birthday
人形の様な少女が居た。
左側には白い髪と瞳、右側には黒い髪と瞳を持つその不思議な少女は名を諷鴉といった。
諷鴉は壁に背を預け、腕を組みながら前方を仏頂面で眺めていた。
テーブルの上に並んだ馳走とケーキ。揺れる蝋燭の炎。
諷鴉の目の前で繰り広げられる宴。
その家に住む誰もが一人の老婦人を祝福していた。
次々に溢れる笑顔、祝福の歌、幸せそうな談話。
誰も諷鴉の存在には気付かない。
「……誕生日を祝う人間の気がしれない」
諷鴉は不機嫌そうに呟く。
小さな唇から紡がれた声は、幼い彼女の容貌に不釣り合いな、冷たく抑揚に欠けたもの。
その言葉は確かに部屋の空気を揺らした筈なのに、やはり誰も彼女の存在に気付かない。
諷鴉はそれを当然だと思っている様子で、構わず続ける。
「だってまた一つ死に近付いただけじゃない。どうせ聞こえないでしょうけど、教えておいてあげる」
諷鴉の唇が冷酷に歪んだ。
「次は無……」
「おばあちゃん、ながいきしてね! やくそくだよ」
ところが、ほぼ同時に発せられた無邪気な声が彼女の言葉を遮る。
紡がれる事の無かった言葉を呑み込んだ諷鴉の眉間に、容貌に不似合いな皺が寄った。
不愉快だ。
露骨にそんな表情をしたまま、重い溜め息をつく諷鴉。
「おやおや、諷鴉。そんな渋い顔してどうしたんだい?」
突然、彼女の存在を認める声と共に漆黒の影が現れた。正体は、黒い外套を身に纏う銀髪の男。
「……神出鬼没ですね、本当に」
「うーん、ありがとうと言っておくよ」
「……全くこれっぽっちも誉める気なんてありませんよ、恢音さん」
彼の登場により、更に渋くなった諷鴉の表情の変化に気付いているのかいないのか。
判断し難い曖昧な微笑を浮かべたまま、恢音は諷鴉の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「……何ですか?」
「とりあえず機嫌直してよ。今日は君に良い物を持ってきたんだ」
「……何ですか?」
「さっきと全く同じ質問だねぇ。少しは会話に変化を持たせないとつまらないよ」
「……別に面白くする気はありませんから」
あくまでも無愛想な態度をとる諷鴉であるが、恢音は全く気を悪くした素振りを見せない。
「つれないねぇ」
彼女のそんな態度にはすっかり慣れてしまっているかの様な口振りでそう言いながら、外套の中から何かを出し、それを諷鴉に差し出す。
「……意味が解りません」
それは、赤いリボンで飾られた小さな箱。
訝る諷鴉を愉しそうに眺める恢音。
「解らないかい? この状況でプレゼントと言ったら誕生日プレゼントしかないだろう」
諷鴉の白と黒の双眸が一瞬だけ見開かれたのを見逃す彼ではない。
「……渡す相手が間違っているのでは?」
答える代わりに、目を伏せたまま受け取ろうとしない彼女の小さな両手に小箱を持たせる。
「私に誕生日なんてありません」
「それは違うよ、諷鴉。誕生日は誰にだってある。ただそれを覚えていないか、知らされていないかってだけでね」
恢音の言葉に、諷鴉は寂しそうに、そして自嘲的に微笑んだ。
「こんな……生きているのか死んでいるのかも解らない私にも誕生日はあるのでしょうか」
「あるよ。絶対にね」
そんな諷鴉を恢音はそっと抱き寄せる。小さな肢体はすっぽりと腕の中に収まってしまう。
「ただ、僕だってその日を知らないからね。だから勝手に祝わせて貰うよ。僕が君を諷鴉と呼んだ日をね」
腕の中で微かに彼女が身じろぎする気配があった。
「……嘘でしょう」
「本当だよ。忘れちゃったのかい?」
「証拠は?」
「嘘だという証拠も無い」
先に折れたのは諷鴉だった。
「……じゃあそういうことにしておきます」
「それが良いね。子供は素直が一番だ」
「……子供扱いはやめてください」
そこで恢音はふと、背後で行われている宴を見やる。その目が老婦人に止まった時、一瞬だけ緋色の瞳に影が宿った。
「……僕達には視えてしまうからね」
人が誕生日を迎える度に迫る命の刻限が。
「だから人間が誕生日を祝うのを見てると辛いんだよね」
君は本当は優しい子だから。
「……そんなんじゃありませんよ。くだらない、ただそう思うだけです」
抑揚のない声でポツリと呟く諷鴉に恢音は悪戯っぽい笑みを向ける。
「じゃあ僕もそういうことにしておいてあげようかな。でも本当にくだらないと思うかい?」
暫くの無言の後に顔を上げた諷鴉は、再び不機嫌そうな表情で恢音を斜に見上げた。
「ええ、くだらないです」
それから自分の手の中の箱を見、次に宴の方を見やって続ける。
「......でも、祝ってくれる人が居る事は幸せだと思います。だから別に良いんじゃないですか」
恢音は、
そうだね。
と答える。
諷鴉は、
言い忘れました。......ありがとうございます。
と照れ隠しなのか、無愛想に礼を述べた。
「あら、今そこに......」「どうしたんだい? 母さん」
「今その壁の所に誰か居た様な気がしたんだけどねぇ......」
諷鴉と恢音の方を指差して、老婦人は首を傾げる。
「きっとおじいちゃんとタロがおばあちゃんにおめでとうっていいにきたんだよ」
無邪気に答える孫を抱き寄せて老婦人は微笑んだ。
「そうかもしれないねぇ」
「おじいちゃん、ですって。恢音さん」
「そういう君は犬じゃないか、諷鴉」
二人も顔を見合わせて笑った。
生まれてきてくれたことと
今日まで支えてきてくれた周りの全ての人への感謝を込めて
心からの祝福を
おめでとう




