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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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望むということ Ⅰ

 †


 声が聞こえる。

 聞いたことのないはずなのに、懐かしい声。

 

(ヴァミーリ、やめて)

【無理だ、もう、立ち上がるな、サフィアリス】


 サフィアリス(わたくし)の目の前には、竜がいる。真っ赤で、雄々しく、美しい、竜が。

 竜は、怒っていました。竜は、悲しんでいました。瞳を見れば、それがわかりました。

 

【俺は全て滅ぼす、それで終わりにする。もうお前は、眠ってていい】


 サフィアリス(わたくし)の命の灯火が、もう残っていないことが、サフィアリス(わたくし)にはわかりました。きっと、この(ひと)にもわかっているのでしょう。

 その怒りを止められるものは、もうこの世界のどこにもいない。


(チャンスを、ちょうだい)

【今更、なにを】

(私だって……悔しいよ、何で、って思うよ。ふざけるな、って、思うよ)


 サフィアリス(わたくし)の胸が、熱い。大事なものが、こぼれていく。

 きっとこうやって喋れていること、それそのものが、奇蹟なのだと、サフィアリス(わたくし)にはわかる。

 だから、言葉を紡ぐ。何度でも、何度でも。


(でも……みんな、安心したい、だけなんだよ)

【その言葉は、聞き飽きた】


 竜の口の奥に、赤い光が灯った。世界が灰になる、終焉の焔。


(そうだね……この人達は、失敗した。間違えた)

 サフィアリス(わたくし)の後ろには、人がいる。サフィアリス(わたくし)を射った人。サフィアリス(わたくし)を捕らえようとした人、サフィアリス(わたくし)を利用しようとした人。

 誰が悪いのかと言われれば、人が悪くて。

 誰が償う必要があるかといえば、それは人だった。


(けど、私達の旅が…………これで終わるのは、嫌なんだよ)

【サフィアリス……】

(辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、あったけど……楽しいことも、嬉しいことも、喜ばしいことも、あったでしょう、ヴァミーリ)


 わたくしの知らない、サフィアリス(わたくし)の記憶を、自分のことのように思いだす。

 それは、遠い地の街道で、一人と一匹(ふたり)が見上げた、鮮やかな花の天蓋。

 それは、遠い地の山脈で、一人と一匹(ふたり)で触れた、どこまでも透き通る水晶窟のお城。

 それは、遠い地の村々で、一人と一匹(ふたり)が貰った、暖かな歓迎と、感謝の言葉。

 それは、遠い地の草原で、一人と一匹(ふたり)が知った、柔らかな風に包まれて眠る一時。



(私が、もう一度、この世界を、変えるよ)

【どうやって? お前はもう、これから死ぬ。人も、俺が滅ぼす】

(死んで、終わりにしないための……契約をしよう、ヴァミーリ)

 

 サフィアリス(わたくし)の体に、最後の熱が走る。

 ()()()()()()()()()()()()が混ざり合って、淡い光になる。


(私は、神様になる。君たちが、証人だ)


 サフィアリス(わたくし)を殺そうとした彼らを、サフィアリス(わたくし)は振り返って、見つめました。

 彼らの震えと、怯えは、今、目の前に、何が居て、誰がそれを救おうとしているのか、わかっていることの、証明でした。


(君たちが、広めるんだ。サフィアリス……ううん、こう名乗ろう)

(サフィア。女神サフィア。人を滅ぼそうとする竜から、世界を救う私の、それが名前)


 女神サフィア(わたくし)は、一冊の日記帳を取りだして、彼らの前に放りました。

 それは、旅で重ねた、度重なった、思い出の全て。

 思い出す為にと書き連ねた【蒼の書(それ)】は、サフィアリス(わたくし)にはもう必要ありませんでした。

 だって、すべてを忘れていないから。

 だって、もう記すことは、なにもないから。


(私が助けた、私が救った、全ての人に告げるんだ。君たちが広めろ、君たちが伝えろ。それが、君たちに私が与える、罰だ)

(生涯を費やせ。人生を捧げろ。私とヴァミーリの旅路を終わらせる償いに、君たちは女神を伝説にしろ)

(それが出来なければ、君達のせいで、人の歴史はこの世から消えるんだ)


 それは、女神サフィア(わたくし)が、初めて他人に向けた、敵意。

 怒りであり、憎しみであり、そしてほんの少しの、哀れみでした、

 彼らの、個人としての人生は、ここで終わるのです。

 世界を救うための歯車として、女神の伝説を世に知らしめて、世界を変えるという大役を、彼らは、背負わされたのです。

 女神サフィア(わたくし)は、愛おしき旅の道連れを見上げて、言いました。


(――――契約をしよう、ヴァミーリ)

【……俺に、何を望む】

(世界が変わるまで、もう少しだけ、時間をちょうだい。百年、二百年、どれだけかかるか、わからないけれど……人は、君に()()()()資格があると、私が証明して見せる)

【……お前が居ない世界を、俺に生きろというのか】

(私の考えと、想いが、これから世界に広がるんだ。どこにでも、私が居る。君を寂しくはさせない)

【俺はいつまで待てば良い。何を以て答えを出せばいい)


 女神サフィア(わたくし)は、額と、右手の甲をそっと撫でました。つるりとした硬質な感触が、指先から、伝わってきました。


(……私の力は、いずれ巡る。未来に生まれる聖女(わたし)を、人はきっと、大事にしてくれると信じてる)

 ファイア(わたくし)は知っている。

 そんな日は来ない。

 そんな世界はなかった。

 ファイア(わたくし)には何もなかった。


【………………】

(だからその日まで、人を見守っていて、ヴァミーリ)


 見守らないで。もう終わらせて。


【………………………】

(お願いだ、私が君に言う、最後の我儘)


 聞き入れないで、終わらせて。じゃなかったら。


【…………わかった、だが、必要なものがある。それを〝契約〟とするなら】

(うん、代償を、支払う。私は、ここで人に殺されて、終わるんじゃない)


 ――――女神サフィア(わたくし)は、両手を広げて、愛しき者を迎え入れました。


(私の旅は、君と終わる。君が、終わらせて、ヴァミーリ)


 それは、始まりの地の終端で、一人と一匹(ふたり)が交わした、約束。

 女神サフィアの伝説とは、サフィア教が生まれた理由とは。

 女神が人々に掲げた救済の、真の意味は。


 かつて人が犯した、()()()()()()()()()()()()()()()()()を、精算するまでの執行猶予。

 人間という種が、赤竜ヴァミーリに対して行う――――()()()だった。


【……愛している、サフィアリス】

(私もだよ、ヴァミーリ)


 竜の顎が、ゆっくりと近づいてきました。

 その牙は、優しく、抱くように、女神サフィア(わたくし)の体に触れて、そして――――。



「………………」

 は、と目を開くと、そこは、慣れないベッドの上でした。

 ずっとずっと、わたくしが見ていた夢。

 生まれた時から、知っている夢。

 コンコン、と、扉がノックされました。

 ザシェ様は、気を使って、わたくしと部屋を分けてくださっていて、用事がある時は、こうして知らせてくださるのです。


「はい、どういたしましたか」

 わたくしの処分が、決まったのでしょうか。

 それとも、別の用事でしょうか。

 扉が開いた先にいたのは、ザシェ様ではありませんでした。




「お迎えに上がりました…………ファイア様…………」





「…………ドゥグリー……?」

 ああ。

 ようやく、この時が来たのだなと、思いました。



次回更新は明日の早朝ぐらいになります。

気に入ったら高評価やいいねをしてね! って言わないとしてくれないという調査結果があるらしいので気に入ったら高評価やいいねをよろしくお願いします。

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