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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ
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愛するということ Ⅱ



 魔人アリアリアの思考は、混雑しつつも、確かな方向性を持っている。


「ぅー…………あああああああああああっ!」


 目に映るもの、全てを壊したくて壊したくてたまらない。

 脚を振るうと肉が飛びちる、その感覚が不愉快で、もっと細かくなるまで、ひたすら踏みにじって食いちぎる。

 ぴくぴくと動く蜘蛛の残骸も不快、不愉快、気持ち悪い。

 生き物が生きてるのが嫌だ。死んでいないのが嫌だ。命が存在しているのが嫌だ。


 なのに、感覚器官が告げる。蹴散らした小さな蜘蛛共以外にも、まだまだ沢山の熱がこの場所には存在する。

 ――全部潰して全部くらって全部飲み干して、それでもきっと満足できない。気に食わない、気に入らない。


(違う、そんな事思ってない!)


 ――うるさいうるさい、黙れ黙れ。


(止まって! 嫌かな! こんな事、したくない!)


 ――私はしたい、私がしたい、お前は私じゃない、わたしを閉じ込めていたお前も嫌い。


(やだやだやだ! やだよ! そっちには行かないで、お願いだから、やめて……)


 ――聞こえない聞こえないうるさいうるさい。

 狭苦しい部屋を出て、外に身体を踊りだすと、より一層、熱が近づいた。

 足元に何かが転がっている、まだ動いている、生きている。


「ウウウウウウ………………」


 魔人アリアリアにとって、それはただの障害物だ。これから潰してちぎって喰らい尽くす、数多の芥の一つにすぎない。


(クロヤ、逃げて、逃げてクロヤ! お願い!)


 その視界を、アリアリアは見ている。狭いガラス玉の中に閉じ込められて、身動き一つ出来ないのに、目を閉じることが出来ない。そんなイメージ。


「ア、リー……」


 最初の一撃で、辛うじて命をつないだクロヤが、血を吐きながらも、地面を這って、魔人アリアリアに近づこうとしていた――その動きすらも。


 ――あああ、動くな動くな気持ち悪い!


 呪いに飲まれた原初の衝動には、不快感を増すだけに過ぎなかった。

 足を振り上げて、頭を潰すために振り下ろす。



(いやあああああああああああああああっ)



 アリアリアは、視界を防げない。

 だから、何が起こったかをすべて見ていた。

 クロヤに向かって振り下ろされた蜘蛛の脚が。



「よう、クロヤ」


 間に割り込んだ、異形の生物が受け止めて。

 クロヤを助けてくれた。


「――――ハク、ラ?」

「実は俺さぁ、後ろめたくて言えなかったんだけど――――――」


 羊の角、体毛に覆われた下半身、膨れ上がる筋肉に、被膜の羽根。


「――――好きな女が出来たんだわ!」


 ――――があああああああああああっ!

 二人目の魔人の蹴りが、アリアリアの脚を、強引に引きちぎった。


(――――――――!)


 肉体を共有するアリアリアにも、同じ痛みがほとばしる。

 それでも、心に飛来したのは、安堵だ。

 クロヤを死なせなくてすんだ――なにより。


(もしかしたら、わたしを、止めてくれるかも知れない)

「お前もそうだろ、クロヤ」

「………………ああ」


 魔女の庭で育った、二人の冒険者が。

 悪意によって産み落とされた蜘蛛の異形、魔人アリアリアと対峙した。


 ◆

 

 ユニコーンに、火山の噴火に、〝竜骸〟に、竜人ルーヴィ。

 相手にするものが悪すぎて、俺自身、あまり自覚がなかったのだが。


「オラァアアアアアアアアアアアアアッ!」


 魔人は、()()()()()()()()()()()()()


 それこそ、魔人体になったアリアリアと生身で向き合った時は、こんな化け物に勝てるわけねえだろと思ったのだが、こっちも化け物であることを、ついうっかり忘れていた。


「ああああああああああああああああああああああっ!」


 リーンの話によれば、本来の姿には存在しない部位……つまりアリアリアで言えば、蜘蛛の脚やらは、ぶった切っても問題ないとのことだったので、相手が振り回してきた脚を正面から受け止めて、力づくで引きちぎる。


「ぎゃああああああああああっ!」


万が一を考えて、〝風碧〟は使わない事にしたのだが……こちとら、場数が違う。なにより。


「……ッ、ああああああああああああっ!」


 蜘蛛の下半身、その末端が膨らんで、液状の糸が射出された。

 粘着性のあるそれは、触れれば絡みついて離れず、更にそのまま獲物を溶かしてしまう溶解性まで持っている危険物だ。直接受ければひとたまりもない……ので。


「――――――――っラァ!」


 俺は右腕を構えて、()()()()()()()()()()()()()()

 ラディントンの噴火を抑え込み、ルーヴィの熱攻撃を何度も受けている内に、どうやら魔人体の俺の体は、熱を取り込み放出する能力を身に着けたらしい。

 竜人が吐き出す熱線ほど馬鹿げた威力はでないが、可燃性のある蜘蛛の糸を焼却するには十分だった。


「ハクラっ! どうしたらアリーを止められる!」

「殺さないように消耗させろとさ! そうすりゃあとはリーンがなんとかする!」

「あの娘が!? 一体…………」


 本能のままに激昂するアリアリアに組み付いて、俺は言った。


「魔物使いの、娘だってよ!」


 六つの眼が、近距離で俺を睨む、いい度胸だ。


「――――――オラァッ!」


 思い切り頭を引いて、叩きつける、一回、二回、三回目で、アリアリアは腕を離した。


「ウウウウウウウウ…………!」


 アリアリアの下半身が、再び小刻みに震えた。射出孔から糸の先端が、僅かににじみ出た瞬間。


「クロヤ!」

「ああ……!」


 クロヤの秘輝石(スフィア)が、淡く光った。

 冒険者の特権、詠唱と供物の完全省略、拡張魔刻(スロット)経由の魔法の発動。


「止まってくれ、アリーッ!」


 藍玉(アクアマリン)秘輝石(スフィア)に刻まれた、クロヤの凍結魔法(コールド)が、空気を伝って、糸の射出より一瞬早く、辿り着いた。


「――――――――キャアアアアアアア!」


 細い細い光の線が触れた糸は、急激に温度を奪われて――その粘性が災いした。射出と同時に凍りついて、自らの身体に氷の糸をぶちまける羽目になった。自らの糸に悶え、絡まり、それすらも凍っていく。残りの脚では、全ての糸を力ずくで引きちぎることは、もう出来ない。


「リーン、これでいいか!」


 俺が叫ぶと、セリセリセ邸からひょっこりと顔を出したリーンが、杖を振り上げた。


「十分です!」


 だんっ、と力強く石畳に叩きつけられた杖の底から、緑色の粒子が溢れかえって一帯を埋め尽くした。



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