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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第五章 火の山の街

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故郷ということ Ⅳ


 ♪


「ざいにんがい?」


 ラッチナの食欲は『あればあるだけ食い尽くす』という方向に特化しているから、豚の丸焼きがどんと出されれば、骨をかじるまで食べ続けてしまう。


「ええ。文字通り、罪人の住まう街です。彼らはその地から離れることを許されません、一歩でも外に出れば、その瞬間死罪となります。勿論、庇い立てしたものも、逃亡を企てたものも」


 当然懐は冬の空より寒い。楽器(リュート)を取り戻せて本当に良かったが、明日からのことを考えると憂鬱になる。路銀は少なく、消費もまた少ないに越したことはないのだが、いかんせん稼ぎ頭には体力をつけてもらわねばならないのだ。


「ヴァーラッド伯と頼りなる開拓団と銘打たれていますが、実際は体の良い厄介払いだったんですよ」

「やっかいばらい?」


 こうして話していても、それが伝わる手応えがまったくないのがラッチナの良いところだ。適当に聞き返すけれど興味はなく、明日になれば必要のないことは全て忘れてくれるから、思う存分言いたいことが言える。


「罪を犯した人間は、牢屋に閉じ込めて労働に従事させるのが基本でしたが、先代オルタリナ国王の治世は、罪人を増やすための治世と言ってよかった。あらゆる行為に税をかけ、あらゆる密告が推奨され、利権に溺れた役人や貴族、癒着した教会の贅沢三昧の余波で生まれた哀れな犠牲者が、次々牢屋に入れられました。農民は勿論、職人、移民、王の政策に少しでも反旗を翻した貴族までも。すると当然の事が起こりました、何だと思います?」

「おかわりしていい?」

「ええ、どうぞ、好きなだけ。……罪人を収容する場所がなくなったのです。その上、若手が投獄されれば街の働き手は減っていきますから、一時期のオルタリナ王国たるや、地獄をも超える惨状だったそうです。そこで生まれた法律が通称『罪奴(ざいど)法』です。文字通り、罪人を奴隷として扱うための法律ですよ」

「ほんと? おじさん、チナ、おかわり、同じの!」

「大量に生まれた罪人に、厳しい労役が課されました。なにもない荒野を、あるいは自然が蹂躙する森や丘を、切り開き、均し、人の住まう地を開拓し、村を作れというのです。その重労働の指揮者に任命――もとい、人身御供として捧げられたのが、若き日のヴァーラッド伯でした。当時は辺境伯でもありませんでしたがね」

「あいよ、豚の丸焼きおかわりお待ち!」


 ――ん? 今、私はなんと言った? ラッチナが私の話を聞いていないように、私もラッチナの話を聞いていなかったのでは?


「えへへへへ…………それで?」

「うん? ああ、ええ。当時、ヴァーラッド伯は王の振る舞いに苦言を呈していたから、その制裁でもあったのですね。元々管理していた土地は国に召し上げられ、帰る場所を奪われました。国のための一大事業を任されたと言えば聞こえは良いですが、事実上の制裁です。開拓は失敗し、罪人もろとも死ぬだろう、と誰もが思っていましたが…………彼らはやり遂げたのです。レレントに壁を築き拠点とし、パズの街を作り上げ、ククルニスを整備した。オルタリナ王国からすれば、恐ろしい話でした。合法的に始末するつもりだった反抗的な貴族が、今や私兵団とも呼べる者たちを従え、新たな交易拠点を築きあげたのです。まさしく奇跡! その功績を認めぬわけには行かず、ヴァーラッド伯には辺境伯の地位が与えられました。ですがここで問題が一つ。わかりますか? ラッチナ」

「美味しい。チーズも頼んで良い?」

「どうぞ。……開拓を終えた罪人達は、それ以上街に留まる事を許されなかったのです。交易拠点となるパズを作り上げ住まうのが、汚らわしい罪人であると知れれば、肝心の人を集められませんからね。ヴァーラッド伯は当然抗議し、ある約束を王から取り付けることに成功したのです。王は『新たにラディントンを開拓せよ。二十年の歳月を費やし、全ての作業を終えれば、すべての罪を許し、その地に住まう事を許す』と仰った。使い終わった奴隷は、僻地に厄介払いというわけです。ところが……」

「むぐむぐ……ところが?」

「ラディントンには、温泉が湧いていたのです。これは彼らにとって大きな幸運でした。

何せ村の名物としてこれ以上のものはない。僻地であることも、温泉街という環境下ならプラスになりえます。湯治は世の喧騒から離れた場所で行うものですから」


 だから開拓団は、再び立ち上がった。もう一度、今度こそ、この手で故郷を作り上げる。ヴァーラッドの地で最も栄えた観光地として。

 十年で人を呼べるようになった。

 パズの街を訪れた者は、地元の民――()()()()()()()()()()()、パズで育った者達――から、誇らしき領主と開拓団の話を聞き、そして彼らが新たに作った温泉地の話を知る。

 物は試しと行ってみれば、確かに質の良い温泉があり、しかも中々の穴場だという。そんな話が静かに広まり、十五年目になる頃には、いつしかラディントンは温泉街としての地位を確立した。訪れる人が増えれば、宿を増やさねばならない、人もだ。パズからも次々と移住が始まり、もはや約束の時を迎える前に、ラディントンは彼らの故郷となった。

 そして、今年の冬を越えれば、二十年目がやって来る。


「――――まさか、火の山が鳴くとも知らずに」


 勿論、噴火が起これば、直下にあるラディントンは間違いなく助からない。


「……おうさまは、その事を知ってたの?」

「オルタリナ王は知らないと思いますよ。()()()()()()()()どうか知りませんが」

「ふうん……かわいそうだね、らでんとんの人たち」

「そうですね……きっと悲劇として語り継がれ、新たな詩が一つ増えることになる。喜ばしいことかどうかわかりませんが――」


 ……ところで、何故ラッチナの前に豚の骨が二頭分並んでいるのだろう?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 割とシリアスなお話回の筈なのに、テーブルの上には築かれた豚骨の山 落差が激しくて現場を想像すると笑ってしまう
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