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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第四章

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命ということ Ⅺ


 ◆


 完全に日が落ちた森の中。

 リクシールが杖を軽く振ると、集めた小枝に一瞬で火が灯る。

 魔素を火花に変換して、瞬時に燃焼させる魔法の威力を絞ったものだ。

 火を囲み、干肉を炙りながら、地図を広げる。目的の山の麓まではなんとか今日中にたどり着くことが出来たが、夜間の探索は流石に危険なので、今夜はここで一泊だ。


「ルーヴィ達も、多分場所の目安を付けてる」


 というのも、連中もまたレストンの一件を知っているからだ。ユニコーンの生態に関しては、サフィア教の敬虔な信徒である連中の方が詳しいこともあり得る。同じ情報を持っているのだから、同じ結論にたどり着くに決まっている。


「だからあの場所で張ってたってこと? 畜生……っ!」

「落ち着こう、リクシール。わざわざあの辺りに拠点を据えてるってことは、他の冒険者を足止めする狙いもあるはずだ」


 そう言いながらも、アグロラにも焦りがあるようだ。爪先を細かく刻む時、こいつは苛ついている。


「……明日は日の出前に出る」


 それだけ告げて、リーダーは仮眠の指示を出した。








 二つ並んだ簡易テントに入った他の連中を横目に、俺は火の番をしていた。

 見張りは交代制で、眠れるときに眠り、休めるときに休むのが冒険者の流儀だが、流石に今日ばかりは難しいか。

 そういえば、リーンは見張りを交代するなどと行った気の利かせ方は一切してくれなかったが、そもそもあいつには必要ないものだったか……。


「……ハクラ、少しいいか」

 

 なんてことを考えていると、ラモンドが酒瓶を片手に、自分のテントから出てきた。


「ラモンド、寝なくていいのか」

「ああ、何ならお前も寝ておけばいい。今夜は俺が一人で見張るぞ」

「明日も忙しくなるのに、そんな非効率な真似できるか」

「……お前は変わらんな」

「そう簡単に変わんねえよ。あぁ、でもアグロラは寝かせといたほうがいいな、あいつ、冷静じゃないだろ」

「……わかるか」

「何年組んでると思ってんだ」


 薪が弾けて、パチンと鳴った。


「すまなかったな、ハクラ」

「ん?」

「お前を置いて、俺達は逃げた。後ろめたくてな、エスマで、お前を信じて待てばよかった」

「別に、気にしてねえよ。あの場に残ったのがお前でも、アグロラはそうしただろ」


 アグロラは良くも悪くも冒険者だ。パーティに対して誠実であると同時に、合理的が染み付いた男でもある。


「だが、俺が殿を務めて、お前がパーティに残っていたら、お前は俺の安否が確認できるまで、街を出ようとはしないだろう?」

「どうだかな」


 口ではそう答えたが、どうだろう。

 アグロラは誰が残ったのでであれ、その犠牲を踏み越えて先に行こうとするだろう、俺はそれに対して、なんと答えるだろうか。


「いいや、お前はそういう男だよ」


 言いながら、酒をあおる。ゴツゴツとした皮膚と、傷と皺だらけの顔が炎に照らされる。

 五十を過ぎてなお、現役の冒険者であるラモンドは、俺の顔をじっと見て、それから、酒の瓶を俺に向けて差し出した。


「呑むか?」

「……酒は嫌いだ」

「酒の呑めない冒険者なんぞ、笑い者だ。何度も言ったろう」

「苦いんだよ、それに嫌な事を思い出す」

「慣れろ。苦味を飲み込まなければ、人は成長できん」


 アグロラは、ヒビの入った小さなカップに、強引に酒を注いで、俺に渡してきた。

 こう言われれば、年下の俺は従うしかない。小さく口をつけたが、すぅっと口の中を抜ける一瞬の清涼感の後、ただただ苦くて辛い味が舌に広がった。


「……なぁ、これ、どこがうまいんだ」

「この苦味を感じられるようになったら、大人だな」


 クック、と楽しそうに笑う。この親父は、こうやってタイミングを見ては、何かと酒を勧めてくる。

 アグロラは下戸で、リクシールは酔うと暴れるので、誘う相手が俺しかいないのだろう。そもそも、あの二人の間に割り込むというのもなかなか勇気がいる。


「ところでハクラ」

「あんだよ酔っぱらい」

「あの(むすめ)の側は、居心地が良かったか?」


 あの娘。誰のことだ? 

 と、とぼけても良かったが。


「……それこそ、何だよいきなり」

「いや、なんていうかな。俺達がパーティを組んで、どれぐらいになるか」

「四年だよ」


 四年前、俺はガキだった。アグロラとリクシールもだ。冒険者としてのノウハウや心構えを俺達に叩き込んだのは、他ならぬラモンドだ。


「ああ、四年だ。俺はずっとお前を、冷静な現実主義者だと思ってたよ」

「……………………いや俺は冷静な現実主義者のつもりなんだが」

「だが、あの娘と一緒に居た時のお前の顔、俺は見たことがなかったよ。お前が笑うのを、俺は初めて見たんだ」

「……そんなに笑わなかったか、俺」

「心からはな。お前、俺達と一緒にいる間、気を抜いたことなんかないだろう」

「そりゃ、油断はしねえよ、そう教えたのはお前だろ」

「そういう意味じゃない。お前があの時、俺達を逃がす為に殿を買って出たのは、お前が俺達を(、、、、、、)信頼してなかった(、、、、、、、、)からだろう」


 一瞬、言葉に詰まった。

 動揺、はしていなかったと思うが。

 何も感じなかったか、と言われれば、そうだとは言えなかった。


「俺達に命を預ける事より、自分の腕の方を信じたってことだ。いや、責めてる訳じゃない。俺は助けてもらった身だし、本来、俺がすべきだったことだ。肩代わりしてもらって、感謝すらしてるさ。だが、あの時思ったよ」


 アグロラは、自分の酒を一気に煽って、飲み干した。


「お前は、ずっとそんな感情を飲み込んだままの人生を送ってきて、俺はそれに気づけなかったんだな、ってな」


 即座に言い返すことは出来なかった。全てがラモンドの言う通りではないが、かといって否定出来ない所があるのも事実だ。


「……俺はお前たちを信用してるよ」

「信用と信頼は違うんだよ、ハクラ」


 間違えるなよ、とラモンドは言った。


「信頼ってのは、信じて頼る(、、)ことだ。自分がやるべき事を……自分に関わる事を、委ねられる相手の事を言うもんだ。時にテメエの財産や、命を預けてな」

「…………」

「――そんな顔するなって、責めてる訳じゃないって言ったろ。俺は嬉しいんだよ、あんな空っぽの目をしてたガキが、いつの間にか一人前の人間になってやがった。あの娘と一緒に居たお前は、俺達と居た頃よりずっと居心地が良さそうだったぜ」


 空になった器を置いて、ラモンドは言った。


「俺は、このヤマが終わったら冒険者を引退する」

「……!」

「アグロラ達にもまだ言ってないが……ヒドラとの戦いで、今までのツケを一気に支払えって体がうるさくてよ。流石に命が惜しい。アグロラは、当たり前のようにお前をパーティの勘定に入れるだろうが……そこできっぱり断って、好きにしてもいいんだ。嫌だろう? アグロラとリクシールに挟まれて冒険者やるのは。独り身にはキツかったぞ」

「それはまぁ、確かに嫌だが……」

「ま、本当は…………………………」


 その続きを、ラモンドは言わなかった。俺も、聞こうとはしなかった。

 火で炙られた薪が、また、ぱちんと弾けた。

 翌日、一日中探し回っても、何の手がかりも得ることができなかった。



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