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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ

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慕うということ Ⅷ


「じゃーん、アリアリア特製シチューの出来上がりかなー!」


 金属製の大鍋を、どんとテーブルの中央に置いたアリアリアが蓋を上げると、もうもうと白い湯気と共に、原始的な食欲を直接刺激する匂いが食堂一杯に立ち込めた。


 余熱でグツグツと煮立つ、とろみのあるシチューの中に、ゴロゴロとぶつ切りにされた鶏肉と野菜が、これでもかと詰め込まれている。大きさが丁寧に切りそろえられているから、具材のサイズは食べごたえ重視なのだろう。


 器用に、そして綺麗に、各人の皿にシチューを取り分けるアリアリアの所作は非常にこなれていて、日々の給仕が彼女の仕事であることを伺わせた。


「うう、温かいシチュー……」


 こんがり焼けたパンにバターまで添えられて、香りの暴力に飲み込まれたリーンは既に理性を失いつつあった。本人曰く旅の道中は『質素な食事』だったらしいから温かいものに飢えていたのは理解できるが、よく考えたらレレントでしこたま喰ってからそんなに長期間経過したわけじゃないんだよな……喰ったその夜に決戦して、その足でここまで来たんだし……。


 そして、俺自身は……口にしたら、きっとこの上なく美味いのであろう、それらの料理を前にしても、食欲が微塵も湧いてこなかった。


「それじゃあ手を合わせてくださーい、はい、いただきまーす!」

「いただきまーす!」


 音頭を取ったアリアリアよりも大きな声で言って、リーンが嬉しそうにシチューを口にした。……うん、俺が食えなくても、リーンが全部食うだろ。


「………………で、どういう事なんだこれは」


 俺は対面のセリセリセを睨んだ。ちなみに席順としては俺とリーン(とスライム)が隣り合わせ、向こう側はセリセリセ、アリアリア、そしてクロヤの順で座っている。


「そりゃ、あたしより本人に聞いたほうがいいんじゃないかね?」


 パンをちぎりながら言うセリセリセの言葉を継ぐように、クロヤが……ああ、いつもの、そうだ、あの顔で言った。


「セリセリセは人が悪すぎるよ。ハクラ、驚いたのは僕も同じだからね」

「そりゃ魔女だからね、ってもアンタの事を話そうとするとイスティラに触れないわけにはいかなくなるけど、食事中にわざわざしたいかね? 嫌いなんだろ? 母親のこと」


 あまりにずけずけと言われて、ただでさえなかった食欲がマイナスに向かっていくのを感じ、喉の奥にじわりと浮かんだ熱を無理やり飲み下す。


「二度と、俺の前で、あいつを母親と呼ぶな。別にお前と楽しい話がしたいわけじゃないんだよ」

「クロヤともかい?」

「………………」


 この女、マジでぶん殴ってやろうか。

「怖い顔するねえ……まぁいいさ。クロヤはイスティラがあたしに()()()()()()()よ」

「……献、体?」


 聞き間違えだと思ったわけではないが、直接受け止めるには、俺にとって忌避感のある言葉だった――セリセリセは、特に気にした様子もなく続ける。


「そう、片足を失った子供がいるから、あたしの研究に使えないかってね。膝から下の《接ぎ木》はあたしにとってもサンプルが少なかったからちょうど良いってんで、あたしはそれを引き受けたのさ、もう四、五年前だっけ?」

「六年だよ、セリセリセ」


 律儀に訂正するクロヤ、つまり……俺があの城から逃げ出してから、ほとんど間をおかず、クロヤはセリセリセに来た事になる。


「びっくりしたかな。いきなりママが男の子連れてきて、死にかけてるから急いで治療するーって村中大騒ぎだったかな」


 バターをパンにしこたま塗りたくりながら、アリアリア。


「でも、わたしはクロヤが来てくれてよかったかな。家族が増えたもん」


 家族。

 クロヤも、そう思っているのだろうか。

 お互い、視線は交わし合うものの、ついそらしてしまって、それ以上話にならない。

 今まで何をしてたんだ、なんて聞けないし、何をしてたんだ、なんて聞かれたくもない。

 ……後ろめたさで人を殺せるなら、今日が俺の命日だ。


「あの、ハクラ」

「…………何だよ」

「このシチューなんですけど」

「ああ、ほら」


 どうせリーンに食ってもらおうと思ってたので、皿ごと寄せてしまう。食い意地モンスターの有効利用だ。


「え、あ、そ、そうじゃなくて」

「んだよ、仕方ねえな」


 尽きない食欲は底がない。手元にあったパンもリーンの皿に乗せてやった。


「……………………………ありがとうございます………………」


 もそもそとパンをちぎり始めたリーンの様子に、俺は首を傾げた。

 大喜びでがっつくもんだと思ってたんだが……。

 それからしばらく食事が続いて、最終的に鍋の中は、鶏肉の骨以外、綺麗に空になった。


『おっと、骨は我輩がもらおう…………良い髄だ…………』


 訂正、骨まできれいに無くなった。

 結局、後半からは食い意地モンスターの遠慮のないおかわりが続いたので、さっきの俺が感じた違和感は気の所為だったらしい。


「あ、そうだママ、ホッダくんのご飯、用意しとかなくて平気?」

「今夜は繭から出せんさね、朝のパンを多めに焼いといておくれ。ミルクはまだあるかい?」

「なくなりそー。お昼には補充しにいったほうがいいかな?」


 鍋を片付けながら尋ねるアリアリアと、食後のお茶を口にするセリセリセ。


「じゃあ、僕が買ってくるよ。ハクラ達は、明日も泊まるの?」


 そして、食器を片し終えたクロヤが、そう言った。


「………………泊まらねえよ、朝になったら、そのまま出る」


 顔を合わせられない俺は、そう言うしかなかった、が。


「えー、せっかくだからもうちょっと観光していきましょうよ、美味しそうなものがまだありそうじゃないですか」

「おっ、まっ、えっ、はっ、さっ、あっ!」


 完全に飯で心を開き切ったリーンが抗議の声を上げた、無視だ無視。


「明日の朝出るつったって、あんたら、どこに行くつもりだい?」


 だが、それに待ったをかけたのがセリセリセだ。なんというか、『コイツら何言ってるんだ?』と顔に書いてある。


「どこって、北だけど……」

「そりゃそうだろうが、レレントにゃ戻らないんだろ? だったらシホンワフルを経由する事になるけどね、カーヴェ川の跳ね橋が降りるのは三日に一回さね」

「…………カーヴェ川?」

「ウチから北上するとぶち当たるでっかい川さね、知らなかったのかい?」


 全然知らなかった。俺とリーンは同時に顔を見合わせた。

 ザシェがよこした地図は(セリセリセ)がゴールで、そこから先に関しては特に描かれておらず、移動中の会話も魔女の庭をどうやり過ごすかが主題で、その先を考慮してなかったのもあるが。


「…………………………マジ?」

「あ、ホントだ、川ありますね、えーっと……迂回しようとしても、このままだと海にでちゃいます。ニコちゃんが居ますから、渡し船は使えませんし」


 都合の良いことに、インテリアとして壁にかかっていた、額縁の中の地図を見たリーンが、指で川をなぞりながら言った。

 仕方ないから置いて行こうぜと言うには、ニコは便利すぎるし馬車は高価過ぎる。


「っても、三日待てばいいんだろ? 移動時間考えたらそんなタイムロスにゃあ……」

「んや、三日じゃ通れないさね」

「なんでだよ!」

「あんたらと同じ考えのやつが馬鹿みたいに居るからさ。馬車が通るにゃ検問に積み荷のチェックに、通行証の確認にってぇ時間がかかるから、一回に渡れる馬車には限りがあんのさ、デカい商隊やら行商人は事前に予約を取っておくぐらいさね、いきなり行ったら、あー……ざっと一ヶ月ぐらい待たないと行けないんじゃないかい?」

「い、一ヶ月ァ!?」


 全く想定していない、予想外の事態だった。

 ザシェの野郎、何も言ってなかったじゃねえか。


「そもそもなんで跳ね橋が三日に一回なんだよおかしいだろ!」

「そりゃシホンワフル伯爵に言っておくれよ……まあ、そういう足止めされた客狙いで商人が集まってるから、あそこの周りはちょっとした宿場になってるけどね。ギルドがないから冒険者はあんまり長居しないねえ」

「ザシェがこの村にギルドを作ろうとしていた理由はこれもあるのか……」


 冒険者を介入させて流通ルートを作る、立派な中継地点として成立する。何も魔女の接ぎ木云々だけではなく、ギルド本来の役割をきっちり果たせる名采配だった。くっそ有能野郎め。


「い、いや、待てよ、一ヶ月ぐらいなら待てなくはないだろ、金はしこたま、ザシェからもらったし……」

「ハクラ、ハクラ」


 リーンが、俺の袖をクイクイと引っ張った。


「私達がもらったのは、手形ですから……」


 そうだった。

 一度ギルドで換金しないといけないんだった。


「…………今、金どれぐらいある?」

「正直、現金っていう意味だとそんなには……」


 特にここ最近、食事や宿をギルクやらクルルやら、果ては辺境伯を含めたヴァーラッド家一同に頼りっぱなしだったことも災いした。自分たちの財布から金を出す機会が減っていて、所持金の把握を怠っていたのだ。

 預金を引き出すにはギルドに行かねばならず、ギルドに行けるならそもそも手形を換金できる。

 レレントには戻れないが、しかし換金のために一度逆走して他の街のギルドに立ち寄ってから、また戻ってくるとなると、更にタイムラグが生じる。


「あれ、でも、クロヤがシホンワフルに行くときは、そんなに待たないよね? 三日くらいで帰ってくるかな」


 アリアリアが、お茶のおかわりを詰めたポットをテーブルに置きながら尋ねると、クロヤはうん、と頷いて。


「ああ、ウチの馬車は順番を優遇してもらえるからね」


 あっさりそう言うもので、俺とリーンは再び顔を見合わせた。


「おい、ちょっとまて、なんでだ」

「そーですよ、ずるですよずる!」


 二人がかりの抗議に、クロヤは苦笑しながら頬を掻いた。


「クロライハ……シホンワフル領の街なんだけどね、月一回、そこの町長の娘さんに、セリセリセが作った薬を届けてるんだ」

「はっはっはっは、あたしじゃなきゃ調合できない薬だからねえ、ちぃっと口を利いてもらってんのさ」


 あろうことか、魔女の力を全力で政治に活用していた。


「あ、だったら、通行証を貸してあげたらいいんじゃないかむぐっ」

「アリー、あんた交渉事は絶対するんじゃないよ」

「もごもごもご」


 非常に都合の良い提案をしてくれようとしたアリアリアの口を、セリセリセが鮮やかに塞いだ。ここまで状況が整うと、もう諦めるしか無い、俺は大きく息を吐いた。


「………………で、俺たちは何をすりゃいいんだ」

「話が早くて助かるさね。ま、あたしが力を借りたいのはそっちの方だけどね」

「……私ですか?」

「そ。魔物の専門家にね。っても、もう日も暮れたし、細かいことは明日でいいさ。部屋と飯は提供するから、泊まってけばいい」


 それから、俺とクロヤをちらりと見て。


「あんたらは、積もる話もあるだろう?」


 話を振られたクロヤは、いつも通り、困った顔をした。


「わーい、お泊まり会かなー!」


 多分、純粋に状況を楽しんでるのはアリアリアだけだろう。


「リーンのお姉ちゃんは、わたしのお部屋に来てくれていいかな! あ、ウチ、お風呂も広いかな! 後で一緒に入ろ!」


 クロヤは諦めたように息を吐いて。


「……僕達も、一緒に風呂でも入ろうか」

「なんでだよ」


 そもそもお前の足は、お湯につけてもいいのか、とは聞けなかった。

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