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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ

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プロローグ 白と黒と灰 Ⅲ


 ✾


「あ、ああ、あああああ……!」


 廊下に出たハクラたちの目に飛び込んできたのは、図書館とは別個体のチノヒトに腕を食いつかれて、血を吸い上げられている少年でした。


 三人とは別のグループです。顔と名前は知っているくらいで、あまり親しく会話する仲ではありませんが……。


「ありがとう、ございます! ありがとうございます! ああ、あああ……!」


 恍惚の表情と、感謝の言葉。

 痛みも恐怖もそこにはなく、ただただ、自分の体を捧げて、奉仕できることが嬉しい、ということを、出来る全部で表現していました。


 移動する体力が残っておらず、廊下に倒れっぱなしになっている子供もいれば、血を吸い上げ終えたあとのチノヒトにすがりついて、もっと吸ってくれとお願いするものまでいます。


「…………」


 ハクラは、理解ができない、という顔で。

 クロヤは、やっぱり苦笑で。

 カイネは、申し訳無さそうな、やるせない表情で。


 彼らを横目に、普段は使われていない、三人の隠れ家になっている倉庫に飛び込んで、息を潜めていました。

 それから暫くの間は、どたばたとしたやり取りや、誰かの声が聞こえていましたが、一時間もすれば……。


「……もう大丈夫かな?」


 予想通り、チノヒト達はすっかり引き上げていて、一応の静寂が戻ってきました。

 血を吸われて、衰弱した子供達は、めいめい、倒れているものを助けてあげたり、肩を貸してやったりと、お互いを支えながら、それぞれの生活に戻っていきます。



「くそっ、工作室には来てくんなかったんだぜ、チノヒトさま!」

「へへ、いいだろ、俺なんかいつもの倍は血を捧げちゃったぜ」

「いいなぁー、明日は俺もたくさん吸ってもらお!」


「ねえあんた、たくさん吸われてなかった?」

「うん……いつもみたいに、すぐ離してくれなかった……」

「なんでよりによって今日なのよ! あー、部屋で寝てたらチャンス逃すなんて最悪」



 全員が全員、吸血されたわけではないようで、運良く血を吸ってもらえた子供を、不運にも血を捧げる事ができなかった子供が羨ましがる姿が、そこかしこで散見されました。


「どうかしてるぜ」


 吐き捨てたハクラの言葉を、クロヤもカイネも、否定しませんでした。

 が。


「……ふうん、アンタ、血を捧げなかったんだ」


 途中、金色の髪の毛を後ろに流した、おでこがよく見えるヘアースタイルの少女は、別でした。右頬が少し腫れていて、特に、ハクラを睨む目は険悪そのものです。


「イスティラ様の息子のくせに、献身が足りてないんじゃない……?」


 彼女も血を吸われたのでしょう。右腕を押さえて、顔色が見るからに青く、立っているのも辛いのか、壁に体重を預けていました。


「カッ、カレリン! ねえ、大丈夫なのよ?」


 あまりに消耗したその様子を見て、ハクラがなにか言い返す前に、カイネが駆け寄ると、カレリン、と呼ばれた少女は、カイネに対しては柔らかな笑みを向けました。


「当たり前よ、むしろラッキーだったわ。二人もチノヒトさまが来てくださったんだもの」


 平然と言ってのけますが、その意味を理解したカイネは、まるで自分が血を吸われたかのように、顔を白くしました。


「ふ、二人って……今日のチノヒト様、たくさん血を吸ってたって聞いたのよ?」

「ええ、だから、たくさん捧げられたの、イスティラ様も、お喜びになってくださるに……違いないわ、けほっ」


 荒い呼吸を整えようとしますが、上手くいかない様子です。

 そのうち、ぜぇぜぇという呼吸音に変わり始め、ついにはずるずると壁を伝って、座り込んでしまいました。


「…………あほくさ」

「なんですって……?」

「お前、明日もチノヒトがきたら、ほんとに死ぬぞ」


 吐き捨てたハクラは、乱暴にカレリンの左腕を掴んで、持ち上げました。

 子供といえど、血を吸われた分、カレリンの体は軽く。


「クロヤ、そっち持て」

「僕も結構吸われたんだけどな」

「お前はでかいからいいんだよ」


 女子一人を、男子が両脇から支える形になりました。

 カレリンは身じろぎしますが、消耗していることもあって、ろくな抵抗ができません。


「な、何するの、離しなさいよ……!」

「うるせーな……とりあえず治療室につれてくから、あとは当番の奴になんとかしてもらえよ」

「さ、触らないで、離して」

「カイネ、僕ら、カレリンを運ぶから、ルームメイトの娘に伝えておいてくれる?」

「わ、わかったのよ」

「ちょっと……カイネ、助けて…………」


 力なく喚く意見はすべて無視され、ハクラとクロヤは息をあわせて、一階下の医務室まで、カレリンを運ぶのでした。

 治療室、と言っても、医者が居るわけではありません。『当番』の子供が常駐していて、用意された薬を渡す程度の場所です。

 それでも、横になるベッドはありますし、本当に危ないときはイスティラが助けてくれる、ということになっています。


「おらっ」

「ぎゃっ」


 治療室に到着するや否や、ハクラはカレリンを空いてるベッドに投げ込みました。

 当番の子供もこれには苦笑いです。ベッドは全部で八つありますが、カレリンでちょうど、全部が埋まってしまいました。


「大人しく寝てろよ、いいから」

「この……アンタ、ゆるさな…………」


 睨む視線を遮るようにカーテンを閉めると、もう声は聞こえなくなりました。


「ったく、なんでこんなになるまでやるかね、どいつもこいつも」


 言い捨てるハクラに、やっぱり苦笑したクロヤは、治療室当番の男子に頭を下げながら尋ねました。


「レベータ、みんな貧血?」


 名前を呼ばれた男子は、頭をガシガシとかきながら頷きました。


「そう、しかも一人は骨折のおまけ付き。支給の痛み止め飲ませたから今は寝てる」


 治療室の当番は、それなりに人体に詳しく、薬の扱いや怪我の処方がわかる子供が選ばれます。レベータはクロヤよりも年上の最年長で、薬の扱いもよく知っている子供でした。


「チノヒトがいきなり来て、予定にない『回収』をすることってあんまりないんだけどな。イスティラ様が、なにかしようとしてるのかも」


 そういう様子もこなれた物ですから、以前も、似たようなことはあったのでしょう。


「やっぱり? 明日は?」

「多分、普通にチノヒトが来ると思う。ほら」


 机を指差すレベータの視線を、クロヤが追うと、一つひとつ、透明な紙で個包装された、真っ赤な飴玉のようなものが、瓶詰めにされていました。


「さっきチノヒトが持ってきた。血を造る薬だってさ、後で配って回るけど、お前らも持っていけよ、この感じだと明日も結構吸われるぞ」

「僕はもらっておこうかな、ハクラは?」

「いらねえ」

「だと思った。無理やり飲ませるから、三つ頂戴」

「カイネの分ね、はいよ」


 話の早いレベータは、こなれた手付きで飴玉を三つ取り出すと、クロヤに渡して。


「とにかく、今日は早めに休めよ。体は寝てる間に一番血を作るんだからな」

「肝に銘じとく、いくよハクラ」

「さんきゅレベータ…………お前今俺に無理やり飲ませるつったろ、クロヤ」


 レベータに別れを告げて、廊下に出た二人。

 ハクラの方が歩幅は狭いですが、少し早足で先に進み、クロヤはそれを少し追いかける形になりました。


「で、どうしてカレリンを叩いたの」

「なんだよ今更」


 騒動のドサクサに紛れて、話を終わらせたつもりだったハクラは、より足を早めました。


「僕はよくても、カイネが納得しないでしょ。で、カイネが納得しないと、僕がつきあわされ続ける」


 もちろん、それでクロヤを引き離せるわけもなく、あっという間に横に並ばれてしまいます。


「それに、女の子に手を上げるのは、よくない」

「…………わぁーってるよ」


 それが正論であることなど、百も承知なので、ハクラは渋々と言った様子で、口を開きました。


「……カレリンがさ」

「うん」

「おれと結婚してやるって」

「…………へ?」


 想像していなかった言葉に、クロヤは変な声を上げました。苦笑ではなく、驚きの表情を浮かべるのは、珍しいことかも知れません。


「私は一番優秀だから、ぴったりでしょって。そうしたら、私はイスティラ様の後継者になれるでしょ、だってさ」


 それから、納得できる……というよりも、彼女ならやりかねないな、という理由がついてきて、クロヤの表情は、苦笑に戻りました。


「……………またぶっ飛んだことを考えるね、カレリンも。で、なんて言ったの?」

「お前みたいなへちゃむくれのガキなんかお断りだバカ、っつったら思い切りビンタされかけた」

「女の子に酷いこというなあ……あれ、叩かれた側?」

「よけたよ。……で、お前みたいなやつがイスティラ様の息子だなんて間違ってる、お前なんか居なきゃよかったのにって言われた」

「それで?」

「気づいたら殴ってた」


 会話の流れと、やり取りの過程を想像しているのでしょう、少しの間黙っていたクロヤでしたが、やがて。


「…………かっとなると体が動いちゃうのは、ハクラのよくないとこだね」

「うるせー」

「でも、それがいいとこでもある。カイネを守ってくれてありがと」

「なんでお前に礼を言われんだよ」

「カイネは僕らの家族だろ? ハクラお兄ちゃん」


 頭を殴ってやろうと手を伸ばしましたが、クロヤはひょいと体をかわしました。


「これ、ちゃんと食べとけよ。いつもより血を吸われそうってのは間違いないんだから」


 代わりに渡されてた飴玉を見て、ハクラはチノヒトを見たときよりも渋い顔します。


「あの女の造ったもん、口に入れたくねえよ」

「普段の食事だって、似たようなものじゃないか」

「あれは一応、おれらで作ってるだろ」


 普段の食事は、子供達が当番で持ち回り、食堂で料理を作ります。材料はチノヒト達がどこからか運んでくるので、出所がわからない、という意味では、あまり大差はないかもしれませんが。


「うーん、ハクラは、イスティラ様の、何が嫌いなんだい?」

「全部」


 クロヤの質問に、ハクラはきっぱりと答えました。


「だって、母親だって言われたってわかんねえよ、おれ、気づいたらここに居たんだぜ」


 ハクラの()()()()の記憶は、みんなの前で紹介されたところ、です。

 それが全てのスタートで、それ以前がありません。みんなと同じ生活を、みんなと同じように過ごしています。


 顔はわかります、声もわかります、でも、それだけです。母親と息子の繋がりのようなものは、ハクラの中には、何一つとしてありません。


「それを間違ってるとか、後継者とか、ちゃんとしろとか、周りから言われても、わかんねーんだよ」

「そっか。……うーん、僕らは、親とかわかんないからね、みんな、うらやましいんだよ」

「クロヤもそうか?」

「どうかな」


 聞かれたクロヤは、いつも通りの苦笑を浮かべながら。


「ハクラとカイネが、僕の家族だよ。今はそれでいいかな」


 治療室のある三階から、図書室のある四階を経由して、子供達の寝室が並ぶ五階は、すべての部屋を、子供達の寝室の為に使っています。


 例外もありますが、基本的には一部屋につき二人、それが五十部屋あるので、()()()()最大で百人の子供達が、共同生活を営んでいる事になります


 ハクラとクロヤは同じ部屋ですが、男女の区分けがキッチリされているわけではなく、例えばハクラ達の隣はカイネの部屋だったりします。

 そして、カイネは貴重な一人部屋、パートナーがいない子供です、なので……。


「あ、おかえりなさい……カレリン、大丈夫だったのよ?」


 カイネは当然のように、二人の部屋にいるのでした。


「当番がレベータだったから、心配いらないよ。それより、ほら」

「……? なにこれ、飴?」

「血を増やす薬だって。明日もチノヒトが来るから、今夜のうちに飲んでおけって」


 クロヤが差し出した飴玉を請け負ったカイネは、甘味の気配に一瞬色めき立ちましたが、すぐにしょんぼりと肩を落としました。


「うぇー……あ、ハクラお兄ちゃん、ちゃんとカレリンに謝った?」

「………………」

「謝ってないんだ……もぉ、もぉ、本当に知らないのよ?」

「仲直りしたいわけじゃないからいいんだよ」

「間に挟まれてるわたしがいやなの! みんな家族なんだから、仲良くしたいのよ」


 ハクラにとって、カイネはやかましくて口うるさい、妹のようなものです。だから、家族かどうかと聞かれたら、頷くでしょう。

 でも、それ以外の子供達に関しては、『顔を知っている他人』ぐらいにしか、思えませんでした。


「おれはあいつと家族になった覚えはねえ」

「…………ねえ、クロヤぁ……」

「ごめんね、カイネ。でもお説教はしておいたから、勘弁してあげてよ」


 すがりつくカイネの頭を撫でて、クロヤはやっぱり、苦笑を隠しません。


「今度から、暴力だけは絶対に振るわないってさ」

「ほんとに?」

「………………あー、はいはい、ホントだ、ホント」

「……じゃあ、カレリンには、言っておくのよ? 反省してたって」


 ハクラ自身は反省したとは口が裂けても言いたくありませんが、それを口にすると、またカイネが拗ねることは明らかでしたので、


「………………ウン、イイヨ」


 なんとかその言葉だけ絞り出したのでした。


「……じゃ、許してあげるのよ」


 やっと笑顔を見せたカイネに、ようやくハクラは一息つきました。

 その後、食事当番の子供までチノヒトに吸われすぎてぶっ倒れていたことが判明し、三人で夕食を作る羽目になったのは、また別のお話です。


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