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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第九章 人繭のセリセリセ

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プロローグ 白と黒と灰 Ⅱ


 三日に一度、血を捧げること。

 イスティラの命令には、必ず従うこと。

 そして、イスティラを母と呼ばないこと。

 その三つさえ守っていれば、その魔女の庭に住まう子供達には、食べるものと、着るものと、温かい寝床と、望むのであれば読み書きといった教育が与えられました。


「……ハクラお兄ちゃん」


 さらりと伸びた、灰色の髪の毛が特徴的な、カイネという名前の娘も、その一人でした。

 年の頃は十歳程度ですが、ハキハキとはっきり喋り、会話の端々から、聡明な知性を感じさせる少女です。もし外の人と会話する機会があるなら、どこの学院から出てきた秀才なのかと、びっくりされる事でしょう。

 男女兼用で、皆が揃ってお揃いの、袖と裾の長い真っ白なローブは、彼女の小さな体にもぴったりでした。


「言い訳があるなら、ちゃんと聞くのよ。何か事情があるんでしょ? わたしから、説明するから」


 彼女はそうは言いますが、素直に言い訳をしたところで、聞く耳を持たないのは明らかでした。

 ですから、『ハクラお兄ちゃん』と呼ばれた、ぼさぼさの白髪に、赤い瞳の少年は、


「べーっ!」


 瞳と同じぐらい真っ赤な舌を出して、返答そのものを拒否しました。


「もーっ! どうしてどうして、そうなのよ!」


 大爆発したカイネの声は、部屋中に響き渡りましたが、そもそもこの部屋……図書室にいるのは二人だけでした。

 読み古された本が大量に貯蔵されていて、読みたいときに好きなだけ読んで良い事になっているのですが、内容はとても難しいのです。


 難しい異国の言語に、複雑な理論が書かれた魔導書、内容を欠片も理解できない論文といった、文字通り【イスティラのお下がり】に興味を示す子供は数少なく、カイネの様に、毎日、皆が呆れるぐらい通い詰めては、一日、数ページ、時には数行を理解するのに、時間と労力を費やすような子は、彼女を含めても数人が良いところでしょう。


 もちろん、だからといって、大声を出していいわけではないのですが、その小さい体のどこから出たんだ、というぐらいの声量でしたので、正面に居たハクラは思わず耳を両手で塞ぎました。


「たったひとこと、ごめんなさいを言うだけでいいのに! どぉしてそれぐらいのこともできないのよっ」

「知るかよ、おれは男女びょーどーしゅぎだ」

「そのまえに平和主義であってよ! カレリンのほっぺ、今でもまっかなのよ!」


 何があったかというと、先日、カレリンという少女と口論になった際、あろうことか男子であるハクラが頬をひっぱたいて泣かせてしまい、ちょっとした事件になってしまったのでした。


 イスティラは基本的に放任主義で、子供達の間でトラブルが起きても原則として干渉しませんが、暴力沙汰は別です。チノヒト、と呼ばれる眷属達がわらわらとやってきて、二人を引き剥がし、その場では事なきを得ましたが、ほとんどの子供達は当然ながらカレリンの味方をし、普段はハクラと一緒にいるカイネまでもが糾弾する側に回っています。


「暴力は、野蛮なのよ、知恵と話しあいで、解決すべきだってこの本にも書いてあるのよ」

「おれは別に解決したいわけじゃねーんだよ」


 じぃっと睨みつけてくるカイネに、ハクラは頬杖を突いて顔をそらしながら、言いました。


「二度とおれにちかよってほしくねーんだっつの」


 譲り合うとか、謝罪し合うとか、そういう妥協点を探るつもりの一切ない拒絶でした。

 カイネだって、ハクラのことをよく知っています。何の理由もなく女の子を叩いたりするような人でないことを知っていますから、原因があれば教えてほしいし、カレリンに悪いところがあるのなら、仲裁に入ることだって出来るでしょう。


 だというのに、この態度なものですから、カイネの怒りはあっという間に上限値を超えてしまいました。


「ん~~~、ハクラお兄ちゃんの、わからずや!」


 だんっ、と机を叩くのも、お行儀が悪い行為ですが、見咎める人はやっぱり居ません。




「どうして? イスティラさまの息子なのに!」





 それは、子供達には周知の事実でした。

 ハクラ自身、イスティラに手を引かれ、皆の前で、


『この子は、ハクラっていうの。私の子供。今日から皆のお友達、仲良くしてあげてね』


 そう言われたことを覚えています、そして、()()()()()()()()()()()()()


 まだ親に甘えたい盛りの、幼い子供達からしてみれば、恩人であり、敬愛すべき対象である、しかし母と呼ぶことを許されないイスティラの、実子です。


 嫉妬もあれば、羨望もあり、しかしそれらの感情をぶつけること自体が、イスティラから嫌われてしまう要因になるかも知れません。


 皆、後先を考えられる程度には賢かったのも災いし、ハクラは周囲から距離を取られるようになってしまいました。


 そして、それはハクラにとって、最も言われたくない言葉の一つです。


 たとえ、相手が妹のように可愛がっているカイネが相手であっても、反射的に怒鳴り返そうとしてしまうほどに。


「実のお母さんにだからこそ、大変なことだって、あるんじゃないかな」


 実際、狙いすましたようなタイミングで、そんな声が聞こえてこなければ、カイネ以上の声量で言い返していたことでしょう。


 背後から聞こえた、聞き覚えのある声に、ハクラは一度深呼吸をしてから、行儀悪く、頭を思い切り反らして、声の主を見上げました。


 逆さまになった視界には、肩まで黒い髪の毛と、青い瞳が特徴的な、優しげな顔の少年が、柔らかい笑みを携えながら歩いてきました。


「ハクラはハクラだ、そうでしょ、カイネ」


 年の頃はハクラと変わらない、十歳前半、線は細く、ハクラと並ぶと少し華奢に見えますが、身長は、拳二つ分程上でした。


「クロヤ、遅いのよ!」「おせーぞ、クロヤ」


 ハクラとカイネ、二人が同時に、少年……クロヤの名前を呼びました。


「いっしょに話を聞いてくれるって言ってたのに!」

「おれは別にしてほしいなんて言ってねえってば」

「ハクラお兄ちゃんはだまってて! ねえ、クロヤがなんとか言ってほしいのよ、もう、お兄ちゃんったら全然……」


 カイネがここぞとばかりに不満をぶつけようとした時、あれ? と首を傾げました。


「クロヤ、腕、どうかしたか?」


 ハクラも同じタイミングで気づいたようです、立ち上がって、近づいて、無理やりクロヤのローブの右袖をめくりあげました。


 右腕の中ほど、今まさに巻いたばかりといった具合の包帯に、ところどころに赤い色が滲んでいます。


「ごめんって、チノヒトに捕まっちゃってさ」


 見られたクロヤ本人は、困ったなあ、という苦笑をするだけですが、それを見たハクラは、露骨に嫌そうに、


「げっ」


 という言葉を隠しもしませんでした。


「クロヤ……チノヒトさま、来てるの?」


 特に、先程まで怒り心頭だったカイネなどは、口元をきゅっと険しく引き締めて、しゅんと肩を落として、恐る恐るといった様子です。


「今は下の階に居るよ、他の子達が相手をしてる。まだこっちには来ないと思うけど」

「そ、っか……ううん、他の子がいるなら、わたしは、まだいいのよ」


 年相応の、大人しい子供に戻ってゆくカイネの灰色の瞳に、不安の色が満ちていくのを見て、ハクラはち、と舌打ちをしました。


「……なあ、あいつらが来るのって今日だったっけ?」

「前来たのは一昨日だから、いつもより一日早いね」

「ふうーん……」


 三日に一度、チノヒトに()()()のは、子供達にとっての義務です。チノヒトはイスティラの眷属ですから、彼女たちに逆らうことは、許されません。


 それを聞いたハクラは、近くの本棚から、なるべく分厚い本を一冊、手に取ると、適当なページを開きました。

 表紙を確認しなかったから、大まかな内容すらわかりませんし、書いてある異国の文字も、当然読めませんでした。


「あれ、急に勉強する気になった?」

「別に、なんとなくだよ、なんとなく」

「ハクラに本って、似合わないなあ」


 そう言いながら、カイネの隣に座ったクロヤは、返事も待たずに、小さな頭をぽんぽん、と撫でました。


「な、何? クロヤ」

「ん、こうしてほしいのかなって」

「こ、子供あつかいしないでほしいのよ、平気だってば!」


 そうはいうものの、手を払い除けようとはしないカイネの顔が、みるみる赤くなっていくのを見て。


「はぁー……だから、最初からおまえが来てくれりゃよかったんだよ」


 読みもしない本のページを適当にめくりながら、ハクラは呆れたようにいいました。

 ハクラ、クロヤ、カイネ。

 出身地名(ホームネーム)を、彼らは知りません。城の外に出たことがないから、名乗る必要がないからですが、仮につけるのであれば『イスティラ』となるでしょう。


 三人の中で、一番年上なのがクロヤです。

 線が細く、穏やかで、いつも微笑んでいて、困りごとには手を貸してくれる、頼れるリーダーと言うところでしょうか。


 一方、ハクラは問題児です。クロヤより一つ年下ですが、他の子供達とのいさかいが絶えず、出自の事情もあって、あまり人と関わりがありません。

 クロヤとカイネがいなくなったら、ハクラと積極的に話してくれる子供は居ないでしょう。


 カイネは二人よりも、もう少し年下ですが、一番真面目で、勤勉で、かわりに融通がちょっと利きません。

 ハクラのことは出会った時から『お兄ちゃん』と呼んでいますが、クロヤのことは呼び捨てです。

 性格も、年齢も、得意なことも違う三人は、交友関係もバラバラです。


 クロヤは皆から慕われている兄のような存在で、カイネは女子達とも仲が良く、そしてハクラは他に友達がいません。

 それでも『自分たちがどのグループに所属しているか』を聞かれたら、彼らはこの三人だと答えるでしょう。


「だからさ、ハクラお兄ちゃんがひとこと謝れば……」

「ハクラにも事情があるのかも……」

「その事情を教えてくれないから、わたしはおこってるのよ!」

「あーもーどうでもいいっつーの」

「誰のために…………」


 そんな、とりとめも進展もない会話を続けていると。

 ぎぃぃ……と音を立てて、鉄作りの扉が、石造りの図書館の中に響きました。


「あ、チノヒト、さま」


 いつの間にか、子供達が『チノヒト』と呼ぶモノがいました。

 体格は子供達よりも一回り大きい、十代後半の後半くらいの少女です。

 身長や体格にある程度の個体差はあるものの、まるでイスティラの姿をそのまま写したかのように、真っ白な肌、真っ白な髪の毛、眼孔には眼球の代わりに、不思議と流れ落ちない血液が、ちゃぷちゃぷと溜まっているのが特徴でした。


 衣服を身に着けておらず、裸の胸がむき出しですが、邪な感情など懐き様もないほど、命を感じさせない、無機質な存在です。


『………………』


 チノヒトはずんずんと大股で三人に近寄ると、手前にいるハクラは無視して、カイネに向かって、長い腕を伸ばしました。


「痛…………っ」


 ぐいと、と乱暴に手首を掴まれたカイネは、机に上半身を引き倒され、思わず声を上げましたが、チノヒトは意にも介しません。

 袖を強引に捲りあげると、反対の手で肘のあたりを掴み、思い切り力を入れました。


「あっ、うっ、ぐっ、やっ」


 みしみしと肉と骨がきしむ音がして、掴まれた部分が真っ白になっていきます、一方で、握力に挟まれた腕はみるみる真っ赤になって、血管が浮き出てきました。


 カチカチ、と音がしました。チノヒトが、つるつるとした歯をかみ鳴らす音でした。犬歯が異様に尖っていて、その役目はもちろん、皮膚に穴を開けて、血をすする為のものでした。


 やがて、チノヒトが大口をあけて、カイネの腕に噛みつこうとしたその瞬間、


「おっと手がすべった」


 思い切り腕を振りかぶって、読む為ではなく、鈍器として使うために準備された分厚い本の角を、チノヒトに叩きつけました。

 攻撃を想定していなかったチノヒトは、どんがらがんと大きな音を立てて、椅子をなぎ倒しながら床に転がりました。


「ハクラ……」


 クロヤの、いつもの困った表情が、流石に動揺に満ちています。


「お、お兄ちゃん、なんてこと」


 腕を解放されて、助けられた側のカイネですが、まだ残る痛みに歯を食いしばりながら、顔を青くして言いました。


「チ、チノヒトさまに、こんなことしたら……」

「ルールを先にやぶったのはこいつらのほうだ」


 血を捧げるのは、三日に一回、それは子供達の義務ですが、本日は前回の徴収から二日しか経っていません――勿論、それを理由にチノヒトに逆らおう、なんて考えるのは、ハクラぐらいのものですが。


「もしなんか言われても、殴ったのはおまえじゃなくて、おれだ」


 それは子供の屁理屈で、何をどう裁くかはイスティラが決めることですが、ハクラは、ためらいませんでした。

 しかし、殴られたチノヒトも黙っては居ません。ギギギギギギ、と関節から鈍い音を立てながら、立ち上がり始めました。


「クソ、しぶといな、もう一発…………」

『――――――カッ』


 ゆっくりとした動きから、突如、猛獣のように体を起こして、チノヒトが飛びかかってきました。


「げっ」


 ハクラが本を持つ腕を、カイネにそうしたように、強く握って、無理やり血管を肌に浮き出させて。

 脚をバタバタと動かし、立ち上がろうとしながらも、カチカチと歯を鳴らして、迫ってきます。


「怖っ! のやろ、もっぱつぶん殴って……あっ!」


 もう一発ぶん殴ろうと、本を持ち替えようとしましたが、腕への圧迫があまりに強く、ついに耐えきれなくなって、どしゃりと音を立てて、本が床へ落ちてしまいました。

 不意打ちならともかく、子供の腕力と体格では、チノヒトと力比べをして、勝てる道理はありません。


「てめっ、こらっ、くそっ!」


 のこった片腕で顔や頭を殴りつけますが、チノヒトは微動だにしません。硬い陶器にぶつけているようなもので、拳の方が痛いぐらいです。

 ぐり、と更に力を込められた所で…………。


 ごしゃっ、と今度は、もっと生々しい音が、図書室に響き渡りました。

 ごろんごろんとチノヒトが床を転がる勢いは、先程の比ではありません。


「……僕も怒られるよなあ、これ」


 あろうことか、図書室の椅子を振り下ろし、チノヒトの後頭部に叩きつけた姿勢のクロヤは、もう苦笑以外の表情を忘れてしまったかのようでした。


「ク、クロヤまで…………!」

「ほら、僕はもう血を提供したし? ルールはやぶってない……」


 そう言い切ってから、ハクラを見て。


「……よね?」


 と、確認するものですから、


「……だよな!」


 そう応じました。


「そ、そんな屁理屈……きゃっ!」


 テーブルの上に乗せられる形になっていたカイネを、クロヤが引きずって、自分たち側に持ってきて。


「とりあえず、逃げよっか」

「ああ、コイツラが帰るまでな!」

「も、もう、もう!」


 再び起き上がろうとするチノヒトをほったらかしにして、三人は図書室をあとにしました。


 …………もちろん。

 魔女イスティラは、全てを見て、聞いて、知っています。

 チノヒトは全員、()()()()()()()()、血を分け与えて造った眷属であり、視覚も聴覚も共有できますし、普段は全自動(フルオート)で動かしている彼女たちを、直接操る事もできます。


 ですが。


「くふふ」


 面白がって、その情景を見ているだけでした。現在のチノヒトの行動基準は単純で、近くに子供が居たら、血を回収する、それだけです。ハクラ達と離れてしまった以上、あの個体は他の獲物を探すでしょう。


「わがままになってきたね、ハクラ。クロヤは、うん、だいぶ、影響されてるなあ。カイネは真面目で、いい子だね」


 城にいる子供達の名前は、みんな覚えています。

 腹を痛めて産んだ我が子は、もちろん大事で特別ですが。

 この城で預かることになった子供達は、全員等しく、大事なイスティラの私物(もの)ですから。


「くふふ、ね、そろそろ、いいかな……お腹、空いてきちゃったな」


 その独り言を聞いているものは、誰も居ません。

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[一言] ドリコムメディア大賞おめでとうございます、 書籍化、楽しみです
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