慕うということ Ⅰ
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久しぶりに、嫌な夢を見た。
……リーンと会ってから、記憶の川をせき止めて、考えないようにしていた、いろんな感情が、じわじわ滲んでくるのを感じる。
北の最果て、クロムロームに近づくにつれて、空気はどんどん冷たくなっていく。
外気をそれなりに遮断してくれる、錬金術製の上等な幌の中で、分厚い毛布に身を包んでいても、油断すれば身震いをする程度には、寒さは旅人の天敵だ。
「…………」
軽く幌を開けて、隙間から外を見る。遠くの山間からようやく太陽が昇ってきたぐらいの頃合いで、露は凍り、霜は張り、という塩梅だった。
『キュ?』
俺の気配に気づいたのか、地べたにべったりと寝転がっていたニコが、顔を上げてこちらを見た。
……こいつ、手綱を自分で外してやがる……。
「ああ、悪い、なんでもない」
『ギュゲッ』
起こすんじゃねえよ、という意味だったのか、そこそこ敵意の籠もった鳴き声だった。
今だに懐かねえなこいつ。
「……ったく」
霊獣であるニコは、食事も睡眠も不要で、子馬一頭では到底引けないような荷馬車も疲れ知らずで軽々と動かし、危険を察知したら即座に知らせてくれる優秀な見張り番だ。
火も起こさず夜の晩もせず、馬車の中で眠っていて良い、という時点でだいぶ贅沢な旅をさせてもらっているのは間違いない。
……いや、記憶を辿ると結構食うことも寝ることもしているのだが、リーン曰く『なんとなく真似してるだけだと思いますよ』とのことだった。
「んふ? ……えへへぇ」
幸せそうな声が、不意に横から聞こえてきた。
だらけきった顔で、当のリーンが眠っていた。長い髪の毛はくしゃくしゃになって毛布に巻き込まれ、とても人前に出せる姿ではない。
『ぬぬぬぬ………』
枕にされているスライムはうめき声を上げているが、まあいつものことだ。
自分の欲求に正直なリーンは人の三倍食べるし人の三倍眠る。放っておいたら旅の最中でも昼まで寝るので、起こすところまでが俺の仕事だ。
「……広くなったなあ」
少し前はもっと人がいたから狭く感じたものだが、今は、空いたスペースがどこか寂しく感じる。
「まあ、退屈はしないけどな」
毛布の外に溢れたリーンの髪の先端を指で梳くと、
「ふにゃ」
という、変な声がこぼれ出た。




