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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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願うということ Ⅲ


 ○


 時は少し、遡る。

 祀るものが居なくなった竜骸神殿に、我輩とお嬢は居た。

 他の皆は、外で待機してもらっている。これから起こる出来事は、なるべくならば人に見られたくはない。


 まあ小僧は良いのではと思ったが、お嬢が『ハクラは一番ダメです』と言うので放り出した。理由を考えたが、そういえば発動には()()()()()が必要なのだった。


 ……未だ小僧に教えたくないというか、意地になっているというか。


 余計なことを考える場合ではなかった。時間がない。

 我輩を広場の中心に置いて、お嬢は杖を大きく翳した。

 前置きもなにもなく、即座に詠唱が始まる。


 リングリーンの秘宝、魔杖エメラアリアの先端、()()()()()()()()()()()()()が、その中身を顕にし、目を閉じた。




「――――汝、蒼竜アイフィス。契約に従い、己が存在を思い出せ」

「汝は竜、汝は王、汝は契約者、汝は支配者」

「天を舞うもの、地を治めるもの、星を総べるもの」

「ルシルフェルが契約者、リングリーンを受け継ぎし、我が名■■■■■■が希う」



 よどみなく紡がれる詠唱に、我輩の中で何かが膨れ上がる。

 それは、かつて我輩のものであった体である。



「――――――顕現せよ」



 それが、最後の鍵だ。

 莫大な緑の粒子が、柱となって我輩を包み込んだ。


「お、おい、大丈夫か…………うおお!?」


 天に立ち上る光を見て、慌てて飛び込んできた小僧達の目に入ったのは。






『――――どうだ、小僧』



 懐かしき、我が竜の体である――――目を見開いて、呆気に取られた様は、なかなかに面白い。


「〝竜骸〟、でもない、本物の、竜、です……」


 ファイア嬢も、クレセン嬢も、同じような顔をしていたが。


「…………今更ビビるかよ、おら、行くぞ!」


 小僧が飛び乗り、お嬢が後に続いた。ファイア嬢には申し訳ないが、尾で体を持ち上げて、そのまま背に乗せる。


「ひきゃっ」

『乱暴ですまぬが、時間がない。クレセン嬢、君には申し訳ないが…………』

「わ、わかってます、ここから先は、私、役に立たないって。でも、待ってますから!」

『うむ――ニコ、クレセン嬢を頼む』

『きゅ!』


 ニコに預けておけば、どれだけの危機であっても、逃げ延びる事ぐらいはできよう。

 馬車にクレセン嬢が乗り込むのを確認してから、竜骸神殿の、開けた天井に向かって、我輩は翼を動かした。






 ◆


 竜になったスライム――いや、アイフィスの背に乗って、レレントの北側に辿り着いた時、もう現場は混乱状態に陥っていた。


『振り落とされるなよ!』


 アイフィスが警告を発しながら、ヴァミーリにそのまま突進した。

炎を吐き出そうとするその頭に尾を叩きつけ、弾き飛ばす、ヴァミーリは即座に空中でその身を翻し、こちらに向き直り、吼えた。


【ゴアアアアアアアアアアアアアア――――!】


 だが、その体は――――。


「……なんか、色が戻ってねえか?」


 俺達が竜骸神殿で見た、赤錆にまみれたような、骸、という言葉が似合う色彩に、戻っていた。


「ハクラ、あれ!」


 リーンが指差す先、そこに居たのは。


「…………ねえ、さま?」


 大地を溶かしながら、歩みを進める、異形の少女の姿だった。

 あまりに鮮烈な赤は、人知を超えたモノだと、直感が告げている。


「……私、勘違いしてました」

「リーン?」

「ヴァミーリが蘇ったのは、ファイアさんの奇蹟の影響だと思ってました、違うんです、ルーヴィさんだったんです……ルーヴィさんの秘輝石を飲み込んだから!」


 ルーヴィとファイア、双子の《天然石(スフィア)》。

 サフィアリスの奇蹟を受け継いだ、ファイアの秘輝石が星蒼玉(スターサファイア)だったように。

 ルーヴィの星紅玉(スタールビー)は、ヴァミーリの力を受け継いでいた、ということか。


「でも、何でルーヴィさんが今になって――――――」

『委ねたンだ』


 セキが、遮るように言った。


『ヴァミーリはもォ、何が正しくて何が間違ってるか、判断出来なかったンだ。だから別の奴に判断を、委ねた。人を滅ぼすかどォか。世界が聖女を受け入れたかどォか』


 それは断言だった。考察ではなく、真実を、ただ告げている、という様子だった。


『――――答えなンて決まってるだろォ?』


 女神の再来、稀代の聖女、幼き司教。

 ファイア・ミアスピカがどう扱われてきたか、()()()()()()()()()は、ルーヴィに決まっている。


『想定外だ――――どうする、お嬢!』

「どうって言われても……!」


 〝竜骸(ヴァミーリ)〟は当然放置出来ないが、ルーヴィの脅威度は未知数だ。

 だったら――――。


「リーン、行ってくる」

「……ああもう! どうせ止めても聞かないんでしょう!?」

「わかっててくれて、助かる――――ファイア」

「は、はい、あ、あの、ハクラさま、あの、あの!」


 言葉を上手く紡げない、ファイアの頭を、俺は軽く撫でた。


「あ…………」

「ルーヴィは助ける。だからお前は、お前のやるべきことをやれ」


 眼下で、未だ状況を飲み込めず、逃げ惑う教会騎士達。

 コーランダ大司教の顔はわからないが、ドゥグリーの姿が見当たらない。指揮する奴が、必要だ。


「あいつらを、助けてやれ」

「…………よろしく、おねがいします……っ!」

「そこ、見つめ合わない! もー!」


 リーンが大きく杖を振ると、俺の体を緑の粒子が包み込んだ。


「行きなさい! ――――ハクラ・イスティラ! ちょっとおまけしときます!」


 体の奥から熱が生まれ、全身を血が駆け巡る。

 ――――魔人への変貌は、もう一瞬だ。ファイアが俺の姿に目を丸くしていたが、説明する時間も惜しい。

 これが俺の本性だってのが、ずっと気に食わなかったが、今はありがたい。

 悪魔の力でも、魔女の血でも。

 使えるもんを全て使わなければ、この戦いは終わらせられない。

 アイフィスの背から体を投げ出し、風に自分の翼を乗せる。


「――――()()()()()()()()()()()()()()、ルーヴィ!」



挿絵(By みてみん)




 声に反応したのか、ルーヴィがこちらに目を向けた。


「ウ……アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 激烈な咆哮は、それだけでも異常な破壊力を持っている。

 音の壁が生じ、摩擦で空気が燃え上がり、ルーヴィの前方を起点として、空中に広がる熱波が生まれた。


「熱いのにはもう――――――慣れたっつの!」

 俺は〝風碧〟を振り抜き、()()()()()()()()()()()

 ルーヴィの前に、立った。


「よう……元気そうじゃねえか、ルーヴィ」

「ウウウウウウ――――」


 唸り声を上げるその姿は、どこか俺と――魔人に似ているが、異なるモノだった。

 ルーヴィが纏っているのは、悪魔の力ではなく、竜の力。


 あえて名付けるなら、竜人、とでも呼ぶべきだろうか。


 ただ、見開いた目から、理性の光は伺えない。

 こいつを突き動かしてるのは――――怒りだ。

 ルーヴィが立っているだけで、地面が溶けるほどの熱が生じ、周囲の空気はあらゆるものを焼き尽くす、凶悪な温度になっている。


 魔人とはいえ、俺がここに立っていられるのは、恐らく熱に耐性が出来ているからだろう。

 ラディントンを火砕流が襲った時、俺はその熱を体内に吸い上げることで喰い止めた。

 火の精霊が吐き出した魔素の塊は、今も俺の身体を駆け巡っている。


「回り道してよかったぜ――――なんでもやってみるもんだな」

「――――ガアアアアアアアアアアアア!」


 ルーヴィが、再度咆哮をあげた。今度は空気を焼くのではなく――喉の奥から、凝縮された光が見える。


「――――――っ!」


 とっさに横に飛ばなかったら、首を貫かれていた――青紫色になるまで温度を上げた火線は、さながらクローベルを街ごと薙ぎ払った、あのユニコーンの熱線の様だった…………いや、ってことは。


「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「………………こっちにも来るよなあ!」


 翼を広げ、レレントを巻き添えにしないよう、山に向かって飛ぶ。

 俺が飛行する直ぐ後ろを、どこまでも伸びる凝縮された熱の線が追いかけてくる。

 直撃したら恐らく、その部分が焼き切れるだろうというのは、容易に想像がついた――なにせ、遠くに見える山や丘が、線が通過した軌跡に沿って、バターのように溶けていくのが見えるからだ。


 このまま遠くに飛んでも、避けきれるものではない……なら。


「――――――おおおおおおおおおお!」


 反転して、ルーヴィに向かって突進する。


「アアアアアアアアアアア――――――ガアッ!」


 俺が近づいてくるのを見ると、圧縮された火線が、放射状に広がる炎に変じた。


「うお――――――!」


 視界が火炎の網に遮られ、ルーヴィの姿を一瞬見失う。

 現象だけみればセキのブレスに近いが、威力と熱が桁外れだった。使い分けが効くのかよ!


「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアア! アアアアアアアア!」


 咆哮と共に飛びかかってきたルーヴィの爪を、反射的に〝風碧〟を持っていない右手で受け止めたが、これが失敗だった。

 触れた際からジュウ、と嫌な音がして、異常なまでの痛みが襲う。肉を越えて骨まで焼かれる嫌な感覚。

 局所的な熱は、溶岩よりも上らしい、化け物だ。


「っの野郎ぉ!」


 開いた左手で、〝風碧〟を抜き打ちにする。元々加減する余裕など無いが、この状況を脱さないと死ぬ、と思った――――が。

 脇腹を横薙ぎに払った〝風碧〟は、ギン、と鈍い音を立てるだけだった。

 鱗に触れた部位が即座に赤熱して、手にも熱が伝わってくる。


「ち、くしょ…………!」


 魔人の全力と、アダマンタイトの刃を以てして、刃が一ミリたりとも通らないとは。

 むしろ、刀身が溶けていないだけマシなのか。ガドのじいさんはとんでもない名剣をこしらえてくれたらしい、これで斬れてれば完璧だった。


「ぐ、う…………」

「ウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアア!」


 熱と痛みを考慮しない、単純な力の押し合いであれば、多少拮抗出来るにせよ、ルーヴィの方が上で、ジリジリと体が押し込まれていく。

 何より、残った左腕を突き立てられたら、回避の術がない。


「だったら――――これでどうだぁ!」


 炎は熱、熱は光。

 ラディントンでそうした様に、俺はルーヴィの腕から、熱を奪い、血に蓄えようとした。


「――――――――――ッ!」


 その選択を、すぐに後悔した。全身の血液が一瞬沸騰して、意識が飛びそうになる。

 こいつが有する〝熱〟は、ラディントンの噴火のエネルギーを、上回るってことか。

 それでも、ルーヴィにとって不快な感覚だったのは、間違いなかったらしい。赤かった角が急激に赤熱し始めた、やばい、何かが来る。







「――――――シャラララララララララ!」


 その発動を止めたのは、突如、割り込んできた声だった。

赤い鱗のリザードマンが、ルーヴィの脇腹めがけて、()()()()()()()

「グル………!」


 それはほとんど無意味な行為――であるはずだった。今のルーヴィの鱗に触れた時点で、生半可な武器では、そもそも溶けて形を失う。

 だが……。


「ガ…………!」


 その瞬間、何故かルーヴィの体から、一瞬力が抜けた――ここしか無い。

 腹を下から思い切り蹴り上げて、突き飛ばす。

 大したダメージにはなっていないだろうが、多少の距離を稼ぐことには成功した――蹴り上げた足は酷い火傷を負ったが。


「どこに居たんだテメェ――セキ!」

「仕方ねェだろ、仮たァ言えご主人サマの命令だ」


 おまけってこいつのことかよ!


「それに、このまま暴れられて、生き延びた同胞達が全滅させられちゃたまらねェ」

「…………お前、大丈夫なんだろうな、体」

「俺ァ赤い砂漠のシャラマ族だぞ、高温に何よりも強イ種族だ」

「ああそうかよ――――っつーかよく考えたらルーヴィにトドメ刺したのお前じゃねえか、責任取れよ!」

「だァからこうして――――うおァ!」

「グルアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 呑気に喋っている場合じゃなかった、ルーヴィが再び口を開く――広範囲に向ける火炎の息(ファイアブレス)だった。周囲の大地が一瞬で溶解し、むき出しになった岩肌がグツグツと煮立ち始める。

 流石に正面から受けたら黒焦げどころじゃない、蒸発しちまう。

 距離を開けながら、舌打ちする。


「くそっ――――!」


 ブレスの勢いが、徐々に小さくなる、それが息切れだったなら、ありがたいのだが。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 俺には、それが、再び熱を凝縮する、前振りのように見えてきた。無差別に辺りを焼き払う炎が、だんだんと細く、しかし炎の色が赤から、青へ変化していく。

 あの山すら切り払う火線をもう一度撃たれたら、今度は回避しきれるかわからない。

 まして次は、レレントに向けてそれが放たれても、おかしくない。

 もしルーヴィが少し顔を上に向ければ、空で〝竜骸〟と戦うアイフィス――リーン達に、直撃するだろう。

 体を奮い立たせながら、しかし心の片隅で、俺の理性が言う。


 勝てるのか? そして――――どうやってルーヴィを助ければいい?


「これを使エ!」


 セキが俺に向かって何かを投げ、それを反射的に掴み取る。


「これは――――」


 槍だ。見覚えがある。セキが、〝竜骸〟に突き立てた槍。

 役目を終えて、鉄屑になったはずのそれは……今は、内側から熱を放ち、明滅していた。


「そいつァ、ヴァミーリを動かす為に作らレた、俺達の命を吸い上げる魔槍!」


 叫びながら、大地を駆け、炎を避けながら、セキは教会騎士が取り落とした適当な槍を拾い上げ、ルーヴィに向かって投げつけた。


「グゥ――――――アアアアアアアアアアアアアア!」


 迎撃のため、反射的に炎がセキに向けられる。空中でドロリと穂先が溶けて、柄の部分が炭化した。


「――――要するにアイツァ! 俺達の上位種だろォ!?」


 竜人ルーヴィは、身に纏う鱗と熱で、あらゆる攻撃をシャットダウンする。〝風碧〟ですら傷つかない頑丈さは、どうにもならない。世界中のどんな生物よりも、内包している魔素(リソース)が桁違い。

 人の形をした竜、世界に満ちた力を独占した生物の頂点。

 それが、今のルーヴィ・ミアスピカなのだ。

 対抗する手段があるとすれば、同じ竜の力か、あるいは。


「お嬢サマの話じゃァ、その槍はヴァミーリの力を吸い上げる機構があル! 〝竜骸〟の中身はもォ空っぽだが――――」

「…………ルーヴィには、通じる、か」


 その可能性を信じて、やってみるしかなさそうだ。



「――――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 竜人が吼える。燃え盛る怒りは、未だ収まる気配はない。


「…………やってやろうじゃねえか」


 ふざけやがって。

 今更怒りが湧いてきた。

 まったく、たすけて、なんて気軽に言ってくれやがる!


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