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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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望むということ Ⅴ


 ファイア嬢が泣き止むまで、しばしの時間がかかった。

 お嬢と取っ組み合いになって出来た傷が痛むらしく、馬車の中でクレセン嬢が治療を施している最中だ。包帯などを積み込んでおいてよかった。


「…………やっぱり、ファイアは自分自身を治すことは出来ないんだな?」

『うむ、サフィアリスも、自分の傷だけは、治せなかった』


 しかして、状況はこれでようやくスタートラインに立ったわけだが、状況は悪化している、と言えるだろう。

 〝竜骸〟はレレントに迫ってきているが、お嬢達はコーランダ大司教の計画に弓を引いたことになる。


『お嬢、本当に良いのだな? アイフィスの力を使っても』

「状況的に、やむを得ないでしょう」


 お嬢がそう判断したのならば、我輩としては是非もない。

 なにより、ヴァミーリの骸に引導を渡す役目は、我輩がすべきだろう。


「…………これは単純に疑問なんだが、アイフィスはヴァミーリに勝てるのか?」

「大丈夫です。いくら蘇ったとは言っても、ヴァミーリは完全に力を取り戻したわけじゃありません。対して、こちらは回数制限と時間制限がある分、全盛期のアイフィスの力をフルで使えます。竜と竜同士がぶつかり合うなら、まず負ける要素がありません。むしろ大陸への被害を出さないようにするほうが大変ですね」

『それ以上にやっかいなのは、竜を呼ぶ姿をレレントの民に見られることであるが……』


 詳細はわからぬにせよ、〝竜が現れ、竜を倒した〟と言うのは歴史的に見ても大事件となるだろう。お嬢の旅に支障が出るのは流石に困る。


「いいじゃないですか、代わりの伝説ができるなら、〝竜骸〟を失ってもお釣りが来ますし……それに関しては秘策があります」

「秘策?」


 小僧が首を傾げるのと同時、馬車の幌が開き、まずクレセン嬢が降りて、続くファイア嬢の手を引いた。


「おまたせ、しました……その、何の話を?」


 腫れた頬にガーゼなどを当てているが、薬草なども併用したのか、ファイア嬢の顔も、それなりに元の形に戻っていた。汚れた衣装まではどうにもならぬが。


「あ、ちょうどよかった、ファイアさん」

「は、はい、何でしょう、リーンさま」


 先程の喧嘩を経て、少しはお互い、接しやすくなっただろうか。

我輩は若干の安堵を覚えていた。


「これからアイフィス呼んで〝竜骸〟を叩き潰すので、申し訳ないんですけど、全部ファイアさんの手柄ってことにしていいですか?」

『お嬢…………………………』


 安堵が一瞬で何処かに吹き飛んだ。ファイア嬢に至っては、もう何言ってるんだこいつ、という顔をしている。我輩もそう思う。


「待て待て待て待て待て待て」

「何か不都合あります?」

「俺達にはないけどファイアにはあるだろ!」

「いいじゃないですか、この際、〝竜骸〟という危機に瀕した人々を聖女の導きによって蒼竜が助けてくれた、ってことにしちゃえば、他の大司教達もうかつにファイアさんに手が出せなくなりますよ」


 後のことまで考えているといえば聞こえはいいが、『事の負債を全て押し付ける』と言う観点ではザシェ殿の采配と大して変わらぬ気がする……。


「…………それ、でしたら」


 ファイア嬢は、しずしずと手を上げた。


「その、役目を、かあさまに、譲っていただけないでしょうか、それなら……」


 コーランダ大司教の目的が――これはあくまでお嬢の仮定であるが――ファイア嬢に代わって、自らが聖女である、ということを民衆に知らしめようとしているのであれば、確かに交渉材料にはなるであろう。ファイア嬢を通じれば、ドゥグリー殿経由で話をつけることは可能かも知れぬ、が。


「申し訳ありませんが、それは出来ません」

「っ、どうして……!」

「コーランダ大司教……というか、サフィア教の深部に、私がアイフィスの力を使えるって知られるのは、本当にまずいんです。個人が使える力の領域を、越えているので」


 ……この力は、魔物使いの娘を継承した者だけに与えられる、最後の切り札。

 ともすれば、それは『死者の救済』よりも特異かつ人智を逸した力といえる。

 教会だけではない、ギルドにも、本来なら……誰にも知られてはならぬ力なのだ。


「女神の再来、ファイアさんだからこそ、そんな奇蹟が起こってもおかしくない、っていう説得力の、ギリギリのラインなんです」

「…………で、でも、それじゃあ、わたくしは、知ってしまっても、よかったのですか?」

「だからファイアさんに私のことを告げ口されたらとっても危ないので! 絶・対・に! 黙っててくださいよ! いいですね! それで私の顔を殴ったことはチャラにしてあげますから!」

「な、治してあげたじゃないですか」

「傷は消えても痛かった記憶は消えないんです! 聞きましたかハクラ、自分でやっておいて治して〝あげた〟だなんて傲慢な態度!」

「わかったわかった、わかったから少し落ち着け」

『ファイア嬢、すまぬ、お嬢は基本子供なのだ』

「なんでそっちに謝るんですか!」


 我輩が頭(?)を下げると、ファイア嬢は少し躊躇った後、小さく頷いた。


『我輩も、力を貸すなら、コーランダ大司教よりはファイア嬢、貴女がいい。その幼い肩に背負うには、重すぎるものも多々あろう。酷であるとも思う』


 幼きサフィアリスの、その写身のような姿。

 あの時、アイフィスは、()()()()()()()()()()()()()と、幾度思っただろうか。


『どうか我輩に、貴女(サフィアリス)を助けさせてくれ。それは、アイフィスの願いでもある』

「…………わかり、ました」


 ファイア嬢は、ローブの裾を、ギュッと掴んで、顔を上げた。


「やってみます……わたくしは、サフィア教の司教、ファイア・ミアスピカ、です。なによりも、なによりもまず……皆を、助けたい、のです。それも、わたくしの、本心です」

『……感謝する』


 騎士は去り、聖女は立ち、竜が現れる用意は整った。

 あとは……ヴァミーリ、お前に声が届くことを、我輩は願う。


「じゃあ、私は準備を整えます。ファイアさんが皆に見える所から、アイフィスを呼ばないと行けないですし……あー、竜骸神殿なんかちょうど良さそうですね。ニコちゃん、〝竜骸〟は今どこに居ます?」

『きゅぅっ、きゅっ、きゅげっ』

「ふむふむ……なんか、レレントから離れたり近づいたりしてるみたいです」

「一直線に来てるわけじゃないのか、なんなんだ?」


 小僧の疑問に答えたのは、セキであった。


『見てンだよ』

「……何を?」

『あいつァ目を覚ました後、ずっと俺を見テた。なンつーのかナ……俺が見て、聞いて、感じたことを、理解する時間、っつーのか』


 恐らくリザードマン達には、他個体との()()という概念が、まだないのだろう。


『あいつが巣の外に出たのは、それが終わったからだ。今は自分の〝目〟で見てるンだろォぜ、人なり、世界なりをサ』


 つまり、ヴァミーリの中で、何かしらの結論が出た、ということだ。それが人にとって良いものであれば、まだ救いはあるのだが。


「お前、そんなことまでわかるのか」

『時々、向こうの意思……みたいなもンが伝わってくンだよ。鬱陶しいがね。……ただ』

「ただ?」

『……………………』


 問われたセキは、返答に時間をかけた。

 言うべきことを噛み砕いているのか、虚実を織り交ぜようとしているのか。

 恐らく前者だろう、と我輩はなんとなく思った。


『――――ヴァミーリからは』


 そして。


『…………()()()()()()()()()()()()


 我輩らに、そう告げた。


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