赤と白と青い瞳
初投稿です。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
ーーー夏。セミの鳴き声を掻き消すように、ハツラツとした声が並木通りに響き渡る。
「お兄ちゃーん!こっちこっち!」
白いワンピースに麦わら帽子をかぶった女の子。瑠璃は、遠くから遊びに来た小学生のいとこだ。
高校生になった僕は、この暑苦しくも貴重な夏休みに、一日だけでいいからと、いとこの世話を頼まれた。どうやら親同士で温泉に行きたいらしい。俗に言うところの息抜きってやつだ。
まぁこれも親孝行の一つかなとぼやきながらも、二つ返事で「いいよ」言ってしまったことを今になって若干後悔している。
いとこの世話を頼まれたとはいえ、高校生の僕には無論、所持金なんてスズメの涙ほど、ましてやこの田舎においては重要な交通手段である車など持ち合わせていない。遊園地や娯楽施設などという華やかな場所に行くつもりは毛頭ないのだ。
ーーーーフリーマーケット?
瑠璃が息を荒げながら、一階のポストからチラシを持ってきた。僕が目を細めるとチラシには確かにそう書かれてあるように見える。急いで持ってきたのだろう、紙はクシャクシャに握りつぶされていて少し読みにくい。手書きのような可愛らしい書体で、近所で行われるフリーマーケットの詳細が記載されていた。
「ーーねぇ、ここ行こうよ」
瑠璃は、喰いつくように僕の顔を覗き込み、その輝かしい瞳で僕の背けた視線を追った。僕はクーラーが程よく効いたこの部屋に居心地の良さを感じていたため、正直なところ気だるさを感じていた。しかし、折角、いとこと遊べる機会、親の顔も立てて、大きな娯楽施設にはいけないのだからせめてこのくらいは・・・
などという申し訳ない気持ちも相まって、ヨレヨレのがま口財布に入った少ない所持金を手にフリーマーケットへ行くことになった。
自宅から歩いて15分ほど経っただろうか、フリーマーケット市場についた。一目見た感じはだだっ広いというのが率直な感想だ。生憎、東京ドーム何個分などという変換できるスキルは持ち合わせていない。しかし、普段は平地の草原であり、それを利用していることは知っていたので、規模が大きいことだけはすぐに分かる。
老若男女の行き交う人々が見つめる先には、活気付いた商人と物珍しく物色する客の姿があった。
屋台のような形の店を持ち、海外から取り寄せた雑貨や服を売っている中年男性、青いビニールシートを広げ、明らかに自宅から持ってたであろう子ども服を広げる主婦、何のキャラクターかよく分からない手作りのピアスやアクセサリーを売っている若い女性など、商品、商人共に千差万別だ。
「見てみて、可愛いでしょ?」
星型のイヤリングを手に取り、耳につける仕草をしている瑠璃の笑顔を見て、僕はここに来てよかったと思った。少なからずだが、僕もアンティークなどの雑貨に興味があったため、時々は立ち止り、中年男性の薀蓄も交えた話を耳に挟みながら物色していた。
そろそろ市場を一周した頃であろうか、瑠璃が立ち止まる。
「あっ、これ懐かしい!可愛いー」
瑠璃が持ち上げたのは、40センチくらいの長方形の箱に入った外国製の女の子の人形だった。パーマがかかった赤色の髪、透き通るような青色の瞳。着ていた洋服は北欧の民族衣装を連想させ、母親が手編みしたような、どこか温かみのある懐かしいデザインだった。年季が入っているのか人形が着ている服の赤色と白色は、薄くなって若干黄ばみがかかっているように見えた。どうやら瑠璃は、幼い頃に見ていたアニメのキャラクターにそっくりなところに懐かしみを感じているらしい。
僕はこの人形を見た時、どこかしっくりこないところがあった。それは外国の人形で馴染みがないからか、はたまた年季が入っているからか、抽象的ではあるがそことなく、蛇に睨まれた蛙のような、ぬるりと懐に入り込んでくる騒めいた感情に違和感を覚えていた。
「お兄ちゃんこれ買って!」
瑠璃の高い声が耳に刺さる。
僕は踵を返そうとしたが手遅れだった。すかさず真っ赤なカーディガンを羽織った年増の女性が会話に割り入る。
「この人形ですね、外国ではとても有名で人気なんですよ。昨日、偶然手に入って今回出品するんです。名前はアンって言うんですよ。可愛らしいでしょ?」
可愛らしいという言葉とは裏腹に、女性のニヤリと笑う目元のシワはなんとも不気味だった。
「ーーお兄ちゃん。買って買って」
「今なら少しお安くしますよーー」
そんな会話をしている内にすっかりと丸め込まれてしまった。瑠璃が喜んでくれるのならば、いい思い出になるのならばそれでいいと、ヨレヨレのがま口財布から有り金を叩いている自分がそこにいた。
喜ぶ瑠璃の姿を見ていると僕も嬉しくなってきた。
人形を買って満足した僕らは、喧騒から逃れるように帰路についた。
まだ両親が帰ってきていないため、僕の部屋で瑠璃と少し談笑した。人形を箱から取り出して、ここが可愛いとか、学校の話がどうとか、友達と何をしていたかとか、下らない話で盛り上がっていると「 ただいまー」という声と同時に玄関から賑やかな声が聞こえてくる。どうやら温泉も大満足だったようだ。
瑠璃が帰宅した後、どっと疲れがこみ上げてきた。
食事と入浴を済ませ、部屋に戻るとベッドに寝転んだ。携帯電話を触ろうとすると手から滑り落ち、ベッドと壁の隙間に潜りこんだ。
めんどくさいな、そう思いながらもベッドをずらし埃にまみれた携帯電話を拾おうとした時、冷や汗がたらりと流れる。
ーーーベッドの下の携帯電話の横には、瑠璃が持ち帰ったはずの人形がいた。
瑠璃、バッグに入れてたよな?疑問を持ちながらも確認しようと携帯電話を見ると、瑠璃からの着信履歴があった。
「なんだ、あいつ忘れていったのかーー」
僕は安堵した表情を浮かべ、瑠璃に折り返しの電話をかけた。
「ーーもしもし」
「ねぇ!お兄ちゃんそういうイタズラやめてよ!わたしの人形わざと隠すとかほんっとに最低!明後日取りに行くからね!」
瑠璃は息を荒げて怒っていた。
ーーーーーーえ?
一方的に電話を切られた僕は状況が飲み込めていなかった。何かの間違いだよな。詳しい話はまた瑠璃が来た時にしよう。そう思い込んで深く考えないようにした僕は人形を見つめた。
青い瞳を見ると天井からの光に反射して人形がどこを見つめているのか分からない。急に全身を針で刺されたような寒気に襲われ僕は、人形を入念に押入れにしまった。
ーー翌朝ーー
いつもと変わらない朝。「早く起きなさい」という母親の言葉で起床した僕は、リビングのテーブルについた。ご飯と味噌汁を食べながら朝のテレビを見る。数少ない僕の日課だ。
「あらやだ、うちの近所じゃない」
賑やかなニュースの声を遮って、母親の不安な声が聞こえる。どうやら家の近くで誘拐殺人事件が起きたらしい。犯人はまだ見つかっておらず捜索中とのことだ。誘拐された被害者の情報を収集するため、写真が公開されていた。僕はその写真を見た時、背筋が凍った。
ーーーーそこには映っていたのは、昨日フリーマーケットで人形を売っていた赤いカーディガンを羽織った女性だった。
「あ・・・」
僕は動揺を隠しきれずに、言葉がうまく出てこなかった。母親の「どうしたの?」という言葉には返事をせずに足早に部屋に戻った。
偶然だと分かっていても知った顔の人間が死ぬということは、いい気はしないものだ。俯いた視線の先の机には人形が置いてあった。
「あれ?確かに押入れに入れたはずなのに・・」
「母さんだな・・・買ってに取り出して」
母親は、勝手に部屋に入り掃除をすることがしばしばある。押入れを綺麗に整頓してくれたのだろう。そう考えれば押入れから人形が取り出されていても何ら不思議はない。片付けてくれるのであれば、せめて元の場所に戻してほしいものだ。机の上に置かれている人形を取ってのそ着込むと、透き通った青色の瞳は光が反射して相変わらずどこを見ているのか分からなかった。
押入れに戻そうとした時、ある異変に気付いた。人形が着ている少し色が褪せた赤色の服が破れている。こんなに破れていたかな?どっかに引っ掛けたかな?などと自分の中で理由をあれこれ考えながら押入れに戻した。
ーーー翌朝
ーーーー今日は寝すぎてしまった。もう昼前だ。あ、今日は瑠璃は人形を取りに来るって言ってた日か。そんなことを考えながら眠たいそうな目を擦っていると、足音が聞こえてきた。
ドンドン、扉を叩く音から母親の形相がいつもより険しいことに何となく気がついた。何かあったのだろうか、心配しながら扉を開けると母親は泣き崩れていた。
「ーーーー瑠璃ちゃん、うちに来る途中に事故にあって、重体だって」
母親がポツリとこぼした言葉を僕はうまく拾うことができなかった。
その日の夜、僕は瑠璃の通夜で今までにないくらい泣いた。
翌日、母親は自分の生活リズムを元に戻して気持ちを安定させようと料理をしていたが、僕には食欲なんて湧かない。何もしたくない。強い倦怠感が体を襲った。寝そべっって天井を眺めていると、瑠璃と交わした会話や瑠璃の笑顔が脳内で何度も再生されてまた涙が溢れた。
瑠璃の言葉をなぞっているうちに、そういえばあの人形を随分と可愛がっていたことを思い出した。僕は、瑠璃の好きだったものは彼女の家に置いていた方がいいだろうという思いから人形を取り出そうと押入れを探した。
ーーあれ?ーーーどこにやったっけ?
押入れに頭を突っ込んで、手で探りながら人形を探していると、ゴトッと音がして振り向いた。
部屋の隅にある机の上には押入れに入れたはずの人形が置いてあった。
「誰だよこんなところに置いたのは」なんて言葉は出てこなかった。僕は人形見た瞬間に心臓を掴まれたような恐怖がじわりとこみ上げた。人形が着ている色あせた赤色と白色の服は破れていた。いや、これは破れているというより裂けているといったほうがいい。
最初は赤い服が破れ、次は白い服が破れた。この時頭の中で全て繋がった気がした。フリーマーケットで人形を売っていた女性は赤いカーディガン。瑠璃は白いワンピース。
ーーーーーーーー次は
「ヤバイ!!!」
僕は人形を鷲掴みにして部屋を勢い良く飛び出した。どこでもいい、とにかくこいつを捨てないと。こいつから離れないと。階段から転げおりて靴も履かずに玄関から飛び出た。パニックになった僕の頭には母親の「どこに行くの?」という言葉は届かなかった。
抱えてる人形を見る、初めて目があった気がした。
ーーーーーーーー
「今日正午、〇〇市で交通事故がありました。トラックの運転手は、被害者が人形を持って裸足でいきなり道路に飛び出してきたと話しています。被害者は全身を強く打ち、心肺停止の状態で病院に搬送されましたが、その後死亡が確認されました」
ーーーー半年後ーーーー
「お?姉ちゃん、目のつけどころがいいねぇ。この人形はな、外国ではとても人気なんだってよ。昨日、偶然手に入って今回出すことにしたんだ。よかったら買ってくれよ」