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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ
163/168

恋するということ Ⅵ

 ◆


 イスティラの眷属として、そのカラスはセキの前に現れたという。

 白一色を好むあの女が、何故黒いカラスを使役しているのか。

 確かなことは、イスティラという悪意が、今、俺達を認識している、という紛れもない事実。


『やだなあ、ハクラ、お母さん、でいいんだよ。くふふ』


 誰が呼ぶか、そう悪態をつきたいのに、喉の奥から言葉が出てこない。

 憎んでいるのに、恨んでいるのに、ぶち殺してやりたいのに。

 今すぐこのカラスをぶった切って殺してしまえばいいのに。

 俺は、()()()()()()()()()()()()


『でもね、今日はクロヤに用事があってきたんだ……ねえ、セリセリセ』


 カラス……イスティラがその名を呼ぶと、示し合わせたように。


「また随分と唐突に来たね、イスティラ、この前ぶりさね」


 セリセリセが、呆れたような顔で階段を降りてきた。


『くふふ、もう三年も前じゃないか、久しぶり、というべきだよ』

「そうだったかい? どっちでもいいけどね、アンタ、そのカラスでくるなら庭に降りておくれよ。部屋を掃除すんのはうちのアリーなんだよ」

「わ、わたしが掃除するんだ……」


 さり気なく仕事を増やされたアリアリアが、クロヤの服を、更に力強く掴んだ。


「で――――何の用だい?」

()()()()()()()()()()()()()()()』 


 イスティラは、俺――――じゃあ、ない。

 その向こう側、アリアリアをかばうように立つ、クロヤに視線を向けた。


『足の治療は終わったろう? データも十分集まったろう? 今度は私がクロヤのことを調べたいんだ。大分はぐらかされたけれど、流石にそろそろ()()()()だ』

「………………!」

「えっ、え、クロヤ、帰っちゃう、の?」


 身を縮めるクロヤに、アリアリアが不安げな声を漏らす。


「あー…………」


 セリセリセは頭を掻きながら、イスティラを横目で見た。


「まだ忘れてなかったのかい」

『君が治療には時間がかかるって言ったんじゃない、もう、いい頃合いでしょう? それとも、新しい妹に情が湧いちゃったのかな』


 表情のないカラス越しでもわかる。


『まさか、そんな薄情なことを、クロヤがするわけないよね? くふふ……』


 イスティラは、にやにやと、あの笑みを浮かべているに違いない。



()()()()()()()()()()()



 さっき、リーンに対してやってしまったことがなかったら、多分衝動的に切りかかっていた。ギリギリのところで、踏み止まれた。


『くふふ、ハクラ、君が見捨てて逃げたカイネは、今、どんな姿なのか、知りたくない? そろそろ里帰りをしたい時期じゃないかな、クロヤと一緒に、戻ってくる? くふふ』


 そんな俺の感情を、更に逆なでする言葉を選んでいるのだと、わかっているのに。

 奥歯が砕けそうなほど噛み締めて、〝風碧〟に手を伸ばす――――。


「落ち着きな、坊や、()()とは会話するのがそも間違いさね」


 俺の頭を抑え込んで、代わりと言わんばかりに、セリセリセが前に出た。


「クロヤはね、とってもいい子さね、家に来たその日から、あたしの顔色をうかがい、アリーの顔色をうかがい、村人皆の顔色をうかがい、可哀想なもんだったさ」


 カラスが、こて、と首を傾げた。何を言っているんだ、と言いたげな仕草。


「常に誰かのことを気にかけてないと気がすまない、正真正銘の苦労人さ。誰かのせいにするよりも、自分に原因を求める大馬鹿モンでもある。上手に生きられない子だよ」


 渦中のクロヤは、セリセリセにそう評されて、普段の苦笑が消えて、目を丸くしていた。


「ただ……医者には向いてるさね。この子が気づいてくれたおかげで、先手を打てた病気は両手の数じゃ効かないさ。気がつきゃ、この魔女の右腕として大活躍してくれてる。なにより――」

『セリセリセ、何が言いたい?』


 イスティラの声に、初めて苛立ちが混ざり。



「あたしの可愛い娘の未来の旦那さね、悪いねイスティラ、()()()()()()()



 それを上書きするように、セリセリセは断言した。


「マ、ママ、何言ってるかなーっ! ね、ねえクロヤ?」


 アリアリアは一周回って大興奮だが、クロヤはぽかんと口を開いてほうけたままだ。


『――セリセリセ、その冗談はあまり好きじゃないな』

「イスティラ、あんたは昔からそうさね。()()()()()()()()()()()()()んだ。有価値と無価値の間に境界がない。だからなんでも捨てるし、なんでも欲しがる。あんたが唯一、何を差し置いても上位に置いてるのは()()()()だろ。明日にはクロヤの事なんか忘れて、新しいおもちゃで遊んでるだろうさ」


 それは、最古の魔女が、最古の魔女に叩きつける、挑戦状に等しい行為だ。


「あんたにとっては、何でも良くても、ウチにとっちゃクロヤは一人きりなんだ。家族を持っていかれてたまるかい」

「セリ、セリセ……」

「ママ、格好いいかな……!」


 自分がそこまで思われていると、当のクロヤは知っていただろうか。


「ハクラ、まだ思いますか」


 リーンが、じろりと、俺を下からにらみこむように、覗き込んだ。


「この村は、悪意と策略に満ちた、危険な場所だって」

「……思わねえよ、くそ」


 引きずり出されたその言葉が、俺の意識を冷静の領域まで叩き落とす。

 セリセリセは、決して善の魔女じゃないだろう。

 それは例えば、俺やリーンが善人ではないように。

 家族を、村を、自分にとって大切なものを守るために奮闘し、それを害するものに容赦しない。

普通の魔女(にんげん)で、普通の母親。

 それが、人繭のセリセリセの、正体だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな事は理解すべきだったのに。


「でも、契約を破棄したら、ペナルティを受けませんか?」


 一応、リーンが確認したが、セリセリセはひらひらと手を振った。


「クロヤに関しちゃ元々()()()()()()()()()()()()()()()()だからね、頼まれたあたしの側が不利な条件を背負う理由がないさ」

『……………………』


 イスティラのカラスは、首を右に捻って、左に捻って。

何かを考えているようだった。



 ✾


 結局のところ、セリセリセの意見は的を射ていました。

 手放した玩具に元々執着したわけではないから、返ってこないのならばそれでもかまいませんでした、イスティラにとって、()()()()()()()のです。


 けれど、見透かされたようなことを言われて、一人勝ちされるのは、面白くありません。

 イスティラは支配を好み、イスティラは絶望を好み、イスティラは何より他者の慟哭を尊びます。それら全ては贄として、魔女の力に還元されるからです。


 イスティラは自分の玩具全員に、()()()()()()()()()()()()()


 ティタニアスの血を直接受け継ぎ、魔人としての力に目覚めたハクラは、既にその支配から逃れていますが、他の子供達であれば、誰が、どこで何をしたのか自由に把握できるし、遠隔で、自らの権能を作用させることも出来るのです。


 当然、それはクロヤも例外ではありませんが、元々、自分の権能が上手く作用しないから、という理由を研究をするために、生かそうと気まぐれを起こした子供です。


 不発の可能性は大いにありますし、そもそも用心深いセリセリセの手元に、六年も置いてあったのですから、何かしらの対策を施されていることは容易に想像できました。

でなければ、この局面で、〝酷嬢(クルーエル)〟に対して、こんな強気にはでられないでしょう。


「どうしたら…………」


 どうしたら、セリセリセをギャフンと言わせてやれるでしょうか。

 どうしたら、クロヤは、ハクラは、沢山悲しんでくれるでしょうか。

 糸をたぐり、血をたぐり、記憶をたぐり。


「…………くふふっ!」


 素敵なものを見つけました。

 イスティラが見ていない間に、クロヤは大きく成長していたのです、喜ばしい事です。

 セリセリセの気持ちが、少しわかった気がしました。

 子供の成長は、とても良いものなのだと。

 イスティラの悪意が、一つの呪いを生み出しました。


 上手く行けば、()()()()()()()()()も、手に入るでしょう。

 



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