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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第五章 火の山の街

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旅するということ Ⅱ

 東方大陸(トミトア)西方大陸(リーラベル)南方大陸(コルセウニ)北方大陸(オルタリナ)

 四大大陸と称される中で、最も巨大で最も栄えているのが、俺達が降り立った北方大陸(オルタリナ)だと言われている。

 エスマやクローベルは南方大陸に連なる小大陸の一つだったが、北方大陸(オルタリナ)は実にその八倍の面積を誇るというから凄まじい。

 今俺達がいる、大陸の下半分が大陸の名を冠するオルタリナ王国、上半分がサフィアス諸国連合と呼ばれる、大小様々な国の集合体だ。


 大きく東西南北と中央、合わせて五つの地域で区切られており、俺達が船で降り立ったのは南端部である港町ククルニス。ここからリーンが目指すラディントンまで、馬車で真っ直ぐ進めば、補給を含めてもおおよそ四日から五日ほど。

 これでもまだ南地域の三分の一にも満たないのだから、これからの旅がどれだけかかるか考えたくもない。


「ほらー、やっぱり馬車があってよかったじゃないですか」


 ささくれ一つ無い木の床に地図を広げながら、リーンは得意げにそう言った。

 馬車はパカポコと蹄の音を立てながら、なかなかの速度で道をゆく。街道が整備されているおかげもあるだろうが、ほとんど揺れを感じない。はっきり言って快適そのものなので、流石に俺もこれ以上文句をつけはしなかった。ただ一点を除いて。


「……? どうしました?」

「いや」


 普通、馬車というのは馬を御者が制御する。勝手な方向に行かれては困るし、馬の体力を考えたペース配分もあるからだ。

 しかし、俺とリーンがこうして荷台で話しているということは、誰も馬を管理してないということだ。


『きゅぃ』


 馬の鳴き声、リーンははっと顔を上げて、大丈夫ですよ、と返事をした。


「すれ違う馬車は気にしなくても大丈夫です、襲ってきたりはしないですから」

『きゅぅ』


 まるで言葉がわかるかのように応じる――いや、わかっているのだ。


「――なぁ、本当に良かったのか? ()()()()()()()()()()()()()

 一見するとただの仔馬であるそいつは、俺の疑問に不満を唱えるように、ブルル、と鼻息を荒げた。


 ○


 力の伴わない霊獣など、存在を知られればどの様な目に合うかわかったものではない。ついでに言えば、馬車を手に入れる算段を、あの時点でつけていたのやも知れぬ。


 親を亡くし、受け継ぐはずだった力を失ったユニコーンの子供に、お嬢は『ニコ』という名前を与えて()()()とした。名前の由来はユニコーンのニコである。ひねりもなにもない。


 お嬢と契約した魔物は、()()()使()()()()()の対象となる。我輩が一時的に身体を首飾りに変える様に、ニコも角を隠し、輝く体毛を別の色へと変じさせ、ただの馬のように振る舞う事ができる訳だ。


 そして如何に幼く小柄であろうと、ニコはれっきとした霊獣である。通常の馬などとは比較にならぬ体力と馬力を持ち、故に馬車を引く程度の事など造作もない。更には言葉による意思疎通が可能と、まさしく理想の馬なのである。


『でも きらいです』


 問題があるとすれば、ニコの首をぶった切った男と一緒に居た小僧のことをバッチリ覚えており、隙あらば蹴り飛ばそうとしてくることぐらいであろうか。

 実際、お嬢が絡めたハーネスを小僧が解く際も大変であった。近づけば唸られ触れれば蹄を振るわれる。何度もふっとばされながらよく解けたものであるとしみじみ思う。巻き込まれてはたまらないので我輩もお嬢も助けなかったが、その際の小僧の顔はなかなか恨みがこもっていた。さもありなん。


『必要経費であるな、小僧』

「俺は気まずいんだよ馬鹿野郎」


 しかしそれでも拒まぬ理由は、当然小僧に負い目があるからだ。ニコの親が死んだのも間接的には小僧……が以前に属していたパーティのせいであるし、なんならニコ自身を殺めている。

 何はともあれ、旅の道連れが増えたというわけだ。我輩の経験からして、馬車を手に入れた後の旅はよくも悪くも賑やかになる。


『さて、これから先の道程であるが』


 旅の移動時間をまるまる相談に当てられるのは何とも便利なものだ。先代が手に入れた馬車も、決して悪いものではなかったが、当時は錬金術も今ほど進歩していなかったこともあり、荷台に乗るというのは歩かないというだけで、体力を消耗する行為に変わりなかった。


「えーっと、なんて街でしたっけ、ポチ?」

「パズな。話じゃエスマぐらいの大きさらしいが」

『ふむ、五十年前は狭い開拓村であったが、大きくなったのであるなあ』


 先代と北方大陸(オルタリナ)を訪ねた時も、ククルニスからラディントンへ向かったものであるが、当時は道という名の溝があり、村という名の集落があるだけであった。それもこの段階ではまだ徒歩だったものだから、我輩は八つ当たりに地面に叩きつけられたりしていた。


「詳しいなお前」

『我輩は旅の案内も兼ねておる故な。とは言え、時の流れで変わるものも多い。当てにならぬことも多いのだが。武器も一通り揃っているはず故、ここで装備を整えても良いかもしれんな』


 我輩が親切心でそう言うと、小僧は「ん?」と不思議そうな顔をした。


「武器?」

『うむ、魔導銀(ミスリル)の剣は砕けてしまったであろう?』


 小僧の力とユニコーンの体、二つの力に耐えきれず、割れ砕けた剣の記憶は今も新しい。いま小僧が腰に下げているのは、その残骸である柄のみだ。


「いや、いざとなったらお前に変形して貰えばいいかなと思ってたんだが……変身するたびに武器壊すのもなんだし」

『? 我輩もうダマスカスにはなれんぞ』

「………………はぁ!?」


 小僧が目を見開いて飛び起きた。


「お前得意げに食べた物に即座に変化できるのだ~ってのたまってたじゃねえか!」

『覚えている限りはな。我輩が食ったのは鏃の部位だけだぞ? 味など忘れてしまった』

「先に言えや!」

『それに我輩は材質と形を変えられるだけだ。鉄の棒と変わらぬ。武器としてしっかりと鍛え上げられたものを手にするのが得策であろうな』

「くっそ正論じゃねえか……」

『我輩の中に強く残るか否かは、()()()()()()()()()()()に比例するのでな。ダマスカスのインゴットをまるまる一つ喰えるのでであればまた別であるが』

「そんなもんが手に入ったらそれで剣を作ってもらうわ……」

『であろう。あくまで非常時の緊急手段だと認識せよ』

「へいへい、わーったよ……で、ヴァーラッドってのがこの辺りの元締めか」


 それた話が元に戻る。地図には往々にして、その地域を支配している貴族やらの名前が記されているものだ。現在地であるククルニスから、目的地であるラディントンの周辺は『ヴァーラッド領』と書かれてある。


『我輩の記憶には無い名前であるな』

「すやー」


 先程から会話に混ざらないと思っていたら、お嬢はいつの間にか干しパンの麻袋を枕に、お嬢は夢の世界へと旅立っていた。


「どうすんだこいつ」


 呆れた顔でそう言う小僧。我輩としては、静かにしてもらっていたほうがありがたい。



 エスマぐらいの大きさ、という話の通り、パズはそれなりに栄えた街だった。元々、港町との物資の中継拠点として作られたらしく、商売が盛んなのが特徴らしい。

 到着したのは日もとっくに沈みきった後なのだが、大通りに向かえばそこかしこの酒場から明かりが溢れて、談笑の声が聞こえてくる。


「ふぁー、ハクラー、お腹すきましたー」

「獣かお前は」


 起きたと思ったら『えーまだ着かないんですかおやすみなさい』などとのたまって再度眠りに落ちやがったリーンの目はバリバリに冴えていた。


 いくらニコが普通の馬とは違うとは言え、例えば野盗の類が襲って来ることだって考えられる。馬車なんぞを護衛無しで転がしているというのは、ならず者からすれば格好の獲物だからだ。まさかこんな小綺麗で高そうな馬車に冒険者が乗っているとは思うまい。金持ちの商人の三男辺りが、親の支援で商売を始めたばかりぐらいに見えるのではないだろうか。


 なので俺は結局、眠るわけにはいかなかった。そもそも旅の道中に眠る、という選択を取れる事自体が贅沢なのでそこに文句はないのだが。


 ともあれ軽い検問を受けてからパズへ入り、適当な宿を探し(馬車を預かってくれる厩がある場所でないといけないので、それなりに高くついた)、今晩の布団を確保してから、リーンの望み通り適当な酒場に入った。


「…………以上がパズの街を築き上げた、偉大なるヴァーラッド伯と、頼りなる開拓団の物語でございました」


 扉をくぐると、ちょうど吟遊詩人が語りを終えた所だったらしい。客たちはまばらな拍手を送るが、特に盛り上がっているというわけでもなさそうだった。店員も特に注釈するでもなく、席に案内してくれる。


「羊肉の香草焼き三人前、バタラ魚の蒸し焼き二人前、あ、このロッロ貝のスープって美味しそうです、これもください、それとサラダにポテトフライ、あと麦パン六つ!」


 流石交易の中継地点というだけあって、肉も魚もよりどりみどりだ。船上の質素な食事がよほど不満だったのか、ここぞとばかりに頼みまくるリーン、全部自分の分だろうから、俺も別途注文することにする。

 少しして運ばれてきた料理は、実に美味そうだった。骨付きの羊肉の表面にはたっぷり塩が振られ、表面がうっすら焦げるぐらいパリパリに焼き上げられていた。バタラ魚はこの辺り一帯で獲れる魚で、平べったいのが特徴だが、酒蒸しにすると驚くほど甘くなる。ポテトフライは文字通り山と積まれているが、まぁリーンなら全部食い尽くすだろう。


「――でだ」

「ふぁい?」


 両手が油で汚れる事など全く気にせず肉にかぶりつき、二本目の香草焼きがあっという間に骨になる。


「一体ラディントンに何しにいくんだ?」

「もぐもぐ……」

「…………」

「はむはむ……」

「…………」

「ずずず……」

「質問に答えろや!」


 そのままパンに手を付けたので飲み込むまで待ってたら、スープに行きやがった。何だこの野郎。


「ごくん、へふ……どうしたんですかいきなり」

「どうしたもくそも、これから自分たちが行く場所のことを気にするのは当然だろうが」

「船の上でもここに来る間でも、聞くタイミングなんていくらでもあったじゃないですか」

「船酔いで目ぇ回してる奴と真面目な話は出来ねえしパズに来るまで爆睡してたろが」

「へえ……ハクラってば、私に気を使ってくれたんですか?」

「別段急いでなかったってのもあるけどな」


 俺はリーンと一緒に旅をすることに決めた。今の所、こいつの隣より居心地のいい場所を知らないからだ。

 北の最果て(クロムローム)。名前しか聞いたことのない場所へ、途方も無い距離を、どれぐらいかかるかわからない時間をかけて行くのだ。


 腹の立つことに、こいつの隣にいるのは、疲れるけど居心地が良い。だったら急ぐ必要もない。

 しかしそれはそれ、これはこれ。冒険者は合理性を是とする生き物であり、情報共有をするに越したことはない。行動指針や活動方針の共有はパーティを維持する上で重要なことだ。


 だからゆっくり話しても問題ない飯時に、わざわざ尋ねたのだ。仮にリーンの口から言えない何がしかの事情があったとして機嫌を損ねても、その時は肉を食わせればなんとかなる。


「いま失礼なこと考えませんでしたか」

「いや、気のせいだろう」

「では、私にお肉を奢りたいと考えませんでしたか」

「どんな嗅覚だよ」


 半分正解なのが恐ろしい。何だこいつ。

 さっきから、俺の手元にある、リーンが頼まなかった肉入りのスープをチラチラ見ていたので差し出してやると、わぁいと声をあげてかっさらっていった。


「地図を見る限りじゃ、ラディントンは辺境すぎる。わざわざこんな所に何しに行くんだ?」


 ラディントンは周囲を山で囲まれた、いわば〝どん詰まり〟の場所にある。つまり一度ラディントンに行った後、同じ道を引き返さなければならない。なにかギルドで割のいい仕事を見つけられなければ、その道程はまるまる時間のロスになってしまう。


 馬車の機動力が思ったよりあったので、周囲の標高次第と山道の整備次第では山越えも可能かも知れないが、それにしたって準備が必要だしリスクもでかい。明確な目的があって行くのだろうから、それそのものは止めるつもりはないが。


「んー」


 木の匙を咥えながら首を傾げているのは、答えるつもりがないわけではなく、どう返すべきか考えているのだろう。

 スープを更に二口飲んで、肉の欠片を片付けてから、ようやくリーンは口を開いた。


「いやあ、温泉に入りたくて」

「今すぐ北上してファイクに行くぞ」


 こいつに旅の道程を任せるのは間違いだった。いや、俺が間違っていた。


「待ってください待ってください半分は冗談です!」

「半分は本気なのか」

「何を言います、温泉といえばラディントン、ラディントンといえば温泉です。むしろ温泉しか無いような場所なのに、温泉に入らずして何をしにいくつもりなんですか」

「………………」

「……ごめんなさい私が悪かったですだからそんな目で見ないでくださいよ! お、温泉に入りたいのは本当ですけど、ちゃんと目的があるんです!」

「納得いかなかったらマジでファイクの方に行くからな」

「うー、ハクラがいじめます」


 不満をこぼしながら、更に麦パンを手にとったが、小さくちぎったあたり、食べながら話をすることにしたらしい。


「ラディントンに向かう理由を説明するためには、私の旅の目的を説明せねばなりません」

「それも当然聞こうと思ってた」


 目的地こそ聞いていたが、目的そのものは聞いていない。我ながらどうかと思うが。


「えーとですね、簡単に言うとですね」


 匙を置いて、俺の目を見て。

 リーンは、極めて真面目な顔でこう告げた。




()()()()()()()()()()()





「さて、ファイクまではどう行けばいいんだったかな……」

「ちょっとハクラ、今は『何言ってんだお前』っていうところですよ」

「いや、お前の世迷い言にいちいち口挟むのも疲れてきて……」

「ハクラが言い返してこないと私が得意げに話の続きができないじゃないですか!」

「お前本当に好き勝手いいやがるな!」

「本気で本当のマジなんですってば!」

「俺のお前に対する信頼値がみるみる下がってることだけは忘れるなよ」

「元々底値じゃないですか」

「自分でいうな自分で」


 何が悲しくて信頼値底値の相手と旅をせなあかんのだ。


「えー、だってハクラが私についてくるのは」


 えへ、と笑顔を作り、リーン。


「私が好きだからでしょう?」

「話をもとに戻すぞ」


 好き嫌いは置いといて、リーンに話のペースを持っていかれるのはよくない。


「世界を救うってのはどういう意味だ?」

「そのまま、文字通りの意味です。ハクラ、リングリーンの魔女の物語は知ってるんですよね?」

「ガキの頃に聞いただけだけどな」


 鼻で笑っていたおとぎ話の子孫が目の前にいるのだから、世の中なにがあるかわかりはしない。


「そうでしょうそうでしょう、誰もが聞いたことがある、偉大な魔女の物語です」

「お前の先祖がぶっこいた大ボラが延々と語り継がれてる可能性もあるけどな」


 言うと同時に椅子から飛び退くと、そのきっかり一秒後に、俺が居た場所にリーンの暴力装置が横薙ぎに振るわれた。いつもの杖だ。


「し、失礼な! 人のご先祖様に向かって!」

「そう来ると思ったぜ」

「殴られる前提で発言しないでください!」

「そもそも殴るな。一応疑っておくべきだろ? こういうのは」


 偉大なる先人の残した記録が事実であるとは限らない。

 貴族にこれを面と向かっていうと、大体縛り首ルートを一直線で進むことが出来る。


『事実であるよ、我輩、当事者であるからな』


 黙って話を聞いていたスライムは、こともなげにそう言って、皿に体を伸ばし、残っていた骨を一瞬で消化した。怖いなこいつ。


『長い長い旅であった。辛くはあったが、愉快なことも沢山あった。何を忘れようとも、あの旅だけは忘れはせぬ』


 どこか遠い目で呟くスライムを見れば、わざわざ俺の立場で否定する理由もない。大前提として、少なくともリーンの力は本物なのだ。


「おや、リングリーンの魔女の話ですか」


 そんな時、不意に会話に割り込んでくる声があった。

 俺とリーン、二人の視線が同時にそいつに向く。スライムは他の骨を食っていた。

 灰色の髪に深緑の外套、鍔広帽子。切れ長の黄色の瞳といった風体の、背の高い男だった。彫りが深く鼻が高い。まだ二十代の半ばぐらいか。手の甲は、手袋をしていて見えない。背中になにか背負っているようだが、この位置からでは確認出来ない。


 先程、酒場の真ん中で弾き語っていた、吟遊詩人だった。

 男はおどけたように肩をすくめて、それから腰を折って一礼した。


「おっと失礼、私ルーバと申します。ルーバ・シェリテ。南方大陸の出身で、吟遊詩人をしております。こちらは連れのラッチナ。ほら、ご挨拶は」


 男、ルーバが促すと、外套の後ろ、腰のあたりから、ひょこっと幼い少女が顔を見せた。こちらは十代初めぐらいだろう、テトナやジーレより少し年下かも知れない。

 褐色肌に赤い瞳、白銀の髪の毛。この辺りでは見ない人種だ。だが、ぎゅっと外套を掴む左手に、白色の秘輝石が覗いている事から、ある程度経験を積んだ冒険者であることはわかる。


「…………は」


 俺を見て、リーンを見て、そして怯えたような顔をして、さっとルーバの背中に引っ込みながら、か細い声で。


「はじめまして…………」


 とつぶやいて、そのまま隠れてしまった。

 ……経験を積んだ冒険者のはずなのだが。


「こらラッチナ、ちゃんと自己紹介しなさい。ああすいません、人見知りなものでして」

「いえいえ、こんばんわー、どうですか、ポテト食べますか」


 隠れたラッチナにポテトフライを差し出すと、ぱっと目を輝かせ、それからおずおずと近寄って、餌を待つ鳥のように口を開けた。リーンの暴力的なオーラは子供には感じ取れないのだろうか。


「何か思いましたか、ハクラ」

「別に」


 自分の悪口に関しては本当に勘の鋭い女だった。


「で、吟遊詩人が俺達に何の用だ?」

「いえね、実は今宵、この店で詩を語らせて頂く事になっているのですが、これがなかなか盛り上がらない。仕事を任せてくださった店主の顔も渋いとくれば、ここらで一つ、場を沸かせないことには帰れません。そこで聞いたのが懐かしい物語の名前です。如何でしょう、ここは一つ、私に語らせてはいただけませんか」


 吟遊詩人(アオイドス)とは、詞曲を広め、楽器片手に旅をする者達のことだ。

 各地の伝承・伝説・物語といった物を、その風習がない土地で語り聞かせる。同じ物語でも吟遊詩人によって語り口や解釈が違ったりする為、聞いている方は知っている話でも楽しめたりするし、場合によっては『俺の故郷の話を変なオチにするんじゃねえ!』と喧嘩になったりもする。


 酒場では勿論、娯楽が少ない船旅等では何かと重宝する存在で、実際クローベルから乗ってきた船にも吟遊詩人は乗っていた。サメに食われたが。


「報酬は?」

「もしおひねりがもらえなければ、食事代を持っていただけると助かります。大した額ではないのですが」

「……まぁいいか、そういう事なら頼む」


 なにせうろ覚えもうろ覚えなので、大雑把な概要しか覚えていないのだ。本職が語って聞かせてくれるならそれに越したことはない。

 わざわざ俺達に許可を取りに来たのは、後で『人の話を盗み聞きしてたな』という難癖をつけられないためだろう。


「いやあ、これで足りない飯代を払えそうだ。助かりました」

「おい」

「ハクラ、大丈夫ですかこの人」

「……まぁ、もし間違ってるところがあったらお前が訂正入れられるだろ」

「それはそうですけど……私は一エニーもだしませんからね」

「そこまでは期待してねえよ」

「ははは、これは手厳しい。では早速……ラッチナ」


 背負っていた弦楽器――分類はわからないが、ひと目見ただけで上等な細工だとわかる――を構え、相方の名前を呼ぶ吟遊詩人。


「………………」

「……もぐもぐ」


 絶賛、リーンの与えるポテトを、貪っていた。


「ラッチナ、何をしてるんですか」

「……カリカリ」

「……あ、ポテトがもう半分ねえ! 何餌付けぶっつづけてんだお前!」

「あ、あげればあげるだけ食べるから面白くて……」


 山だったポテトは丘ぐらいになっていた。いくら若くても胃もたれしそうな油を摂取しているはずだが、ほとんどはラッチナがリスのように膨らませた頬の中に収まっているらしい。


「ラッチナ! やめなさい! 太りますから!」

「嫌……チナはポテトを食べる……!」

「ラッチナ!!」


 リーンから離れようとしないラッチナを引き剥がそうとするルーバ。

 ラッチナはしばらくもがいていたが、やがて諦めたように手を離すと、ルーバに首根っこを捕まれ、そのまま連れて行かれてしまった。


「しかしお前が他人に食い物を分け与えるとは……」

「私を何だと思ってるんですか」


 残ったポテトを一つつまみ。


「なんとなく、妹を思い出しちゃうんですよね」


 ポツリとそんなことを呟いた。

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