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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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133/168

望むということ Ⅳ


 ○


 取り残されたファイア嬢は、なんともバツが悪そうな様子で、小僧達を前に立っている。

 あの別れ方の後だ、無理もあるまい……が。


「…………どうして」


 ファイア嬢の声は、涙で滲んでいた。


「どうして、皆様は、わたくしに、そこまで、してくれるのですか」

「ファイア様……」

「よいでは、ありませんか。それで、皆が助かるなら、わたくしなんて」

「そんな事ありません! 絶対に!」


 近寄り、震える手に、自らの手を重ねるクレセン嬢。

 先の宣言は、ドゥグリーはもとより、ファイア嬢の心すら、揺さぶったに違いない。

 だが……それが救いとなるかどうかは、本人にしかわからない。


「では……クレセン様は、わたくしを、助けてくださいますか、どうやって?」


 触れ合いながらも、放たれた、それは明確な拒絶である。


「ファイア、様……」

「嬉しいのです、手を握ってくれて、嬉しいのです、だけど、それでは、〝竜骸〟は止まらないのです。わたくしには、この力を持って生まれた、責任があるのです」

『…………責任ねェ』


 小僧の肩の上に乗るセキが、小さく呟いた。

 この二人は、本質的なところで、同じ立ち位置にある。

 ヴァミーリとサフィアリスの間で結ばれた契約によって、己の運命を決定付けられ、望まぬ役割と責任を、押し付けられた者たちだ。


「それを果たすのが、わたくしの役目です、どうか、行かせてください。気持ちは、ちゃんと受け取りましたから」


 ドゥグリーの信仰を揺らがす事の出来た、クレセン嬢の覚悟だったが、その向こうにある、ファイア嬢に届かない。

 それだけ――――女神の再来が背負って来た物が、重いというのに。

 我輩には、何も出来ない。


「――――はぁ」


 不意に、お嬢が、一歩前に出た。


「おい、リーン…………」

「いいから。ハクラ、アオ持っててください」

「うお」


 ぽい、と我輩を小僧に向かって投げるお嬢であった。ナイスキャッチ。


「あ…………」


 一方、お嬢が前に出ることで、ファイア嬢は一歩退いた、先程平手打ちを食らった記憶は新しいであろうから、当然と言えば当然か。


「ファイアさん、安心してください」


 にこりと笑って、お嬢は言った。


「〝竜骸〟は私達がなんとかします。ファイアさんは、何もしなくていいんです」

「……………………え?」


 寝耳に水とは、このことだろう。


「原初の魔女、リングリーンの直系たる子孫であるこの私が、竜の死体一つ、対処できないとお思いですか? ()()()()()()()()()だなんて思い上がり、自惚れもいいところです」

「…………どうやって、止めるというのですか。あんなもの」

()()()()()()()()()()。嘘じゃないですよ? やろうと思えば出来るのです。被害が大きくなるし、何よりものすげー大問題になるから、なるべく避けたかったですけど、ことがここまで及んだら仕方ありません。この私が一肌脱ごうじゃないですか」

「何をそんな、戯言(たわごと)を」


 お嬢は言葉を遮るように、(エメラアリア)の先で、石畳に突いた、瞬間。

 リングリーンの秘輝石に刻まれた、神秘の最奥――緑色に光る微細な粒子が、周囲に広がった。


「――――!」


 ファイア嬢はさぞ驚いただろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「これで証明になりませんか? 大丈夫大丈夫、あとは上手くやってあげますよ。もうなーんにも心配せずに、ギルクさんのお家でゆっくりしててください」

「あ、え、え――――待って、待ってください」

「待ちません、時間がありませんから。これで全部解決ですよね?」


 お嬢がこうやって露悪的に振る舞う時は、本当に小憎たらしい。何度姉妹たちとの喧嘩を仲裁したか、数え切れぬほどに。





「ファイアさんは死なない、皆助かる、一番いい結果じゃないですか、何かご不満が?」





「~~~~~~~~~~~っ、ダメ、ダメです!」


 それは、ファイア嬢の『死にたがり』を暴くには十分だった。

 強制されて、追い込まれて、その道しか無いから死を選ぶのではない。

 自ら望み、進もうとしている――――だから、クレセン嬢では、止められなかった。

 思わずお嬢の前に出たが、続きの言葉が出ないのだろう。


「ファイアさん」


 だから、お嬢はそれを促した。


「本当は、どうしたいんですか?」

「…………あなたに、あなたに何がわかるっていうんですか!」


 そこから先は、驚くほど速かった。

 ファイア嬢は、今まで見たことの無いような形相で、お嬢に掴みかかった。

 細く、小さくても、秘輝石を有する人間だ。石畳の上に押し倒されたお嬢に、馬乗りとなって、襟を掴んで引き上げて、吼えた。


「だってそうしなかったら、わたくし、()()()()()()()()()! かあさまに見てもらえません! 名前を呼んでもらえません!」


 小僧も、クレセン嬢も、セキすらも、あっけに取られて見ていることだろう。

 忘れていた。我輩らは、情報として理解していても、真実の意味で、理解しきれていなかった。

 女神の再来は、たった十三歳の、小さな子供だということを。


「かあさまに、やっと必要だって言っていただけたのに! ()()()()()()()()()()()()のに! あの檻の中には、戻りたくありません! ねえさまも、もう来てくれないのに!」


 ルーヴィ嬢とファイア嬢は、秘輝石を生まれながらに持つ《天然石》だった。

 サフィア教において、秘輝石は、汚らわしいものとして扱われる。

 もしお嬢の言う通り、コーランダ大司教が、信仰よりも、己の地位と名声に重きを置く人物ならば。

 そのような子供が生まれたことを、許容するだろうか。

 知られてはならない、と思うだろう。ルーヴィ嬢は、右手の甲だ。誤魔化しは効く、実際、冒険者として振る舞うことで、出処の言及を逃れられていた――だが、ファイア嬢はそうは行かない。額の秘輝石は、現代のギルドでは禁忌だ。


もし誰かに見られたら、それはコーランダ大司教の経歴に、大きな傷がつく可能性がある。


 ならば――――するだろう。檻に閉じ込める、というのは、恐らく、言葉通りの意味だ。


「だったら、わたくしはもう死にたい! 終わりたいんです! そうすればかあさまはわたくしを愛してくださいます、認めてくださいます! わたくしにはもう、それしかないんです、それだけがほしいんです! そのついでに皆が救えるならいいではありませんか!」


 持ち上げては突き放し、グラグラと揺らされ、背中を叩きつけられるお嬢であったが。


「それが本音で――――いいんです、ねっ!」


 横から思い切り、頬をぶち抜くビンタを放った。お嬢がやられっぱなしで居るわけがない、暴力に対しては暴力で報復するのが本来のお嬢のスタイルなのだ。


「っ、ううううううううううううう!」


 だが、ファイア嬢も今度はそれで引き下がらなかった、握りしめた拳をお嬢の顔に叩きつけると、赤い色がぴっと散った。取っ組み合いの喧嘩などしたことはないだろうから加減の仕方もわかるまい。


「嫌い! 嫌い! あなた、大嫌い! 偉そうなことばかりいって! わたくしの邪魔ばかりして! わたくしの何がわかるっていうんです!」


 マウントを取っている上に、色々吹っ切れている分、ファイア嬢の方が優勢であった。さすがのお嬢もノーガードは危険だと判断したのか、右腕で顔をかばいながら、左手でファイア嬢の長い髪の毛をつかみ、思い切り引っ張って、引きずり倒した。


「きゃ――――――」

「よくもやりましたね! 知ったような口を利いてたのはどっちですか!」


 ここまで来たら、原初の暴力の応酬である。完全に震え上がったクレセン嬢は、小僧の影に隠れて成り行きを見守る以外にない、

 なまじ二人共、髪が長く、裾の長いローブを着ているものだから、ごろごろと石畳を転がれば、あらゆるものが絡まってぐちゃぐちゃになる。もうどちらがどちらを叩いているのか、判別がつかなくなっていた。


「と、止めないんですか」


 クレセンが一応、とばかりに進言したが、小僧は首を横に振った。


「ぜってぇヤダ」

「ですよね……」


 しかして、先に体力が尽きたのは、ファイア嬢の方だった。息を荒げ、尻餅をついて、それでもお嬢を睨みつけていた、闘志が薄れる気配がないのは、大したものだ。


「はぁ、はぁ……、はぁ…………」

「隙を見せましたね……!」


 そして、容赦という言葉を知らないのがお嬢である。ファイア嬢に飛びかかられた際に取り落とした杖を拾い上げると、両手で持って思い切り振り上げた。


「そんなに死にたいならこの一発で天に送ってあげましょう!」

「トドメ刺してどうする馬鹿!!」


 そこでようやく、小僧がお嬢を後ろから取り押さえた。


「はーなーしーてーくーだーさーいー!」

「お前今本気だっただろ!」

「私はいつだって本気です! 最初からファイアさんの事嫌いだって言ってるじゃないですか!」

「時と場合とタイミングと状況があるだろ!」

「今以外のどこでこの甘えん坊が本音をぶちまけられるんですか!」

「あ、あまえんぼ………………!?」


 その言葉に、また頭に血が昇ったのか、ファイア嬢は立ち上がろうとして、足取りがおぼつかなかったせいか、ローブの裾を踏みつけた。べしゃりと正面から転んで、顔をしたたかに石畳に叩きつけ、お嬢と同じように、鼻から血を流した。


「…………甘えたことなんて、わたくし、一回もない、かあさまに、なんて」


 溢れるものを、拭こうともせずに、ファイア嬢は、体を起こそうとした。


「はじめて、かあさまが、わたくしの名前を呼んでくださったのです。はじめて、わたくしを見てくれたのです。はじめて、わたくしに言ってくれたのです。全部全部全部、はじめてだった! はじめて抱きしめてもらった!」


 その激昂を見て、誰が彼女を、女神の再来と呼ぶだろう。

 それは、愛を求めて、親にすがる、ただの子供の泣き声だった。


「……………そうですか」


 お嬢は、肯定も、否定も、同情もしなかった。

 羽交い締めにされたお嬢と、立ち上がったファイア嬢は、それから暫くの間、無言でにらみあった。

 沈黙を破ったのは、ファイア嬢の方だった。ふらりとよろめく体を、クレセン嬢が慌ててかけより、支えた。


「わかって、いるのです」


 ぽつりと、小さな小さな声が、こぼれた。


「わかっているのです、かあさまは、わたくしのことなど、愛してないのです。だって、そうでしょう? 『皆のために死んでほしい』なんて、言わないでしょう?」

「…………ファイア様」

「でも、それでもよかったのです。愛されていなくても、愛するふりでも、よかったのです、わたくしは、ただ、それが欲しくて、正しく、あろうとして、だから、だから……」


 だから、ファイア・ミアスピカという少女は、聖女になったのだろう。

 信仰の象徴として、無辜の人々を救い続けた。

 大司教という地位に辿り着ければ、母に並び立ち、認め、愛してもらえると信じて。


「…………本当は、わたくし、嫌でした。聖地巡礼も、したくありませんでした。おやつのマドレーヌも、二つ、食べたかった。聖句の暗唱なんて、面倒くさくて、大嫌いでした。【蒼の書】は書いてることが、場所によって、違うのに、全部覚えなくちゃ、いけなかったし、作法だって、何の意味があるのか、よくわかんないこと、ばっかりで……」

「それが、ファイアさんの本音ってことで、いいですか?」


 お嬢は、小僧の腕を抜けると、持っていた杖を押し付けて、ファイア嬢の前で、少しかがんだ。


「………………どうして?」


 ぐしゃぐしゃになった顔と、汚れてしまったローブのまま、ファイア嬢は言った。


「なんで、あなた達は、そこまでするのです? それを聞いて、どうするのですか。わたくしを助けて、なにか、得がありますか? わたくしが命を捧げれば、全部助かるのは、本当です。あなた達だって、そっちのほうが、()()()()()()()()()()


 冒険者は、合理主義者である。無駄なことはしない。余計なこともしない。損をしそうなら手を引くし、得があるなら首を突っ込む。


「……あー、もう、面倒くさいですね! いいですか、ファイアさん! 私は今も全然普通にファイアさんのことが嫌いですし、別に好きにしたら良いと思ってます!」


 お嬢が何を言いたいのか、ファイア嬢は、まだ掴めていないようだ、無理もない。

 お嬢もまた、素直ではないのだから。


「でも、だからって…………あいたたた」

「あ…………」


 怒りで忘れていた傷が、徐々に痛みだしたのだろう、喋っている途中で、お嬢は顔を押さえた。もう、ボコボコに殴り合っていたものだから、下手な怪我よりも非道い有様であった。


「み、見せて下さい、傷、その、申し訳、ありません……」


 それは恐らく、深い考えのほとんどない、反射的な行動だったのだと思う。

 ただ、傷ついた人が居たから、癒やした。それだけの事であった。

 ファイア嬢は、お嬢の傷に、自分が流した血を重ねて、小さく呟いた。

 ふわりと青い粒子が広がって、お嬢を包む。腫れ上がった頬から熱が引き、切れた口の中も、元に戻っているはずだ。


「…………()()()()()


 そうして、治療を施されたお嬢は、肩の力を抜いて……ファイア嬢に、微笑みかけた。


「……え」

「なんで今、私の傷を治してくれたんですか? 嫌いなら、放っておけばよかったのに」

「だ、だって、それは……目の前に、居ましたし、そもそも、わたくしが、してしまったことで……つい」

「お母さんに、褒められたくて?」


 この速度ですぐさま地雷を踏み抜きに行くお嬢の、肝の大きさよ。


「な、ち、違――――」

「そう、違います。ただ、私が痛いって言ったのを見て、治そうと思ってくれたんですよね。褒められたいとか、認められたいとかじゃなくて。何の得もないのに、それが自分にできることだから」

「…………え、あ」


 行動全てに理由がある人間など、そうはいない。

 だから、反射的に、ついやってしまうことにこそ、本質と言うのはにじみ出る。


「そうやって、色んな人を、助けてきたんですよね? だったら、いいじゃないですか」


 お嬢は、ファイア嬢の頭に触れて……ああ、あれは、見覚えがある。

 激しい姉妹喧嘩の後、お互い頭を冷やしてから、妹と向き合った時。

 お嬢は、ああいった顔をするのだ……優しく、慈しむように、撫でてやれる娘なのだ。




「何の得がなくても、理由がなくても、ただ心配で、放っておけないってだけの理由で、ファイアさんを助ける人が居たって」



 

 一瞬、ファイア嬢の顔から、表情が消えた。

 それから、喉の奥からこみ上げてきたものを、押さえきれぬ様に、堪えて。


「う、ううう、うううう――――――」


 もはや、女神の再来はどこにも存在しない。

 そこにいるのは、か弱い、ただの少女であった。


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