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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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望むということ Ⅱ


 ◆


『きゅっ!』

「お前本当に頭いいな!」

 ヴァーラッド邸の外に出ると、既にニコが馬車を引いた状態で待ち構えていた。鼻だけじゃなくて耳も良いらしい。既にクレセンは馬車の中にいて、しっかり手すりに捕まっていた。


「ニコちゃん、ファイアさんのところへ! ダッシュで!」

 歩こうと思えば歩ける距離ではあるが、今は時間が惜しい。俺とリーンも荷台に飛び乗ると、ニコはすぐさま走り出した。


『ぎゅい…………きゅっ、ぎゅっ』

「え? なんですか、ニコちゃん」

 ヴァーラッド伯の宣言通り、街の明かりは落ちておらず、未だ人々の往来が続く路を走りながら、ニコが北の空を見上げた。


「なんて言ってるんだ?」

「……匂いが近づいてきてるそうです」

 何の、と確認するまでもない。


「……〝竜骸〟か、クソ、速ぇな!」

 まるでこちらの動きを見られているようだ……いや、待てよ?


「おいセキ、お前、確か自分がヴァミーリの〝目〟だって言ってたよな」

『あァ、そォだよ。俺が見たものはヴァミーリに伝わる。じゃなきゃ復活の時期なんて決められないだろ?』

「―――そりゃあ動くよな、畜生!」

 ヴァミーリが骸となっている間、外の世界を観測し、契約が履行されているか確認するのが、セキの本来の役割だとしたら。



 ()()()()()()()()()という選択肢を残している人間を許すわけがない。




『――――きゅっ!』

 ニコが突如、その場で急停止した。街中だったから、大した加速ではなかったものの、それでも体が前に引っ張られる。


「…………どうした! ニコ!」

『ぎゅいー……』

 ニコが鼻先で示したのは、道を塞ぐように立っている、一人の男だった。

 背が高く、幽鬼の様に細く、生気のない瞳と、痩けた頬が目につく。

 最上位の教会騎士にしか許されていない、白銀の鎧。

 腰に携えた剣が、業物であることは疑いようもないだろう。


〝背教者殺し〟、特級騎士ドゥグリー・ルワントンが、そこに居た。


「これは皆様……このような時間に、お揃いで……」

「さっきぶりじゃねえか、何してやがる」

「人を、迎えに…………もう、刻はそこまで、来ていますので……」

 よく見れば、ドゥグリーの背後には、小さな馬車があった。

 幌の中を窺うことは出来ないが、誰が乗っているかなんぞ、決まっている。

 この道の先にあるのは……ファイアが軟禁されている、ザシェの隠れ家だ。


「ザシェはどうした?」

「……死んでは、おりませんが」

「なら――――ファイアをどうするつもりだ?」

「…………どう、とは?」

「今からファイアを〝竜骸〟の前に連れて行って、何になる? まさか『ご覧の通り聖女はご存命です』なんて言うつもりじゃねえよな」

「ははは…………まさか」

 ドゥグリーは、表情を変えないまま、笑った。


「言えよドゥグリー、コーランダ大司教はどうやって〝竜骸〟を止めるつもりだ」

「――――――血、ですよ」

「…………何?」

「女神サフィアは…………自らの体を……血を与え……代償とした……それが、人が竜と契約を交わすために、必要だった……」

 人の手で、自らの旅を終わらせることを拒み、ヴァミーリの手で散ることを選んだサフィアリス。


「その契約を、延長する奇蹟を、コーランダ大司教は、お持ちです……ただし、今回は、〝目〟は産まれず、二度と目覚めない…………永遠の、眠りと、なりますが」

 〝竜骸〟は、女神サフィアが竜と共に合ったことを証明する、サフィア教のシンボルだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そのためには……ファイア様が、必要です……女神の、再来……女神サフィアの、生まれ変わり…………」

 馬車の中で、恐らく、本人はそれを聞いている。

 わかった上で、ドゥグリーは、言っている。

 



「…………()()()()()()()()()に、〝竜骸〟を……この地に、据え置くのです」




 ……リーンはかつて、ファイアを評して、こう言った。

(――――今の世界は良くも悪くも()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今のサフィア教は、サフィアリスが望んだ、『人の世界』を体現しているだろうか。

 末端の、それこそクレセンのような奴ばかりなら、まだいい。


 だが、洗礼という名の選別を行い、魔女の烙印を捺された者は差別され、立場を盾に横暴を振るう神父が居て、大聖堂同士が権力闘争を行っている。 

 そんな中で誕生した、あまりに正しく、あまりに無垢な、ただ救済の精神のみを掲げ、人々を救う〝女神の再来〟を、今更、誰が望むだろうか。

 コーランダ大司教が【蒼の書】の原典を知っている、というリーンの仮説が正しければ、必然的に、他の大司教達も知っていることに、ならないだろうか。

 聖女が再誕した時、〝竜骸〟もまた、蘇ることを。


 そして、竜が裁くであろう人の世は、もう、とっくに手遅れになっていることを。

 だったら、最も都合が良いのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、〝()()()()()()()()()()


「――――――何でそれを俺達に聞かせた?」

「無駄な争いを、したくは……ありませんので……」

「無駄、だと?」

「ここで、我々が切り結んでも、〝竜骸〟は、止まらない……止められるのは、我々だけです……()()()()()()()()()()()()()()使()()()()……あなたにも、わかるはずだ……」

 恐らく、あえて中にいる人間にも聞こえるように。

 ドゥグリーは、細い喉から、声を張り上げた。

 ぴし、と決定的な亀裂が、刻まれた音がした。


「ファイア様は、全てが救われるならば、その身を捧げると、お誓いに、なられた……その尊き献身を、無下にできましょうか………」

 事を収める為に、自分が処刑される事すら受け入れた奴だ。

 皆をヴァミーリから救う為に命を捧げろ、と言われたら、()()()()()()()()()()()()、だが。


「―――ふざけんなよ、お前ら」

 それをわかってなお、ファイアに全てを押し付けようとする事は。

 ヴァミーリが滅ぼそうとした、()()()()()()()()()()

 だったら人間なんて滅んじまえ。

 そう吐き捨てようとした、俺より先に。




「だったら!」

 怒りのままに、馬車から飛び出して、特級騎士と対峙したのは。


「人間なんて、滅んじゃえばいい!」

 洗礼も受けていない、修道女未満の、ただの少女。

 クレセン・リリエット。

 流石に相手が悪すぎる、と思って身を乗り出した俺を止めたのは、リーンの手だった。


「待ってください、ハクラ」

「ば、お前、馬鹿!」

 戦力差は歴然――どころじゃない。瞬きの間に、クレセンが胴から真っ二つにされても何らおかしくない。


「クレセンさんに任せましょう、ハクラ、ちょっと過保護ですよ」

「過保護、って相手は、〝背教者殺し〟だぞ!?」

 信仰を違える者を、容赦なく殺す特級騎士は、いくらなんでも相手が悪すぎる。


「いいから、見ててください」

 それでもリーンは、俺の肩を掴んだまま、離さない。

 一方、流石に、クレセンが出てくるとは思ってなかったのだろう、ドゥグリーも、若干呆気にとられているようだった、が。


「私は……竜骸神殿の一件で、君を女神の信徒だと、認識している……言葉には、気をつけた方がいい……」

 それは役割に従って、お前を斬る、という宣言だった。

 クレセンは、大きく息を吸い込んで。


「…………私、本当は――女神様なんて、信じてません」

 そう言った。



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