命ということ Ⅲ
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《大型冒険依頼》の詳細は以下の通りだ。
発注者はタンドル・ルブ・クローベル。
名前に議会員の号がある通り、クローベルを取り仕切る街議会の椅子に座っている……つまりは金持ちで権力者だ。
村ぐらいならば長一人で済むが、港町など大規模な商業で成り立つような場所ともなると、だいたいの場合は複数の権力者が、会議で街の行く先を決めることになる。そういった人間の姓には出身地名の間に立場を示す号が入るというわけだ。
で、肝心の依頼内容は、『息子の難病を治す』こと。
そのために必要なのがユニコーンの角だそうで、その角を採って来たパーティに報酬を与える、とのこと。
「その、タンドルさんの息子さんは、小さい頃から病弱で、長くは生きられない、って言われてたんですけど」
ラメラネが書類を見る俺達に対して補足する。
「最近は特に病状が悪化したらしくて……そしたら一ヶ月ぐらい前、街の人がクローベルの外れで、ユニコーンを見たっていう目撃情報があって」
「ユニコーンねぇ……」
ユニコーンは、名前だけなら有名な魔物で、様々な物語でその姿を確認できる。
並み居る白馬では太刀打ちできないほど、穢れのない真っ白な体と、大粒のサファイアのような青い瞳を持つ大きな馬で、額からは角が一本生えているらしい。
その角は強力な癒やしの力を秘めており、万の病と傷をも治し、時には死者すら蘇らせると言う。
が、その現物となると話は別だ。魔物と戦うことを専門とする冒険者の耳にすら、噂話か与太話で時折名前が耳に入ってくる程度だ。
「頭に木の枝はっつけた馬を見間違えたんじゃねえか?」
「そういう意見もありました、けど、クローベルはユニコーンの伝承が残る街なんですよぉ……」
「……そういや、ジーレ達もそんなこと言ってたな」
「具体的に、どーいう話なんです?」
「ええと、この街の原型となった村を作った……クローベルという女性が、百年ぐらい前に、山の奥へ狩りに出た時のことなんですけど……」
クローベルという女は、なんでも動物専門の狩人だったらしい。獲物を求めて山に入り、道に迷ったそうな。幾日も彷徨い、魔物に襲われ、大怪我を負い、死を覚悟した時、彼女は不思議な泉を発見したという。
虹色に光り輝く神秘的なその泉の横に、輝く白い毛並みと、一本の雄大な角を持つ獣……ユニコーンを発見したらしい。ユニコーンは傷つき意識も絶え絶えのクローベルに近づくと、その角の欠片を彼女に与えた。その瞬間、骨まで見えるほどだった大怪我が一瞬のうちに癒えたではないか。
驚く彼女に追い打ちをかけるように、ユニコーンは人の言葉でクローベルに語りかけたそうだ。
『人間よ、私の肚に子供が居る。私はもう年老いて力がない。どうか私の腹を裂き、とりあげてはくれないか』
クローベルは、その頼みを聞き入れた。狩猟用のナイフではその皮膚に傷一つつけられなかったため、ユニコーンが指示する通り、その角をへし折り、それで腹を割いて子供をとりだした。
親のユニコーンはその場で息絶えた。だが、末期の際に『この礼は必ずする、お前が居る所は、邪悪のよらぬ場所となるだろう』と告げた。その後、クローベルは生まれたばかりの子供に見送られ、その場を後にした。
それからユニコーンの子がどうなったのかはわからない。クローベルは二度とその泉にたどり着くことはなかったらしい。
そしてクローベルが故郷の村に戻ると、それから先、不思議なことに魔物が寄り付かなくなったという。
誰もが、村が魔物に襲われないのは、ユニコーンのご加護があるからだと信じた。
以来、その伝承はこうして漁村が港町に発展した後も、長々と語り継がれ、年に一度、街から厄災を退けてくれるユニコーンに感謝を示す為に行われるのが、このユニカ祭りというわけだ。ちなみに今年は記念となる百回目の開催らしい。
話を聞き終わった俺の最初の感想は『うさんくせぇ』だった。
まあ伝承話にこんなこと言っても仕方ないのだが、まず秘輝石抜きで山にはいったというクローベルがそもそも無謀すぎる。人間の手が入っていない領域というのは多かれ少なかれ魔物の巣なわけで、それで襲われて生き延びているのも不自然だ。
「つーか、その伝承が正しいとして、街の守り神であるユニコーンをひっ捕らえていいのかよ」
「そ、そう言われましても、ギルドとしては指定の手数料を払っていただきましたから、《大型冒険依頼》を発令するしかないですし……」
さて、魔物と言えば魔物使いの娘、つまり専門家だ。横目でちらりとリーンを見ると、顎に手を当てて、机の一点を見つめていた。
「……リーン?」
「え、はい、なんですか?」
「いや、今の話だけど……」
「え、ああ、そうですね、びみょーなんじゃないですか。話もふわふわしてますし」
「けど、目撃情報は、最初を皮切りにいくつかあるんです、それで、タンドルさんが私財を費やして、祭りの時期も早めて、冒険者を呼び集めようってことになって……」
「……ああ、だからユニカ祭りが一月も早く始まったのか」
そのおかげでライデアで一騒動起きたのだから、なんとも迷惑な話だ。
「よく街議会の連中が頷いたな」
「今の議会の皆さんは、その、なんていいますか、商人上がりが多くて……儲かれば、なんでも良いんじゃないか、っていう所があるんですよね、良くないとは思うんですけど」
「タンドルって奴が金を出す分には自分たちの懐は傷まないし、特需は街全体を潤すし、なによりタンドルは金を出した分弱体化する上に恩も売れるってことか」
「角をもぎ取ったユニコーンを剥製にして、街のシンボルとしておいたらどうだ、っていう意見まであるそうです……流石にそれは皆嫌がると思いますけど」
「そりゃ、災難だな。で、冒険者はこぞってユニコーン狩りってことか」
合理的が売りの冒険者が、空想を血眼で追いかけているとはなんともアホらしい。
「んで、どうするリーン」
「んー…………ちなみに報酬っていくらなんですか?」
報酬の確認は冒険者の鉄則だ、リーンの質問は当然と言える。
通常、《大型冒険依頼》の報酬額は百万エニー前後、それを依頼達成に貢献したパーティにギルドが振り分けていくのが定石だ。分母は大きいが分子も大きいので、末端には割に合わないなんてことはよくある話で、むしろ『パーティに関所の管理権を与える』とか『とあるダンジョンの独占権を与える』といった権利関係の方が目当てとなる事も多い。
変わったところでは街の永住権や使われなくなった家屋の譲渡、高価なマジックアイテムなんかもその範疇に含まれるが、それらを手にできるのは実際に依頼を達成したパーティのみで、今から俺達が割り込んだ所で大した額にはならないだろう。
……と、俺はこの瞬間まで、本気でそう思っていた。
「え、ええとですね、報酬はですね……」
ラメラネは書類に眼を落とした。何度も読み上げたのだろうその文章を、それでも確認する、よく出来たギルドの職員だった。
「五千万エニーです」
「まあそんなもんだよな、やっぱ今から首突っ込んでも割に合わな……」
「ですねー、ここは普通の《冒険依頼》を堅実に…………」
俺とリーンは顔を見合わせた。
ラメラネを見た。
もう一度顔を見合わせた。
「ごごごごご、五千万だぁ!?」
五千万というのは大商人が、何千人何万人という人間と一緒に動かす金だ、下手すると小さな国の国家予算にも匹敵しかねない。俺のような冒険者など、何百年かけたところで、稼げるかどうかわからない。
「だから、タンドルさんは私財を費やしたって言ったじゃないですか……しかも、角を持ち帰って病を治したパーティ一つに全額っていう条件まで出してきたんです、それで……」
「…………」
冒険者は合理的であると同時に、究極の夢追い人だ。
想像の枠の外にある、埒外の何かを求めて、手に秘輝石を嵌める。
それは迷宮の奥にあるお宝かも知れない、失われた技術で作られた宝剣かも知れない。
現実の世界で生きながら、どこかで起こるイレギュラーが手元に転がり込んできた時、それを逃さない為に、冒険者は自らを鍛えあげるのだ。
五千万、という数字は、まさしくそのイレギュラーそのものだ。
人生を、運命を、全て塗り替えて新しく出来るほどの金が、目の前に転がっている。
そりゃあ、人も集まるし、暴れもするはずだ。とにかく他の連中に出し抜かれる訳にはいかないのだから。
「五千万……」
それだけの額を自由に使えるなら、国家規模で動く傭兵団の組織も可能だろう。
ギルドに金を流して、秘輝石持ちの冒険者を専属で雇うキャラバンを形成しても良い。
その資金を元手に戦力を増やし続ければ、あるいは、もしかしたら。
あの女の首まで、この手が届くのではないか――――。
「はー、馬鹿の馬鹿馬鹿ですねー」
俺の夢想は、リーンの一言によって霧散した。意識が現実へと戻ってくる。
「――――い、いや、でもお前五千万だぞ? 五千万エニーだぞ?」
「ハクラ、冷静に考えてください。五千万っていう額から読み取れるのはユニコーンが居ないという事実です」
リーンは講釈を垂れる時の癖で、人差し指をぴんと立てて、くるくる回した。
「その額に込められているのは実在の担保ではなく、存在していてほしいという願望ですよ。そもそもユニコーンっていうのは普通の魔物じゃありません、カテゴリとしては霊獣……半分精霊みたいなものですよ。こんな人里近くにいるわけないじゃないですか」
あまりに冷静にそう言われて、俺も釣られるように頭の熱が冷えてきた。
「ま、まあ、そりゃそうだが……」
「子供の命には替えられないのかも知れませんが、そのために無駄働きはゴメンです、ふつーの《冒険依頼》を堅実にこなしましょう、いいですか? ハクラ」
俺の雇い主はリーンだ、そう言われたら言い返す言葉もない。
ラメラネは嬉しそうに顔を輝かせた。
「あ、あの、ではですね、色々と沢山《冒険依頼》はあるので、はい、ぜひ見てください!」
「ありがとうございます、今日はもう日も暮れてきたし、私達もクローベルに着いたばかりなので、リストだけもらってもいいですか? また明日、できそうなものからお話を伺わせてください」
「了解です! ありがとうございます! あぁー……やっと普通の冒険者さんが来てくれたよぉー」
「あ、あと、買い出しとかもあるかも知れないんで、地図ももらっていいですか? この周辺の」
「あ、どうぞどうぞ、こちらです。え、お代ですか? いいですいいです、サービスしておきます!」
通常、ギルドで地図を買うとそこそこの額を取られるのだが、上機嫌のラメラネは、《冒険依頼》のリストと共に、筒にはいった地図を気前よく渡してくれた。
「明日、お待ちしてまーす!」
明るい声で見送られ、ギルドをでた。日はもう完全に落ちており、街灯に取り付けられた光石――日光を取り込み、周囲が暗くなると明かりを発する石だ――が代わりに街を照らしていた。
「……あーあ、世の中そう上手くはいかねえか」
五千万エニーが手に入ったらどうしよう、というのは、結局、未知の迷宮を見つけ誰も手のつけていない金銀財宝を手に入れたら、という与太話と同じ類の夢だった、ということだ。
「で、どうするリー…………」
俺が呼びかけるより早く、リーンにガッ、と腕を捕まれた。
「へ?」
そのまま何も言わず、ずんずんと歩き出す。俺はわけもわからぬまま引きずられ、人気のない路地に俺を連れ込んで、汚れた壁に押し付けた。
流石に薄暗く人気もない。しかも握る握力が凄まじく強くかなり痛い。
「おいリーン、一体どうし――――」
「居るかも知れません」
「…………は?」
「ハクラ」
リーンは暗闇の中で、緑色の瞳をギラギラに光らせて、言った。
「ユニコーン、居るかも知れません」