表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ
164/168

愛するということ Ⅰ

黙りこくっていたカラスが、やがて、ぱくぱく、と(くちばし)を動かした。


『………………くふふ』


 記憶にある、いつも通りのイスティラの笑い声。


『ああ、うん、わかったよ、セリセリセ、君の言う通り、私は好きやすくて飽きっぽいのかも。戻ってこないなら、もう、別にいいかな、っていう気持ちになってきたよ』


 だが、俺とクロヤは、よく知っている。

 イスティラは、他者が苦しむ姿こそを、最も尊ぶ魔女であると。




「――――――――――っ」




 突然、身体を折ったのは、クロヤ……じゃ、なかった。


「あ、ああああ? う、痛…………」


 ()()()()()が、頭を抑えて、急に苦しみ始めた。


「……っ、アリー!?」


 セリセリセにとっても、想定外の事態だったようで、焦りが露骨に顔に浮かぶ。


「…………何したテメェ!」

『何って、嫌だな、決まってるじゃない』


 カラス(イスティラ)が、再び、くふふ、と嘲笑う。


『私だけが損をするだなんて、嫌だもの。()()()()()()()()()()()()()()()()


「っ、どうやってアリアリアに干渉してる!? この娘はあんたと関係ないだろう、イスティラ!」


 クロヤや俺なら、そうだ、理解できる。イスティラと関わりがあって、何を仕込まれていてもおかしくない。

 だが、アリアリアはイスティラと直接の繋がりはないし、ましてこの魔女が、愛娘に対する防御を怠るとは思えない。遠くから、一方的に呪いをかけるなど、不可能のはずだ。


『くふふ、やだなあ、クロヤ、君のおかげじゃない』

「…………え」


 名指しで原因と呼ばれた事に、クロヤの動きが固まった。


『私が契約したのは、血と贄と闇を支配する悪魔ティタニアス。私の子供である君も当然その影響下にあるんだよ?』

「――――――あ」


 咄嗟に口元を抑えるクロヤ。


「………………し、しちゃったんですか、クロヤさん!」


 何をだよ、と俺が聞く前に、アリアリアが再び、大きな悲鳴を上げた。


「あああああああああああああっ! ぐ、何、これ…………ひっ」

「アリー、落ち着きな! イスティラ、あんた――――――」

『くふふ、私をかまってる場合じゃないよ。大事な娘の晴れ姿だ。ちゃんと見てあげたほうがいい、セリセリセ』


 みしり、と肉と骨が軋む音。


『お別れになるかも知れないんだから』


 それは、恐らくこの中で。

 誰よりも、()()()()()()()()()音だった。




「ぐぅううううう、ああああああああああああああっ!」



 アリアリアの下半身、腰から下が、大きく肥大化し始めた。

 膨らんだ肉を、硬質化した外殻が素早く覆い、関節部の端々からずるりずるりと複数の脚が生えた。


「ぐう、うううううう――――ぁあああああ!」


 更に、肘から指先までもを、鋭い突起のついた外殻が覆っていく。

 こめかみの両側からはツタが伸びて、髪の毛をまとめ上げるリボンの様に巻き付いていく。随所で花が咲き乱れ、不自然に甘い香りが部屋に満ちていく。

 赤い瞳が、白目の部分を埋め尽くし、完全な血色に変じた。


 魔人。

 魔女と悪魔の混血児。


 魔人体は悪魔の力を、より色濃く、その体に顕現させる。

 そして、そうだ、俺が初めて変身したあの後、俺はスライムから、こう説明を受けた。


 ――――通常の魔人は、()()()()()()()()()()()()()()



「――――――――あぁぁぁぁぁ………………」


 ブェルベルは、草花と虫の支配を司る悪魔。

 アリアリアの魔人体は、その力を強く反映した姿なのだろう。

 腰から下、下半身は巨大な蜘蛛の形をしていた。八本の長い脚が床をしっかりと掴み、腹には第二の口が開いて、カチカチと牙を打ち鳴らす。


 上半身には蔦と草が絡みつき、見たこともない異形の花が、体の各所に咲いていた。

 小さな顔には、通常の瞳の上下に、切れ込みが生じ、縦に開いた。

 合計で六つの瞳が、別個にぐるりと蠢いて、周囲を睥睨している――――。


「――――アリー! 待って………………」


 クロヤの叫びに反応したのか、アリアリアは長い脚を一本、大きく横に振り払った。


「ぐ――――――――」


 俺の目でも捉えきれない、凄まじい速度だった。昆虫の持つ瞬発力が、魔人の膂力と異形の質量を得て、ただ振り回すだけのそれが、とんでもない暴力となって、クロヤを、城の外壁ごと、外に向かって吹き飛ばした。


「クロヤぁっ!」


 今の一撃で、身体が真っ二つになっていてもおかしくない。

 無事かどうかを確認する前に――――。


「ああああああああああああああああああっ!」


 俺達がこの部屋から、果たして生きて出られるだろうか。


「イスティラアアアアアアアアアアア!」


 セリセリセの激昂が響くも、既にカラスは翼を広げて、アリアリアが開けた穴から飛び立とうとする直前だった。


『くふふ、私は子供を失った、だから君も子供を失った。これでお互い様だね。くふふふ』


 捨てセリフを残し、消えていくイスティラを、見送ることしか出来ない。

 ギチギチと関節がきしむ音を立てながら、魔人アリアリアはゆっくりと俺達の方に身体を向ける。

 ちき、ちき、と牙が少しずつ動いている――ああ、クソ。


 理性なんてどこにも見当たらない、本能で餌を喰らおうとする、蜘蛛の化け物そのものだ。

 しかし、膠着は、長くは続かなかった。ガサガサと何かが這う音が、そこいらから生じ……。


『キチキチキチキチ――――』


 セリセリセの城の中――どころか、村中に散っていた魔蜘蛛(アラクネ)が、一斉に集まってきているのだ。


「足止めさせる! こっちにくるさね!」


 セリセリセの合図と共に、無数のアラクネの群れが、一斉に糸を吐きかけた。


「ああああああああああああああああっ!」


 その挙動に反応して、アリアリアも脚を振るった。何匹かのアラクネがまとめて切り裂かれるが、援軍が次々と現れ、追加の糸を絡ませていく。


 さながら、小蜘蛛と親蜘蛛の大喧嘩だった。だが、頑丈なはずのアラクネの糸を、アリアリアは特に苦もなく引きちぎっていく。本当にただの足止めで、長くは保たないだろう。


「くっそ、やられたさね。一体どうやって…………」


 一方、走り出したセリセリセに、俺とリーンは追従した。クロヤも心配だが……。


「あの、治療中の子って動かせるんですか」


 そう、この城の中には、セリセリセがつきっきりで面倒を見ていた子供(ホッダ)がいる。

 人繭がどんな仕組みかはよくわからんが、固定して、じっくり中身を弄るためのものだとすれば。


「下手に動かしたらその場で《接ぎ木》が枯れる。あたしがついててやらにゃ……」


 研究室にたどり着き、扉を開け放ったところで、階下から大きな衝撃音がして、城がぐらりと揺れた。

 セリセリセの顔に、苦悩がにじむ。今すぐにでもアリアリアの元へ行きたいのに、それが出来ない。我が子可愛さに、医者として、領主として預かった子供を死なせた時、村人たちは何を思うだろう。

 文句が出たとして、鎮圧することは簡単だ。あるいは仕方がなかったとして、無理やり受け入れさせることも出来るだろう。


 だが、その時はこの村の大前提……魔女セリセリセの善性によって維持されている平和は失われ、一方的な暴力から逃れるために人々が頭を垂れる、魔女の庭となる。


 アリアリアとその子孫のために作られた村を守るために、アリアリアを助けに行けない、矛盾。

 そもそも、放っておけば今度は、アリアリア自身が村人に襲いかかりかねない。もし誰か一人でも殺してしまったら、やっぱり同じことだ。


「くそっ、アリアリアを止められねえのかよ!」


 俺が絞り出した叫びに、


「できますよ」


 と。

 リーンが、いつもの調子で、普通に言った。



「………………え?」「ん?」


 セリセリセまでもが、言葉を失ってリーンを見た。

 一方、リーンはあからさまに不機嫌になって、俺を睨みつけた。


「あのですね、ハクラ。なんでハクラが魔人になっても理性を保てると思ってるんです?」

「……………………気合?」

「私が! 魔物使いの娘(わったっしっ)が! 暴走しないようにしてあげてるんです! 自由に戦えるように出力を制御しながら、理性を失わないようにしてるんです! ハクラ一人で魔人化したら普通はああなっちゃうんです!」

「…………あ、そっか」


 俺が初めて魔人化したのは恐らくヒドラとの戦いの時だが、俺に当時の記憶がないのは、まさしく今のアリアリアの様に、理性を失っていたからに他ならない。


「簡易的に契約を結ぶ必要はありますが、私がアリーちゃんに干渉することは可能です……ただし!」


 希望の芽が出てきたところで、リーンが指を立てて言った。


「今のアリーちゃんは、恐らくクロヤさんの血を経由して、イスティラの干渉を受け、無理やり魔人としての力を覚醒させられた状態です。後先考えずに出力を振り絞っていますから、このまま魔人体で居続けたら力尽きてしまいます」

「……なんでアリーがクロヤの血を飲んじまったんだい?」

「それは本人に聞いてください!」


 何故か顔を赤くして、リーンは続けた。


「とにかく、契約を交わすにしても順序があります、とにかく、まず一回! アリーちゃんの理性を取り戻さないといけません。そのためには――」

「そのためには?」

「内臓や頭部を傷つけずに、動けなくなるぐらいまで、消耗させる必要があります。魔人を打ち倒し、だけど殺さない。出来ますかハクラ」

「………………出来なかったら?」

「全部魔女イスティラの思い通り、あの生意気な声でくふくふ笑う裏で、私達は後悔と失敗にまみれて、ついでにセリセリセの村は秩序を保てなくなり、ザシェさんの計画もご破綻になって、私達の手形も紙切れになります」

「やる気を出すのに十分な情報をありがとうよ……!」


 要するに、全部手に入れるか、全部失うかどちらかってことだ。

 わかりやすくて、頭が上がらねえ。


「リーン」

「はい」

「どうせ許してもらえねえから、謝るのはやめとく」

「…………はい!?」

「代わりに、何でもする、絶対に逆らわねえ」


 怒りかけたリーンを、手で制して、俺は続けた。


「だから……俺にアリアリアとクロヤを、助けさせてくれ」


 今なら、認められる。

 リーンの言ったことが、正しかった。

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()()

 善良な魔女も、母を愛する娘も、それを受け入れた村人たちも。

 自分になかったもの、欲しかったものが、全部あるこの場所が、妬ましかった、それだけだ。もっと簡単に受け入れられていたら、そうだ。


「シチュー、食いそこねたな」


 考えたら、セリセリセに到着してこっち、何も喰ってなかった。


「そうですよ、一緒に食べましょうよって言おうと思ってたのに」

「そりゃ、悪かったな」


 皿を寄せられたリーンの態度がおかしかった理由が、やっと分かった。

 つまり、ずっと冷静じゃなかったってことだ。


「セリセリセ」

「…………任せていいのかい」


 頭をガシガシと掻いたセリセリセの表情に浮かんでいる感情を、一言で説明出来るやつは居ないだろう。

二千年も生きた子煩悩な魔女の、何より大事な娘の行く末を、他人に委ねなきゃいけない不安を、誰が理解してやれる。

 だったらせめて。


「クロヤと一緒に帰るからよ、もっかい飯を食わせてくれ!」


 リーンが、とん、と杖で床を打ち鳴らすと。

 緑色の粒子が溢れて散って、俺の身体を包み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 恋するということ Ⅲでちゃんと伏線があったな。リーンはこれを見抜いていたんだな。ちゅ~した時に口の中を切ったと……!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ