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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ

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プロローグ 白と黒と灰 Ⅳ


 食事を終えて、シャワーを浴びて、部屋に戻って、お昼に色々あったから、泥のように眠りについた……はずだったのに。


 その日、ハクラは真夜中に目を覚ましました。不自然なほどぱっちりと頭が冴えていて、目を閉じ直しても全く眠れる気がしません。

 横のベッドを見ると、行儀よく仰向けになって眠るクロヤと、その腕にしっかりと抱きついたカイネがいました。


「…………ったく」


 カイネがこちらの部屋で眠ることなんて、日常的な行為過ぎて、今更なんとも思いません。二人分の寝返り等でずれてしまった布団を直してやると、なんだか手持ち無沙汰になってしまいました。


 やることがありません、しかし、真夜中に部屋の外に出ることは、禁じられています。

 トイレはそれぞれの部屋にあるので、わざわざ外に出る理由もないのですが。


「…………ん?」


 ……そう思っていたのですが、扉の向こうから、ガタガタと音が聞こえてくれば、話は変わってきます。


「……何だ? チノヒト?」


 口にしてみるものの、チノヒト達は夜間の見回り、なんて真似はしません。なにせ度々夜更かししているハクラですから。間違いなく、普段ではありえないことでした。


「………………」


 気になって、眠れない以上、それを確認しないという選択肢は、ハクラにはありません。

そっとベッドから抜け出すと、扉を恐る恐る開けて、廊下を見ました。

 明かりが落とされ、窓もない廊下は、完全な暗闇のはずですが。

 ハクラにとっては、昼間と同じぐらい明瞭で、ふらふらと、廊下を歩く人物の姿を、あっさりと見つけることが出来ました。


「……カレリン?」


 治療室から戻ってきたことは、不思議ではありませんが、本来規則で禁じられている時間帯に、一人で歩くような娘ではありません。まして……。


「あ、そっちは……」


 どれだけ不真面目な子供……つまりハクラだって、絶対にやらない、このお城で何よりも守らなくてはいけないルール……六階に行こうとする(、、、、、、、、、、)だなんて、ありえないことでした。


「なにやってんだおい……」


 寝ぼけているのでしょうか。ハクラに干渉されるのは嫌がるかもしれませんが、もしそうなら、止めなくてはと身を乗り出したその時。


『………』


 階上から、二人のチノヒトが、音もなく現れました。

 血の溜まった目が、暗闇の中で、らんらんと輝いて、階段を上り始めたカレリンを見つめています。

 今出ていったら、当然、ハクラも見つかってしまうでしょう。体を隠しながら、様子をうかがうしかありません。


「………」


 踊り場に到着したカレリンが両手を差し出すと、チノヒトが片方ずつその手を取って、さらに上へと向かっていってしまいます。


「おいおいおい……」


 追いかけるべきか、見なかったことにして、部屋に戻るか。


(みんな家族なんだから、仲良くしたいのよ)


 不意に、ハクラの頭の中に、カイネの声が響きました。


「……くそっ」


 カレリンのことは嫌いですが、意味もなく罰せられてほしいわけでもありません。

 今ならまだ、寝ぼけていたことにして、無理やり部屋まで引っ張って、朝まで寝過ごせばなんとかならないでしょうか。


 そんな期待と、皮算用だけの甘い期待ですが。


「……ここで助けるのがごめんの代わりだからな」


 そうすれば、カイネも納得するでしょう。


 ハクラは足音を立てないように、そろりそろりと、階段を登っていきました。

 柵や扉など、進行を防ぐものはありませんでしたので、拍子抜けするほどあっさりと、ハクラも六階にたどり着くことが出来ました。


 未知のエリアに足を踏み入れると、造り自体は、他の階とさほど違いがないことに気づきました。予想があっていれば、左には小さい部屋がたくさんあって、右の奥には大きい部屋が点々としているはずです。


「……向こう、か?」


 理由はありませんが、なんとなくこっちだろう、という、勘頼りに歩き始めて。

 結果的に、それは正解でした。


「……ん?」


 どたどたと、騒がしい足音、ついで、人の声。


「何――――――」


 だ? と呟こうとして、原因が向こうからやってきました。

 視界の先、大きな扉がバタンと開いて、部屋の中からカレリンが、文字通り転がり出てきました。ひっくり返って、這いつくばって、いつもの、堂々した佇まいは、そこには欠片もありません。

 ただ、


「助けて! お母さん助けて! お父さん、お母さん!」


 必死の形相で、そう叫んでいました。床に手をついて、少しでも扉から離れようともがいて。

 その足に、白くて細い糸が絡みついていました。


「あ………」


 捕まった、という恐怖感が、カレリンに後ろを向かせ、助かりたい、という願望が、続けて前を向かせました。

 仄暗(ほのぐら)い廊下の先にいる少年の姿を、果たしてカレリンは捉えられたでしょうか。

 少なくとも。


 ハクラは、心からの恐怖で怯えきった、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んだカレリンと、目が合った、と思いました。


「カ」


 カレリン、と名前を呼べなかったのは、おそらく幸運なことだったのでしょう。

 糸に引きずられて、カレリンの体は一瞬で扉の中に引きずり込まれました。

 扉はひとりでに閉じていき、その隙間から。


「ぎゃっ、あ」


 一瞬だけ。

 何かをちぎる音と、何かが潰れる音と、何かが飛び散る音と、それに伴う悲鳴が。

 全部まとまって、重なって、聞こえました。

 そして、再び静寂が戻り。

 そこから先の記憶は、ハクラにはありません。








「…………ハクラ、どうしたの? ちゃんと寝た?」


 最後のカレリンの顔が、目に焼き付いて離れません。

 気がついたら朝になっていて、どうやって部屋に戻ってきたのかも曖昧です。

 ただ、もう、駄目でした。まだ起床時間ではありませんが、ハクラはクロヤの体をゆすりました。

 普段より一時間も早い目覚めに、さすがのクロヤも目を細めながら、まだすやすやと寝ているカイネを起こさないように、ゆっくり体を起こし、


「…………どうしたの、ハクラ、なにかあった? 怖い夢でもみたとか」


 苦情半分、からかい半分でそう言ったのでしょう、ですが、ハクラの表情が深刻であることを見て取ったクロヤは、すぐに真剣な顔になりました。


「なあ、クロヤ」

「ん?」

「逃げよう」

「…………んん?」


 言葉の意図がわからないクロヤに、ハクラは正直に、自分が見たものを全て言いました。

 チノヒトにいざなわれ、六階ヘ向かい、何かに捕まって、扉の向こうに消えたカレリン、その悲鳴、聞いた音、全て。


「…………本気で言ってる?」

「お前に嘘なんてつかねえよ」


 クロヤはまだ、半信半疑、といった様子でした。


「んぅ……」


 カイネが腕の中でもぞもぞと動くのを見て、クロヤは一瞬、目を伏せました。


「…………逃げるって、どこに?」

「わかんねえよ、でも、ここにいたら、いずれ……」

「……カレリンを探してみよう」

「……お前俺の話聞いてたか?」

「聞いてた、だから、もしカレリンがいたらハクラの嘘、いなくなってたら本当だ。そしたら、僕も覚悟を決める。カイネを危ない目には合わせられない」


 ハクラからすれば一刻の猶予もない事態ですが、クロヤはまだ即決しかねています、それでも、他の子供達だったら、一笑に付して笑うようなことでも、クロヤは真剣に受け取って、考えてくれているのです、これ以上を求められるでしょうか。


 やがて、起床時間が来ると、カイネはぱっちり目を覚まして、


「ふぁ……おはよ……ハクラお兄ちゃん? クロヤ?」


 張り詰めた空気を感じ取ったのか、目が覚めてそうそう、カイネは首を傾げました。


「ああ、おはよう。カイネ、お部屋で着替えておいで。ついでに、シャワーも浴びちゃいな、今日はチノヒトが来るから」

「? ? う、うん、わかったのよ?」


 カイネからすると断る理由はありません、なんでわざわざそんな事言うんだろう? という違和感も、口に出すほどではなく、素直に部屋を出ていきました。

 その間に、ハクラとクロヤは、まずカレリンの部屋に向かいました。

 ノックをすると、はーい、と声が返ってきて、開け放つと、カレリンのルームメイトである女子が、うん? と首を傾げました。


「あれ、クロヤとハクラじゃん。何?」

「ファルセナ、カレリン、昨日帰ってきた?」


 クロヤが尋ねると、ファルセナと呼ばれた少女は、は? と目を丸くして。


カレリンって誰(、、、、、、、)?」


 と、そう、はっきり言いました。


「…………っ、お前のルームメイトだろが!」

「な、何いきなり、朝から怒鳴らないでよ! 相変わらずワケわかんないやつ……あたしは最初から一人部屋だけど!?」


 それ以上、話を聞きたくありませんでした。

 ハクラは返答せずに、クロヤの手を引いて廊下に出ると、叩きつけるように扉をしめました。

『ちょ、何すん、コラー!』という抗議の声を無視して、今度は二つ隣の部屋へ向かいます。


「お、おはよ。カイネは? ちゃんと薬飲ん……どった?」


 治療室でも会ったレベータが、ちょうど部屋から出てきた所でした。二人の焦った様子に、流石になにか違和感を覚えたのでしょう、寝ぼけ顔が、真面目なものに代わりました。


「…………カレリン、あれから部屋に戻ったか?」


 ハクラが尋ねると、レベータは……最年長で、頭がよく、記憶力も高い、一番頼りになる人物が。


「…………あー、わり、名前未だ覚えてない子かも。昨日治療室に来た子?」

「………………わかった、もう大丈夫だ、サンキュ」


 それ以上、何も言うことが出来ませんでした。

 確実なことは、皆、カレリンのことを忘れているということ。

 そして。


「……なんで俺とクロヤだけは覚えてる?」


 その理由がわからないまま、部屋に戻ると、着替えを終えたカイネが、ちょうど飴玉を口に転がそうとしている所でした。


「あ、おかえりなさ……待って待って」


 少し頬を染めながら、口に入る直前だった飴玉を包み紙に戻し、ちょっとむくれて、カイネは言いました。


「い、いきなり入ってきたから驚いただけなのよ、なあに?」

「ただいま、カイネ。ごめん、ちょっと質問させて」


 ハクラは扉の外で、会話が誰かに聞かれないように見張って。

 クロヤはカイネの肩を掴んで、真剣な声で聞きました。


「カイネ、カレリンのこと、覚えてる?」

「…………え」


 ぽかん、とした表情になったカイネは、それから、ええー、と首を傾げて。


「な、なんでそんな事聞くのよ? 忘れるわけないじゃない」

「………………そっか、よかった、うん、よかった」

「な、何、何何? クロヤ、どうしたの? ハクラお兄ちゃん?」


 クロヤにおもむろに抱きしめられて、カイネの混乱は最高潮に達していました。申し訳ないけれど、ハクラも同じ気持ちです。


「……いいか、よく聞けカイネ」


 ハクラは、カイネの灰色の目をじっと覗き込んで。

 自分が見たことを、全て話しました。

 呆然、という言葉がぴったりな表情で、カイネは何度も、クロヤとハクラの顔を、繰り返し、交互に見つめ直しました。


 二人が自分に嘘を吐いているだなんて、絶対に思えません。

 ですが、カレリンがもういなくなっていて、皆が忘れてしまったなんてことも、信じられません。だって、イスティラは、身寄りのない自分たちの恩人なのですから。


「……なんでカイネとクロヤはカレリンのことを忘れてなかったんだ?」


 目撃者であるハクラはともかくとして、他の子供達が忘れているのに、この二人だけ、というのはなんとも不自然な気がします。

 もし、全員に話を聞けば、何人か、覚えている人が見つかるのでしょうか。でも、その動きは、これからこの城から脱走しよう、という時に、あまりに不審すぎます。


「…………あ、お薬」


 カイネが、手に持ったまま、食べ損ねた飴玉……薬を見て、はっと思いついた顔をしました。


「わたし、これ、食べてなかったのよ。だから、朝、慌てて……ね、ハクラお兄ちゃんは、食べてないよね」

「当たり前だ誰が食うかこんなもん」

「レベータ、みんなにお薬を配ってたなら、これを食べた人は、カレリンのこと、忘れちゃうのかも知れないのよ」


 カイネは手の中のそれを凝視して、もし食べていたら、という恐怖に、身体を身震いさせました。

 が。


「……僕、食べたんだけど」


 クロヤが申し訳無さそうに手を上げました。ハクラもカイネも、あれ、と顔を見合わせました。


「貰った後、割とすぐに。でもなんともないけどな……」

「…………じゃあ、原因不明か」


 ものすごくしっくり来る理由だった気がするのですが、食べてしまっていたなら仕方ありません。


「……とにかく、おれ達はここをでる。……正直、城の出口なんて行ったことねえけど」


 子供達が生活を許されている範囲は、三階から五階まで。

 普通に考えれば、一階まで下っていけば、どこかに出口があることになります。


 ()()()()()()()()()()()()()()()ので、場所は探り探りになってしまいますが……。


「不幸中の幸いだけど、今日はチノヒトが血を『回収』しに来る日だ。見張りの個体も、皆こっちに来る」

「その隙に、逃げるしかねえか……なんか役立ちそうなもん、全部もってくか」

「ま、まって、まってふたりとも」


 早速、どうやって城を脱出するかの相談を始めた二人に、カイネが戸惑いの声を上げました。


「ほ、他のみんなはどうするのよ? みんな、家族…………」

「…………ごめん、カイネ。僕には、皆を説得する方法が思いつかない」


 クロヤは、心の底から申し訳無さそうに、首を振りました。


「カレリンのことを、皆が覚えてたら、力を合わせようって出来たと思う。でも、こいつら、ここから出ようとしてるぞ、って囲まれたら、もう絶対に逃げられない」


 ごめんね、と重ねて、クロヤは言いました。


「僕は、カイネとハクラが、他の皆より大事だ。だから、ごめん」

「…………っ」


 カイネは、言葉を続けようとして、けれど、クロヤの言い分が正しいことを、きっと理解したのでしょう、それ以上何も言えませんでした。


「……わるい、クロヤ」

「……何がさ、ハクラ」

「言いにくいこと、全部言ってもらっちまった」

「……そんなの」


 相変わらず、クロヤは困ったように、


「いつものことだろ?」


 笑うだけでした。

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