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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ

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慕うということ Ⅸ


 ◯


「…………アオくんは男の子? 女の子?」


 お嬢が更衣室まで連れ込んだ我輩をアリアリア嬢が気にしていた。

 思春期の娘であるから申し訳ないが、お嬢はもうほとんど警戒を解いているとはいえ、流石に魔女の庭で一人にするわけにも行かぬ。


「性別はないですけど、気になるなら桶に突っ込んでおきますよ」

『お嬢…………』


 今更、我輩自身の扱いにとやかくいうつもりは……いや、しかし最近のお嬢は特に雑になってきている気がする。

 まあ、若い娘二人の会話に口を挟むつもりもない、聞き役に徹するとしよう。

 ちなみに魔女セリセリセは夜通しホッダ少年の治療を続けるということで、既に自室に籠もっている。


「徹夜なんてして、大丈夫なんですか?」


 というお嬢の問いには、


「ママ、十日に一回くらいしか寝ないかな」


 という、最古の魔女らしい答えが返ってきた。

 さておき、セリセリセ邸の地下にある大きな浴場は、本格的な石造りであった。

 娘二人が手足を伸ばしても大丈夫なほど広く、仄かに香草の香りがする湯が絶え間なく流れ続け、もうもうと湯気が立ち込めている。


「それにしても、本当にびっくりしたかな!」


 湯に浸からぬよう、髪の毛をまとめ上げたお嬢に対し、アリアリア嬢は日ごろそうしているのだろう、長い白髪をそのままお湯にどぶんと浸けていた。


「何がです?」

「ハクラのお兄ちゃん! わたしとあんなに顔がそっくりだなんて! 一瞬本当に生き別れのお兄ちゃんかと思ったかな」


 アリアリア嬢が驚いたように、小僧も衝撃的だったであろうが、お嬢の動揺は当事者よりは少なかっただろう、というのも。


「うーん、ある意味親戚みたいなものですからね」

「そうなの!?」

「父親である悪魔が、共にルシルフェルから分化した第二位の悪魔ですから……無理やり血縁を当てはめるなら、従兄妹ってことになるんでしょうか」


 ルシルフェルを親とすれば、確かにブェルベルとティタニアスは兄弟となるだろう。

 魔人は母体より悪魔の性質に強く影響される。魔女セリセリセの肌と髪の色が、アリアリア嬢に一切受け継がれていない辺りが顕著だ。

 魔人同士、外見が似通ったのはある意味必然なのである。


「従兄妹……わー、いい響きかな、わたし、親戚とか全然居ないから」

「居すぎてもいいことないですけどねー」

「リーンのお姉ちゃんは、多いのかな? 家族とか」

「はい、姉妹も従姉妹もたくさんいます、あそこまでいくともう、家族というか一種の共同体って感じですけど。流石に妹は可愛かったですけどね」

「いーなーいーなー。わたし、妹は絶対無理だもんね………………ね、ね」


 じりじりとお嬢に近寄るアリアリア嬢、湯の中を這うように進んだせいで、髪の毛が一面に広がって、白い膜を作った。


「……リーンのお姉ちゃんとハクラのお兄ちゃんって、こ、恋人同士なのかな!?」


 おお……いきなりぶっ込んで来た。

 アリアリア嬢の顔が赤いのは、湯の熱だけが理由ではあるまい。

 一方、問われたお嬢は、湯の中で腕を組み。


「……………………………………………………」


 沈黙した。返答を拒否しているのではなく、どう答えるべきかを考えているのだろう。


「………………そう、見えました?」


 やがて絞り出した言葉は、質問返しであった。


「シチューのお皿とかもやり取りしてたし、お外でも、絶対にリーンのお姉ちゃんの前に立ってたし……違ったかな?」

「………………どーぉなんでしょうねぇー」


 ぶくぶくぶく、とお行儀悪く沈み始めたお嬢。


「ハクラが私のことを好きなのは? まーまー、間違いないじゃないですか。だったら態度と行為にちゃんと現してくれてもいいと思うんですけどね、いつも気を使ってるのは私ばかりですよ……」


 アリアリア嬢もナニカ触れていはいけない部分に触れたと感じたらしい、慌てて手を振った。


「わ、わたしはお似合いだと思ったかな! な、仲悪いわけじゃないよね?」

「良い悪いで示せる関係じゃないのは、確かですけどぉ……」


 このままアリアリア嬢に問い詰められると、お嬢の感情がどういう方向に転がるか分からぬ。

 小僧を盾にできれば良いが、現状、一番八つ当たりされそうなのは我輩故、話題を変える一手を打つことにした。


『アリアリア嬢は、クロヤ殿のことを好いておるのかな?』

「………………!?」


 ぴん、と体を伸ばして、ただでさえ白い肌がみるみる紅潮していく。わかりやすい。


「な、ななななな、なんでかなっ?」

『そちらと同じである、クロヤ殿のそばを常に離れなかったし、アリアリア嬢にとっては最も身近で頼れる異性であろう?』


 本当は当てずっぽうであったが、真実であるというのならばありがたい。


「お家に来て六年、でしたっけ」

「う、うー…………」


 先程のお嬢のリフレインのように、ぶくぶくと湯に沈んでいくアリアリア嬢。

 顔立ちは本当に小僧とうり二つだが、こうして少女らしい振る舞いをされると愛らしく見えるのは、やはり生まれ持った性質なのだろうか。


「ずっと一緒に暮らしてるんですか?」

「うん……足の調整があるから、離れて暮らさないほうがいいだろうって、ママが。でも、馴染んできたら、お手伝いもしてくれるようになって」


 ホッダ少年の調整に時間をかけているように、《接ぎ木》という技術は、口で言うほど、簡易で便利なものでもないだろう。


「お兄ちゃんみたいだな、って思って、頼りになるなって感じて、そしたら、もう……」

「日常生活を一緒に送っているうちに、好きになっちゃったわけですね……」

「でも、わたし、多分妹としか思われてないかな……」


 ばちゃん、とお湯に顔を叩きつけて、ざばっと顔を上げるアリアリア嬢。だいぶ熱が回っているらしい。


「こう、直接伝えたりはしないんですか?」


 お嬢、どの面を下げて。


「アプローチは沢山してるかな! 抱きついたり、ほ、ほっぺにちゅーとか、したこともあるかな!」

「ほ、ほっぺにちゅーですか!?」


 お嬢。


「ど、どういうリアクションだったんですか?」

「ありがと、って頭を撫でてくれたかな……これ、どう思う?」

「…………こ、好意という意味では多分、伝わってるかと」


 精一杯、結論を濁すお嬢であるが、家族として、妹から兄に対する好意だと解釈されているのは想像に難くない。


「……妹じゃなくて、女の子として見てほしいかなー……どうしたらいいんだろう」

「え、えっと…………もう寝床に忍び込んで迫るしか」

『お嬢』


 それ以上はいけない。アリアリア嬢は実行しかねない危うさがある。


「でも、何年か前までは一緒にお風呂に入ってたし、ベッドも一緒だったかな」

『なまじ、家族としての距離が近すぎるのが問題か』


 かといって、一度離れるというのも簡単な話ではない。例えばクロヤ殿が、魔女セリセリセの屋敷を出て別居をするとなれば環境に変化は訪れるだろうが……『隣領の権力者に薬を届ける』という仕事を任せている程である。セリセリセにとっては、生活と仕事の一部に、既に組み込まれているはずだ。


「…………なんで満足できないのかな」


 ぽつりとこぼすように、アリアリア嬢は呟いた。


「大好きが伝わって、大好きを言ってもらって、毎日一緒で、触れ合えもして、してほしいこと、全部してもらってるかな」

「わ、私してもらってません」

『お嬢』


 ちょっと静かに。


「なのに…………なんで、それじゃ足りないんだろ、不思議かな」

「……結局、思い切って、伝えるしかないんじゃないですかね。なんでも良いから」

「……そうなのかなぁ」

「だから、口にしてほしいんですけどねっ、私は!」

『お嬢…………』


 人は古来よりその感情に、恋と名付け、付き合ってきた。

 答えが安易に出るのであれば苦労はない、なにせ一人で解決できる問題ではないのだ。






 ◆


「少し、風に当たろうよ」


 リーン達が風呂にいって、セリセリセが部屋に引っ込んで、俺とクロヤだけが残された。

 最初に口を開いてくれたのは、ありがたいことにクロヤだ、相変わらず、気遣いで生きてやがる。

バルコニーに出ると、ぽつぽつと灯る家々の明かり以外は、静寂と暗闇が広がっていた。

 平和に、牧歌的に暮らす、温かい家族の団らんが、その光の下にはあるのだろう。


「そっちもな。……セリセリセが言ってたの、本当なのかよ」

「僕が検体として、こっちに来たってこと?」

「…………ああ」


 その扱い自体が気に食わない、と今俺が言っても仕方ないが。


「本当だよ。あの後、僕は結局、殺されなかった……イスティラ様に、気になることがあったんだって」


 まだ様付けで呼ぶのか。

 思わず言いそうになったが、それも、今、口にする意味はない。


「……気になること?」

「僕がカレリンに関する記憶を失わなかったこと……やっぱり、あの飴玉で、僕らの記憶を操作してたんだって」

「……何だって?」

「二人と違って、僕はしっかりとあれを口にした。なのに、記憶を操作できなかった……イスティラ様の力が通じなかった。だから、その原因を調べる為に、死なせる訳にはいかなくなったって」

「……じゃあ、なんだ? 治療が終わったら、お前、戻るのか、イスティラに」

「最初は、そのつもりだったんだけどね」


 本当にこいつは。

 苦笑以外の表情を、浮かべるところを、ほとんどみたことがない。


「セリセリセは、『イスティラとの契約通り、あんたの足が治るまではここに居てもらう。でも、つきっきりで調整を続けないといけないから、すぐには帰してやれない』ってさ」

「……かばってくれてるってことか? セリセリセが?」

「実際、僕の体は成長期だったからね、身長に合わせて、右足を伸ばしたり縮めたり、大変だったよ」


 クロヤは、ざっ、ざっ、と、《接ぎ木》された右足を何度か石畳の床に鳴らした。


「今じゃ、自由に動かせる。これのおかげもあるけどね」


 そう言って、見せつけられた手の甲には……色素の薄い水色……藍玉(アクアマリン)秘輝石(スフィア)が、埋め込まれていた。


「お前、それ……」

「セリセリセに勧められたんだ、右足に《接ぎ木》をする前に、いれた方がいいって。その手配をしてくれたのが……ザシェさん」

「………………ぁー、くそ、そういうつながりかよ」


 そもそも、ザシェがなぜ、セリセリセとその技術に目をつけたか、という問題。

 レレントで秘輝石(スフィア)を調達するに当たり、セリセリセはザシェと接触した。

 そこで最初の取引と、契約が行われたのだろう。


「それで、秘輝石(スフィア)を入れた人間には《接ぎ木》もしやすい、っていうデータが取れたんだって。そこからはトントン拍子で話が進んだらしいよ」

「じゃあ、俺たちがここに来る羽目になったのは、間接的にお前のせいか」

「おかげって言ってくれよ、そこはさ」


 夜風が、木々をざあざあと揺らす音が聞こえる。

 冷たいはずの風が、じわじわと頭に上った熱を、冷ましていく。

 二人共、しばらく黙っていた。

 言いたいことはいくらでもあるのに、それを切り出す勇気がない。

 本当なら、今こうやって、未だ友達のように話す権利だって、俺にあるだろうか。


「……ハクラは変わんないな」


 ふと、クロヤが笑った。相変わらず、眉は困り顔の形をしていたが、それはきっと心からでてきた、自然の笑いだった。


「……何がだよ」

「言いづらい事がある時、絶対に目を合わせないところ」

「……昔からそうだったか?」

「そうだよ、カイネと二人で、僕の分のおやつを食べちゃった時とか」


 あの頃のことを、楽しい思い出として振り返りたくはない。

 だが、どうしてもそれを切り離すことができない。まして、本人の口から言われたら。


「ハクラ、あのときはごめん」


 だから、俺は何を言われたかすぐに理解できなかった。


「………………なんで、お前が、謝るんだよ」


 それは俺の言葉だったはずだ。

 お前と、カイネを見捨てて、我が身可愛さに逃げ出した、俺の。

 けど、許さないと言われたら? その権利がクロヤにはある。


「俺が、逃げたんだ。俺が、お前達を置いて、逃げたんだよ! のうのうと一人だけ生き残って!」


 結果的に、クロヤは生きてた。だけどそれが何だ。

 ここに至るまで、クロヤはカイネのことを口にしていない、それが全てだろ。


「お前にぶっ殺されても仕方ないことを、俺はしただろ!」


「…………本当にそう思う?」


 クロヤの返事は、それだけだった。

 責めることも、咎めることも、しなかった。

 ただ、悲しそうに俺を見て。


「部屋に案内するよ、僕と同室で申し訳ないけど」


 話題を強引に切り替えて、それ以上続けられないようにして。

 その気遣いに、俺はどう応えれば良いのだろう。

 部屋に入る直前、風呂からあがった、リーンとアリアリアがいた。


「ハクラっ」


 どうしてもリーンの顔を見る気になれず、片手だけ挙げて、扉を締めた。

 外から、むきーという声が聞こえたのは、多分気の所為だったと思いたい。


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