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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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願うということ Ⅴ


 ◆


「くっそ! そもそも――――――」

「ガアアアアアアアアアア!」

「槍は専門外なんだっつの!」


 ルーヴィの猛攻を、必死に凌ぐ。セキが気を引いてくれるものの、奴だって熱に耐性があるというが、こいつの前じゃ正直誤差だ。


 唯一の救いは、ルーヴィが竜人になる前のように、速度を活かした戦闘スタイルを取っていないことだった。洗練された剣技ではなく、力任せの大振りの隙を見出して、槍を尽きこむ。


「これで――――――どうだ!」

「グル――――――!」


 (あばら)にねじ込まれた穂先は、微かに熱を吸い込み、明滅する。

 だが、一瞬動きを止めるのが精一杯だった。

 

「やっぱり、無理か……!?」


 効果はあるが、足りない。何かが必要だ、現状を変える何かが――――。


「――――――――グ、ルァ」


 突如、ぴた、とルーヴィが、動きを止めた。

 何を、と思う間も無く、被膜の張った翼の先端から、細い炎が吹き出し始めた。


「おいおいおいおい――――――」

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ボウ、と音を立てて、翼の先端が爆ぜた。

 噴出する火炎が加速器となって、竜の出力がそのまま速度に転じる。

 地上をわずかに浮きながら疾走するその速度は、俺の視界から一瞬で外れるには十分だった。

 もはや、直撃を避けられたのが奇跡のようなものだった。


「ガッ――――――」


 槍を持っていた右腕に、わずかにルーヴィの体が掠った。それだけで体が勢いに耐えきれず、肩から先が消し飛んだかのような感覚に襲われる。


「しまった――槍……!」


 吹き飛ばされた体が焼けた地面を転がる。あまりの衝撃に、手の感覚は消え失せているが、槍を取り落としたことだけは、わかった。


「逃げロ! ハクラ・イスティラ!」


 セキが叫ぶのが聞こえたが、体を起こす余裕がない。

 まだ視界がぐらついていて、そもそもルーヴィがどこに居るのかもわからない。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 それでも声の近さと、大気の温度の上昇で、また接近して来ていることだけはわかった。

 次は、抵抗できない、終わる――――――。









「――――――おおおおおおおおおお!」


 ドシュ、と肉を貫く音がした。ようやく顔を上げた時、そこには一人の男が立っていた。

 俺をかばった…………様に見えたのは、錯覚だろうか。

 ドゥグリー・ルワントンの胸を、竜人の腕が貫いていた。

 傷口を中心に、炎が広がり始め、残った肉を内側から焼いていく。


「ぐ、ふ…………」

「ウウウウ、ウウウウウウウウウ!」


 ルーヴィから放たれる熱が、一層強くなる。常人なら、既に消し炭になっていてもおかしくないそれを、ドゥグリーは体一つで抑え込んでいた、その力は、どこから来るのか。


「…………ああ」


 既に右腕のないドゥグリーは、残った左腕で、ルーヴィを抱きしめるようにして、拘束にした。


「グウウウウウアアアアアアアアアアア!」

「もっと早く、こうしておけば、よかった」


 触れるな、と言わんばかりに、貫通した腕から、更に炎が吹き上がる。

 竜の生み出す豪炎に焼かれながら、ドゥグリーはそれでも、腕を離さず。


「手を離せ、ドゥグリー!」


 今更遅いだろうとわかっていても、言わずには居られなかった。


「アアアアアアアアア! アアアアアアアアアアアアア!」

「――――――すまない」


 ドゥグリーは抵抗しなかった、ついに体そのものが燃え出した。炎は一瞬、白く明滅したかと思うと、空を圧縮したような青に変わり、そこにあったものを全て焼き尽くした。


「アアアアアア、アアアアアアアアアア!」


 ぼっ、と、爆ぜるような音がして、肉体が塵すら残らず消えた。

ドゥグリー・ルワントンの、それが最期だった。

 かちゃり、と。

 何かが、転がって落ちた。紫色をした、それは荒削りの秘輝石だった。


「シャラアアアアアアアアアアアアアア!」


 ドゥグリーが燃え尽きたのと、ほぼ同時に、セキが、ルーヴィに向かって突撃した。


「ゴ、ァ――――――!」


止めろ、と声を発する間もなく、振り返ったルーヴィが吐き出した火炎に、吹き飛ばされた。

 その瞬間、ルーヴィは俺に背を向けていて。


「――――――やレ!」


 セキの無謀な行動は、ルーヴィを倒す為ではなくて、俺にあの槍を届けるためのものだった。腰だめに構えていたはずのそれは、いつの間にか、俺の眼前に降ってきた。


 ドゥグリーが遺した石に、槍の穂先が触れたのは、偶然だったのだろうか。


 次の瞬間、秘輝石が割れて、まるでリーンやファイアが創り出すような、細かな紫色の粒子となって、槍に纏わりついていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、わからない。

 だが、これが最初で最後のチャンスであることだけは、わかった。


「ルーヴィ…………!」


 起き上がりざま、槍の柄を掴み、ルーヴィに向けて突き放った。


「ガ――――――――」


槍の穂先が触れた部位から、粒子がとめどなく立ち上り、ルーヴィの体を包む、その力は――――――。


「…………〝竜骸〟を封印するための、魔法――――!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()、コーランダ大司教が聖女に至る為に必要だったその力は。今、ルーヴィに与えられた、竜の力を槍へと吸い上げていく。


「ア、アアアアア、アアアアア――――――」


 咆哮は、悲鳴となり。


「う、ああ、ああああああ、ああああ――…………」


 悲鳴は、泣き声となり。


「う、ああ、あああ……あ………………」


 泣き声は、慟哭となって。

 パリン、と音がして、ルーヴィの全身を覆っていた鱗が、弾けるように散った。翼と角は燃え尽きて、消えた。

 ふらりと倒れた小さな体を、なんとか受け止める。もう、大気を焼く熱を発する事は、なくなっていた。


「…………あ」


ルーヴィを受け止めるために、放り出した槍も、まるでタイミングを測ったように、全体に亀裂が入って、砕け散った。吸い上げた力に、耐えきれなかったかのように。

 あるいは、全ての役目を終えたと、言わんばかりに。


「………あ、ああ、ああああ、あああ…………」

「……よう、ルーヴィ」

「う、うう、ああ……あ…………わ、私、私、は」

「何も言うな、休んどけ」

「………………う、うううううう………………」


 地形が変わるほどの戦いで、戦闘が激しかったのが、不幸中の幸いだ。

 空を舞うアイフィスと、俺達以外には、誰もいないから。

 あられのない姿も、泣き声も、誰にも晒さないで、済む。


 ◆


「――――――ねえさま!」

「……ファイ、ア?」


 アイフィスが、戦いの終結した大地に降り立つと、ファイアは、誰よりも早く、ルーヴィに駆け寄った――ちょうど、そこが限界時間だったらしい、竜の体躯はみるみる縮み、馴染みのあるスライムの姿に戻ってしまった。


「ねえさま、ねえさま、ねえさま……!」


 俺は、無言で、ファイアの体を横たえて、一歩離れた。

 駆け寄ってきたリーンに視線を向けると、ただ、首を横に振って、俺の手を取った。

 姉の体を抱きしめる姿を、俺達は、何も言えず、見守っていた。

 見守るしかなかった。


「…………ごめん、ね、私」

「いいの、いいんです、わたくし、だから」

「……許せなかった、わかってた、私は…………私の意思で、やった」


 竜人となったルーヴィの破壊は、誰に強制されたものでもなく、ヴァミーリの意思でもなく――――本人の意思、そのものだった。

 怒りで叫んでいた時も――――意識は、きっとあったのだろう。

 俺達が生きていたのは、結局、その一線を、ルーヴィが越えられなかったからだ。


「ファイアが、辛い世界なんて、消えてしまえって、思ってた……だから」

「償います、ねえさま、わたくしも一緒に。ねえさまさえ、そばにいてくれれば、わたくしは、それだけでいいのです、だから」


 パチ、と、何かが燃える音がした。ルーヴィの末端が、足先から、静かに炭化していく音だった。


「だから…………いかないで、ねえさま」


 聖女の祈りがこぼれ落ちる。

 蒼い光が、どれだけ溢れようと、ルーヴィの崩壊は、止まらなかった。

 本来はとうに失われたはずの命に、竜の力を注ぎ入れたのだ。

 小さな器が、耐えきれるわけがなかった。

 死をも覆す奇蹟を、受け入れる器そのものが、もう、無いのだ。

 それでも――――それでも、ファイアは止めなかった。


「だ、め…………ファイア、それ以上は…………」


 ルーヴィが止めても、押しのけようとしても、本流は止まらない。

 蒼い粒子が、高く高く、空へと昇っていく。

 俺には、それが天に向かう、光の梯子に見えた。


「っ」


 ついに、ルーヴィの手を握る、ファイアにまで、炎が燃え移った。

 とっさに飛び出しかけた俺を、リーンの手が、掴んで止めた。


「ルーヴィ! ファイア!」


 怒鳴って振りほどこうとして――――その目に溜まった涙を見て。

 俺は、それ以上、何も言うことが、出来なかった。


「……手を、離して、お願い」

「離しません、もう、離れ離れは、いやです、ねえさま。一人でなんて、行かせません」

「…………こういうときだけ、我儘、ばっかり……!」

「はい、そうですよ、ねえさま、わたくしは、我儘なのです。マドレーヌは二つ食べたくて、本当は、お勉強も嫌いで。…………ねえさまと、ずっと一緒にいたい、我儘な、妹なのです」


 これが、女神と赤竜が、未来に託した約束の答えなら、この戦いに何の意味があった?


「――――――クソっ!」


 魔人も、魔物使いの娘も、アイフィスも、誰にも、止められない運命の流れ。

 ただ一人。


「…………あァ、()()()()()()


 セキが、ふらりと歩き出し、燃えて揺らぐ二人に近寄ると、おもむろに、ルーヴィの、まだ形を残している右手を掴み、左手を、ファイアの額に添えた。


「……トカゲ様?」

「…………お前…………」


 ファイアからすれば正体不明で、ルーヴィからすれば自分にとどめを刺した怨敵で。


「結局の所、ヴァミーリが何より後悔してたのは、あの時、サフィアリスを助けられなかった事なンだよ――それが出来なかったから、お前達は、俺達の契約に巻き込まれた」


 その声は、音は同じでも、俺が知るセキのそれではなかった。

 もっと深く、もっと遠い所にいる、誰かの声。

 反射的に、振り返る。そこには、アイフィスが凍てつかせた〝竜骸〟が、残っていた。

 翼を広げ、両手を振り上げ、空に向かって吼えた形のまま。


「ヴァミーリからの伝言だ、〝すまない〟、そして――――」


 ちかり、と光が瞬いて――――炎が、二人の体を焼き尽くした


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