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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
100/105

100☆初めてを奪われた日

100話到達記念ということで、今回は2人が出会った夜を茉莉花サイドでお届けします。

ぜひ、第2話と対比してご覧ください♪

 

 ただでさえ山積みの段ボールの荷ほどきに体力消耗してるっつーのに……入学式もオリエンテーションも、予想以上に疲労感てんこ盛りにしてくれた……。

 おまけに大浴場? 聞いてないよ? ぼくが入学前に見た菊花寮とやらのパンフには、個室ごとにそれなりの風呂が備え付いていたじゃないか!

 2人部屋なので桜花寮でもいっか、という選択枝がそもそも運命の分かれ道だったというわけか……。まぁそもそも成績優秀者でないと入れないらしいので、ぼくの学力じゃどんなにお金を積んでも入れなかったという現実だったのだが……。

 おかげでかわいいかわいい女の子たちと相席ならぬ『相浴』だった……。嘘だろオイ! と入浴を躊躇したが、疲労感には勝てず、さっさと眠りたいのでこそこそとシャワーを浴びてきたわけだけど。

 ルームメイトは中等部からの内部生だった。否が応でも巨大メロンのようなその豊満なバストに目が行ってしまうのだが、レモン型の大きなお目々がかわいらしく人なつっこい少女だった。

 名は瀬戸千歳。外部性のぼくにあれこれ世話をやいてくれるお世話好きさんであり、凍てつくような寒いギャグをぶっ込んでくる明るくて頼もしいルームメイト。

 大量の服にパソコンにアンプ、勉強道具が少しと、意外とかさばった生活用品……。せっせと荷ほどきするぼくに「ちぃは中等部の寮から持ってきただけだからすぐ終わっちゃったぁ」と手伝ってくれたりもしたので感謝感謝。

 ある程度の整理が終わったところでシャワーに行ったぼくが218号室に戻ると、千歳の姿がなかった。お風呂かな? とも思ったのだが、浴室使用時間を過ぎても戻ってこなかったので、睡魔に勝てなかったぼくは申し訳なさを感じつつ先にベッドへ入った。

 ふと目が覚めた。枕元に置いてあるスマホを眩しさ堪えて覗くと、時刻は1時を過ぎたところだった。千歳は帰ってきたのだろうか? 暗闇では分からないが、とりあえず起こさないようにそっと部屋を出る。

 百万歩譲って風呂なしでも、せめてトイレくらい付けてくれよー! と、4月といえどまだまだ夜は冷え込む薄暗い廊下を独り歩く。すっかり目が覚めてしまった。

 1フロア20室あるので、うちは角部屋の手前だ。実家ほどではないが、トイレまでちょっと遠かった。ルームメイトを起こしては申し訳ないので、廊下の灯りを頼りにそっとベッドへ戻る。

「おかえり。早かったね」

 薄暗い部屋の中、くぐもった声が聞こえた。

 起こしてしまったか? 微かに布の擦れる音がする。

 しかし、聞こえたのは左側からだ。そっちはぼくのベッドのはずだが……。

「鈴芽ちゃん?」

 なるべく足音を消してそっと近付くと、またもくぐもった声。寝返りをしているのか、もぞもぞと動いているようだ。

 ……ん? 何て言った? スズメ……? 寝ぼけているのか?

 もしくは、ホームシックで寂しくなったとか? なるほどなるほど、それでぼくのベッドで添い寝してほしいわけね!

「なんだ、一緒に寝たいんならそう言ってくんなくちゃ! かわいい仔猫ちゃんだなぁ」

 日中は頼もしいルームメイトだと思っていたが、所詮は15歳の少女。窮屈な家とおさらばしたかったぼくと違い、そりゃ寂しくもなるだろう。うんうん。

 ぼくは布団をめくり、そっと隣に滑り込む。照れてしまったのか、ルームメイトは急にわたわたと身をよじり出した。

「へ? ちょ、ちょちょちょ……! 鈴芽ちゃん? ね、ねぇ、あのぉ……」

「ん? スズメ? 違うよ、ぼくだよ? 誰と間違えてるのかな? いけない子だなぁ」

「……はっ?」

 素っ頓狂な声を出したかと思うと、急にガバッと起き上がった。やっぱり寝ぼけてるのか? とぼくものそのそ身を起こした。

「で……で、ででで出ていってー! へ、変態! へんたーいっ!」

 と、いきなり布団ごと突き飛ばされ、危うくベッドから落ちそうになった。ぼくは体勢を戻しつつ、なぜかパニックになっているルームメイトを宥める。

「えっ? ちょ、ちょっとタンマ! 暴れんなって! ベッドから落ちるだろって……!」

「落ちろ変態! 帰れへんたーい! このーぉ!」

 なんだなんだ? 夢でも見てたのか? こちらこそパニくってくる。

 暗闇の中、布団ごと張り手を浴び、とうとう崖っぷちまで追い詰められた。力じゃ勝てないらしい。ここはやはり和解するしか……!

「わ、分かったから! ぼ、暴力反対! ね、話せば分かるって! ね?」

「うるさーぁい!」

 叫ぶが先か、ものすごい威力の蹴りを喰らい、ぼくは真っ逆さまに転げ落ちた。幸い、布団が纏わり付いていたのでお尻は割れなかった……と思う。

 しかし寝ぼけているにしても何かの誤解があったとしても、なんでベッドを取られた側のぼくがこんな目に……!

「ひ、人を呼ぶからっ! 警察を呼ぶからっ! どっから侵入してきたか知らないけど、よくも女子寮に、よくもあたしのベッドに……キィー!」

「ちが……」

「黙れっ、この変態! 違うもんか! あんたなんて死刑よ、極刑よ! くたばれクズ男っ!」

 やっとの思いで頭を出し布団を取り去ると、暗闇に慣れてきた目が、千手観音のごとく動き回る両手を捉えた。嘘だろっ! と思った時にはもう、次々に色んな物体がぶっ飛んできていた。

 携帯電話、目覚まし時計、筆箱も教科書もノートも、ものすごい勢いで飛んでくる。一体ぼくが何をしたっていうんだ? それすらも聞けないまま、両手で頭をガードし続けた。

 しばらく耐えていると、もう投げる物がなくなったらしく、はぁはぁと荒い息づかいだけが聞こえてきた。ぼくはそっと両腕の隙間からあちらの様子を伺った。

 が、とんでもない光景が飛び込んできた。引っ越しに使った用のドデカい段ボールを持ち上げようとしてるのだ。

 あんなのを喰らったらひとたまりもない……!

「死ねーぇ!」

「キャー!」

「女みたいな声出してんじゃねーっつーの! これでもくらえー!」

 もうダメだ! 怒声が響く中、ぼくは頭を抱えて背を丸めた。

「汐音さん? 一体どうしたんですか? ……あらあら……」

 その時、別の声が扉のほうから聞こえた。同時にパチンと音がする。照明のスイッチか? ぼくは恐る恐る目を開けた。

「うわぁーん! 鈴芽ちゃぁーん!」

「汐音さん? 何があったんですか? こんなに震えて……よしよし、ですよ」

「怖かったよぉ……。早く、早く警察呼んで!」

「警察? とにかくこれは一体何が?」

「何って変態が……! ほらっ、あそこ!」

「あそこ?」

 指の隙間から、眩しいくらいの部屋に2人の少女の姿が見えた。

 片方はブロンドヘアの少女。怯えながらこちらを指指している。もう片方は低身長で日本人形のようなおかっぱの少女。つぶらなお目々が見開かれている。

 2人ともわけが分からない、といった表情で困惑している。いやいや、1番困惑してるのはぼくだっつーの!

 呆気にとられていたおかっぱのほうが、赤毛のほうに向いた。説明を求めているようだ。ぼくもジト目で赤毛の少女の開口を待った。

「う、嘘……。だって、だってさっきは確かに男の声で……」

「いってててててて……いくらぼくがかっこいいからって酷すぎじゃね? 男と間違われるのは悪い気はしないけどさ、ぼくのベッドで寝てたのはそっちだろ? なのに変態だなんてさぁ……いててて、時計クリティカルヒットだったんだけど……」

 おでこを摩りながら立ち上がる。詰め寄って行くと、赤毛の少女は急に逆上してきた。

「は、はぁ? 潜り込んできたのはそっちでしょ! お、男と間違えたのは謝るけど……悪いのはそっちじゃん!」

「何言ってんだよ。トイレ行ってる間にぼくのベッドに潜り込んでるなんて、勘違いしてもしょーがないだろ? それよか他にも謝る事あるんじゃないの?」

「ない! 謝って欲しいのはこっちの方だっつーの! 人の部屋に勝手に入ってきて、人のベッドに潜り込んできて……」

「だっからさぁ……」

 強気で突っかかってくるが、明らかにぼくは被害者だ。引くつもりもないので言い争っていると、ぽかんとしていたおかっぱ少女が首を傾げた。

「もしかして、お隣の部屋ではないですか? ここは二一九号室ですが……」

「に、二一九……?」

「えぇ、二一九です」

 今度はぼくがぽかんとする番だった。

 おや? ぼくの部屋は……218号室では……?

 一度瞬きをしてからゆっくりと部屋の中を見渡した。そして壁に備え付けられているフックのところでもう一度瞬きをした。

 ……ない。

「あそこに掛けといたぼくのお気に入りのジャケットは?」

「えっと、ですからここは二一九号室でして、私と汐音さんのお部屋ですから……ありませんねぇ」

 にひゃく、きゅうごー……しつ……。

「そ、そう……なんだ……。ははっ、ははははは……」

「分かっていただけました?」

 自分の置かれていた状況がようやく把握できた。血の気がサーッと引いていくのを感じた……

「謝って!」

「はい?」

 唐突に謝罪を要求され、目をひん剥いた。

「はい? じゃない! あたし、ちゃんと謝ってもらってないんだけど?」

「あぁ……えっとぉ……」

「早くっ!」

 混乱のせいか痛みのせいか、思考がぐるぐるしている。状況整理ができない。

 謝る? えーっと、ぼくが?

 えーっと、なんで?

「……そんなに怒んなって。ぼくだってベッドから蹴り落とされたり物投げつけられたり被害被ってるのに謝ってもらってないんだぜ? 謝るから謝ってくれよなー」

「……イヤ」

 さっきまでベソかいていたくせに、赤毛の少女は開き直って仁王立ちし始めた。。「デグチ、あっち!」とハウスを命じてくる始末。

 情緒不安定か? ……ならば仕方ない、暴力を振るわれたのは許しがたいけれど、ここはぼくのイケメンスマイルで癒やしてあげなくちゃね。

「そう睨むなってぇ……どんだけ怒ってんだよ。ったくもー……かわいい顔が台無しだぜ? し・お・ん・ちゃん!」

「はぁ? あんたに汐音ちゃん呼ばわりされる筋合いない!」

「じゃあ呼び捨てがお望みかな?」

「くたばれ、ボケナス」

「ったく、口が悪いんだなぁ。んまぁ気の強い子は嫌いじゃないけどね」

 正直、ぼくはこんな暴言を吐かれたことがない。けれど言葉の通り気の強い子は嫌いじゃない。

 だって、落とし甲斐があるじゃん……?

「お詫びね?」

 ぼくは紅潮している少女の頬に手を添え唇を重ねた。少女は瞬きひとつしなかった。初めてか? そう思うと、どんなに気が強くてもかわいい子猫ちゃんだな、とニヤけてしまった。

「な、なにす……」

「え? だからぁ、お詫びだってば。謝れって言ったの汐音じゃん?」

「……この……っ!」

 言葉に続きはなかった。代わりにビンタが飛んできた。一瞬の出来事すぎて、今度はぼくが初めての体験に驚く番だった。

 どこかで聞いたことのある台詞が、脳裏を駆けていく。

『親にも殴られたことないのに』

 ぼくは彼女の初めてを奪った。

 が、彼女もぼくの初めてを奪った……。

 自室に戻り、改めてベッドに潜っても、芯の強そうな猫目が瞼の裏に焼き付いている。

「ふふっ」

 ひっぱたかれた頬はじんじん痛むのに、なぜか笑いがこみ上げてきた。

 珍獣に出会った気分だ。このぼくにビンタするなんていい度胸している。

 汐音、か……。

 明日からのスクールライフに、楽しみがひとつ増えたな……。


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