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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
104/105

104☆ゴールテーマを鳴らせ!

 

 スケッチブックを横顔に当てながら廊下の隅を歩こうか……。いやいや、いつぞや汐音が言っていたじゃないか、こそこそすると余計に目立つと。

 中等部より高等部は人が多いのでちょっと助かる。しかも、後夜祭に向けて仮装してる子もちらほら。

 よし、やはりここは堂々と3年1組を目指すとするか。

 1年の教室の前を通れば、3年の教室に向かう階段がある。一番の難関だ。どう考えてもぼくの顔を知っている人がうようよゾーンなので、堂々かつ慎重にいかねば……。

 文化祭独特の、段ボールと甘い匂いが立ちこめている。3組の前辺りに人だかりが見えた。紛れられるのでごちゃごちゃしているのは大いに結構なのだが、団子状態で廊下を塞がれていても「ちょっとごめんよ」なんて言えるわけがない。

 ぼくが到達するまでにどいてくれー、と祈りつつ1組の前を通過。チラ見した教室内の子と一瞬目があったがすぐに逸らした。表情は変わらなかったので特に気付かれてはいないようだ。

 問題はここからだ。声をかけてかき分けられないので、3組の前の人だかりを無言で体当たりしなければならない。そしてどんどんハードルが上がっていく。その先は要注意人物だらけなのだ。

 4組には汐音がいる。こんな姿を見られたら、ネタにされて一生からかわれるに違いない。どんなに地球がひっくり返ろうとも、からかわれないわけがない。考えただけでもブルーになる……。

 汐音がいれば、必ず近くに鈴芽ちゃんもいる。ただの変態ロリコン野郎だと思っていた彼氏が、実は変態シスコン野郎だと何かのきっかけで知ってしまったら……。龍一兄ちゃんのことはどうでもいいが、友達である鈴芽ちゃんに悲しい思いはさせたくない。

 次の5組には千歳がいる。かわいいものにめざといあいつのことだ、絶対に騒ぎ出す。ただでさえ声がデカいのに、確実に大声で「きゃーわゆーい!」と悪気なく抱きついてくるに違いない。足止めを喰らうわけにはいかないし、人目を引かれるのはもってのほかだ。

 最後に我が6組。……ここは逆に服飾科ゆえに衣装やら制作品やらで違和感薄れるやもしれん。ここをクリアすれば階段はもう目の前だ。

 覚悟を決め、障碍だらけの茨道をいざ行かん!

 スケッチブックを小脇に抱え、胸を張ってツカツカ進む。ヒールのこつこつ音がうっとうしいが、騒がしい廊下ではキャッキャウフフにかき消されているのでセーフだ。

 行く手を憚っていた塊の向こうから、「ここにたむろしては通行の妨げになりますよ」と江川生徒会長様のお叱りが聞こえた。途端にモーセの十戒のごとく道が切り開かれる。

 風紀がどーのこーのと言われ、一度はめんどくさい人だなと思ったぼくだが、心の中で感謝の言葉を繰り返す。すれ違いざまにチラリとメガネ越しの視線を感じたが、会長はそのまま立ち去っていった。立場が立場だけに忙しいのだろう。

 そそくさと割れた道を抜ける。横目で4組の中を一瞥したが、赤毛の少女とおかっぱ人形の姿はなかった。関門1つ突破だ。

 続いて5組。胸とお目々と声のデカい千歳らしきかん高い声は聞こえない。苦しくなって息を吐いた。気付かぬ間に息を止めていたらしい。

「あれぇ? しおーん、こっちにいたんだ?」

 そして6組の前にさしかかる直前、今一番会いたくない名前が聞こえてきた。

 やばい! 奈也ちゃんだ! そしてその名を呼ぶということは、彼女がそばにいるということだ……!

 ぼくは歩みを速める。コツコツとうるさい足音も構いやしない。どうか、どうかこのピンチを乗り切らなければ……!

「奈也ぃ、あのバカ知らない? さっきからずっとメッセ飛ばしてるんだけど既読にもならないし、電話にも出ないのよ。もう6組戻ってきたかなと思ってきてみたんだけど」

「アタシも探してるの。マリッカの展示作品を片付けてほしいんだけど、どこにもいないから汐音のとこかと思ったんだけど……。困ったなぁ、代わりに片付けてもいいかなぁ。装飾品とか取れちゃったらいけないから、自分で片付けることが原則なんだよねぇ」

 そうだった……。しかし、そんなことは今のぼくにはどうでもいい! 取れても破れてもいいから奈也ちゃん、君がやっといてくれ!

「まったく、あのバカは……。どこほっつき歩いてんのかしら。他校の女の子のお尻追っかけてんじゃないでしょうねぇ? もしそうだったらとっちめてやるんだから!」

「汐音、落ち着いて? もしそうだったとしても、マリッカは汐音一筋だから」

「ふんっ、後で問い詰めてやるわ」

 どうか問い詰めないでくれ……。ぼくはぼくで大変なんだよ。お願いだから何も聞かないでくれ……!

 困惑しつつもぷんぷんする汐音を宥めてくれている奈也ちゃんに感謝し、廊下の隅をテカテカ黒光り害虫のごとく忍び走る。階段はすぐそこだ。

 未だぼくへの愚痴を吐き続ける汐音の声が耳に入る。あとが怖いな、と冷や汗を感じながら階段を駆け上がった。

「っ!」

 もう少しで踊り場、というところでドレスの裾につんのめった。かろうじて転びはしなかったものの、とっさに手すりを掴んだ際、脇に挟んでいたスケッチブックが階段を滑り落ちていった。

 バサバサと音を立て、1段目でようやく止まった。拾いに行くか? いや、数人の視線がそれに集まっている。どうせぼくの物じゃないし、寂しいがここでお別れだ。

「落としましたよー?」

 踊り場に足をかけた瞬間、下から呼びかけられた。またも奈也ちゃんだ……。お人好しはこういう時には発揮しないでいいんだよ、奈也くん!

 ぼくは振り返らずぱたぱた手を振る。『ぼくのじゃない』そうジェスチャしたつもりなんだが……。

「えっ、もってこいってこと?」

 違ーう! ぼくはぶんぶん手を振る。しばらく沈黙が続いたので分かってくれたのかな? と思い、そーっと横目でチラ見した。

「マリッカ?」

 落ちた際に開いたページを見つめていた奈也ちゃんが見上げてきた。偶然開かれていたページには『し・し・く・ら!』の文字……。

「え? 茉莉花?」

 奈也ちゃんの言葉に、背を向けていた赤毛のポニーテールが振り返った。目が合った。周りにいた数人も見上げてきた。全員きょとんとしている。

 最っ悪だっ!

 こうなったら逃げ切るしかない! ぼくは裾を膝までたくし上げ、全速力で駆け上った。

 やっとの思いで3年1組に辿り着いた時には、肩で息をしていた。もう人目なぞ気にしてられない。早くこのいまいましい呪いを解いてもらわないとだ!

 平然と段ボールを畳んでいる黒宮部長を見つけた。先輩の教室だがおかまいなしにズカズカ入っていく。足音で気付いたのであろう部長が振り返る。目が合うとにやりと笑いやがった。

「約束ッスよ」

「先輩の教室に堂々と入って来るとはいい度胸だな、獅子倉。いや、ジャスミン姫だったか?」

「冗談もいい加減にしてくださいよ! 約束通り、ノルマは達成したんだから、ぼくの服返してください」

 ぼくが睨むと部長はひょいと手を出した。

「なんスか?」

「リスト。証拠は?」

「あぁ、リストなら……」

 肘にかけていたキラキラポシェットに手を延ばした……が、空を切る。

 ……ない! リストとスマホを入れていたポシェットがない……!

「ほう? リストなら……どこに?」

「う、うっそだろー……」

 階段で落としたとしか思えない。あの時、スケッチブックに気を取られていたが、きっとあの時に落としたとしか……。

「ジャスミン姫、証拠は?」

 にやにやの止まらない部長が詰め寄ってくる。取りに戻れば絶対に彼女と出くわしてしまうだろう。絶望的だ。情けなくなってきた。

「証拠がないんじゃ返せんなぁ。それとも、もう一度書いてもらってくるか?」

 元はと言えば自分が蒔いた種だ。だが後輩を信じられないのかと思うと、怒りもこみ上げてくる。ぎりりと奥歯を噛みしめた。

「いてっ!」

 その時、脳天にゴチンと何かが振り下ろされた。ウィッグ越しだが結構痛い。しかし、部長の両手はぼくの視野の中にある。嫌な予感がして、頭頂部を摩りながら恐る恐る振り返った。

「そんなことだろうと思ったわよ」

 呆れ顔の彼女が立っていた。キラキラポシェットを差し出してくる。ぼくを叩くのは彼女と部長だけだもんな、と惨めな答え合わせをしながら無言で受け取った。

 彼女は笑わなかった。哀れむような顔もしなかった。ただただ呆れ顔を向けているだけで、それが逆にぼくの情けなさを増幅させる。

「なんて顔してんのよ……。これ、渡すんでしょ?」

 彼女はキラキラポシェットからリストを抜き出し、「これですよね?」と部長に突きつけた。きっとリストを見て全てを察したのだろう。ぼくと部長の性格を知り尽くしているゆえのファインプレーだ。

「おー、ほんとに10人集めたか。よしよし、やればできるじゃないか。しかし最後は愛の力だなぁ、獅子倉ぁ」

 リストを眺めてご満悦の部長。『アルトの女王』なんて二つ名があったらしいが、新入生たちには『アウトの女王』とでも言い伝えてやろう。悪い人ではないが、後輩を追い込むのが得意なこの人にはぴったりな二つ名だ。

「約束通り返してやらんとな。そっちも似合ってるからもったいないが……」

 人質となっていたぼくの服は、部長のバッグからぐちゃぐちゃになって出てきた。あー、ぼくのブランド物のワイシャツがぁ……。でもまぁ、こんな姫コスよか、シワの付いたワイシャツのほうが数千倍もマシだ。

「部長、あんまり無茶させないでくださいね? こいつ、いじけると面倒くさいんだから」

 言いながら、ぼくが掴みかけたワイシャツを横から汐音が奪い取った。ボトムスもブーツもチョーカーも、次から次へとひょいひょい奪い取る。まるでバーゲン常連のおばちゃんみたいだった。

「し、汐音? それ……」

 本日何度目かの嫌な予感も、残念ながら的中してしまったようで……。

「ん? もちろん返してあげるわよ。後夜祭が終わったらね?」

 ゴールのテーマが流れるどころか、セーブポイントまで強制送還された気分だった……。





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