

「そっか、汐音が楽しそうでよかったよ。んじゃ破かないうちに踊りに行く?」

「失敬ね。破かないっつーの! そんなこと言うなら踊ってあげないんだから」

「はいはい、ぼくが悪かったよぉ。だからぼくと踊ってください、王子様ぁ」

 裏声でおねだりするも、シオン王子は疑いの眼差し。ウィッグは暑いしドレスは歩きにくくてしょうがないから早く解放されたいんだけど……。

「仕方ないわね。そこまで言うなら踊ってあげてもいいわ。ほらっ」

 シオン王子は立ち上がり、こちらに手を差し伸べてきた。紳士にしたいんだかツンデレお嬢さんのままなんだか、言動がバラバラでこちらとしても役作りに困る。

「ありがとう王子様ぁ」

 手を取り、ぼくも立ち上がる。お互いのミスマッチさがおかしくて、同時に吹き出した。

「やーん! しーちゃんと茉莉花、ここにいたんだねぇ! てっきりキャンプファイヤーのとこかと思って探しちゃったぁ」

 かん高い声に振り返る。たわわな巨乳をちぎれんばかりに上下させながら走ってくるのは千歳。ぼくと汐音はムードを壊されがっかりすると同時に、そのコスチュームに唖然とするしかなかった。

「ち、千歳……それはさすがに……」

「えー? かわいいでしょー? スイカだよ、ス・イ・カ」

 確かにスイカなのだ。誰がどうどこを見てもスイカなのだ。頭にスイカの皮柄カチューシャが乗っている。

 そこまではいいのだが、身体はビキニしか身に付けていない。豊満なバスト部分もスイカの皮柄。こちらに関しては、もうスイカがそのまま体幹に付いているようだ。浜辺にいたらビーチボールと間違えられるかもしれない。そして、ショーツ部分は4分の1カットスイカを横から見た形のデザインになっている。

 誰だーっ! こんなアダルトな動画にも出てこなさそうなビキニを、よりにもよって千歳に着せたやつはーぁっ!

「きゃー! 噂通り、茉莉花ったらきゃーわゆーい! ちぃとも写真撮ろー?」

「や、やめろ! あんまくっつくな!」

「おやおやぁ? せっかくの姫コスなのに、お胸はぺったんこなままなのぉ? この際だから、晒取っちゃえばいいのにぃ」

「うううううるさいうるさい! お前は逆に自粛しろ! せっかくの姫コスだとか言うなら、変な格好でくっついてくるんじゃない!」

「えへへぇ、照れちゃってぇ。しーちゃん、ちょっと茉莉花借りるねー」

 ある時は一番の理解者、ある時は一番のお邪魔虫な千歳と茶番を繰り広げている間、汐音はこちらにスマホを向けてにやにやしていた。どうやら動画を撮っているらしい。いくら暴れてもスイカお化けはなかなか離れない。

「あらまあ、龍一さんのおっしゃっていた通り、獅子倉さんたら本当にお奇麗ですねぇ」

 いつからいたんだか、小脇から鈴芽ちゃんが見上げていた。何かを崇めるように両手を合わせて頬を赤らめている。どうせ千歳に着せられたのであろうイチゴの着ぐるみ。まあまあかわいいのだが、この二人に関してはコスプレなのかという疑問はもってはいけない気がする。

「す、鈴芽ちゃん……。龍一兄ちゃんに聞いたのっ?」

「えぇ、それはもう大興奮でしたよ? 妹さんを溺愛できるお兄様って素敵ですよね」

 言って照れる鈴芽ちゃん。お恥ずかしいと言わんばかりに両手で口を覆った。

 無法地帯か? ロリコンでシスコンを好きな女子高生って……。鈴芽ちゃんだけはまともだと思ってたのにー!

「ねぇねぇ知ってる? スイカとイチゴってね、混ぜると『スゴイチカイ』になるんだよー? だからね、ちぃとすずちゃんはすごい近い関係になれるんだよー」

「なんじゃそりゃ。果物と見せかけて、どっちも野菜ってことくらいしか共通点ないじゃんか。強引すぎるだろー」

「えぇぇぇ、いーのだいーのだ! 早く茉莉花としーちゃんもむぎゅーってしちゃえー」

 千歳の腕がパッと離れ、鈴芽ちゃんをむぎゅっと抱きしめる。ぼくは勢い余ってよろけてしまい、後ろから汐音に抱き留められた。

「しーちゃん、あとで動画送ってねー! んじゃ、おっさきーぃ」

 もはや嵐以外の何物でもない千歳と鈴芽ちゃんの襲来。凸凹幼なじみは、揃ってキャンプファイヤーのほうへ走って行った。炎を囲む人たちが徐々に増えていく。

「うちらもそろそろ行く?」

 回した腕を解き、汐音が金髪ウィッグを直してくれた。ぶっちゃけ、疲労感を隠せない。ぼくが返事をしぶっていると、汐音が指を絡めてきた。

「後夜祭は始まったばっかだもんね。もうちょっとしてから行こっか」

「いや、汐音が行きたいならいいよ?」

「んー、どっちでもいっかなー」

 なんじゃそりゃ、と言いかけたが、ぴとっと身を寄せてきたので察する。ぼくも深く指を絡ませた。

 どちらともなく座り直し、しばらく遠くからキャンプファイヤーの火を見つめていた。多種族の集まる異世界の祭のようなその光景を。

「ほんと、退屈しないわ」

 汐音がしみじみと吐露した。

「何? 急に」

「あんたといると退屈しないって言ってんの。ふふっ、褒め言葉よ?」

「絶対褒めてないだろ、それ。汐音もみんなも、ぼくをからかって遊んでるじゃんか」

 両足をバタつかせると、汐音に「お行儀悪い」と膝をぴしゃり叩かれた。

「やっぱりあんたにはスカート向いてないみたいね」

「当たり前だ! もう二度と着てやるもんか。来年の星花祭は、みんなが見惚れるコスにしてやるからな」

「ふふっ、まぁ姫コスも結構様になってるけどね。メイクすると、ほんとにお母さんそっくりだもん。もっと茉莉花の色んな女装見てみたいかも」

「女装、ねぇ……」

 元々は女子なんだけどな、ってのはあえてツッコまないことにした。汐音は真っ直ぐ前を向いている。猫目の中央は、キャンプファイヤーの火でオレンジに染まっていた。

「あたしさぁ、メイクやってみたい」

「汐音が? んまぁ似合うんじゃん?」

「ううん、そうじゃなくてさ」

 ゆっくりと、こちらを向いた。急に真剣な表情をするのでドキリとした。

「茉莉花のメイク。もちろんそれだけじゃなくて、色んな人のメイクしてみたいなって思ってきた。メイクひとつでこんなに変わるなら、それで人生変わる人もたくさんいるんじゃないかなぁ」

「まぁ……いいんじゃん? ぼくはもうごめんだけど、確かに自尊心低い人とかは、何か変わるきっかけになるかもしれないね」

「うん。うちは貧乏でエステなんかいけないから、そういうお金ない人でも気軽に来れるエステサロンなんかもいいなぁ。エステしてメイクして、それだけでも女の子は自信つくと思わない?」

 色とりどりの衣装に変身した人たちを見て、何かひらめいたのだろう。そういえば汐音のお姉さんはネイルサロンで働いていたと言っていた。女の子を奇麗にしたい、その変身願望を叶えたいという気持ちは姉妹よく似ている。

「いいね、その夢。卒業したら専門学校行く?」

「んー、うちの経済力じゃ無理だけど、色々調べて自分で学費稼げそうなとこがあればいいなぁ」

 汐音はぼくの夢を明かした際、自分にはまだ何もないと言っていた。ぼくたちはまだ一年生だ。色んな可能性がある。夢なんていくつあってもいい。今からなら、どんな生き方だってできる。

 ただ、その傍らには……。

「ぼくも協力するよ。経済的支援は汐音が嫌がるだろうからできないけど」

「うん、ありがと。あたしも茉莉花の夢、応援してるから」

 その傍らには……いつもぼくを置いておいてほしい……。大人になってもずっと……。

「んじゃ、もちろん練習台になってくれるわよね?」

「はいー? ヤダヤダ、それだけは絶対ヤダ! 千歳か鈴芽ちゃんにでもなってもらえよー!」

「えー、なによケチ! たった今、協力するって言ったばっかじゃない」

「ケチとかそういう問題じゃないだろー?」

「減るもんじゃないのにケチケチー! ケチんぼヘタレナルシスト!」

「言ったなー? ド鬼畜サディストー!」

 装いに反した王子と姫の口喧嘩。でも、今更誰も仲裁はしない。また夫婦漫才か、と苦笑し見守るだけ。

 後夜祭も最高潮だ。祭の後は寂しい。明日からまたいつもの日常が始まる。

 だけど、バカばっかやって、ケンカばっかして、ちっとも進歩のないぼくらは、毎日がお騒がせのお祭り騒ぎ。

 きっとそれがぼくらのスタイルだから……。

 この楽しいお騒がせ祭が続くのなら、大人になんかならなくたっていいや……。



読了いただきありがとうございました。

この作品は2018年2月に連載開始し、間ブランクを置いて第3章まで書き上げることができました。

これも読者様の応援のおかげです。

茉莉花と汐音の作品は、この6年間に短編小説もいくつか掲載していますが、私にとってこの2人はそれほどかわいい存在なのです。

もちろん千歳や鈴芽や奈也も、本作を盛り上げてくれた大事なサブキャラなので、私にとってはかわいい娘たちだと思っています。

読者様方の中にもこの子たちのファンがいてくれたら嬉しいです♪

感想・レビュー・メッセージなどいただけますと今後の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。


他作もぼちぼち更新していく予定ですので、今後も芝井流歌をどうぞよろしくお願いいたします。



2024年2月12日   芝井流歌


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