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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
101/105

101☆エクスタシー

 


 星花祭当日。ぼくは部員とは別の控え室で、黒宮部長持参の『ブツ』を受け取っていた。

「頼んだぞ? 獅子倉」

「任せてくださいよ、部長。これはぼくにしかできないお役目っしょ!」

 紙袋を受け取り、がっちり握手を交わす。黒宮部長の出て行った部屋でひとり、着替えを始めた。

 伴奏者だけ個室なんておかしいだろうと疑問の声が上がったところで、それらしい強引な理由を並べるに違いない。あの人はそういう人だ。

 あの人は本当に策士だ。良い言い方をすればパフォーマー。悪い言い方をすればあざとい……。絶対敵に回したくないので、口が裂けても言えないけど。

 しかし、誰よりもこの合唱部を愛しているんだという熱いものが伝わってくる。自分がいなくなっても脈々と守り続けてほしいという熱意が。

 何でも適当にこなしてきたぼくにはそういう熱い気持ちはないけれど、ぼくにしかできないと言われれば協力したくない理由がない。

「へへっ、やっぱぼくは何着ても似合うなぁ」

 鏡に映る自分にちょっと見惚れる。汐音が隣にいたらきっと、ナルシストだと呆れられるだろう。それとも惚れ直しちゃう? ……なんて、汐音は他の女の子たちと違うから有り得ないか。

 今回のぼくのサプライズ衣装、それは学ランだ。それも白の学ラン。

 これを学校で堂々と着れる日が来るとは……!

 この姿を見た子猫ちゃんたちはもちろん喜んでくれるだろう。だがぼくも相当嬉しい!

 3人の兄ちゃんはいずれもブレザー校だった。もちろん借りて着たことはある。だが歳も離れていれば身長も圧倒的に高いのでかなりぶかぶかだった。『着せられている』感ばかりで、ちっとも満足感を味わえなかったのだ。

 相葉にも誰にも言うなよ、と念を押されたのは一昨日。隠し事の下手くそなぼくは、寮で星花祭の話題を一切しなかった。汐音もまた、ぼくへのプレッシャーを軽減させようと話題にしてこなかったのは幸いだった。

 裏地に『黒宮』と刺繍されている。弟さんの中学の時の制服らしい。これを3年間着ていたのかと思うと羨ましいなぁ……。

 びしっと背筋を伸ばし、もう一度まじまじ鏡を見る。やっぱ女子の制服なんかよりよっぽど似合っている。万年ジャージのぼくだが、さすがにジャージで舞台に上がるのはビジュアル的になー、と思っていたのでナイスアイディアだ黒宮部長。

 マスクと頬のガーゼを剥がしオークルの絆創膏を代わりに貼った。これなら客席からは目立たないだろう。マスクのままでもよかったが、せっかくだからイケメンを披露しとかないとね。

 スタンバイばっちりになったところで、ちょうど舞台のほうから拍手が聞こえた。落研だっただろうか、直前の演目が終わったらしい。

 廊下に耳を欹てた。「由香里ちゃん、緊張してるー?」と莉亜ちゃん先輩の声。それを「しー!」と制する複数の声。合唱部のみんなが舞台裏に移動している。

『いいか? 今日のお前はクールな王子様でいろ。いつものチャラい言動はするなよ? ウィンクやら投げキスやらは一切するな。分かったな? 絶対だぞ!』

 はいはい、分かってますよ。すました顔してればいいんでしょ。つまんないけどクールね、クール。

 足音が完全に遠退いたところで控え室を出た。全員が壇上に並び指揮者の由香里先輩が出て行き、最後にぼくが出て行くという流れだ。

 打ち合わせの際に、伴奏者が最後? と数名が疑問の表情をしていたが、『まぁマリッカだしね……』という謎の納得の視線を浴びた。異論があったところで黒宮部長に逆らう強者はいないんだけど。

 幕袖からこっそり確認し、タイミングを見計らう。ステージの後方、黒宮部長と目が合った。微かに顎を引いた。「来い」の合図だ。ぼくも大きく頷いて気を引き締めた。

 颯爽と幕から出るや否や、予想以上の黄色い鼾声に、さすがのぼくも圧倒された。若干どよめきも混じってはいるが、こっちは想定内だ。

 だがもっと驚いていたのは部員のみんなだ。これからパフォーマンスだというのにぽかんと口を開けている。汐音だけが「あちゃー……」という顔で俯いている。ちなみに部長はしたり顔。

 なんて……なんて気持ちがいいのだろう……!

 観客がぼくに釘付けになっている。スポットライトこそないものの、客席もステージ上もみんなぼくだけを見ている。ぼくだけに視線が集まっている……!

 ぞわりと鳥肌が立った。武者震いがした。体中の血液がふつふつと沸き上がってくるのを感じる。

 ぼくのアドレナリンが「エクスタシー!」と叫んでいる……っ!

 瞬間、何かが吹っ飛んだ。

 深々とお辞儀をし、頭を上げたところでにっこり微笑む。キャーキャーついでにウィンクをひとつ送って、悠然とピアノに向かった。

 座って指揮を見上げると、由香里先輩は気を取り直すかのように咳払いし、タクトを振り出した。

 *

「バカかお前はっ。いやいや、バカだとは思っていたが、信じたうちが間違いだった」

 控え室に戻った途端、黒宮部長の大目玉を食らった。

 クールであれという言いつけより本能のままにサービス精神が勝っちゃったんだからしょうがないじゃん、と返したいのをぐっと堪えた。げんこつじゃ済まなそうな形相だったので。

 ちなみにぼくは、退場時に投げキッスのサービスもしてしまった。

「そんなに怒ることないじゃないスかぁ。結構盛り上がってたのにー」

 へらりと笑うと、黒宮部長の何かが切れる音がし胸ぐらを掴まれた。

「確かに盛り上がるように計画したのはうちだ。だがあれほどダメだと念を押したのに、どうして守れなかった? お前が演奏中に流し目する度にキャーキャーだ。おかげで観客はきっと、うちらの歌なんぞ聞いてなかった。お前のほうしか見てなかった。部員たちも本来の実力を発揮できなかった。お前が調子を狂わせたんだ! しょっぱなから口を酸っぱくして言ってきたことを忘れたか? 合唱は調和が命だ。それを乱すことしかできないのなら獅子倉、お前は今日で合唱部を辞めろ!」

 ぐうの音も出なかった……。ぼくは小さく「すんません……」と項垂れることしかできなかった。止めに入る先輩たちに宥められ、黒宮部長はぼくを突き飛ばすように手を放した。

 控え室を張り詰めた空気が包む。ぼくは自分の快感のためにしでかしてしまったことの重大さを今更実感する。

「ほんと、すんませんでした……」

 部のみんなにも頭を下げた。沈黙は続く。どうしたらいいか分からず頭を上げずにいると、沈黙を破ったのは莉亜ちゃん先輩だった。

「楽しかったけどなぁ。みんなも緊張取れてたしさ、あれはあれでおもしろい演出だったよー? さすが部長ー! マリッカちゃんもこんな短期間で頑張った頑張った! 流し目しながら弾ける人なんてマリッカちゃんくらいだよー。褒めてあげようよ、部長ぉ」

「栗橋、お前なぁ……。楽しければいいってもんじゃないだろう? あと、敬語使え」

「お歌は楽しく歌わないと! 緊張でがっちがちの歌だったらお客さんもつまんなかったと思うもん。ねぇ、みんなもそう思うよねぇ?」

 にこにこの莉亜ちゃん先輩が覗き込んできた。恐る恐る見渡すと、みんなも笑顔で頷いてくれた。「ほらほらぁ」と莉亜ちゃん先輩が背中を叩いてくる。この人を今ほど頼もしいと思ったことはない。

「部長が卒業しても、きっと今日のサプライズで来年はマリッカちゃんファンがわんさか入ってくるよー。そしたら私もマリッカちゃんも教えるのに大忙しだねぇ」

「栗橋と獅子倉だけには任せられんよ。心配要素しかない。あと、敬語使え」

 黒宮部長は莉亜ちゃん先輩にデコピンを喰らわせた。やられた本人は「うぎゃー!」と奇声を上げているが、顔はめっちゃ楽しそうだ。ついでの流れ弾がぼくのおでこにもヒットした。

「獅子倉、演奏は褒めてやりたかったのだが、お前には別の意味で荷が重かったようだな」

「別の意味……ッスか?」

 ぼくはじわじわ痛いおでこを摩りながら問う。

「目立たないようにしろ、っていうのがお前には難しかったんだなという意味だ。アイドル王子様器質のお前は、周りに溶け込むというスペックが足りない。まぁ今回はそれを見落としてたうちの責任でもあるが」

 ぐしゃぐちゃと髪をかき回され、「やめてくださいよー」と懇願するぼくに、やっと笑顔を見せてくれた。

「獅子倉、みんなの顔に免じて今回は許してやろう。その代わり……」

「えっ、その代わり?」

「その学ランのまま、中3の生徒を片っ端から口説いてこい。仮入部希望を10人以上ゲットできなければ……」

「で、できなければ?」

 ごくりと唾を飲み込む。部長が耳元で低く囁いた。

「明日の後夜祭で、ぶりっぶりの姫コスをしてもらう」

「い、いやだーぁっ!」

 ぼくは頭を抱えた。さっきとは全く違う鳥肌が立つ。自分の姫コスを想像し、卒倒しそうになった。

 結局ぼくは部長にとって、客寄せパンダ倉茉莉花でしかないらしい……。




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