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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ
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愛するということ Ⅳ


 ◆


 アリアリアの胸から、血の花が咲いた所を、俺達は見た。


「…………あぇ」


 力ない声と共に、口の端から、だらりと大量の血液が流れ出す。


「な、に…………え?」


 クロヤの腕に収まっていたアリアリアが、一瞬で血まみれになった。

 胸に大きな穴が空いていた。本来、心臓がある部位が、真っ赤に裂けている。

 何が爆発して、何が失われたのか。

 一目見れば、明らかだった。


「リーン……これ、は」

「心臓を破く呪い、です」


 リーンが首を横に振った。それはもう、どうにもできない、という意味だった。

 もしこれを助けられるとすれば、聖女の奇跡か、ユニコーンの施しがいる。

 今は、この場にどちらもなかった。


「イスティラは、二つの呪いを、クロヤさんから、アリーちゃんに、移してたんです。暴走と、奪命……どう転んでも」


 セリセリセから、アリアリアを奪うつもりだった。

 自分のもの(クロヤ)を、返さなかった報復に。


「僕の、せい? 僕が、戻っていれば、イスティラ様の言うことを、聞いてれば」

「……それは、それは違うだろ、クロヤ!」


 俺は、そう言うしかなかった。それ以外に、何が言えるってんだ。


「…………なかない、で、クロヤ……」


 アリアリアが、か細い声で、言った。

 力が入らないはずの手を上げて、クロヤの顔に滲んだ涙を、指で拭った。


「……あのね、わたし、クロヤのこと、すきだよ。かぞくとして、じゃ、なくてね」


 それが末期の言葉なら、誰が遮れる。


「およめさんに、なって、ママの、おてつだいを、いっしょに、してね。こどもが、うまれたら……きっと、ママも、さみしく、ないよね」


 アリアリアは当然、知っていた。自分が母親より先に死ぬことを。遺されるのは、魔女の方であることを。

 母が娘のために村を作ろうとしていたように、娘も母が寂しくないよう、どうすればいいかを、考えていたんだろう。


「わたしは……それをするなら、クロヤと、いっしょが、いいかな」

「アリー、喋らないで、もう、いいから」

「ね、クロヤは、わたしのこと……」

「…………好きだよ」


 それ以上言わせないように、クロヤは言葉を遮った。


「なんで僕が生き残ったんだって思ってた、ハクラもカイネも助けられなかった僕だけが、こんな……こんな素敵な村に、一人だけで……新しい足も、家族も与えてもらって、ずっとずっと……申し訳無さで一杯だった」


 命の危険も、誰かがいなくなることもなく、強者である魔女は民を庇護し、お互いを支え合って生きていく……そんなこの村での生活を、クロヤは、ただ享受することが、出来なかったに違いない。

 それは、俺が抱えていたモノと、全く同じだからだ。


 自分の未来が、想像できない。誰かと一緒に居ることを、許せない。

 だって、俺は、大事なものを見捨てて逃げて、ここまでやってきたのだから。


「だから、君の笑顔に、いつも助けられてたんだよ、アリー」

「………………そう、なんだ、えへへ」


 ごぼ、と更に血がこぼれて、アリアリアの呼吸が、浅くなっていく。


「うれしい…………な――――――」


 それが、最後の言葉に――――――。





「してたまるかね! こンの馬鹿!」





 大股で歩いてきたセリセリセが、勢いよくアリアリアを怒鳴りつけた。


「セリセリセ!」


 いつの間に、と思う暇もない。アリアリアの側にしゃがみ込むと、大きく舌打ちをした。


「くそ、あのガキ、心臓に穴開けやがったか……()()()()()()()()()()()

「間に合った、って」


 思わず呟いてしまった、何に間に合ったと言うんだ。

 まさか、アリアリアの最後に、という意味じゃあないだろう。


「アリー、もうちっと粘りな。あたしより先に死ぬっていっても、こんな早く逝くことはないさ。孫抱かせてくれなきゃ許さないよ」

「マ、マ…………」

「あんたらも、ありがとね。ホッダはもう平気さ。後の始末はあたしがつける」


 そう言うと、セリセリセはおもむろに、上着を脱ぎ捨てた。

 裸の胸が顕になることも構わず、自分の左胸に、手を添えた。


「…………セリセリセさん、何する気ですか」

「馬鹿、決まってるさね。心臓がなくなっちまったなら()()()()()()()()()()()()()さ」


 平然と言ってのけたセリセリセの指が、皮膚にめり込んだ。血と肉が裂けて、魔女は、己の心臓をむき出しにした。


「大丈夫、二千年生きてもピンピンしてる元気の心臓さ。あんたに馴染まないこたないよ」


 空いた手で、優しくアリアリアの頭を撫でつけてから、セリセリセは――自らの心臓を、抉って、掴みだした。

 血の花が、アリアリアのそれより、大きく咲いた。


「セ、セリセリセ!」

「はっはっはっはっはっは!」


 悲鳴のようなクロヤの叫びを、セリセリセは大笑いで遮った。


「クロヤ! あんた、この子を泣かせたら承知しないよ! 坊や達! あんたら良いペアさ、ちったぁ素直になりな!」


 赤く脈打つ命のかたまりを、セリセリセは娘の空洞に突っ込んだ。途端、細い植物のツタがみるみる傷と肉を埋めて、新しい心臓が、身体に繋がっていく。


「ママ、待って――――」

「アリー、村の皆を頼んだよ。ま、しばらくやってりゃ慣れるさね、そんで、いい女になりな。大丈夫、あたしの自慢の娘さね」


 それが、セリセリセの村で起こった、事件の顛末。

 




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