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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第六章 レレントの赤い竜
98/168

差し伸べるということ Ⅳ


 ◆


「クレセン君の事は私に任せて、宿を探してきなよ。明日、お昼に食事でもどう?」


 というギルクの提案に甘えることにして、神殿を出た所で、俺達は一度解散した。

 おすすめの宿の場所をギルクから聞いて、部屋を確保し、馬車を厩に預ける頃には、すっかり日も落ちてしまった。


 何をするにしても、続きは明日だ。本当はギルドで諸々の仕事を精算したかったが、流石に今から《大型冒険依頼(クエスト)》のスタートダッシュを切る気にもなれない。

 そのまま宿で飯を食っても良かったが……。


「嫌です。私は美味しいものを気兼ねなく沢山食べたいです、わかりましたか」


 というリーンの多大な圧力によって、適当な酒場に行くことになった。

 仕事上がりの職人やら冒険者で賑わう中、男女二人連れは物珍しい目で見られたが、テーブルについた直後、気になったメニューを片っ端から注文するリーンは上客だと判断されたのか、すぐに店員の愛想は良くなった。


「つーか…………お前遠慮とかしてたのか」

「してましたよ! ギルクさんがいる間は、なんだかんだでずーっと食費をもってもらってましたし……」

「俺の記憶が確かなら、ラディントンを出てからこっち、お前の食事量に変化はなかった気がするが……」

「何をいいますか。酒場ではサラダを多めにしてましたし、お肉は気持ち控えめでしたし、単価の高いものはちょっとしか頼みませんでしたよ」

「頼まないっつー選択肢はないわけだな……」


 量じゃなくて質の話だったようだ。それは悪いことをした、どうぞ心ゆくまで食って欲しい、それで機嫌が取れるなら安いもんだ。


「はいよ、リザードステーキお待ち!」


 まもなく店員が運んできたのは、熱された鉄板の上でじうじうと油を弾く、分厚く切られた半生の肉だった。好みの焼き加減を自分で調整できるタイプで、塩やニンニクを使って自分で味付けをして喰うらしい。

 俺の前にどんと置かれたそれを、リーンががっと掴んで自分の元に寄せる。店員が目を丸くして、それからケラケラ笑って仕事に戻っていった。


「なあ、リザードってことは、これ……」

「はい、トカゲの肉らしいです」

「……まさかリザードマンとかじゃねえだろうな」

「あはは、嫌ですねえハクラ」


 リーンは早速ナイフで肉を切り分けながら、楽しそうに言った。


「リザードマンは引き締まってる上に筋肉質ですから、柔らかい可食部位をこのサイズでは切り出せませんよ」

「俺がいいたいのはそういうことじゃないんだが……」


 メニューにある解説によると、レレント周辺に生息している大型のトカゲ、通称ラージリザードを家畜化したものらしい。

 荒れ地の多いヴァーラッド領、特にレレントの周囲には、少ない水で生きていける爬虫類が、動物魔物問わず多く生息しているらしく、なんとか名物にできないかと試行錯誤した結果なんだそうな。


「ん~~! 柔らかくておいひぃです!」


 相変わらず、その身体のどこに入るんだという勢いで食事をすすめるリーンを横目に、俺は川魚の蒸し焼きやらを食べて腹を満たした。


「…………で、だ。リーン」

「ふぁい?」


 三皿目のステーキに突入したリーンに、俺はタイミングを伺って、嫌々ながら尋ねた。


「何でわざわざファイアを挑発したんだ?」

「むぐ…………ごくん、はい? 何の事ですか?」

「すっとぼけんな、いくら俺でもな、お前が無意味に喧嘩を売る奴じゃないことぐらいは分かってる」


 逆に言うと理由さえあれば喧嘩をふっかける奴ではあるのだが、それはそれとして。


「大体、あんなん難癖じゃねえか。お前だってアドム達を助けなきゃよかったとは思ってないだろ」

「それは勿論、そうですけども、私がファイアさんをあまり好かないのは本当ですよ」


 肉を切り分ける手は止めずに、リーンは言った。


「例えばハクラ、私が世のための人のため、無差別無秩序に魔物使いの力を使うとすると、どうなると思いますか?」


 どうなると思うか、と聞かれると、少し言葉に詰まる。


「魔物使いの力っつっても、お前が攻撃されないのと、魔物の言葉がわかるのと、後は外見を変えるぐらいか?」


 それ以外に目立った力の使い方を見たことがない気がする。そもそも同行者である俺は別に魔物から攻撃されないわけではないのだ。

 だが、リーンは俺の予測して居なかったことを、あっさりと言った。



「やろうと思えば、ほぼ全ての魔物を(、、、、、、、、)絶滅させることが(、、、、、、、、)出来ます(、、、、)



「………………………………は?」


「んーとですね、私には、強制命令の権限があるんです。直接契約していない魔物に対しても、これは有効です。その権限を使えば、どんな魔物でも、種族単位で私の命令を聞かせることが出来ます」


 クロムロームの様に、例外はいますが、とリーンは付け加えた。


「これは別に、口頭で意味が通じる命令じゃなくても大丈夫です。何なら、今この場で、世界中の全ての魔物に実行することも出来ます。〝絶滅せよ〟が過激なら、〝生殖能力を失え〟でもいいですし、〝二度と食事をするな〟みたいな命令でも可能です。勿論、普通の頼みごとだっていいですよ。ちょっとそのパンを分けてください、とか」


 リーンの視線が、俺の皿に乗っている、手つかずのパンに向けられた。いつものことなので、抵抗せずに渡してやる。


「じゃあクローベルで、ユニコーンに使えばよかったじゃねえか」


 あんだけ必死こいて足を止めたのは何だったんだ。


「勿論、最悪の場合は使おうと思ってましたよ、結果的にそうならなくてよかったですけど」


 無血開城によって引き渡されたパンをちぎりながら、リーンは続けた。


「この強制命令は〝言うことを聞かせる代わりにルシルフェルとの契約を解除する〟事で成立します。命令を達成した瞬間、その魔物は種族単位でリングリーンとの契約から外れ、自由になるわけです。これは、世代が変わっても引き継ぎます」


 引き継ぎ引き継ぎの契約故に、後世にも影響するわけだ。


「そうすると、お前も襲われるようになるのか?」

「はい、ですので迂闊には使えません、後の代の魔物使いの娘達も困ってしまいますので、文字通りの最終手段です。で、話を戻しますと」


 会話しながらでも、リーンの食事のペースは落ちない。パンで皿についた油と塩を拭って口に含みながら。


「私が魔物を世界から駆逐して、街に壁なんていらなくなるぐらいの平和をもたらしたとして――――」


 世界は平和になるだろうか、少し考えてみて、即座に否定した。


「…………失業者まみれになるな」


 魔物が脅威でなくなった場合、まず真っ先に不要となるのがギルドだ。街道を行くのに護衛が不要、秘輝石で肉体を強化しても、戦う相手がそもそも居ない。

 世界中にいる冒険者達の仕事が無くなってしまう。残るのは水晶窟(すいしょうくつ)での発掘作業か、マンパワーが必要な力仕事か。


「です。今の世界はよくも悪くも魔物ありきで成立してますから、その要素を取り除いてしまうと大混乱に陥ります」


 すべての皿が綺麗になったことでそれなりに満足したのか、ナプキンで口を拭きながら、リーンは指を立てる、いつもの仕草だ。


「なので、私は基本的に、魔物と人間の間で問題が発生したら、バランスを取るようにしています。一方的な排除を繰り返せば、必ずどこかで偏りが生じて、大変なことになりますから」

「……言いたいことはわかった。で、ファイアもそうだって?」

「はい、今の世界は良くも悪くもファイアさん抜きで(、、、、、、、、、)成立してるんです(、、、、、、、、)、意味はわかりますか?」


 致命傷を負った人間を、一瞬で完全に癒すことのできる奇跡。ギルクの話では、それは聖女の力のほんの力の一端で、他にも様々な事ができるという。


「助けを求める人、全員に手を差し伸べようとしても、ファイアさんの腕は二本だけです。絶対に足りなくなりますよ。その時一番困るのは、きっとファイアさん自身です」


 まさにその奇跡を求めて、子供一人の命に五千万エニーが積まれ、結果としてクローベルが半壊したように。ファイアが奇跡を成し続ければ、似たような問題がどこかで生じる可能性は、十分にある。


「……で、それが喧嘩を売った理由か?」

「私は、この力の使い方を、リングリーンの大人から教わりました。でも、女神の再来に力の使い方を教えてあげられる人は、多分居なかったと思いますよ」

「にしちゃ、荒療治だったんじゃねえか?」

「だからあんまり好きじゃないって言ったじゃないですか。嫌いな相手になんで気を使わないといけないんですか」


 そうだ、こいつはそういう女だった。


 何が正しくて何が間違っているのか。ファイアに言った通り、俺にはさっぱりわからん。なるようにしかならないのだから、結局リーンの言う通り好き嫌いの問題なんだろうか。


「……あ、そうだ、おいスライム」

『む?』


 リーンのネックレスに変化している状態のスライムは、俺が声をかけると、むるむると震えて元のサイズを取り戻し、机の上にぴょんと跳ねた。


『なんだ小僧、我輩を呼ぶとは珍しい』

「いや、大したことじゃねえんだけど」


 ファイアと言えばもう一つ、気になることがあったのを忘れていた。


「お前、ファイアを見た時、サフィアリスって言ったろ。誰かの名前か?」


 俺からすれば、本当にただ、頭の隅にひっかっていた事を聞こうと思っただけだったのだが。


『…………………………何のことだかわからんな』


 ものすごく脱力して、半液状になったスライムは、俺から目(?)を反らした。


「いやお前、誤魔化すの下手クソか! おいリーン! 教えろ! 誰だ!」

『馬鹿者! 誤魔化すということは聞かれたくない事なのだということがわからんのか!』

「アオこそ何言ってるんですか! そこまで隠されると逆に気になるじゃないですか!」

『お嬢!?』


 今までの話が面白い話題ではなかった所為か、リーンも乗ってきた。


「えーっと、確かファイアさんがなにか言ってた気がします」


 そうだ、確か、女神の――――。


「おや、女神サフィアが人であったころの名前ですね。よく勉強してらっしゃる」

「へー、女神が人間だった頃の………………………………うお!?」


 自然に会話に混ざってきやがったので、一瞬気づかなかった。

 いつの間にか、俺の隣に座っていたのは、見覚えのある面だ。

 そう、いつぞやパズの酒場で会った吟遊詩人の……………………。


「驚かせてすいません、いやあお久し振りです、はっはっは」

「はっはっは…………………………」

「……………………今もしかして私の名前を思い出そうとしていませんか?」


 やばい、バレた。


「えーっと…………そうだ、幼女のヒモの人!」


 リーンが思い出したように言うと、


「違います! ルーバです、ルーバ・シェリテ! さすらいの吟遊詩人でございます!」


 ぽろん、と楽器を弾き鳴らす――仕草をする、そう、ルーバだルーバ。思い出した。


「……で、お前、どこから聞いてたんだ」


 リーンが自分から、公共の場で話すような事だから、魔物使いの娘に関する話も、そんなに気を使って秘匿する必要はないのかも知れないが、一応念の為に脅しをかけておく。


「サフィアリスって誰かの名前か? の辺りからですが、いやぁ専属の吟遊詩人が居るから仕事はない、席は空いてないから食事も出せないと言われて途方に暮れていた所、なんと偶然にも見覚えのある顔をお見かけしたもので、これは是非相席をと店員に申し出た所だったんですよ、その上興味深い話をしているとなれば、これは是非混ぜてもらわねばと、ええ、そういうことでして」

「分かった、今すぐ出ていけ」

「ノータイムで決断しましたねアナタ。いいんですか、私はともかく、幼いラッチナまで路頭に迷わせるつもりですか?」


 ルーバが連れていた幼い同行者、冒険者のラッチナの名前が上がったが。


「そのラッチナはどこに居るんだよ」

「………………おや? ラッチナ? おーい?」


 立ち上がり、酒場を見回すルーバ。ちなみに俺の視界には、見覚えのある褐色肌の童女が、客が座っているテーブルにさりげなく近づいて、何やら話しては頭をグリグリと撫でられ、肉の一切れやパンの端っこなどをもらっている姿が映っている。なんだかんだ可愛がられているようだ。


「なんか、上手く立ち回ってるみたいだぞ」

「止めなさいラッチナ! 情けないから! 流石にそこまで貧しい思いはさせてませんよラッチナ!!」


 ルーバが呼ぶと、チッ、と舌打ちをして、再びテーブル行脚に戻っていった。


「ラッチナァアアアアアアアア!?」

「うるせぇな、黙ってろヒモ」

「あたりが強すぎませんか!?」

「あ、そうです! ヒ……ルーバさん、あなた、どこでトゥナイエルの出身地名(ホームネーム)を知ったんですか!」

「そういや、そんなん気にしてたな、お前」


 色々あってすっかり忘れていた。確かリーンの身内以外が知ってる名前ではないはずだとか。


「ん? トゥナイエル、トゥナイエル……ああ、リングリーンの魔女の物語ですか。どこでしたっけねぇ、確か南方大陸(リーラベル)、いや、東方大陸(トミトア)だったかな……? すいませんねえ、話の仕入先も多いもので、どこでと言われると少し自信が」


 へらへらと笑いながらそういうルーバを、リーンはじと、っと睨みつけた。


「………………まぁ、いいですけど、思い出せないなら別に」


 明らかに納得いった様子ではないが、追及しても無駄だと思ったのだろう。


「ご期待に添えず申し訳ありません、代わりと言ってはなんですが、サフィアリスという名前について、私が知っていることでしたらお教えしますよ」

「よし、座っていいぞルーバ、水でも飲めよ」

「はっはっはっは身代わりが早いですねぇ!? ついでにいうと私、お二人の名前をまだ伺ってないんですけども」


 そういや、パズでも一方的に名乗られただけで、こっちからは何も言わなかった気がする。


「ハクラだ、こっちはリーン。で、サフィアリスってのは誰だ」

『噤めよ吟遊詩人、口の軽さは命取りであるぞ!』


 ぴょこぴょこ跳ねて怒りを主張するスライムだが、ルーバは特に驚きもしなければ、あははと笑い。


「いやあ、吟遊詩人の口が固くなってしまうと、商売上がったりですからねえ」

『むぐっ!?』


 正論で返されて、言い返せなくなったスライムだった。


「とは言え、あまり北方大陸(オルタリナ)で口にすべき名前ではありませんね、この様な大衆酒場では冒険者が多いのでマシですが、教会で口にしようものなら、信者たちの冷たい視線を一身に浴びることになるでしょう」

「大丈夫ですよ、そこのハクラは神父にチーズ投げつけて腰を砕いた男ですから、今更冷たい視線ぐらいどってことありません!」

「確かに事実だが若干の歪曲があるし、アウェイに乗り込むのは普通に嫌だぞ」

「どちらかというと次の弾き語りに今のお話を伺いたい気持ちでいっぱいですが――まぁ先程も申し上げた通り、サフィアリスというのは女神サフィアが人であったころの名前です。厳密には、女神として神格化される、生前の名前ですね」

「生前?」


 俺が思わず声を上げたのは、まるで女神サフィアが実在していたかのような口ぶりだったからだ。


「ええ、竜骸はご覧になりましたか? 女神のしもべ(、、、)として語り継がれるアレが存在しているのに、女神はそうでないと何故いい切れるのです」

「――――いや、そう言われりゃそう、か?」


 リングリーンの魔女は実在した。竜も実在した。

 なら、女神も実在する……のか? それは道理が通っているのか?


『…………』

「そもそも、再来(、、)という言葉は、一人目が(、、、、)居たからこそ(、、、、、)使われる言葉でしょう」

「あ」

「蒼の書に記されている女神サフィア伝説の大半は実話だというのが、吟遊詩人の間での見解です。最もその末路については諸説ありますが」

『……どの様な話があるのだ?』


 途中まで話を止めようとしていたスライムが、その続きを促す。


「そうですねえ、大半の教会では、ルワントンにて祈りを捧げながらその生を終え、女神として生まれ変わり、信者達を導き見守っていると教えています。その際、人としての名前を呼ぶことは、女神を貶める行為だとされ、禁忌の一つとされているので、現在の蒼の書にはサフィアリスという名前は載っていません、ですが――――」


 ルーバはへらへらした表情を崩さぬまま、言った。


「私の知る最も残酷な結末は、友である竜に(、、、、、、)裏切られて(、、、、、)死に至った、ものですね」


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