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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
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1☆隣のなんちゃらは何色?

 

 よくことわざで、『隣の芝生は青い』と表現する事があるけど、今あたしの目の前に広がっている光景は、青々とした中庭の芝生の上で写真を撮る、笑顔のキャッキャウフフの女子高生たち。


 入学式というイベントを終え、緊張の解けた表情で記念撮影する女の子たちはどの子も初々しくて眩しくて、見渡す限りかわいい子にしか見えない。いや、実際にかわいい子しかいないのかもしれない。


 それはこの澄み切った青い空と、青い芝生のせい? 首元に結ばれた水色のタータンチェックのリボンタイも、心なしかあたしのだけ淡いようにさえ感じる。


 これは『隣の芝生は青い』というより、『隣の花は赤い』、というべき? どっちも意味的には同じことわざだけど、青いというより、どちらかというと赤、嫉妬に近い、燃える赤?


 ……ではなくて、色に例えるならピンク色。そう、こんな麗らかな春の入学式に相応しい桜色。


 真新しいブレザーの胸で踊るリボンタイ、一歩歩むだけでひらひらと翻るプリーツスカート、念願の制服を纏って照れくさそうに「よろしくね」とはにかむ新入生たち。


 今、この星花女子学園は、新たな期待と希望が女子高生たちの頬を桜色に染め上げています……。


「相葉……相葉汐音(あいばしおん)……あ、あった! 四組、っと!」


 実家までは電車で二時間ちょっと。あたしはとある理由で環境を変える為、親元を離れて入寮出来るこの学園に来た。可能性でいうならばゼロに近いのだけど、さすがに同じ中学からの編入生がいないのは少し寂しい気もする。自宅から二時間もかけて通う子もいるかもしれない、というあたしの想像は甘かった訳で。


 だけど逆にとらえれば新しい出会いだらけという事。初めての女子校、初めての寮生活、初めての友達たちとキャッキャウフフしながら楽しい三年間を過ごすのだ。


 そう、ここには男というウザったい生き物はいないのだから!


 入学式の最中にも思ったけど、女子校ってなんかこう……いい香りがする。校門前も講堂も廊下も……そう、特に廊下は人口密度が高いせいか、講堂よりも一層いい香りに包まれてる気がする。


 何ここ、天国? あたしの髪色をバカにしてくるウザったい男子もいない天国? 親元離れてわざわざ寮付きの女子校選んでやっぱ正解?


 ふふふ……さらば黒歴史、さらば男共! あたしは今日からこの天国で心置きなく女子高生を満喫するのだ!


「……えっとぉ、四組の教室は、っと……きゃっ!」


 教室を捜してよそ見していたあたしも悪いのだけど、勢いよく扉が開いたと同時に飛び出してきた人とぶつかり、お互いに数歩後ずさって廊下に尻もちをついた。


 あまりの衝撃に暴言を口走りそうになったが今日は入学初日、悪い印象を持たせてはいけないけど……ともかく一言だけ言ってやろう、と目の前にへたり込む相手を睨みつけた。


「イタタタタ……ちょっと! 危ないじゃない! いきなり飛び出してくるなんて……」


「あたたたた……ごめんねぇ? ケガなかった? どっか痛い? 立てる? あたたたた……」


「立てるけど……」


 睨みつけたその相手はこめかみをぽりぽりしながら、逆の手であたしの手を取った。へらへらと笑うその笑顔がかわいいから許してあげる事にするけど……ぶつかっといてそのへらへらはないよね? とイラ立ちも隠せない。


「ごめんねぇ、入学早々びっくりさせちゃったよね。あぁ、ダメだなぁ……二年生になったんだから教室間違えてる場合じゃなくて、もっと頼れる先輩にならなきゃねぇ」


「にね……んせい?」


「あはは、そうなんだよねぇ。こう見えても二年生! ほらほらぁ」


 しゃきっと立ち上がりながら、自称二年生とやらは胸元のポケットをぽんぽんと叩いた。そこには六芒星の中央に百合の花、この星花女子学園の校章が刺繍されている。そしてその紫色の刺繍は確かに二年生の学年カラー。こんな嬉しそうな顔で嘘をつく訳もないだろうから事実先輩に当たるんだろうけど……。


 まぁなんとも落ち着きのない先輩だこと。


 ぐいっと手繰り寄せるようにあたしを立ち上がらせたその先輩は、ぱさぱさと慣れた手つきであたしのスカートのプリーツを整えた。そして改めてこちらを向いてニカッと笑った。


「あの……ありがとうございます、先輩……」


「あぁ、いいよいいよ。私がぶつかっちゃったんだし、御礼とか言わないで? それよか、その先輩って響き、なんかくすぐったくてピンとこないなぁ」


 ピンとこないのはあなたが先輩らしくないからでしょうね、きっと。あたしも言っといて違和感アリアリだもん。まぁ、あたしが今日から一年生なんだから、先輩は先輩に成りたて。しょうがないっちゃしょうがないんだろうけど。


「それよかさぁ……その髪、地毛? 綺麗な十円玉みたいな色だねぇ。外国人さん? ……じゃないよね、ハーフ?」


 この先輩、十円玉って……! 人が一番気にしている事をずけずけと!


「違います。地毛ですけど生粋の日本人です。こんなブロンズ……茶髪の新入生なんて生意気に見えますよね? やっぱり黒く染めてきた方がいいですよね……」


「へ? どうして? そんな綺麗な地毛なんだから、染めるのもったいないじゃーん! 私は針金みたいな真っ直ぐな黒髪だからさ、君みたいな髪色、珍しくて素敵だと思うよ? うん!」


 屈託のない笑顔で嘘を言ってるとは思えない……。だけどあたしはこの髪色のせいで、小さい頃からからかわれ続けてきた。嘘はついてないとしても、そう簡単にありがとうございますと心から言える訳もなく……。


 先輩は後ろで束ねていた黒髪を胸元でちらつかせ、それから背後に回ってあたしの毛先と照らし合わせた。なにやらうんうんと頷きながら、あたしのポニーテールをゆらゆらさせている。


「似合ってるよ! ポニーテールも髪色も!」


「せ、先輩……あのぉ……」


 先輩が心から褒めてくれるのは若干嬉しいんだけど、なにせその声がデカ過ぎて嬉しいより恥ずかしいの方が先行している。ただでさえ目立つこの髪色、デカい声で注目浴びせないで欲しいんですけど……。


「栗橋さんたら……やっぱり一年生の教室にいたのね。新しいクラスに来ないからどうしたのかと思ったら……案の定だわ」


 ふと背後から声がして振り返ると、冷やかな目をした人が立っていた。りんとしたたたずまい、今度こそ先輩だと確信しつつも確認の為胸元に目を落とす。そこにはこの頼りない笑顔の先輩と同じ紫色の校章が刺繍されていた。


「あれ? 聖ちゃん、よく分かったねぇ? だってほら、春休み前まではずっとこの一年四組にいたんだからさぁ、間違えてもしょーがないじゃん?」


「じゃん? じゃないわよ。さっ、行くわよ。栗橋さんは今日から私と同じ二年一組ですからね、覚えなさいよ?」


「ふぁーい! じゃぁね、後輩ちゃん!」


 半ば引きずられるように冷やかな目の先輩に連れて行かれる後姿を見送りながら、先輩が触れていた毛先をなぞってみる。嬉しいような恥ずかしいような……でも悪い気はしない。むしろ、やっぱり褒められていたのだと思うと嬉しさが後から後から湧いてきた。


 栗橋先輩かぁ……変な人だけどかわいい先輩だったなぁ……。


「ちょっと、邪魔よ」


「えっ、あ、ごめんなさい!」


 そういえば扉の真ん前だったんだと思い出し、慌てて退くと、そこにはヘアバンドのよく似合うデコ出し少女がこちらを睨んで立っていた。小さ目な身長に相応しく、バッグにはクマのぬいぐるみをぶらさげている。併設している中等部の子? とも思ったけれど、先程の栗橋先輩の例もある。学習した私は、彼女の胸元をちらりと確認する。そこにはあたしと同じ、黄色の刺繍が施されていた。


 睨んでるけどかわいい……と一瞬思ったものの、その小生意気そうな目つきでじろじろと観察され、さほど温和ではないあたしもムッと口を尖らせ睨み返す。


「何? どいたんだから睨まないでくれる?」


「……見かけない顔ね。外部生?」


「そ……そうだけど? あなたも?」


「違うもん、玲は内部生なんだから。……だから分かんない事あったら教えてあげてもいいけど? 同じクラスみたいだし」


 出たっ、こういう自分の事を名前で呼ぶ奴……。苦手なんだよなぁ、お高く留まってたりぶりっこしたりする奴って。教えてくれるのは親切心なんだろうけど、どうにもこの下僕を見るような目が親切さを打ち消している。


 とはいえ同じクラスらしいし、ひとまずこの学園に詳しい内部生とは仲良くしておこう。取り繕ったあたしの笑顔を見て満足そうに笑う顔も鼻につくけど我慢我慢……。


「あ、あは……。玲ちゃんっていうんだ? よろしくね、玲ちゃん。あたし相葉汐音、編入組だから内部生の子と仲良くしたいんだ! 色々教えてね!」


「汐音ね、よろしく。玲の事は玲ちゃんでいいよ、汐音」


 ……おい、あたしの事は呼び捨てかい! ま、まぁいいけどさ……。


「そうだ、玲ちゃん、名字は? あたし相葉だからさ、いっつも出席番号一番なんだよね。席近いといいなぁ」


筑波(つくば)だけど? なぁに汐音、学園の事聞きたいんじゃなくて玲の事聞きたいの? ダメだからね、玲にはちゃんと『エモノ』がいるんだから」


「……は? エモノ?」


「んー、鈍感そうな汐音に分かりやすく言ってあげると、玲の彼女って事。分かった? だから玲の事狙っても無駄なんだからね」


「かの……じょ……?」


 なんだろう? 今まで小憎たらしいほくそ笑みにしか見えなかった玲ちゃんの顔が、なんだか急に意地らしく見える。口調すら生意気な語気だけど、頬なんてほんのり桜色してるし、自分で暴露しておきながらこっぱずかしくなったのかモジモジしながらバッグのクマに「ねー」とか同意求めてるし……。


 なんか、なんか……かわいい……!


「玲ちゃん! あたしの、この学園でのお友達第一号になってくれる? あたし玲ちゃんみたいなかわいい子と仲良く出来たら薔薇色スクールライフなんだけどっ!」


 あたしの声が急に大きくなったからか、玲ちゃんは一瞬身体をビクッとさせてからおずおずとあたしを見上げた。そんな上目使いもまたかわいくてかわいくて思わず両手をがっしりと握りしめていた。


「い、いいけど……友達なら……。けど放してくれないと友達にもなってあげないんだから」


「あ、あぁ、ごめんごめん、痛かった? あんまりにも玲ちゃんがかわいいからさぁ……」


「ふん、まぁね。ほら、ボサッとしてないで教室入るわよ」


「うん!」


 さっきよりも更に頬を桜色に染めた玲ちゃんの背を追うようにして扉を(くぐ)る。偉そうに「教えてあげる」なんて言っていた横顔はもう生意気になんて見えなくて、腰に手を当てながら「汐音、そこ」と一番前の席を指差す姿は、もう親切心の塊にしか見えない。


 友達っていいな……って言うと今まで友達いなかった子みたいだけど、そうじゃなくて地元の公立だからって通ってた小・中学校とは違う、私立のお嬢様学校ならではの華を感じる中での友達……。玲ちゃんもさっきの栗橋先輩も決してお嬢様お嬢様ってタイプではないけど、なんというかこう……『相方のいるゆとり』みたいなものを感じた。


 あたしも早く、出来るだけたくさんの友達が欲しい。そんでもって、この学園で薔薇色スクールライフを満喫するのだ! 


斎藤なめたけ様作「はこにわプリンセス」より 筑波玲さん

芝井流歌作「約束の空飛ぶイルカ」より 栗橋莉亜&砂塚聖



こちらの作品もよろしくお願い致します!

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