エピローグ Ⅲ ミアスピカの双星
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ソレンサ、という村がありました。
かつては採掘業で栄え、やがて掘るものがなくなり、人が住まなくなったその土地は、いつしかリザードマン達の住処となり、そして今は、穢れの吹き溜まりとなり。
腐敗した死体が積み重なって、汚染された土壌と水は、命あるものを立ち入ることを拒んでいる……見捨てられた、場所でした。
「ねえさま、ここであってる?」
そんな場所に、変わった旅人が訪れました。
長さの違いはあれど、薄紫色の髪の毛が特徴的な、二人の少女です。
並ぶ背丈はほとんど同じで、顔立ちも驚くほど似ていて。
「…………あってる、わよね? まっすぐ、来たもの」
『あァ、間違ってねェよ』
短い髪の毛の少女は、よく見れば、肩にトカゲをのせているのです。
「……あのね、ファ―――」
どこか不安げな表情で、傍らの姉妹に声をかけると、
「ねえさま、今のわたくし達は、違うのですよ?」
長い髪の少女の名前を呼ぼうとした、〝ねえさま〟は、あ、と目を見開いてから、ため息を吐きました。
「……ごめん、まだ、慣れないわ。……そっちは、ずっと、ねえさまで、間違えなくて、いいわね」
「はい、わたくしにとっては、ねえさまは、ねえさまです」
にこにこと笑顔を浮かべる妹を見て、また、一つ、ため息を積み重ねて。
二人は、お互いの右手の甲を触れ合わせました。
お揃いの色彩を持つ、紫水晶の秘輝石が、かつん、とぶつかると、紫色の粒子が、とめどなく生まれて、大地を埋め尽くしていきました。
汚染された土壌は、みるみるうちに色を取り戻し、朽木から新芽が飛び出してきた。
濁った泥で停滞していた川は、少しずつ清流となっていき。
……まるでその地が、最初からそうであったかのように、様々な花が咲き乱れる、色彩の絨毯へと、姿を変えてしまいました。
『………………』
短髪の少女の肩に乗った、赤い鱗のトカゲは、彩りにあふれていく大地を見て、静かに目を閉じました。
それは、遠い昔の記憶。
少女が、いつまで経っても色あせない、柔らかな笑顔で、言いました。
――――いつか、花が咲いたら素敵だと思わない?
『あァ、そォだな』
たったその一言を言うために、随分と回り道をしてしまったものです。
「……何か、言った?」
『……なンにも。で、次はどこに行くって?』
トカゲはツンとそっぽを向いて、肩の上で丸くなってしまいました。
どうして拗ねたのか、わからないその様子に、首を傾げながら。
「まずは、パズね、それから、西方大陸。ここから、歩いていくのは、大変だけど」
そう言って、妹の顔を見て、微笑みながら、言いました。
「……大丈夫よね? 私達、一緒なら」
妹は、楽しそうに両手を広げて、言いました。
「勿論、どこへでも! ねえさまとなら、あなたとなら!」
長い旅路です、徒歩で進むにはいささか辛く、時間もかかりますが。
今まで足りなかったものを、埋め合わせるのには、きっとちょうどよいのでしょう。
籠の外から出た鳥を、遮るものはもう居ません。
どこまでも広がる青い空を見上げながら、二人は手をつないで、歩き出しました。
かつて一つだったものを、二つにわけた双子の姉妹。
割れてしまったモノを補うために、二人で一つとなった双子の姉妹。
生と死を共有し、命という器を重ね合わせた、双子の姉妹。
後にミアスピカの双星と呼ばれる、赤い鱗のトカゲを連れた、双子の冒険者。
アメラとシストと名乗る姉妹は、行く先々で様々な事件に首を突っ込む事になります。
彼女たちの冒険が、吟遊詩人達の、格好の弾き語りの種になるのは、まだ少し先の、未来のお話。




