愛するということ Ⅳ
◆
アリアリアの胸から、血の花が咲いた所を、俺達は見た。
「…………あぇ」
力ない声と共に、口の端から、だらりと大量の血液が流れ出す。
「な、に…………え?」
クロヤの腕に収まっていたアリアリアが、一瞬で血まみれになった。
胸に大きな穴が空いていた。本来、心臓がある部位が、真っ赤に裂けている。
何が爆発して、何が失われたのか。
一目見れば、明らかだった。
「リーン……これ、は」
「心臓を破く呪い、です」
リーンが首を横に振った。それはもう、どうにもできない、という意味だった。
もしこれを助けられるとすれば、聖女の奇跡か、ユニコーンの施しがいる。
今は、この場にどちらもなかった。
「イスティラは、二つの呪いを、クロヤさんから、アリーちゃんに、移してたんです。暴走と、奪命……どう転んでも」
セリセリセから、アリアリアを奪うつもりだった。
自分のものを、返さなかった報復に。
「僕の、せい? 僕が、戻っていれば、イスティラ様の言うことを、聞いてれば」
「……それは、それは違うだろ、クロヤ!」
俺は、そう言うしかなかった。それ以外に、何が言えるってんだ。
「…………なかない、で、クロヤ……」
アリアリアが、か細い声で、言った。
力が入らないはずの手を上げて、クロヤの顔に滲んだ涙を、指で拭った。
「……あのね、わたし、クロヤのこと、すきだよ。かぞくとして、じゃ、なくてね」
それが末期の言葉なら、誰が遮れる。
「およめさんに、なって、ママの、おてつだいを、いっしょに、してね。こどもが、うまれたら……きっと、ママも、さみしく、ないよね」
アリアリアは当然、知っていた。自分が母親より先に死ぬことを。遺されるのは、魔女の方であることを。
母が娘のために村を作ろうとしていたように、娘も母が寂しくないよう、どうすればいいかを、考えていたんだろう。
「わたしは……それをするなら、クロヤと、いっしょが、いいかな」
「アリー、喋らないで、もう、いいから」
「ね、クロヤは、わたしのこと……」
「…………好きだよ」
それ以上言わせないように、クロヤは言葉を遮った。
「なんで僕が生き残ったんだって思ってた、ハクラもカイネも助けられなかった僕だけが、こんな……こんな素敵な村に、一人だけで……新しい足も、家族も与えてもらって、ずっとずっと……申し訳無さで一杯だった」
命の危険も、誰かがいなくなることもなく、強者である魔女は民を庇護し、お互いを支え合って生きていく……そんなこの村での生活を、クロヤは、ただ享受することが、出来なかったに違いない。
それは、俺が抱えていたモノと、全く同じだからだ。
自分の未来が、想像できない。誰かと一緒に居ることを、許せない。
だって、俺は、大事なものを見捨てて逃げて、ここまでやってきたのだから。
「だから、君の笑顔に、いつも助けられてたんだよ、アリー」
「………………そう、なんだ、えへへ」
ごぼ、と更に血がこぼれて、アリアリアの呼吸が、浅くなっていく。
「うれしい…………な――――――」
それが、最後の言葉に――――――。
「してたまるかね! こンの馬鹿!」
大股で歩いてきたセリセリセが、勢いよくアリアリアを怒鳴りつけた。
「セリセリセ!」
いつの間に、と思う暇もない。アリアリアの側にしゃがみ込むと、大きく舌打ちをした。
「くそ、あのガキ、心臓に穴開けやがったか……間に合ってよかったさね」
「間に合った、って」
思わず呟いてしまった、何に間に合ったと言うんだ。
まさか、アリアリアの最後に、という意味じゃあないだろう。
「アリー、もうちっと粘りな。あたしより先に死ぬっていっても、こんな早く逝くことはないさ。孫抱かせてくれなきゃ許さないよ」
「マ、マ…………」
「あんたらも、ありがとね。ホッダはもう平気さ。後の始末はあたしがつける」
そう言うと、セリセリセはおもむろに、上着を脱ぎ捨てた。
裸の胸が顕になることも構わず、自分の左胸に、手を添えた。
「…………セリセリセさん、何する気ですか」
「馬鹿、決まってるさね。心臓がなくなっちまったなら新しい心臓を入れるしか無いさ」
平然と言ってのけたセリセリセの指が、皮膚にめり込んだ。血と肉が裂けて、魔女は、己の心臓をむき出しにした。
「大丈夫、二千年生きてもピンピンしてる元気の心臓さ。あんたに馴染まないこたないよ」
空いた手で、優しくアリアリアの頭を撫でつけてから、セリセリセは――自らの心臓を、抉って、掴みだした。
血の花が、アリアリアのそれより、大きく咲いた。
「セ、セリセリセ!」
「はっはっはっはっはっは!」
悲鳴のようなクロヤの叫びを、セリセリセは大笑いで遮った。
「クロヤ! あんた、この子を泣かせたら承知しないよ! 坊や達! あんたら良いペアさ、ちったぁ素直になりな!」
赤く脈打つ命のかたまりを、セリセリセは娘の空洞に突っ込んだ。途端、細い植物のツタがみるみる傷と肉を埋めて、新しい心臓が、身体に繋がっていく。
「ママ、待って――――」
「アリー、村の皆を頼んだよ。ま、しばらくやってりゃ慣れるさね、そんで、いい女になりな。大丈夫、あたしの自慢の娘さね」
それが、セリセリセの村で起こった、事件の顛末。