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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
102/105

102☆なりきり大作戦

 

 星花祭2日目。全ての演目と公堂の片付けも終わり、この控え室周辺も静まり返っている。

 が、なぜかそこに黒宮部長と2人きり。呼び出された理由は聞くまでもない……。

「おーおー、思った以上に似合ってるぞぉ、獅子倉ぁ。うちの用意した衣装はどっちも見立てよかったようだなぁ」

「……」

「そうふてくされるな。美人が台無しだぞ?」

「美人とか言われても嬉しくないッスよ!」

 ノルマまであと1人というところまで勧誘できたぼくだが、惜しくも文化祭終了までには達成できなかった。

 ほぼ機嫌を直しているくせに、「お前を許したわけじゃないからな?」とニヤつきの止まらない黒宮部長に演劇部から調達してきたというプリンセスドレスを着せられている。

 どピンクのふりふりドレスに巻き毛の金髪ウィッグ。あの世界的にも有名なゲームの桃姫を連想させる。演劇部はどうしたらこんなたいそうな衣装を作れるもんかと、ある意味敬服する……。

 くっそーぉ、人生最大の屈辱でしかない……!

「肌が奇麗だし睫毛も長いからファンデとマスカラはいらんな。口紅ひとつで充分変わったが、せっかくだからアイシャドーもするか?」

「いいかげんにしてくださいよっ、部長! どんだけぼくで遊べば気が済むんッスか!」

「約束は約束だ。『白学ラン王子作戦』で9人しかゲットできなかったんだから、今度は『桃姫ドレス作戦』で行ってこい。合唱部を追い出されたくなければな」

 く、くっそーぉ……!

 いっそ退部してやろうかと睨み付けるも、「さーて、うちもクラスの片付け手伝ってこなきゃな」と目を逸らされた。どこまで鬼畜なんだ、この人は。

「後夜祭は18時からだ。参加は自由だし、中等部は時間的にもそんなに長い間いないだろうから、今から勧誘に行ってきてもいいぞ? ふふっ、うちが優しい部長でよかったなぁ」

「……」

「どこがだ、って顔するな。今はまだみんなクラスの出し物の片付けをしてる最中だろう。早く決まれば後夜祭にその衣装で出席しなくても済むかもだ。んじゃ、そういうことだから頑張れよ、ジャスミン姫」

 部長はぼくのジャージと白学ランを雑にまとめ、姫衣装の入っていた紙袋に押し込んだ。

「えっ、まさか……」

「当たり前だろう? うちは3年1組だ。じゃあな」

 部長は片手をひらひらさせながら控え室を出て行った。ご丁寧に上履きまでもが回収され、これまたどピンクのハイヒールだけがぽつんと取り残されている。

 ノルマ達成したら返してやるから取りに来い、ということか!

 鬼畜だ、いじめだ、拷問だ!

 パニエ付きのドレスのフリルを抓んでみた。踝まで隠れる丈。歩くのに躓く長さではないが、ロングスカート自体履き慣れないのでバサバサと鬱陶しい……。

 恐ろしくて背を向けていた姿見にそろそろと視線を向けてみた。

 見慣れないような、しかし見たことあるような人物と目が合った。

「母さんじゃん」

 もちろんぼくのほうが幼い顔をしているが、鏡の中にいたのは宝城菫そのものだった。我ながら、ここまで似てるとは恐ろしい。

 こんな姿を結衣に見られたら、また呪いをかけられるか、はたまた爆笑されるか……。まぁ、あのコミュ障陰険女が後夜祭なんてパーティーに参加するとも思えないから心配することはなさそうだ。

 それよりも、中堅クラスの先生なら、現役の宝城菫を知っているだろうから、うちの母さんがそれだとバレるほうがめんどくさい。早々に引退してるので、生徒の中で知っているのは多分結衣くらいだろう。

『美人が台無しだぞ?』

 美人、ねぇ……。

 まぁ、確かに……?

 宝城菫を知っているぼくとしてはもうそれとしか見えないけど、知らない人から見ればただの美人かも……?

 なんなら、獅子倉茉莉花だと気付かれないのでは……?

 これはぼくじゃない、これはぼくじゃない。言い聞かせて一度ギュッと目をつぶってみた。心の中で3つ数えてそっと開ける。鏡の中の美人さんが、ぱちぱちと瞬きをした。

「ふふんっ、ただの美人じゃん」

 にっこり笑ってみる。意外と様になっていた。そうだそうだ、ぼくとバレなければ恥ずかしくない!

 問題は声だ。いくらなんでもこのハスキーボイスはぼくだとバレバレだ。かといって裏声でしゃべるには違和感が生じるだろう……。

 筆談だ。どこかに紙はないか? 控え室のロッカーを片っ端から開けてみた。

「ラッキー!」

 裏方が指示を出す時にフリップボード代わりに使うスケッチブックが出てきた。黒マジックもある。これならぼくだとバレずに勧誘できる!

 ヤケクソ半分だがやる気の出てきたぼくは、小道具のキラキラスパンコールポシェットにスマホとマジックを入れ、窮屈なハイヒールを履く。靴擦れ間違いなしなので小股でちょこちょこ歩き、裏口へ向かった。

 公堂を出る前にちらっと時計を見上げた。17時ジャストだった。後夜祭まで1時間しかない。急がねば。スケッチブックを抱き抱え、中等部校舎へ向かった。

 早くも片付けが終わったのだろうか。幾人かの中等部生とすれ違った。「じゃあ、駅前のカラオケ集合ねー」と楽しそうに手を振っている。後夜祭には出ずに、カラオケで打ち上げといったところだろう。

 すれ違い際、「なんでまだ衣装?」という表情の3人組と目が合った。にっこり微笑みかけてみた。3人とも、みるみるうちに頬が赤く染まる。歌が好きみたいだし、これは脈ありか? とスケッチブックを開こうとしたところで、「し、失礼します!」と頭を下げられた。

 逃げるようにばたばたと走り去っていく3人の背中を見送りながら首を傾げた。笑顔、キモかったのだろうか……?

 悩みついでにスケッチブックを見つめる。予め書いておいたほうが時間短縮になるのだろうが、なんて書こう?

『内部進学する子? 合唱部入らない?』

 ……気の利いた言葉が思いつかないのでこれでいっか、とマジックの蓋を閉める。スケッチブックを抱え直してくるりと方向転換すると、聞き慣れた声に呼び止められた。

「茉莉花!」

「……りゅ……っ!」

 ぼくは反射的に身を翻し、ダッシュで逃げた。相変わらずスーツをびしっと着こなしているロリコン社長こと、龍一兄ちゃんが、ぼくの名を呼びながらものすごい勢いで追いかけてくる。

 普段のジャージのままなら革靴スーツに追いつかれることはなかっただろうが、こんなひらひらしたロングドレス&ハイヒールのままじゃ誰だって全速力では走れない。ぼくはあっという間にロリコン社長に捕まった。

「ま、ま、茉莉花っ! お、お、お前……」

「しーっ! デカい声出すなっ。これには色々事情があるんだよ! お願いだから名前呼ばないでくれよ」

 はぁはぁ息を切らしている龍一兄ちゃんに小声で懇願する。いくら鈴芽ちゃんの彼氏といえど、まさか自分の兄貴が文化祭に来てるとは予想外だった。

「ま、茉莉花……! お前……なんてかわいいんだ……っ!」

「……はい?」

「思ってはいたが、母さんに似てるから、ちゃんとした女の子の服着たら確実に美人なんだろうと思ってはいたが……」

 感激のあまり、といった感じで龍一兄ちゃんはうるうるしていた。ぼくの両肩をがっしり掴む手もぷるぷるしている。息が上がっているのは走ったからではなく、ぼくの姫コスに興奮していたらしい……。

「キモっ! 兄ちゃんキモっ! 触んな、変態っ」

 黒髪おかっぱ人形が好きなロリコンだと思っていたのに、金髪巻き毛人形にも興奮するシスコン変態野郎だったとは……!

 気付いた途端、ぞわりと鳥肌が立った。

「かわいいぞ、かわいいぞ茉莉花ぁ。やっぱりうちの妹はかわいかったんだ! 女子校に入ってやっと目覚めてくれたか茉莉花ぁ!」

「キモキモキモキモっ! マジ無理だからやめろっ。人を呼ぶぞっ? おっきい声出すぞっ? いいのか変態ー!」

「いいに決まってるだろう! こんなにかわいいうちの妹を出し惜しみするバカがどこにいる? よしっ、まずはお兄ちゃんと写真を撮ろう!」

 りゅ、龍一兄ちゃんてこんなキャラだったかー? 鈴芽ちゃんと2人の時もこんな感じだったらマジキモいんですけどーぉ!

  仕方ない。自分で言っておきながら人目を引く言動をするわけにはいかないし、我が兄を『女子校文化祭を狙った変態ロリコン侵入者』として警察に突き出すわけにもいかないので、ここは……。

「分かった分かった、んじゃ1枚だけだぞ! その代わり、鈴芽ちゃんにも母さんにも、だーぁれにも見せるなよ! 龍一兄ちゃんのスマホから漏らすんじゃないぞ!」

 絶賛大興奮中の変態さんの肩を掴み返し、猛獣を宥めるかのごとく言い聞かせる。変態さんは少し不服そうな表情をしたが、スーツの内ポケットに手を突っ込み頷いた。

「よし、非常にもったいないが、ここは俺だけの宝物にしてやろう。そうときたら仏頂面してないで笑え笑え」

 ルンルンでスマホを翳してきた。画面に兄妹の姿が写る。ピースを構えるふりをし、撮影ボタンを押される前にサッとスマホを引ったくった。

「こら、何をするんだ」

「撮られてたまるか、こんなもん!」

 逃げ足では勝てない。ならば……と、ぼくは思いっきりスマホをぶん投げた。

「茉莉花っ、お前ー!」

 奇麗な放物線を描き、変態さんのスマホは植え込みにバサッとダイブした。

「仕事の電話かかってくるかもしれないから早く取りに行ったほうがいいよ、変態シスコン社長さん!」

 あっかんべーしてドレスを翻す。スケッチブックを脇に挟みながら、ひとまず校舎へ逃げ込んだ。

 柱を背にして息を整える。ハイヒールはブーツで走るよりも断然疲れる。おまけにスカートが足に纏わり付いてこけそうだった。そして巻き髪金髪ウィッグが暑い。

 くっそーぉ、黒宮部長め! 龍一兄ちゃんめ!

 変態さんが追ってきていないか、今までのやり取りを見られていないかキョロキョロしてみた。雑踏は聞こえているものの、近くに人影はない。ひとまずセーフだ。大きく深呼吸をした。

 さて、外部入学のぼくは中等部に入るのが初めてだ。迷子にならず、さっさとミッションを終えることができるだろうか?

 いやいや、終えなければ!

 クラスこそ高等部より少ないが、どうせ校舎は似たような作りだろう。窓ガラスに映る美人さんをチラ見し、少し乱れたウィッグを整え気合いを入れた。



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