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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第一章

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生きるということ Ⅰ

「はぁ………………………」

「ま、まあ、そんなに気を落とさなくてもいいじゃないですか!」


 お嬢の対面に座った小僧は、見ている者の具合が悪くなりそうなほど落胆し、肩を落としていた。


「回復まで時間もかかりましたし、調査に向かった私ですらヒドラに食べられちゃったんだとギルドも考えていたぐらいですから、仕方ないですよ、ええ」


 その落ち込み方がどれほど凄まじいかたるや、他人に気を使うなどという行為をその短い人生の中でも指折る程度にしかしたことのない、傍若無人の権化のようなお嬢が必死に言葉を尽くして慰めようとしているのだから相当だ。


「リーン」

「はい」

「今すぐ黙るか死んでくれ……」

「返答が心無い二択過ぎませんか!」


 小僧が意識を取り戻してから、立ち上がり動けるようになるまで更に五日を要した。

 とは言うものの、この場合はたったそれだけの日数で活動できるレベルに回復しきった小僧の方が、凄いというべきだろうか。

 それから更に更に時間をかけて、小僧たちが拠点にしていたエスマの街に戻ってきたのがついさっき。

 仲間と合流しに向かった小僧を待っていたのは、ギルドから「生きてるとは思わなかった、死亡登録を取り消しておきます」という事務的なセリフと、「あなたの仲間達は既に別の場所に向かいました」という絶望的な通知であった。

 ……まああのヒドラ相手に一人立ち向かい、精霊週(ウィーク)がひとつ巡っても戻ってこなければ誰もがまさか生きてるとは思うまいし、そもそも我輩たちも冒険依頼を受けた時点で生存は絶望視していたし。

 なにより小僧は仲間を逃がすために勇敢に殿を務めた訳であるが、逆に言うとその他の連中は仲間一人見捨てておめおめと逃げ帰ったとも言えるわけで、評判が直に響くこの家業において同じところにとどまり続けるのは確かに無理があるだろう。

 新天地求めて旅立つ方が遥かに利口と言うものだ。


「もー、目の前で死んだリビングデッドみたいに項垂れないでくださいよー。行き先とかわからないんですか?」

「いや、リビングデッドは死んでるだろ……」

 

 律儀に言いながら、小僧は頭を掻いた。

 

「ってもな……金が溜まったらクローベルまで行こうかとは話してたけど、あっちじゃ競争も激しいからな、前衛(オレ)抜きでやってけるとも思えねえし」

「新しい前衛を確保してるかもしれないじゃないですか」

「お前マジぶん殴るぞ」

 

 小僧の態度が悪すぎて、砂漠の水より貴重なお嬢の気遣いは枯れ果てたようだ。まあどっちもどっちだろう……というよりも。


「そんなピリピリしないで下さいよ、もう。ほら、ここは私が奢ってあげますから、好きなもの食べていいんですよ? あ、給仕さん、同じのもらえます?」


 お嬢が声をかけたのは、白いエプロンをつけてせかせか働いていた二足歩行の犬……型の魔物である、コボルドだった。

 愛嬌のある顔でくぅんと鳴くと、注文を受け取り伝票を切ってテーブルに置いて、忙しそうに厨房に戻ってゆく。

 飼いコボルドはそこまで希少な存在ではないが、飯処で客の言葉を理解し、金銭のやり取りができる所を見ると相当教育されているようだ。我輩ほどではないが。

 まあそれはさておき。


「ほらほら、スペアリブ、美味しいですよ? お腹いっぱい食べればやなことも忘れられますって」

「……お前それ本当に慰めてるつもりか?」

「む、善意の申し出をそう返されるとさすがの私もムカッとしますけど」

「お前が出すその金は俺が仕留めたヒドラから出たんだろうがっつってんだよ!」


 そう、本来小僧のパーティが引き受けていたヒドラ討伐の冒険依頼は、小僧の仲間達がギルドに駆け込み事態を説明した時点で消滅している。当然報酬もない。

 そしてお嬢が引き受けたのはヒドラの状態と残された小僧の安否確認(実質遺体確認が目的だったが)の冒険依頼であり、つまり儲けを得たのは小僧を連れ帰ったお嬢である。

 更に仕留めたヒドラの首までしっかりと持ってきて、いけしゃあしゃあと「深手を負っていたのでとどめを刺しました、事件解決分の報酬をよこせ、異常個体だったから増額でいいよ!」と言い切り、ギルドとの交渉の末に正規報酬の六割を手にしたのである。他人の手柄をかすめるどころではない、ほとんど強盗である。少なくとも正常な倫理観を持っている人間はこんなことしない。


「命あっての物種じゃないですか、ハクラ、ちょっと贅沢なんじゃないですか?」

「それをよりによって当事者から言われるのが我慢ならねえということがわからんようだな……」

「でも私が行かなかったらハクラは今頃オルトロス達の餌なわけですし? そもそもご飯を探して食べさせてあげて、ずーっと献身的に介護してたのは私なんですから、その分の報酬を頂いて何が悪いと言うんですか」

「ちったあ悪びれろっつってんだよ!」


 二人の口論はそれからしばらく続いた。我輩はお嬢が食べ終わったスペアリブの骨を与えられるのを期待していたが、もう少し先の話になりそうだ。




「さて、それじゃ行きましょうか」


 食事を終えて、お嬢が言った。


「あーそうかい、元気でな」

 

 疲れ切った顔で小僧が手を振った。うむ、この男はまだお嬢の図々しさを理解していないようだ。極めて羨ましい。


「何言ってるんですか、ハクラも来るんですよ」

「これ以上俺に何させるつもりだお前」

「え、じゃあ単独(ソロ)活動するんですか?」

「当たり前のように俺がついていく前提で話すんなっつってんだよ!」


 小僧の額に青筋が浮かぶ。お嬢の物言いはとにかく相手の意志を尊重しないので、会話の相手は大体こうなるのだが。


「だってハクラ、他のパーティに混ぜてもらえないでしょう? 今更」

「うぐ……っ」


 図星なのだろう、小僧は何かしら言い返したいが、言い返す言葉が見当たらないようで、口をつぐんだ。


 冒険者は群れる。普通なら四人前後、最低でも二人、規模が大きければ何百人という単位でパーティを形成する。

 なぜかと言えば一人旅はリスクが高く、冒険依頼は命懸けの戦い故に複数人のほうが様々な問題に対処しやすく、また名前も売りやすいからだ。

 人間には出来ることとできないことがあり、自分ができないことを他人に任せ、代わりに他人ができないことを自分がやる。


 冒険者というのは基本的に実利を求める。命懸けで魔物と戦い迷宮に押し入り名声と富を得ようという愚か者共でも、合理的な相互互助は発展していくものだ。

 なので、単独で活動する冒険者はほとんど居ない。ギルドも、“お嬢のような”よほどの例外でないのなら、単独な冒険者に儲けのいい(つまり困難な)依頼を渡したりしない、せいぜいが街と街の間で何らかの届け物をするだとか、野犬が出たから追い払えだとか、外壁の外で見回りだとか、そういうやり甲斐のない仕事しか残らない。


 もちろんギルドにはそういった冒険者たちをカテゴリ別にまとめてパーティを組ませるシステムが存在している。

 ギルドとしても、その手足として動く冒険者の頭数が減るのは好ましくないので、生存率と冒険依頼の成功率を高めるために様々な方策を練っているわけだ。それは短ければ依頼一回で解散し、長ければ一生続くこともある。


 だが小僧の場合、不幸があったとはいえ、仲間たちは生きて居る。そしてできることならば合流したいと思っている。

 その状態では他のパーティに参加しづらいし、短期のパーティはシステムとしては確かに合理的なのだが、その場限りの付き合いということもあり、メンバー同士で信頼を置けず、分前で争いが発生し、儲けと負担が割に合わないことが多いのが現状だ。

 繰り返すが冒険者というのは、それを統括するギルドまで含めて合理的な生き物なので、そんな連中に儲けの良い仕事は、結局回ってこない。

 


「私、あと三つぐらい冒険依頼(クエスト)を済ませたら、港町(クローベル)に行くつもりなんです。そこまでの臨時パーティという事でどうでしょう?」

「……分前は」

「九対一で」

「どこの詐欺師だお前!」

「冗談ですよー、そうですね。八対二ぐらいでどうでしょう」

「何を妥協してその数字が妥当だと思ったんだお前」

「だってハクラがいなくても冒険任務(クエスト)の解決には問題ないですもん」


 小僧が、ぐ、と声が詰まる。

 冒険任務(クエスト)で一番多いのは魔物の討伐だ。だから冒険者は武器を揃え技術を鍛え能力を高めて事に当たる、戦闘して直接殺すのが基本だからだ。

 だがお嬢は、戦闘力とは関係なく、魔物であるならば無条件で屈服させられる。つまり戦う必要がなく、任務が失敗する心配もない。

 こと魔物の対処に関して、お嬢一人いれば事足りるのだから、同行者は冒険依頼の解決の役に立たず、故に分前も減るのが道理というわけだ。

 とはいえ。


「じゃあ俺がついていく必要ねえじゃねえか」


 まあこうなる。


「私が強いのは魔物相手だけです、人間相手には無力ですよ」


 それにほら、と言葉を続けた。

 

「私、若くて可愛いじゃないですか」


 小僧がとんでもないものを見る目でお嬢を凝視し、ついで我輩を見た。


『諦めろ小僧、お嬢はこういう女だ』


「……つまり、野盗やら山賊相手のボディーガードをしろと?」

「あとは火の番、荷物持ち、見張りの交代とか、二人のほうが楽でしょう? そういうの」


 つまり単純な人足というわけで、たしかに合理的な話ではあるが、小僧は一人前の戦士、そういう仕事は冒険者なりたてのひよっこ達の役割である。


「んな下働き今更やってられるか! だったら雑用を雇え!」

 

 なので当然こうなる、さぞかしプライドを傷つけられたであろう。

 お嬢は、人をキレさせることに関しては間違いなく天賦の才をもっている。しかもわざとやる、そしてしっかりと筋道立ててやるから悪質だ。

 お嬢は小僧の前で指を立てた。


「私について来てくれるなら、ヒドラの討伐報酬の残り、全部差し上げます、纏まったお金、必要ですよね?」


 今度こそ、小僧が硬直した。


「一緒にいる間は、宿代と食事代も足代も、私が持ってあげます。もし悪漢に私が襲われてハクラが助けてくれたら、依頼の分前の割合も変えましょう、どうですか?」


 先の戦いで装備をすべて失い、特に冒険者の命綱である武器を失っている小僧は、表情を固めたまま硬直した。プライドと実利を天秤にかけているのだろう。

 小僧も場数をこなした冒険者なのだから、貯蓄はあるだろう。崩せば態勢を整え直すことは出来るはずだ。

 しかしながら、貯蓄しているということは何らかの目的でその金を使う理由があるということであり、貯蓄を崩すということは目標から遠ざかるという意味であり、そして残念な事に実用に耐えうる良い武器はべらぼうに高いのだ。

 武器の性能は戦闘能力に直結し、戦闘能力は命に直結し、そして命より高いものはない。

 お嬢が掲示した金額は、装備を整えて釣りが来るレベルである。本来パーティ四人で頭割りする報酬の六割なのだから、金額だけで考えれば小僧は本来手に入る額を上回る形になる。


「……お前さあ」

「はい?」

「それを切り出すために報酬横取りしたな……?」

「はい!」


 お嬢は決して血も涙もない人非人ではないが、別に人格者でもない。

 つまり実質、お嬢の交渉は、「命を助けた礼ぐらいしろ」という意味なのだろう。


「……わかった、それでいい」


 損得で見れば、小僧は得をしているのだが、全部お嬢の思い通りという点で釈然としないのだろう、その気持ちはよくわかるしお嬢は間違いなく狙ってやっているので、苦虫を噛み潰したその顔を浮かべる権利はある。


「では、交渉成立ですね、よろしくお願いします、ハクラ」


 反してお嬢は楽しそうだった。我輩としては小僧の機嫌よりお嬢の機嫌である。

 して、骨はまだ与えられないのだろうか。




 ギルドというのは略称らしいが、誰も彼もがギルドと呼ぶので、俺は正式名称は知らない。

 冒険者……定義としてはギルドの出す冒険依頼を受けてそれを達成し、報酬を得る事で生計を立てている者達……を世界中で統括・管理している組織だ、各大陸・各国に存在し、魔物絡みの問題解決や迷宮捜索など危険な仕事から、小さな村や街ではその住人からの依頼を引き受けたりする。

 俺もリーンも冒険者である以上、ギルドというものを中心に動かなければならないし、ギルドの命令には絶対だし、ギルドの方針は俺達の方針である。

 そういうことを踏まえた上で、冒険者というやつの数はものすごく多い。

 エスマはこの大陸最大の都市であるグローベルに近い事もあり、そこそこ栄えた街だ。人口は三万人を数える。人が多いところには問題も多く発生するため、ただでさえ多い冒険者の数は一際多くなる。


「はー、人類半分ぐらい減りませんかねー」

「不満に対する解決法が最悪すぎるだろ」


 なので、食事を終えて冒険依頼を受け為、再度ギルドに訪れた俺達を待っていたのは、長い行列と順番待ちの番号が書かれた札だ。


「三十分待ちぐらいですかねー、先に装備見て来たらどうです? 私待ってますから」

「多分ここが一番悪漢が多い場所だと思うんだがそれはいいのか?」


 リーンは目立つ。とにかく目立つ。報酬を受け取りきた時も今も、誰かが通りすがったりする度に、あるいは遠目から、見聞するように……半数は下卑た視線で……眺められている。

 認めたくないが、こいつの外見は、俺が見てきた中でも飛び抜けて美人だ。森では暗くてよく見えなかったが、明るい日のもとに出てきたら、その具合がよくわかる。


 肌は病的でない程度に白い、日に焼けることが常の冒険者では考えられない。

 最初は珍しい程度の感想しか抱かなかった金髪も、陽光に照らされれば金糸よりもきらきら輝き、また驚くほど細く、リーンが動くたびにしゃらしゃら音を立てて揺れるものだから、見ているだけでその滑らかさがわかる。これも土埃に塗れる冒険者の女には到底保つことなどかなわないはずだ。


 そして何より、大きな両の瞳だ。


 俺はこの目をなるべく見ないようにしているが、リーンと真正面から向き合って、顔を背けない奴は、多分いない。それほどまでに……いっそ呪いか何かを秘めているのではないかと思うほど、その緑色は淡く輝き、澄んでいる。

 じっと見つめられたら、あらゆる人間性を捨て去って、平伏しそうになる。

 ともすれば何らかの事情で冒険依頼を持ち込んできた貴族の令嬢かなにかだと思われているだろう、そっちのほうがしっくりくるし、俺だって信じる。

 右手のエメラルドグリーンの秘輝石(スフィア)以外に、この女を冒険者だと認識できる要素がないのだ。


 ……まあここまで褒めておいてなんだが、この短い付き合いでもよく理解できるレベルで、性格の方面が致命的に褒められないので、天はちゃんとバランスを考えて人間を作っているのだなと思いしらされる。


「ハクラ、今すごい失礼なこと考えたでしょう」

『お嬢、おそらくだが今我輩と小僧の意見は完全に一致したと思う』

「え……と言うことはハクラ、私の事好きなんですか?」

「どんだけポジティブ方向に舵振り切ればそうなるんだよ大嫌いだよ!」

「やーですねえ、照れちゃってえ」

「お前と出会う前と後で心から女を殴りたいと思った回数が既に前者を大幅に上回っているんだが……?」

「もう、そんなにいうなら」


 リーンは体を前に倒し、俺を覗き込むように見た。


「ちゃんと、目を見て話してください」


 ……くそっ、顔を背けた、背けてしまった。

 ちらりと横目でリーンを見ると、これ以上ないほど勝ち誇った顔をしていた。


「……つーかスライムはどこ行った? さっき声したけど」


 話題を変えるためもあるが、ついでに疑問に思っていた事を聞いた。

 飯を食ってからこっち見かけなかったので、てっきり宿においてきたのかと思ったのだが。


『ここである、ここ』

「どこだよ」

「ここですここ」


 言うやいなや、リーンはぐいっとローブの胸元を指で引っ張った。白い肌と、胸の肉が寄せ合いできた谷間の線が見えて、俺は再度目をそらした、何してんだこの女。


「にやー」


 目を細めて、笑いを声に出しやがった。完全に遊ばれている。


「ふふ、ハクラってば、可愛いですねえ、実は女の子に耐性がないとか?」

「うるせえ黙れ」

「実は童貞とか」

「うるせえ黙れ女がそういうこと言うなてめえはどうなんだよ!」

「魔物使いというのは純潔と貞淑が常でして、ユニコーンも大歓喜のエリート処女ですけども」

「色々言いたいことはあるが、あ? 誰が貞淑だこら」

「それはともかく」


 自分をそう言い張るのが無理だと自覚があったのか、ざっくり話題を変えられた。


「アオはこれです、流石に街中で連れ歩くわけには行きませんからね」


 リーンが胸元を見せたのは痴女だからではなく、先端に小さな青い球体のついたネックレスだった。


「……お前こんなに小さくなれんの?」

『省エネモードであるな、お嬢の力だが』


 えへんと胸を張るリーン、原理はわからんが、あるいは何かの魔法か、今のスライムはお嬢様のアクセサリになっているらしかった。


「お、ハクラの兄ちゃんじゃん、生きてたんだ」


「あ?」


 不意に声をかけられて、俺はその方向に目をやった。

 歳の頃十二歳かそこいらの、まだ子供だった。ギルドの雑用として雇われていて、エスマの街にいる間に何度も顔を合わせている。


「……なんだ、ジーレか」

「なんだとは何だよ、任務失敗して死んだって聞いてたから、心配してたんだぜー一応、アグロラさん達は出て言っちゃったしさー」


 少年、ジーレは鼻をこすりながら言った、その右手には、血の滲んだ包帯が巻かれている。


「……アグロラたちはどこ行った?」

「知らね、でもこの辺だとクローベルぐらいしか行くとこないんじゃねえの? 南に戻っても良いことねえし、もうすぐユニカ祭りだし」

「……だよなあ」


 アグロラ達……俺の仲間がいるとすれば、やはりクローベルか。


「つーかハクラの兄ちゃん、その女の人誰? すっげえ美人だけど彼女?」


 俺に対してどうこうというよりは、最初からそれが目的だったのだろう。ジーレは、先程からちらちらと見ていたリーンに話を向けた。


「うふふ、ありがとうございます。ジーレ君って言うんですか?」

「おう! ジーレ・エスマってんだ! よろしくな、美人の姉ちゃん!」

「リーンです、よろしくおねがいしますね……ハクラ、いいですか? こうやって素直に褒めてくれると、私もひねくれたりせず意地悪もしないんですよ」

「つまりひねくれてる自覚も意地悪してる自覚もあるわけだな……」


 俺の腹の底からの声は、どうやらすっげえ美人のリーン様には耳に合わなかったらしい、楽しそうにジーレに向き直った。


「でもですね、彼女じゃないんですよ、短期の臨時パーティなんです」

「へ−、仲良さそうだからてっきりそうかと思ったけど、そうだよなあ、ハクラの兄ちゃんとリーンの姉ちゃんじゃ全く全然これっぽっちも釣り合わないよな」

「表にでろクソガキ」

「いいですねー、子供は素直でー、うふふふ」 


 美人美人ともてはやされて、みるみる機嫌良くなっているリーンだが、反比例して俺のテンションは落ちていく。これ以上なにかあったらこの髪の毛を引っ張ってやろう。


「おっと、子供扱いすんなよな! 俺は今日から冒険者なんだぜ!」


 しかしジーレ的にはその扱いか不満だったらしく、包帯の巻かれた右手を得意げに見せた。


「……お前、秘輝石(スフィア)入れたの?」

「おうよ! やっと金が溜まったんだ、長かったぜー!」

 

 秘輝石(スフィア)を右手に埋め込むことは、冒険者になったことの証であり、ギルドへの忠誠を示すという意味でもある。

 実際のところ、ギルドという組織が何故世界を股にかけて展開しているかという最大の理由が、この秘輝石(スフィア)だ。

 

 特殊な水晶を門外不出の技術で加工した、と言われているそれは、細い楕円形で、四センチほどの長さになる。

 それを手の甲……殆どは右手だ……に埋め込む事で、秘輝石(スフィア)は人間を進化させる。

 秘輝石(スフィア)は神経系に根付く。どのような作用かでそうなるのかは、それを使っている俺達にもわからないが……そしてその理由と技術を独占しているからこそギルドの利権が成立している……結果として得られるのは身体能力の劇的な向上だ。

 腕力、筋力、耐久力、再生力、反射神経あらゆるステータスが「あるもの」と「ないもの」では別次元で跳ね上がる。

 重たい武器も振るえる筋力と膂力が身につき、魔物に噛み付かれても平気で戦える、もとい、秘輝石(スフィア)の恩恵無しで戦える魔物はほんの一握りと言って良い。

 秘輝石(スフィア)は最初は無色透明だが、人の神経に根付くことでその色を変える。濃かったり薄かったり、もっと特別な変化をすることもある。同じものなることは一つとしてないらしく、ギルドはそのカラーを照合して、登録された冒険者の情報を記録・管理している。最後に依頼を受けたのは何時、どこでなのか。どこで冒険者となったのか、どんな経歴なのか。全て丸裸にされる。

 預金システムも秘輝石の照合によって成立している。ギルドを経由すれば世界各地どこでも自分の稼いだ金を引き出せるし、本人以外がその金に触れる事もできない。

 そして、秘輝石(スフィア)の製造と加工を、ギルドは完全に隠匿している。各地各国はその恩恵を預かりたければ、ギルドに協力せざるを得ないのだ。


 閑話休題。


 要するに冒険者になるためには秘輝石(スフィア)が必要だ。製造方法とは裏腹に「空」の秘輝石(スフィア)は各地のギルドであっさり購入できる。もちろん値段はそこそこ張るが、まあジーレのような子供が下働きを続けて金を貯めれば買えるぐらいの額である。上等な剣のほうがずっと高い。


 ただしその方法はかなりアバウトで、右手の甲をナイフで軽く切り開き、秘輝石をその傷口に詰め込んで包帯を巻き、外せないよう施すだけである。傷が治る頃には秘輝石も定着し、冒険者一人完成というわけだ。


「そうですか、今日入れたばかり……」

「おう! 結構痛かったけど、全然楽勝だぜ!」


 得意げに笑うジーレの頭を、リーンは優しく撫でて……柔らかく微笑んだ。

 生意気盛りの子供でも、年上に美人にこうされればまあ照れる。


「よく頑張りましたね、偉い偉い」

「こ、子供扱いすんなよな!」

「あら、ごめんなさい」


 頬をわかりやすく赤くして、そっぽを向くジーレ。

 俺はポーチから……戦闘用ではないので、まだ残っていた……鞘の古ぼけた、刃の短いナイフを取り出し、渡してやった。


「兄ちゃん?」

「餞別だ、持ってけ。最初は色々金かかるしな……節約できるところはしていけよ」


 対魔物用ではないとはいえ、立派な武器として使える刃。

 それを手渡されたジーレは、一瞬呆けた顔をしてから、嬉しそうに笑った。


「サンキュー! ハクラの兄ちゃん!」


 ジーレにはジーレなりの夢があるのだろう、一人の男として成し遂げたいことがあるに違いない。

 その一歩目の背中を、認めて押してやるのが、先にこの世界にいる者の役割だ。何せ……


「お、坊主、今日からか! よし、持ってけ持ってけ!」


 強面の戦士が、サンドイッチの袋を押し付け


「がははは! がんばれよ坊主!」


 普段はニコリともしない会計が大声で笑い祝福し


「へえ、やるじゃんねえ」

「最初はうちで色々教えてあげよっかー?」


 大人の女たちが頭を撫で、頬にくちづけをくれてやっていた。


「……嬉しそうですね、ジーレ君」

「ああ、そうだな」


 皆から受け入れられ、認められ、エールを送られる新たな冒険者。照れくさそにこそばゆく、何とも感謝の気持ちを述べて、ギルドを出てゆく。


「…………無事だといいですね」

「…………ああ」


 ジーレはまだ知らない。

 ギルドは冒険者志望の新人に対して、「切開の痛み」及び「秘輝石(スフィア)が定着するまでは効果を発揮しないので安静に」程度にしか説明しないのだが、秘輝石(スフィア)は神経に根付く……言い換えれば新しい神経を、既存の神経に結ぼうとしてくる。

 それがどういう結果を生むかというと、まあ死ぬほど痛い。あと半日もすれば右手を中心に、肉と骨が溶けるような灼熱感が襲い、高熱と毛穴を広げて酸を流し込まれるような激痛に苦しみ、一週間かけてそれは全身へと広がっていく。それでショック死する奴も当たり前のようにいる。

 ジーレは俺やリーンを始めとした冒険者達が向けていたのは単なる祝福ではなく、精肉場に向かう家畜を見る様な哀れみの視線であることに、ついぞ気付かなかった。

 合理主義者の冒険者達が珍しく非合理に他人に施しを与える時、単なる善意であるわけがない。

 それらは全て、これから地獄を見る者への同情なのだ……。


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