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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第六章 レレントの赤い竜
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差し伸べるということ Ⅱ


 ◆


「……………………」


 何度も見た事があるであろうギルクを除く、全員が言葉を失っていた。神殿に入る前は、正直そこまで興味があるというわけではなかったのに。


「で、けぇ……」


 錆びた金属のような赤褐色、乾ききった皮膚、今にも崩れてしまいそうなほど脆そうなのに、絶対に壊せないと確信できる力強さ。

 ワイバーンなど話にならない。俺が戦ったヒドラだって、これに比べれば蟻みたいなもんだ。


「女神サフィアの友、赤竜ヴァミーリの、これが竜骸、レレントの象徴にして、誇りさ」


 竜骸神殿がこれだけ大きいのは、何のことはない、この竜を囲むように造ったから、そうなったと言うだけなんだろう。

 地面に顎をつけた頭部だけ、角の頂点まで三メートル以上、犬が寝る時のように丸まっている現状で、神殿の敷地の二分の三を埋め尽くしていた。


「天井は、穴が空いているだろ? いつかヴァミーリが目覚めた時、神殿が壊れないようにっていう配慮なんだって」


 ギルクが解説してくれたが、もしこいつが動き出して立ち上がったら、二十メートルの高さでは効かないだろう。そのいつかは、永遠に来ないで欲しい。

 鱗の一つ一つが、俺の頭よりも大きい。爪の一本一本が成人男性を上回る大きさで、手足の太さは比較対象が出てこない。


「これが、竜……か」


 リーンが『ユニコーンを一としたら百とか千』とか言っていた理由が、今ならよく分かる。


「…………本当に」


 クレセンがぽつりと、竜骸を見上げながら呟いた。


「本当に、居たんだ……」


 俺ですら打ちのめされているのだから、サフィアの信者たるクレセンはどんな衝撃を受けているのか。ファイアは両手を組んで膝を付き、目を閉じて祈りを捧げていた。

 さすがのリーンも言葉を失っているだろうと、横目で顔を見てみると。


「…………ふぁぁ…………うん、じゃあそろそろ宿を探しに行きませんか。お腹が空いてきました」

「滅茶苦茶退屈そうにしてるじゃねえか!」


 静かだなと思ったら、あろうことかあくびなんぞしやがった。


「いや、だいたい想像通りだったので……いやー、すごいですね。でっかいでっかい」

「軽いなおい……俺は正直ビビったぞ」


 何が恐ろしいって、リーンの旅の終着点は〝まだ生きた竜〟を封印しに行くわけで、確かにこんなモンに目覚められたら世界なんぞあっという間に滅びるだろうという事実を物理的に確信させられた所だ。

 せめてこいつが作りものであればよかったのだが、残念なことに〝元々は生物だったであろう名残〟を感じる。


「竜骸に謁見するのは、まぁ私達の義務でもあるんですけど、どちらかと言うと、ここに来たがったのはアオの方ですからね」

「スライムが?」


 流石に教会の施設の中に、スライムを直接持ち込むわけには行かないので、今はリーンのネックレスに変化しているはず(どういう理屈かは未だに知らんが)で、そういや視界や聴覚はどうやって確保してるんだろうか、会話は出来るはずだが……。


「……じゃあ、そろそろ出ようか。ちょっと早いけど、イルニースにも無茶をさせちゃったし」


 ギルクがそういうのを合図に、俺も竜骸から目を逸らす。しかし、クレセンはぼうっと見入ったままで、ファイアも目を閉じたまま動こうとしなかった。


「ほら、行くぞお前ら――――」


 軽く肩を叩こうと、手を伸ばしたその時。



「――――クレセン?」



 聞き覚えのある声が、神殿の壁に反響して、響いた。


「っ!?」


 劇的に反応したのは、名前を呼ばれたクレセンだ。俺とリーンがそれに続き、ギルクがひえ、と短い悲鳴を上げた。一度殺されかけたからだろうか。

 俺の視界の先には、二人の人間が居た。一人は白銀の鎧に身を包んだ、見覚えのありすぎる赤髪の少女。そしてその隣に立つのは、不自然なまでに色白な肌に、煤けた灰色の長髪を伸ばしっぱなしにした、異様に背の高い男だった。


「ル、ルーヴィ様!」


 追い求めた上司の声と姿は、竜骸から意識を取り戻すのに十分だったらしい。


「何で貴女が、ここに――――パズに、居るはずじゃ……」


 クレセンに気づいたという事は、当然そばにいる俺達にも気づいたということで、そのその瞬間、ルーヴィの眉が釣り上がった。


「ハクラ・イスティラ、リーン・シュトナベル。貴方達、また――――」


「毎回俺らが連れ歩いてるみたいに言うなや!」


 悪い言い方をすれば、クレセンと一緒にいるのは完全に成り行きなのだが――。

 確かにルーヴィからすると、環境は置いといて、命の危険という意味では安全な場所にいるはずの部下を何故か最前線まで運んでくる冒険者に見えるのか。そうか。そりゃ怒るな。


「ルーヴィ様、ごめんなさい、その――二人は悪くなくて、それに」


 幸いだったのは、当事者のクレセンが俺達をかばう発言をしてくれた事だろうか。だが、その言葉の続きは、間に入った男が遮った。


「一つ…………聞きたいのだが、ルーヴィ特級騎士」


 枯れ木が意思を持って喋ったら、こんな音を発するかも知れない、と感じるほど、生気という奴を感じない声だった。ルーヴィと同じ白銀の鎧に身を包んでいるが、身長差がざっと見ただけで七十センチ近くある。


「そこの娘は…………【聖女機構(ジャンヌダルク)】の、者だったと記憶しているが……相違ないかな……?」


 ピリ、と空気が張り詰めた感覚があったのは、気の所為ではないだろう。


「………………」

「コーランダ大司教の命は……洗礼を受けていない者は……相応しくない故に……」


 語り口はやけに遅いが、威圧感は間違いなく意図的なものだ。

 とすると、こいつが――――


「パズに置いてくるように、との事だった、はずだが……相違ないかな?」

「――――待ちなさい、ドゥグリー(、、、、)特級騎士(、、、、)!」


 キィィィィィィィィィン、という高い反響音が、神殿の壁を跳ね返って、天井をの穴から抜けていく。


「え――――え、え?」


 目を白黒させているクレセンの眼前で、三本の剣がぶつかりあった音だ。当人には、何があったか知覚できなかったに違いない。


「……………………君は…………誰かな? ……冒険者かな?」


 まずドゥグリーが剣を振るい、それを防ごうとルーヴィと俺が同時に剣を抜き放った。

 ルーヴィの妨害は想定内だったのだろうが、俺が手を出す事は予想していなかったらしく、敵意混じりの視線が俺に向かって突き刺さる。


「単なる観光客だよ――血生臭ぇモン見せようとすんな」


 一方、こっちは冷や汗ものだ。剣閃は、俺がギリギリ知覚できる程の速度で、力はそれ以上に強かった。上背がある分筋肉があるとしても、この威力は説明出来ない。

 こいつ――――秘輝石が(、、、、)入ってやがる(、、、、、、)


「それは…………済まないことを、したね」


 だが、それ以上の追撃は無く、ドゥグリーは粛々と剣を鞘に収めた。

 そこでようやく、何があったのかを理解したのか、クレセンはひ、と遅れた悲鳴を上げて、ぺたんと尻餅をついた。


「な…………何してるんだ! 誰か来てくれ! すぐに!」


 ギルクが叫ぶ、だが。


「誰も……来ませんよ。イルニース二等騎士には……何があっても立ち入らぬよう、厳命しておりますので……」


 〝背教者殺し〟ドゥグリーは、こともなげにそう言うと、俺達には興味を無くしたと言わんばかりに、


「大司教の言葉は……女神の言葉……従わぬ者を斬る権限が……私にはある……さて」


 光のない、虚ろな視線で、ルーヴィを見下ろした。


「貴女は……女神の意に沿う者か……? それとも、逆らう者か……後者であるなら、貴女のお母上は……さぞ、お悲しみでしょう……」

「…………私は、大司教の意思に逆らうつもりは、ないわ」

「ならば……そちらの修道女は……【聖女機構(ジャンヌダルク)】の子ではない……そういう事かな?」


 ここでようやく、攻撃の意図が分かった。クレセンを殺すつもりで剣を抜いたのではなく、ルーヴィが命令違反を犯したという事実が欲しかったのだろう。

それがどんな意味があるのかまではわからないが、クレセンがここに来た事自体が、ルーヴィにとっての足枷になってしまった。


 ここでクレセンを庇えば、ルーヴィはドゥグリーに対して何かしらの弱みができる。

 だが、ルーヴィはクレセンを見捨てないだろう。【聖女機構(ジャンヌダルク)】にすら居られなくなった娘がどうなるか、知らないはずがないからだ。


「ル、ルーヴィ様」

「大丈夫、クレセン。仕方ない子、ね。私が心配で、来てくれたんでしょう? いつも、言うことをちゃんと聞いてくれないのは、貴女だわ」


 困ったような笑みを浮かべながら、ルーヴィはクレセンを見て、それからドゥグリーを睨み。


「この子は、私の――――」



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