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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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願うということ Ⅰ


ミアスピカからやってきた教会騎士と神官隊の数は、合わせておおよそ二百人。ミアスピカ大聖堂が外部に出せる、最大人数と言って良いだろう。彼らはレレントの北側、5kmの地点に部隊を展開して、〝竜骸〟を待ち構えていた。


 全員が敬虔な信者であり、純粋に『助けの手を伸ばさねば』という使命感で、自らレレントに向かうことを志願した者たちだ。


 〝竜骸〟を失った責任だとか、今後のオルタリナ王国の行く末だとか、そんなことはどうでもよく、目の前で傷つき、泣いている者たちを救いたい、その使命感に駆られてここに居る。


 そんな彼らだからこそ、再度〝竜骸〟が現れたことを、受け止めることは難しい。彼らにとって赤竜ヴァミーリは、信仰する女神サフィアの友であり、しもべであり、味方である。


 それが人に牙を剥くなら、彼らが生涯を捧げることに決めた信仰は、誤っていたことになるのではないか。

 せめて、聖女がいてくれれば。かの女神の再来ならば、この竜を鎮め、我々の信仰の正しさを証明してくれるのではないか――彼らはそう思っている。

 ……そのことを、()()()()()()()()()()()()()()()


 彼らの心の拠り所が、若き大司教ではなく、幼き聖女であることを、理解している。


(ドゥグリー……まだなの?)


 まだ遠い空の果てではあるが……すでに目視できる距離まで、〝竜骸〟は近づいてきている。その気になれば、すぐさまこちらに寄ってくるだろう。猶予はもう殆ど無い。


 ちょうど、そう思った時だった、わ、と布陣した騎士達が湧く声が聞こえた。

特級騎士、ドゥグリー・ルワントンが到着した、合図だった。


「お待たせ、しました……コーランダ大司教」


 すぐさま、駆け寄ってきた騎士に、大司教はいつも通り、ねぎらいの声をかける。

 彼はコーランダ大司教の騎士であり、絶対なる味方であり、常に彼女の願いを、叶え続けてきた。

 彼が大司教に近寄ると、周囲の騎士達は距離を開け、見守る。

 二人の会話が他のものに聞こえることはない……それは、ミアスピカ大聖堂に於ける暗黙のルールであり、この場でも適用されるものだった。


「お勤め、ご苦労さまでした、ドゥグリー。()()?」


 竜骸を封じる魔法を発動させるのに必要な、特殊な触媒。

 ()()()()()()()()()()()()、青い秘輝石だ……だからドゥグリーに取りに行かせた。

 本人に来られては困る、この奇蹟はコーランダ・ミアスピカの手でなされなければならないのだから。


「………………」

「ドゥグリー? 持ってきたのでしょう?」

「…………コーランダ大司教、こちらを」


 何十年と、コーランダを支え続けた騎士は、今日、初めて命令に背いた。

 手甲を外して、袋を脱ぎ、()()()()()()()()()()()


「どうか、お使いください。触媒としての用途は……()()()()()かと」

 岩にこびり付く苔のように、びっしりと甲を覆う紫水晶(アメシスト)の秘輝石が、鈍く光った。


「……ドゥグリー、どういう事? 私は、()()の石を持ってきてと、そう言ったのですよ」

「………………」


 ドゥグリーは、無言で首を横に振る。それは、彼女からしてみれば、ありえないことだった。


「そんな事を言っているのではありません……! 大体、あなたの石を使う? 馬鹿を言わないで、それでは()()()()()()()()のです!」


 ドゥグリー・ルワントンは、失ってはならないコーランダの右腕である。

 彼女にとって大切なモノだ、その言葉は紛れもない、心からの本心だった。

 だからこそ、ドゥグリーの瞳の奥にある、僅かな落胆を、彼女は見て取れなかっただろう。その言葉を本当に欲しているのは、彼ではなく――――。


「りゅ、〝竜骸〟が来るぞ!」


 その折、騎士の誰かが叫んだ。言葉とおり、遠くにあったはずの〝竜骸〟は、勢いよく翼を広げて、こちらへ向かってくる。

 ほんの十数秒で、〝竜骸〟の巨躯からすれば、眼前、と呼べる近さに、それは居た。

 上空、50mほどの高さから、騎士たちを見下ろし、顎を開いた。

 骸、とはいうが、鱗は色を取り戻し、遺された右眼の持つ力強い輝きは、一個の生命を感じさせた。

 この場にいる者は皆、一度は神殿で〝竜骸〟に謁見した者達だから、わかる。


 ()()は本物であり、人知を超えた存在であり、抗って、敵うものではないと。

 状況がこうなれば、一刻の猶予もない。コーランダとて、弓や魔法で〝竜骸〟を撃ち落とせると思ってはいない。彼らをここに布陣させたのは、これから起こす奇蹟の生き証人とするためだ。


「――――っ」


 コーランダは、その瞬間、ドゥグリー・ルワントンを特級騎士足らしめた、《天然石(スフィア)》を使う事を決定した。

 だが、事態は想像とは、全くかけ離れた形で進行する。





【グ、オ………………】





 〝竜骸〟が、大きく口を開けて、〝何か〟を吐き出した。

 ぐしゃり、と音を立てて、()()は地面に落下した。

最初、()()が何なのか、誰もわからなかった。


 シルエットを理解できたのは、()()()を広げてからだ。

 ()()は、()()()()()()()()()()()()()だった。


 全身が、ほとんど赤い被膜に覆われている。

 肩から先は、関節毎に鋭い角が生え、手首から先は鋭く伸びた爪が生えていた。


 肩甲骨から先は、体躯の倍以上はある、巨大な翼が備わっていた。頭部からは、長い角が二本、内部が赤く明滅していた。


 そして――――誰もが、その顔を知っていた。その姿を見たことがあった。


 それは、コーランダ大司教が産んだ、双子の片割れであり、女神の再来の姉であり、魔女を裁く者だった。




「――――――――」




 ルーヴィ・ミアスピカは、ゆっくりと目を開いて。

 母の姿を、捉えた。


「あ、ああ、ああ…………」


 誰も予想し得なかったその状況で、真っ先に動いたのは、他ならぬコーランダだった。

 彼女は、竜に喰われて死んだはずの娘が、どのような形であれ、目の前に居る、その事実を受け止め、歩きだしていた。


「ルーヴィ、良かった、無事だったのですね」


 そう、優しく声をかけた。コーランダ大司教は、()()()()()()()()()()()()()()を、十二分に理解していた。

 そういう風に、育てたからだ。

 認めてほしいように育てた。愛してほしいように育てた。


 嫌い、拒み、否定しながらも、最後の最後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という希望だけは決して見失わないように、慎重にコントロールした。


 だから、コーランダ大司教は疑わなかった。何がどうなって、()()が出てきたのかは知らないが……それが娘であるならば、自分の思い通りに出来るはずだと思っていた。


「こちらへいらっしゃい、私です、あなたの母ですよ、さあ――――」


 招きに応じるように、ルーヴィは一歩一歩、コーランダに近づいていく。

 その足が踏みしめる度に、()()()()()()


 誰が気づいただろう。ルーヴィを吐き出した竜は、その体色をほとんど失い、かつての〝竜骸〟の姿に限りなく近づいていたことに。


 ルーヴィの周囲の大気が、高温のあまり揺らめいていることに気づけたのは、彼女を迎え入れようとしたコーランダ大司教だけだった。


「――――ひっ」


 あまりの熱気と、異様さに、コーランダ大司教は、反射的に、一歩、退いた。

 それを責めるのはあまりに酷だろう、彼女は秘輝石のない、ただの人間だ――いや、冒険者であっても、その熱に耐えることは出来ないだろうから。




 だが――――()()()()()()()は、それで全てを間違えた。




「――――アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」




 怒声、という他ない声。ドゥグリーですら、駆けつけるのは一歩、遅れた。


「コーランダ様!」


 冒険者としての、〝星紅〟ルーヴィ・ミアスピカを知る者であれば、母と娘との間にあった距離は、ゼロに等しいとわかっていただろう。

 頭部を竜の爪に掴まれたコーランダは、その時点でもう終わっていた。

 赤竜の力が生み出す熱に、皮膚も骨も耐えられるわけがなかった。


「待って、やめて」


 頭部がほとんど炭となって、機能しなくなったはずの喉で、そこまで音を発せられたのが、彼女が起こした最初で最後の奇蹟だった。

 グシャリと握り潰された頭部は、そのまま燃えて、炭になる前に蒸発した。


「くっ――――――」


 一歩、たった一歩遅かった、ドゥグリーが、抜き放った剣を、ルーヴィに向けた。


「――――――ゴァアッ!!」


 火球、いや、火線が、口腔の奥から放たれた。


「ぐッ――――お――!」


 右肩を貫かれ、その部位から炎が広がる。あっという間に炭化して、ボロリと崩れて、落ちて砕けた。

 誰かが、わあ、と悲鳴をあげた。もう、抗う意思を持つ者は居なかった。

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