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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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エピローグ Ⅱ そして次の旅

 ◆


 旅人には何よりもありがたい、雲ひとつない晴天。

 幌から景色を楽しむ余裕があるぐらい、ニコが馬車を引くペースは穏やかだった。レレントで過ごした時間の過密さを考えれば、多少のんびり旅をしたって罰は当たらないだろう。

 ………これから向かう先のことを考えなければ、だが。


「また厄介な《冒険依頼(クエスト)》を……」

「まぁまぁ、ちょっとしたお使いじゃないですか」

「この手の話がちょっとしたお使いで済んだことなんかねえだろ……」


 しかし、あらゆる後始末を一手に引き受け、こちらに火の粉がかからないように配慮してくれたザシェの頼みだ。特に、()()()()()()()も考えれば、引き受けないわけにも行かない。

……いや、それを押し付けて、断りにくくする為に、面倒くさい作業を買って出てくれたんだろうが。


「……ところで、一つわからないことがあるんだが」

「? どうしました?」

「サフィアリスとヴァミーリの関係は納得いったんだが……そもそもお前(アイフィス)とサフィアリスはどういう関係なんだよ」


 サフィア教の歴史を辿る過程では、結局アイフィスの名前のアの字も出てこなかった……の割には、こいつはかなりの私情を抱えてこの件に挑んでいたし、当事者のような振る舞いをしている。

 そこだけがどうにも引っかかるのだが……。


『………初代リングリーンは、クロムロームを封じた後、しばらくはルワントンで暮らしていたのだ。当時は教会都市でもなければ大聖堂もなかったが』


「ああ、そういやサフィアリスの生まれもルワントンだったっけか。そこでサフィアリスと知り合ったのか?」

『………………』


 俺の問いに、なぜかスライムは黙り込んだ。

 代わりに、にやにやと笑いながら、リーンは俺の顔を覗き込んできた。

 それは、とんでもないいたずらを仕掛けてくる前フリだと、俺は理解していた。


「初代リングリーンは、三人の娘を産んだのです、長女ガーネアリル、次女サフィアリス、三女エメラアリア」

「………………は?」

「そしてそのお相手こそ、リングリーンと長い旅を共にし、その終生を看取った契約者、蒼竜アイフィスなのでしたー」

「…………………はあ!?」


 まず思ったのは『どうやって!?』だったが、まあ悪魔と契りを交わして魔女が生まれるぐらいだし、竜人化したルーヴィのことも考えれば、うまくやる方法はあるんだろう。

 当人にわざわざ聞くのもあれな話題だし……いや、それより。


「ってことは何だ、サフィアリス……女神サフィアは、魔女の娘だったってことか!?」


 竜の力を使うなら、竜に愛されなければならない。

 サフィアリスが、奇蹟を起こせる程の力を有していた理由……原初の魔女と、蒼竜の混血児が、二体の竜の祝福を受けて、スフィアを与えられていた。

 そんなの、女神にだってなれるはずだ……が。


「はい、だからこれはもう、絶対に秘密ですし、私も詳しいことはレレントに来るまでは聞いたことはなかったんです、下手なことを言うと教会を敵に回す、なんて話では済まなくなりますから」

「だろうな……」


 当たり前だ。普通の信者からすれば、今だって唯一無二の女神なのだ。主張をしたら侮辱どころじゃない。ボコボコにされるに決まってる。


『………母が救った世界を、自分の目で見たい。同じように旅をしてみたい。それがサフィアリスが、故郷を出た理由であった』


 遠い過去に思いを馳せるように、スライムは幌の外に広がる、青空を見た。


『我輩が最後に見たのは、行ってきますと手を振る、あの子の後ろ姿だ。……今でも、それだけは忘れぬ』


 サフィアリスが迎えた最期は、良い終わりではなかったと思う。

 それでも、未来の為に結ばれた約束は、確かに、受け継いだ者達の手で果たされた。


「俺達の目の届くところで、見届けられてよかったな」

『……慰めのつもりかね?』

「気ぃ使ってんだよ。……他の二人の娘はどうしたんだ?」

『ああ、ガーネアリルはやんちゃでな。商売っ気が強く、こんな田舎では儲からぬと言って、金目の物を全て盗んで飛び出していった。西方大陸で商会を立ち上げたと言って、後年には孫を連れて船で故郷に凱旋したが、初代にしこたま怒られたな』

「いくらなんでもやんちゃがすぎるだろ」

『サフィアリスはその後を追ったという面もあってな……故に、リングリーンの正統後継者は、三女のエメラアリアとなった。お嬢はその末裔であるな』

「ふうん………他の二人のことを考えると、そいつも相当だったんだろうな」

「どういう意味ですかそれは」

「言葉通りの意味だが……」


 リーンの拳がみぞおちに刺さった。痛い。


『おとなしく、いつも微笑みを絶やさぬ娘であったよ。ちょうど、お嬢と似たような顔立ちをしていた』

「え、理想の女じゃん」

「どういう意味ですかそれは!!」


 リーンの杖による殴打が始まった、死ぬ。


『そう……微笑みを絶やさず、不満一つ言わず……溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで、ある日突然脈絡なく大爆発するような娘であった……』

「前言撤回………」


 すぐに手が出るリーンでこれなのだから、大爆発の被害の規模は、想像もしたくない。


『………我輩は、歴代の魔物使いの娘たちが、生まれ、育ち、死にゆくまでを、ずっと見てきた。喜びも、悲しみも、いつも変わらぬ』 

「アオ……」

『これからもそうだ。お嬢が役目を終えて、子を産み、その子が育ち、また子を産み、生を全うする所を、我輩は見るのだろう。願わくば、皆の生きる時間は……幸福なものであってほしいものだ。別れの際に、顔を上げて見送れるように』

「………そーだな」


 俺には想像できない。父親は悪魔で、母親は魔女だ。

 あの女に愛情を抱いたことも、愛情を貰ったこともない。

 自分が親になるところも想像できないし、きっと死ぬまでそうだろう。

 だから、せめて関わった連中くらいは、ちゃんと幸せに生きてほしいもんだ。


「だーいじょうぶですよ、アオ」


 柄にもなくそんなことを考えていると、後ろからリーンがのしかかって来た。細い髪の毛が頬に触れて、くすぐったかった。


「私は、今も結構幸せですし……これからも、そのつもりです。ね、ハクラ」

「……なんで俺に振るんだよ」

「なんでだと思います?」


 にや、と笑うリーンの、翠玉色の瞳を前に、何も言えなくなるのはいつもの事だった。

 だからまあ、さっきのが、俺の本心でいいさ。




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