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生きるということ Ⅻ


 それから起こった出来事は、長くライデアに語り継がれる事となる。

 一応、我輩が見ていた情景をまとめると、こういう流れであった。




「ギャウグァァァァウグォオオウ!」


 壁の外からでもよく聞こえる、狂ったような叫びに、村人達は慌てふためいた。


「何事だ!?」

「大変だ、村長が!」


 その騒ぎは更に拡大した。孫娘を探しに、護衛を伴って森へ向かった村長が、怪我をして転がり込んできたからだ。


「れ、連中に襲われた……テトナが危ない! 奥だ、森の奥に!」


 そんな事態になれば、もはや自警団が総出になる案件だ。即座に動ける五名ほどが武装を整え、先行して、言われた通り森の奥へ向かっていく。


「な、なんだありゃ……!」


 そこで彼らが見たものは、恐らく想像だにしていなかった景色だろう。

 一匹のコボルドが居た。人からすれば小柄で、頼りない、村人達もよく知る、小さな生き物だ。全身の毛皮に血が滲み、息も絶え絶えで、それでも退こうとしない。

 なぜなら、その背後には、一人の少女がいるからだ。


「ルドルフ、いいよ、もうやめて! 逃げて!」


 その叫びに、しかしコボルド――ルドルフは引き下がらない。


「ゲギャギャギャ!」

「グェアウ、グアァ!」

「ギィ、ギィ!」


 対するのは、そんなルドルフよりも一回りか二回りより更に小さなコボルドが三匹。

しかし、その形相は似ても似つかない。『人食い』共である。


「ギャウ! ギャウ!」


 そいつらは、ルドルフに噛み付いては牙を立て、引き剥がされ、を繰り返している。肉を喰らう悪鬼が如し、だ。

 ありえないはずの光景に、村人は戸惑い、そしてどう動くべきか、迷った。

 だが、彼らを置き去りに、更に場が動く。『人食い』がひときわ大きな声で吠えると、更に後方から、二十匹以上の群れが、ぞろぞろと現れた。


「グウ――」


 流石にその数はさばけない、と判断したのか、ルドルフがテトナを守るように、覆い被さる。背中を向け、尾を丸め、僅かたりとも少女の肌を見せないように。


「ルドルフ!」


 その声は、傷つけまいとより強く、その体を抱きしめる結果にしかならない。


「お、おい、どうすれば――」

「テ、テトナちゃんを助けて――」

「でもコボルドが――!」


 その狼狽を、更に加速させる声が響く。


「間に合いました、全員、突撃っ!」


 森の空気を凛とならす、その一声にあわせて、更に十匹近いコボルド達が湧いてきた。

 ただし、それは『人食い』共ではない。村人達が、あるいは世の人々がよく知るコボルド、そのものだ。

 ルドルフの群れの仲間(、、、、、、、、、、)である。


「ガオオオオオッ!」

「ギャア、ギャアウッ!」


 彼らは、テトナや村人達には一切目もくれず――それどころか、『人食い』から彼らを守るように布陣した。


「右から攻めて! 追い込んでください!」


 そして、それを率いるのは、他の誰でもない、お嬢であった。

 杖を掲げ、その先端を、とん、とん、と地面にぶつける、そのリズムに合わせて、コボルド達が、一糸乱れぬ動きを見せる。


「あ、アンタ、冒険者の――何が起きてるんだ!?」


 村人達の疑問は当然である。なにせ彼らにとって『裏切り者』たるコボルド達が、居なくなった村長の娘を守り、戦っているのか。そして何故冒険者の娘がコボルドに指示を出しているのか。


「勿論――――村人を襲った、悪いコボルド退治です!」


 お嬢は、愛らしいウインクを一つ添えて、叫んだ。

 その間にも、お嬢が率いるコボルド達は、数に勝る『人食い』達を容赦なく圧倒した。爪を立てて腕を振るうだけで、面白いように倒れ、逃げ惑う。。


「ギイイイイ――!」


 『人食い』の群れは、一匹、また一匹と後退せざるを得ない。コボルド達はお嬢の指示通り、彼らを追い込んでいく。死地へと。


「よう、お疲れ」


 彼らの逃げ込む先に、奴が居た。


「それと、じゃあな」


 ハクラ・イスティラは、ミスリルの剣を容赦なく振り抜いた。次々に首を落とし、慌てて引き返し逃げようとするものは、しかし後ろで壁を作る、コボルド達が逃さない。


「ギ、ギィッ!」


 人間と魔物の連携という、ありえない追い込み漁が行われた結果、あっという間に、『人食い』は最後の一匹になっていた。

眼前に冒険者と、断たれた同族の死体の山、背後には餌であったはずの者達。


「ガ、ギャア、ガ、ガ、ガガ……」


 遺された『人食い』は、考えた。コボルドとして生まれた知能を、最大限に奮って。


「ガ! ギ、ギィ、ギヒヒ、ギャウ!」

 そうして、彼が選んだのは、食事(、、)だった。

 コボルドを喰うコボルド、主食は同族、ならば目の前に積まれた骨と皮の残骸は、ご馳走以外の何者でもない。

 先程まで、同じ肉を喰らおうとしていたその死体に、最後の『人食い』は喰らいついた。もはや仲間であったとか、そういった繋がりを一切感じさせることのない、本能だけが、そこにあった。


「ギャウ! ギャウギャ! ギャウウ!」


 この生き物が生き延びたとして、どんな未来が待っているのだろう。

 その答えは、未来永劫出ることはない。突き立てた牙が、咀嚼を行うその前に、小僧の刃が速やかにその首を刎ね飛ばした。




 『人食い』が武装した村人達を殺戮し、捕食した。

 その出来事自体、連中にとっては偶然に偶然が重なった結果の奇跡だっただけで、どれだけ飢えようとも、コボルドはコボルドである。

 最弱の魔物である、という事実は何一つ動かない。

 ルドルフを始めとする、元来この森に生息するコボルド達は、生来争いを好まない、というよりも――戦う、という経験がそもそもなかった為、『人食い』が現れ、自分達がターゲットになったと理解した瞬間、逃げの一手(、、、、、)を打ったのだ。

 ルドルフだけが、テトナと会う為に、村の側に巣を構えていたというだけで、喰われ尽くして全滅したのではなく、単に見つかりにくい場所へ逃げただけだったのである。

 故に『人食い』達は餌を確保することができなくなり、人間を襲う羽目になったのだが……そもそも最初から食い詰めていた――栄養が足りず、どの個体も一様にやせ細っていたことを見れば明らかだ。付け加えるなら、親は子供が生まれた時点で喰われる、つまり、『人食い』の群れに成体は存在しなかった。全員が子供だ。


 村人から強奪した武器というイレギュラーさえなければ、甘果実(エリシェ)でしっかりと栄養をとって育ったルドルフ達に、到底敵うわけがないのだ。


(だったら、一芝居うてばいい。村人達の前で、コボルド達が隣人であることを証明する為の茶番劇だ)


 小僧の提案は突拍子も無ければ前例もないものだ。

 コボルドが敵でないことを示す為にはどうすればいいか。


 内容は簡単だ、味方である事(、、、、、、)を証明すればいい。

 テトナは、この騒動で父親を亡くした、悲劇の少女だ。

 その彼女の事を、どれだけ傷ついても守り抜き、命がけで尽くしたルドルフと仲間達を見せつける。

 ただ、囮になるのはどうあってもテトナなので、流石に村長もお嬢も反対したが、当のテトナが二つ返事で了承した。


(だって、ルドルフのこと、信じてるから)


 それは、ルドルフにとって、十分『戦う理由』になりうる。

 後はルドルフから仲間の場所を聞き出したお嬢が、巣穴を一つ一つ周り(もとい破壊し)、コボルド達を説き伏せ(物理的に)、集めて、指示通りに動かせばいい。


 そしてテトナを守ったという実績があれば村長もコボルド達をかばいやすくなる。あとは、都合の良く村人達が解釈できるように適当な嘘を吐けば良い。

 その様を見せつけて、殺せ、となお言い切れる者が、どれだけ居るだろうか。





 冷気を感じて、目を覚ました。空は、まだ太陽がのぼり始めたばかりで、ほんのりと薄暗い。

 昨晩、村の広場で行われた宴会は、それはもう凄まじいモノだった。果実酒と鶏肉がとめどなく供され続け、全ての悪夢を忘れようとするかのごとく、誰もがひたすら飲み食いを続けた。

 新たに発見した事実といえば、リーンという女の胃袋に許容限界というものは存在しない、という再認識と、コボルドは酒を飲むと一発で酔いつぶれる、ということだった。


「……はぁ」


 力尽きて、地面に寝転がる村人達と、その横で丸くなっているコボルド、と言った光景が、そこかしこで見える。良識のある女衆や責任ある立場の者共は、宴もそこそこに家に戻ったはずなので、こうして潰れている連中は正真正銘駄目人間共だ。


「ハクラ」


 水でも飲もうと、井戸に向かうと、リーンが先に桶を組み上げた所だった。意外なことに、そのままカップに水を汲んでくれて渡してきたので、受け取って煽った。

 するりと冷たさが喉を通って、全身に水分が染み渡る感覚。


「お疲れ様でした、いやあ、美味しかったですねえ……鶏もお酒も」

「そっちかよ」


 うっとりした目で宴を振り返るこの女が、村の貯蓄の何%を食いつぶしたのか、考えるだけでも鬱屈した気分になる。


「いえ、まぁ他にもありますけども」

「あ?」

「今回の件に関して私が言うべき言葉は、ありがとうございます、ですね」

「……………………」

「……なんですかその顔は」

「お前って礼とか言えたんだなって――冷てぇっ!?」


 飲もうとしていた水を容赦なくぶちまけてくるリーン。そうだ、この女はこういう奴だ。


「ぷんすかー。そりゃあ私だって、年に数回ぐらいはお礼を言いますとも」

「頻度が少なすぎる……」

「こほん、今回は……私だけじゃ、ルドルフ君のことは守れませんでしたから」

「別にあいつを守ったつもりはねえよ」

「でも、アオには私を裏切ってもいいって言われてたんでしょう?」

「……知ってたのか」


 いや、そんな物騒な物言いではなかったが。


「……あーあー! 人間って、ホントわかんない!」


 小さく、しかしはっきりとした声で、リーンは叫ぶ。


「あれで納得しなかった村長さんのこともわかりませんし、ハクラ、あなたもです!」

「俺もかよ」

「ええ。何で、あんな提案したんです? ハクラからしたら、村長さんに従ったほうが、楽だったじゃないですか。元々、私のやろうとしてることに反対だったじゃないですか」 


 そう言われればそうなのだが、明確に答えを返すのも酌だったので、俺はそっぽを向いた。


「あれでコボルドも全滅させて、はい解決――じゃ、流石に気分悪いだろ」

「でも、そっちのほうが楽でしょう? ハクラにとっては」


 心なしか、リーンの表情に、陰りというか……気を使っているというか。

 そんな気配が見えて、思わず笑ってしまった。


「……いちおー、私、心配してあげてるんですけども」


 むす、と頬を膨らませる様は、まさしく子供のそれだ。


「悪い悪い、お前の言うとおりだよ、そりゃ、そっちのほうが楽だ。けどな」

「けど?」


 首をかしげるリーンに、俺は心底嫌そうな顔を作って言った。


「あそこからお前の協力無しでコボルドを狩り始めたら一日以上かかる。馬車代が出るって話なのに、歩いてエスマに帰るのはごめんだ」


 口をぽかん、と開けて数秒間、リーンは硬直して、それから。


「………………それだけですか?」


 と言った。


「それだけだよ、極力疲れたくなかった、合理的だろ?」 


 なるべく感情を込めずに返すと、リーンはふむむ、と唸ってから、ふいに数歩、距離を詰めて、俺の顔を無言で覗き込んだ。


「………………」


 ちらりと、反射的にその瞳を見てしまう。

 その瞬間、敗北が確定することがわかっているのに、つい、だ。

 リーンは、にやりと笑――――わなかった。

 嬉しそうに。年相応に。気取らず、飾らず、ごく自然に。それは、多分。


「そうですね、そういうことにしておきます」


これが、俺が初めて見た、リーンの純粋な笑顔だった。

 



 ちゃっかり村の宴に参加して、しこたま酒を飲んだはずなのだが、御者の親父はどこまでも元気だった。積むものを積み込み、荷物をまとめ、あっと言う間にライデアを発つ時間がやってきた。


「どうも、ありがとうございました」


 見送りに来たのは、村長とテトナと、ルドルフだった。


「村人達には、機を見て真実を話すと致します」


 結局、何故コボルド達が人食いに走ったかを、ほとんどの村人達は知らない。俺達も含め口裏を合わせ、たまたま突然変異の個体が生まれた、ということになっている。


「リーンお姉ちゃん、ハクラお兄ちゃん」


 テトナは、相変わらずルドルフと手を繋いでいた。


「ありがとう、私、ルドルフと、友達でいられるよ」

「くぉん」

「俺は礼を言われるようなことはしてねーよ。つーか、大変なのはこっからだろ」


 俺の言葉に、テトナはうん、と頷き。


「でも、私、やるよ。ルドルフも、ルドルフの子供も、その子供とも。ちゃんと向き合う。ライデアを、そういう村にする」


 村長は、その宣言に苦笑していた。


「おい、ルドルフ」

「くぉん?」

「ちゃんと守れよ」

「――バウッ!」


 ……まあ、なんとかなるだろう。関わってしまった以上は、うまくいくことを願うしかない。


「よっし、それじゃ出発だ!」


 やがて、馬車がゆっくりと動き出す。段々と、ライデアの村が見えなくなっていく。


「……しっかし、割に合わなかったな」

「えー、たくさん飲み食いできたじゃないですか、相対的にプラスですよ、プラス。干した甘果実も沢山貰いましたし、しばらくおやつには困りません!」

「お前ほんっとうに食い意地最優先なのな……」

『ふむ、しかし小僧よ』


 村で失敬してきた甘果実を弄びながら、スライムが言った。


「あん?」

『どうだ、実に面倒だった(、、、、、)だろう? お嬢と一緒にいるなら、毎回こうなるぞ』

「はっ」


 思わず鼻で笑ってしまった――――そんな事、重々承知だ。だから。


「……あぁ、そうだな、面倒くせぇ」


 心の底から溢れた感情に従って、俺はそう返した。

 それ以上、スライムは何も言わなかった。






 必要階級Dランク、報酬は雀の涙、労力で言えば過去最大レベルの、リーンと出会って初めての《冒険依頼(クエスト)》は、ひとまずこういう形で終わった。


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