プロローグ 白と黒と灰
イスティラ、という国は西方大陸の端にある。
いや、国と呼んでよいかは微妙なところだ。
なにせ国を守る城壁もなければ、番をする兵士もいない。
物資の流通を行う商人も居ないし、通りを歩く職人も居ない、何なら、民家と呼べる建物がない。
触れたものを侵食する黒い泥と、枯れ果てた木々の、成れの果てだけがある荒野が、延々と広がっている。
周囲がどんな天候でも、その周囲だけは常に真っ黒な雲がかかっていて、空気が淀み、じめじめとした不快感を感じることだろう。
この時点ならまだ引き返せる。
見られはしているが、よほどのことがなければ、追いかけられることはない。
だが、何の理由があるのか、まともな生物ならば長居することを拒むその荒野を、粘つく泥に足を取られながら、まっすぐ進むと、沿岸地帯でも見られないような、真っ白な地面が、細長く細長く伸びている。
もし旅人がわずかにでも安堵を覚えたのならば、それはあまりに気が早い。
一歩踏み出すと感じる違和感が、確信に変わるのはすぐのことだ。歩く度にミシミシと、ピシピシと、ひび割れるような、砕けるような音が靴底から鳴り響く。
そうして進んで視界に入ってくるものをみて、踏みしめているものの正体を知る。
それらは、全てが魔女の贄となり、使い捨てられた残骸だ。
中身まで丁寧に『使われ』ているから、ほとんど空洞で脆く、触れるだけで砕けてしまうような儚い白。
それらが自然に風化して、あるいは尊厳なく踏みつけられて、粉々になって固められている――骨だ。無数の骨が敷き詰められて、泥の海に陸地を形成しているのだ。
ここまで来たら、もう引き返せない。仮に振り返って逃げたとしても、気づけばまたこの白い道の入り口にたどり着いてしまう。
生者の残骸を踏みにじりながら、進み、進み、進み、進み。
やがて、断崖絶壁に立つ、煤けた古城にたどり着く。
おめでとう、勇敢なる旅人よ。ここがイスティラの鳥籠、君の終焉の土地。
門扉がひとりでに開かれ、もはや入らない、という選択肢は君からは消えている。
そうして飲み込まれたものは、二度と戻らない。
運が良ければ、耐え難い苦痛と絶望、後悔を積み重ねた果てに、君が踏みしめたあの白い道の一部には、なれるかもしれない。
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