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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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望むということ Ⅲ

 ☆


「…………言葉を、選ぶといい、これ以降は」


 私は今、敵意をぶつけられている。

 言葉を間違ったら死んでしまう、女神の再来、サフィア教の聖女。

 ファイア・ミアスピカ様の信仰を、私はこれから、否定するんだ。

 ……構うもんか、と思った。


「だって、本当に女神様がいるなら、私達みたいな娘が、いるわけないじゃないですか」


 リリエットではほとんどの家庭がサフィア教の信者だから、親がそうしているように、女神サフィアを信じて、教えに従うのが当然だと思ってた、何の疑問もなかった。

教会に足繁く通い、司祭様に気に入られて、見込みがあると推薦をもらって、奨学金で神学校に入って、真面目に勉強してただけだったのに。


 魔女だと言われて、裸にされて、髪の毛を全て切られて、屈辱を受けて。

 そこまでされた理由が、成績で負けたことが悔しかった、同級生の逆恨みで。


 告発者である町長の親戚が【聖女機構(ジャンヌダルク)】に処刑された後、私を待っていたのは『魔女だと疑われた娘』という、私自身にはどうしようもないレッテルだった。

 処刑された娘の親は、私の父の上役だったから、報復を受けるのも、私の責任になった。


(お前が死んでればこんな事にはならなかったのに!)


 その時は、あなた達は魔女の親になってたんだよ、と、言っていたら、どんな顔をしたんだろう。


「でも、私はサフィア様が居なくてもよかったんです、女神への信仰は……私達が、寄り添い合うために、必要だったから」


 私は、初めて〝竜骸〟を見た時、嘘だ、と思った。

 だって――〝竜骸〟が実在するっていうことは、女神サフィアまで、本当にいた事になってしまうから。

 こんなもの、存在して居てほしくなかった。


「本当に女神様がいるなら、こんなに祈ってるのに、こんなに何で助けてくれないのって、ずっと思ってた! 私だけじゃない、ルーヴィ様も、ラーディアも、他のみんなも! ギルクさんだって! こんなに信じてるのにって、思いました!」


 信仰が足りないから、覚悟が足りないから、身を捧げる覚悟が足りないから。

 救われないのは、お前が悪いから――――そう、私達は言われ続けてきた。


「でもそれは、間違ってた、間違ってたんです!」


 私は、ドゥグリー特級騎士を睨みつけた。

 怖い、足が震える。でも、私は言わなくちゃいけない。


「私達は、()()()()()()()()()()()()()()()んです! ずっとずっと前に……女神サフィアが生まれた時に、一番最初に!」


 この声は、きっとその後ろにいる、ファイア様にも届いているはずだから。


「だから今度は、()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 扉越しに聞いた、サフィアリスとヴァミーリの物語が本当だったなら。


「私達は、ファイア様に、生きて欲しいって言わなくちゃいけないんだ!」


 私の叫びを、ドゥグリー特級騎士は、最後まで聞いて。


「…………それが、貴女が掲げる信仰で、よろしいですか」


 そう言った。まったく揺れてない瞳で、私を見据えた。

 斬られる、と思った。ここで死ぬんだと思った。そう思ったら――もう。





「――――はい、私を斬りたければ、どうぞご自由に」


 何も怖くなかった。

 だって私はもう、一度死んでしまっていて。

 その生命を、救ってもらっている。

 だったら、言いたいことを、言ってやる。


「私を殺して、ファイア様も殺して―――― 一生、罪悪感を抱えて生きたらいい」


 その言葉に、ぴたり、とドゥグリー特級騎士が、止まった。


「…………罪悪感、何故、私が?」

「だって、あなたは私を、暴力でねじ伏せるんでしょう」


 意見が違えば、人は力を振るう。それは、当たり前のことなんだ。

 でも、振るっちゃいけない暴力だって、きっとある。


「あなたは私に、正しい信仰のあり方を説きませんでした。私が間違ってるのなら、正しいあり方を示してくれればいい、ファイア様を殺すことこそが正しいんだって。それが女神様の教えなんだって、誰もが救われる唯一無二の正しい方法なんだって、言えばいい! だけどあなたにはそれが出来ないんです、だって……間違ってるって誰より理解してるのは、()()()()()だから!」

「クレセンやめろ、それ以上――――」


 ハクラ・イスティラの声が聞こえた。

 だけど……止められなかった。言ってやりたかった。


「だからあなたなんて、私は怖くありません、あなたはこれから、洗礼も受けてない、特別な力もない、ただの小娘の正論に耐えかねて、返す言葉がなくて暴力に訴えるんです!」


 信仰とは――――信じる心、信じる力。

 自分が正しいと思う道を、歩くための道標。


「一生、その敗北を刻んで生きていけばいい! コーランダ大司教の顔を見る度にそれを思い出せばいい! 胸を張って堂々と掲げられない信仰に、何の価値があるっていうんですか!」


 だから、私は、退きたくない。


「――――――――――」

「ドゥグリー、待ってください!」


 ファイア様の声が聞こえたのと、ほぼ同時に。

 空気が、変わった感覚が、あった。

 ひゅ、と風を切る音が聞こえたときにはもう、冷たい刃が、首元にあった。

 竜骸神殿では、ルーヴィ様と、ハクラ・イスティラが護ってくれたけれど。

 今はもう、それを防ぐ物は、なにもない。


「――――――――――」


 反射的に目を閉じる、ごめんなさいルーヴィ様、私、やっぱり怖いです。

 でも、そっちに行ったら、頑張ったねって褒めて欲しい。それぐらいの我儘は、許してください。









「――――――――…………?」


 ……いつまで経っても、感覚が来ない。

 それか、斬られてるけど、わからないんだろうか。胸を矢で貫かれた時も、そういえば、痛みはなかった気がする、あ、私、サフィアリス様とおそろいの経験したんだ、とか、そんな下らないことを考えてしまうぐらいの時間があって。

 ようやく、恐る恐る、ゆっくり、目を開いた。

 私の首元に、刃が突きつけられていた。

 馬車から、身を乗り出したファイア様は、転びそうになっていて。


「では…………では、一つ、一つ問いましょう、クレセン・リリエット」


 ドゥグリー特級騎士は、そちらには目もくれず、私を見ていた。


「女神が……()()()自身が、死を望んでいるのならば…………あなたは、どうやって、それを救う……?」


 答えを間違えたら、刃が引かれる。

 頭は怖いと思っているのに、胸の鼓動は、怖いぐらい静かで。

 だから、私は、ドゥグリー特級騎士の目を、しっかりと見て、答えた。


「手を握ります、そばにいます。あなたに死んでほしくない人が居るって、伝えます」


 私がリリエットで、()()()()()とした時に、ルーヴィ様がしてくれたのと、同じこと。


「きっと、ルーヴィ様なら、そうするはずです。私は、それが伝わるって信じてます」

「………………………………」


 しばらく、黙ったままだったドゥグリー特級騎士は、やがて、ゆっくり私の首から刃を離して、鞘に収めた。


「…………時間は、あまり……ありません、〝竜骸〟は、もう、すぐに……レレントに、到着するでしょう……」

「…………え、あ、あの」


 戸惑う私を置いて、ドゥグリー特級騎士は、ファイア様の前に立って、跪いた。


「私は……コーランダ大司教の下に、馳せ参じなければ、なりません……」

「ドゥグリー、わたくしも、一緒に」

「…………彼らと話して、なお、お気持ちが、変わらないのであれば……迎えに、参ります………」


 ファイア様の返事を待たずに、立ち上がると、再び私の前にやってきて、手を伸ばしてきた。


「ファイア様のことは、おまかせします、クレセン・リリエット」


 手甲越しの指が、私の頭に触れた。固い感触は、少し痛かったけど。

 なんだか、とても懐かしい感じが、した。


「あなたは…………すごい子だ。ルーヴィ様のそばにいてくれて……ありがとう……きっと、救われていたはずだ…………」


 それが、撫でられたのだと気づく頃には、もう背を翻して、駆け出していた。

 反射的に後を追いかけようとして。


「――――――っ! 馬鹿野郎!」


 後ろから思い切り肩を揺さぶられて、我に返った。


「下手したら本当に死んでたんだぞ!? 無茶苦茶しやがって!」


 自分でもそう思うし、本気で心配してくれたんだとわかるけど。


「――――あなたに言われたく、ありませんっ!」


 私が無謀になった理由の半分は、多分あなたのせいです、ハクラ・イスティラ。


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